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アメフト観戦記や読書日記を綴っていましたが、最近は古墳(コフ)ニストとして覚醒中!横穴式石室をもつ古墳にハマっています。

中島敦「山月記」伝説の真実

2009-11-18 09:46:33 | 読書日記
 中島敦「山月記」伝説の真実
 島内 景二著 文春新書
 中島敦である。戦前の作家ではあるが、比較的著名な人物ではないかと思う。
 簡単にその人物を調べると「(1909-1942) 小説家。東京生まれ。東大卒。「古譚」「光と風と夢」でデビュー、その年喘息のため早逝。死後「李陵」「弟子」などが発表され、古譚や歴史を借りて近代知識人の苦悩を鋭く分析した才能が評価された。」と言うのが一般的な評価なのだと思う。(ちなみに今年は中島敦生誕100年にあたる。太宰治と同じ年生まれと言うことになる。)
 私たちが、彼の名前をよく知っているのは、「山月記」という一編の短編が、数多くの国語の教科書に採択されているからであろう。かく言う私も高校の教科書で習った口である。(ただ、「山月記」は、高校で習う以前に、文庫本で読んでいた。)その時読書感想文を書いて結構ほめられた記憶がある。
 ただその後も何度か読み返している。特に漢文調の出だしに非常に惹かれた記憶がある。一文を引用してみよう。
 「隴西の李徴は博学才頴、天宝の末年、若くして名を虎榜に連ね、ついで江南尉に補せられたが、性、狷介、自ら恃むところすこぶる厚く、賤吏に甘んずるを潔しとしなかった。」
 小説のあらすじとしては、李徴という人物は、官職を捨て、詩文に生きることを志したがかなわず、いつの間にか虎になってしまった。その後唯一の友人ともいえる人物(袁慘)と遭遇し、その身の上を述べる話である。もともとの説話自体は古くから中国に伝わっている話らしい。その説話を元にアレンジしたのが「山月記」と言うことになる。
 李徴が虎に変わった原因を「臆病な自尊心と尊大な羞恥心」と述べる。臆病な自尊心と尊大な羞恥心とは、自分が才能があるかの如く振舞いながらも、もしかしたら才能がないことを自覚することを恐れ、その才能を磨くこともなく過ごしていることなのだろう。
 この辺りの一文は、明らかに中島敦個人の独白ではあるのだが、少しでも文学等にかかわろうとした人間には、李徴の姿と重なり合う自分を見つけるのではないだろうか。そして内なる猛獣を見つけることになるのだろう。この小説を読むたびにお前はどうだ、一社会人としてそれなりには生活しているか、本当にそれでよかったのか、そして「己よりもはるかに乏しい才能にありながら、それを専一に磨いたために、堂々たる詩家となった者がいくらでもいるのだ。」との一文に胸を掻き毟られるような思いをするのだと思う。
 ちょうど「山月記」を書いたとき、中島敦の命もつきかけようとしていた。だからこそ、この李徴の独白は中島敦個人の心情をストレートに表現していて、私たちの胸を打つのであろう。
 虎になった李徴は言う。「羞しいことだが、今でも、こんなあさましい身と成り果てた今でも、己は、己の詩集が、長安風流人士の机に置かれている様を、夢に見ることがあるのだ。」残り少なくなった命、この短編に託した想いがあふれているような気がする。
 そして中島敦は、この小説を書かざるを得なかったし、またこの小説を託された者はどうしたであろうか。「山月記」であれば袁慘にあたる人物はどうしたのかが本書の内容にあたる。
 本書では、後の文部官僚となった釘本久春と東大教授となった水上英廣に焦点をあてる。かれらが袁慘だと。またこの短編を「文学界」に掲載を奨めた評論家深田久弥もその一人かもしれない。
 中島敦にとって幸福であったのは、この李徴の想いを袁慘となった者達が真摯に受け止めたことかもしれない。(真摯なんて言葉、役所では軽いですけどね。)
 それぞれが、中島敦の作品の不朽に努めた。私の所有している岩波文庫版「山月記・李陵他9篇」の解説も水上英廣が書いている。
 それは、「産を破り心を狂わせてまで自分が生涯それに執着したところのものを、一部なりとも後代に伝えないでは、死んでも死にきれないのだ。」という魂の叫びを受け止めた結果だろうし、周囲にそれを実現できた友人たちが存在したことが奇跡であったと思う。
 彼自身は33年しか生きることが出来なかった。しかも声望を得た時にはもう鬼籍に入っていた。しかし作品は永遠に読みつがれている。日本文学史上の奇跡とも言えるのではないだろうか。
 
 最後に、私は中島敦の「弟子」の子路という人物に惹かれている。「子路の中で相当敏腕な実際家と隣り合って住んでいる大きな子供が、いつまでたっても一向老成しそうにない」と子路を評していった一文が気に入っている。もしかしたらこれも中島敦なのかもしれない。


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