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あおしろみどりくろ

楽園ニュージーランドで見た空の青、雪の白、森の緑、闇の黒の話である。

トーマスとバンクストラック

2025-05-25 | 


トーマスという古い友人がいる。
僕が夏山の事を何も知らない時に山の歩き方を教えてくれたのが彼であり、それが娘の生まれる直前の話なので付き合いは20年を超える。
自分にとって山歩きの先輩であり、ビール作りの師匠であり、楽しく滑るスキー仲間であり、飲み友達であり、そういうの全てひっくるめてかけがえのない友である。
トーマスとあちこちの山に行った話もこのブログでいくつも書いており、そろそろシリーズになってもいいぐらいの量なので気になる人はそちらの話も読んでいただきたい。

トーマスとリマーカブルス

トーマスと川下り

トーマスとモレーンクリーク

トーマスとUパス

今年の秋、ニュージーランドはイースターホリデーと学校の秋休みとアンザックデーが重なり大型連休となった。
トーマスの仕事は公務員のようなもので暦通りの休みとなるので、どこかへ一緒に行かないかという話になったのが3月後半。
僕は4月の半ばに大きな仕事が入っている他は特に予定もなかったのだが、巷は大型連休である。
このイースターホリデーは日本で言えばゴールデンウィークみたいなもので、どこもかしこも混み合う。
大きな仕事とは撮影の仕事で、これはそれなりに面白かったのでそのうちにブログネタにしようと思う。
撮影の仕事の最後にホリデーに重なったが、国道は交通量が多く都会から観光地に向かう車の列を見ながらクライストチャーチに戻ってきたのだ。
最初の案は The Old Ghost Road これは85kmの山道をマウンテンバイクで2泊3日で走り抜けるコースである。
僕も以前に友達から噂は聞いていて、いつかやりたいなと思っていたコースであるが、いかにせんイースターホリデーである。
山小屋の予約はほぼ満杯で、ちょっと予定が合わせられないので次の案。
それがバンクストラックだった。
こちらも予約制でほとんどの日は埋まっていた。だが最後の二人分だけ空きがあり、トーマスが即座にそれを押さえた。
撮影の仕事が終わりクライストチャーチの家に戻り数日ノンビリと過ごしているうちにトーマスが来て、僕のホリデーが始まった。



遠方から来る朋有り とはよく言ったもので大昔から、遠い友達が来れば嬉しいのだ。
この日の我が家の晩飯は、冷奴とコンニャクの田楽にすき焼き。
新鮮な卵が大量にあるのは生産者の強みである。
牛肉はさすがに買ってきたが、ネギと春菊と糸こんにゃくは庭からの恵である。
豆腐も近くの豆腐屋でその日の豆腐を重しで水を絞りバーナーで焼いて焼き豆腐にした。
そしてこの日のために、女房が日本からお土産に持ってきた手取川の純米大吟醸。
去年僕が日本に行った時に飲んだ日本酒で一番旨い酒で、金沢の友人ヒデがお土産に用意してくれた。
数多くの酒を飲んだが、水の美味さを感じた酒がこれだった。
ご馳走とは走り回り食材を集め、美味しいものを作ることだ。
その日その時に自分ができる事で最高のものを作る、それがもてなしの心であり日本食の真髄でもある。
旨い肴に旨い酒、話は尽きず日本酒からワインへそして最後は一昨年に作った梅酒でフィニッシュ。
当然ながらそれだけ飲めば次の日は二日酔いになるのだが、まあ楽しい酒というのはそういうものだろう。



今回のホリデーの目玉はバンクストラックというコースで、アカロアを出発して大きなループでアカロアに戻ってくる全長31kmのコースである。
国立公園のトラック(山道)と大きく違うのは、トラックが私有地を通ること、そして管理運営をしているのは国ではなく地元の機関であることだ。
山小屋は全て予約制で、ルートはミルフォードトラックと同じで一方通行、出発日で予約を入れる。
1日の入山数は20人程度だ。
コースは2泊2日と3泊3日とで選ぶ。
というのも山歩きの前日の夕方からコースが始まり、その日は泊まるだけで歩きはない。
なので31kmを3日間かけて歩くか、2日で歩き抜くかの違いだ。
泊まる山小屋はどちらも同じで、寝袋や食料は必要だが山小屋には台所もあるので食器や調理器具は持たなくて良い。
面白いのは3日コースの人は荷物を次の小屋まで運んでくれるサービスがあるのだ。
寝袋や食料や着替えその他を運んでくれるので、デイパック一つで山歩きができる。
人によってはクーラーボックスに新鮮な食料だのビールだのを入れてそれごと運んでもらう、大人数のグループならそれも可能だ。
朝山小屋を出発する際、運んで欲しい荷物を指定の場所に置いておけば、歩いて次の小屋に着いた時には自分の荷物が届いているという仕組みだ。
山小屋があるのは基本的に人が住んでいる場所で車の道があるので、こういうことができる。
そして別料金だがプライベートな空間が欲しい人は二人用のキャビンも予約できる。
必要最低限の施設でいたれりつくせりという絶妙なバランスがとても良い。
2日で歩く人は荷物配送サービスは無し。
自分の荷物は全て自分で運ぶというスタンダードなニュージーランドの山歩きなのだが、それでも山小屋にゴミを捨てていけるのと食器や調理器具を持たなくて良いのは楽だ。
僕はこのコースは2回目で、前回はお客さんと3日間コースで歩いた。
その時は荷物は運んでくれるし質素ながら快適な山小屋で、しかもビールだのワインだのも山小屋で買えるという贅沢な山行をした。
今回は初心に帰り2日コースである。



アカロアの町の中心にあるバス停に夕方5時半集合。
そこに22人乗りのバスが来て、ドライバーが小冊子を全員に配りコースの説明をする。
説明はいたってシンプル、ニュージーランド人だったらこれで充分というぐらいだが、ミルフォードトラックを歩くような海外からのお客さんだったら不安になるだろうな、というようなものである。
というのもこのコースでは現地スタッフに会うのはこの時だけで、あとは自分達で山小屋を使い自分達で歩きそのまま終わるという限りなく個人歩きに近い。
非常時には山小屋近くに住んでいる人に助けを求められるが、そうでなければ誰とも会わない。
過度な情報提供をせず必要な事は全て最初に渡される小冊子に書いてある。
この小冊子が手作り感満載でとても良い。
小冊子を作った人の愛が満ち溢れている。




アカロアから15分ぐらいのドライブで初日の晩に泊まるオヌクに到着。
人里から離れた牧場の中、海を見下ろす高台にある素敵なロッジだ。
近くに牧場主が住んでいるのだが基本的にお客さんと顔を会わせる事なく、泊り客は自分達でご飯を作り後片付けまでをする。
初日は宿に泊まりのんびりするだけで、山歩きは翌朝からである。
ロッジの近くにカワカワというマオリの薬草が生えており、食後にトーマスがこの葉っぱを煮出してお茶を作った。
味は不味くはないが特に美味いというほどのものではない。もっとも飲んで美味いものだったらとっくに商品になっているだろう。
この辺り一帯はこのカワカワそしてニカウパームと呼ばれる原生のヤシの木の南限であり、南の方とは植生が違う。
そういった植生の違いなどを考えながら歩くと、また興味の幅が広がる。



トラック初日は長めの行程なので暗いうちから準備を始め、朝日が登る頃にロッジを後にした。
ロッジの標高が200mぐらいでそこから一気に700mまで登る。
途中でリッジウォークというサイドトリップがあり、荷物を道端に置いて景色を見に尾根上を行く。
時に岩を回りこみ時に木の枝を払い岩につけられた白いペンキを頼りに進んで行くと「ここだ!」という絶景ポイントがあり、答え合わせをするがごとく岩にENDの三文字。
そこはアカロア湾から太平洋を見渡す展望台で、なかなかの絶景である。



さらに牧場の中を登りTrig GG、標高699mへ。Trigとは三角点のことでありGGというのが名前だ。
ちょっとした山頂であり、とにもかくにも眺めが良い。天気は快晴、230km彼方にアオラキマウントクックが見えた。
富士山を遠くから見るのってこんな感じだな。
仕事でもプライベートでも100回を超えるほど行っている山だが、違った角度でしかも遠く離れた場所から見ると自分なりの感動が芽生える。



ここから道は尾根状の亜高山帯を通りシェルターを通過して、沢筋へと入る。
沢筋へ入ると植生は一気に変わり、シダの木やブナの木などの原生林へ入り、いくつもの滝を見ながら沢沿いを下る。
滝に打たれる修行をするにはちょうど良いサイズの滝があり、夏の暑い時ならシャワー代わりに水浴びをするだろう。
原生林は鳥が多く、その鳥を守るために哺乳類を捉える罠がいくつも仕掛けられている。
このバンクス半島からポッサムやイタチなどを駆除するプロジェクトがあり、自分達の居る半島の先端部から内陸に向かって段階的に駆除を行うその第一段階である。
トーマスの仕事はその罠を仕掛けたり働く人のサポートで、まあそのスジの人である。
地域によって微妙にやり方が違うらしく、専門家の視点での解説が面白い。



そしてFlea bayへ到着。ここは3日間コースの人の宿泊施設があり、コテージには今晩泊まる人の荷物がすでに届けられている。
自分達は泊まらないが施設は使えるので、キッチンでお湯を沸かして日本のフリーズドライ食品で昼飯。
今回の為に女房が日本からお土産に山用のフリーズドライをいくつか買ってきたが、これが旨いのなんのって、技術の進歩というのはこういうところにも現れるしさすが日本だなぁとも思うのである。
ここまででスタートから11km、寄り道をしながらノンビリ歩いても1日の行程としては短い。なのでここでは夜のペンギン見学ツアーや次の日の午前中のシーカヤックツアーなどもオプションである。
人里離れた小さな入江で牧場の中にポツンとコテージがあり、周りで羊がのどかに草を食む。ひたすらに平和な世界だ。
人里から遠く離れたこの場所だが昔は3つの家族が住んでいて酪農でチーズやバターを作っていた。当時は車の道はなく船で荷物を運んでいた、車の道と電気が来たのが1950年代と小冊子に記載がある。



Flea bayからこの日の終点Stoney bayまでは8km、約3時間の行程である。
コースは海沿いの牧場の中、羊のウンコを時々踏みながら歩く。
人間の歩く道は羊にも歩きやすい道なので、当然のことながらウンコはどこにでもある。
さすがに牛のウンコは避けるが羊のヤツは小さいしポロポロしているので気にせず歩く。
コースは断崖絶壁の縁を歩くのだが、その場に居ると緑の牧草とその向こうに広がる大海原しか見えない。
そこから離れて遠くから振り返ってみると、さっきまで自分はすごい所に居たのだなあと気づく。
これって人生でも同じかもしれない。
自分が今いる場所から見えているものと、メタな視点で見えるものとは違う。どちらも大切だ。だから視点を変えて見る事が大切なのだろう。
ミクロで見るのかマクロで見るのかで、そこから引き出される結果は変わってくる。
自分が考えているのはどちらの視点で見ているのか、できることなら違う視点での考察も視野に入れて全体を俯瞰で見て、改めて自分自身に戻ってくる。
今の世に必要な事ってそういうことかもしれないな。



歩いて行くと島が見えてきた。Island Nook、断崖絶壁に囲まれた島は鬼ヶ島のようだ。
このバンクス半島は火山によってできた山で、自分達がいるのはその外側、大昔に溶岩が外に流れて固まり波の侵食で断崖絶壁になった場所である。
その先のレッドクリフという場所は、当時の噴火で空に舞い上がった酸化鉄などが降り注ぎ、赤っぽい色を見せる。
自分達以外に人影は見えず、人工構造物と言えば牧場のフェンスと目印のマーカー、そして時々出てくる歩く人の為の看板。
この看板が手作りでユーモアに溢れセンスが良い。
比べてしまうのもなんだが国が管理している国立公園などの看板は色気がない。



看板に限らず、手すりやトイレやシェルターなど全てが手作り、キーウィ工学と呼べばいいのか、そこにあるもので作ってしまうような古き良きニュージーランドの姿が見える。
キーウィ工学の結晶のようなシェルターで一休み。
大きな岩を利用して知恵とアイデアを駆使して、何もなく人も滅多にこないような場所に快適な空間を作り上げた。
中にはビジターブックもあり、数年前にお客さんと来た時にしたサインがまだ残っていた。
天気の良い日は外のテーブルで寛げるし、天気の悪い日はこの空間でほっと休めることだろう。



何だろうなこの居心地の良さは、どこかで似たような感覚があったな、と思ったところではっと気がついた。
これはクラブスキー場のノリだ!
今さらくどくどクラブスキー場のことは書かなくてもいいだろうが、一応書いておこう。
大規模な設備を望まず施設は最小限、古くても使えるものは使い続け、雪山という過酷な自然環境の中で長年培われてきた人間社会の営み。
その根底にあるのは自然の中での人間の心のあり方だろう。
文明の英知に頼りすぎず、自然を敬い畏れ愛し、自分達でできることでなおかつ山を楽しもうという心。
過度な贅沢を好まず、自然の中で人間の努力も忘れず、淡々と自分がやるべき事をやるような、そんなスキー場なのだがこれは言葉では伝えきれないな。
気になる人は過去の話でも読んでくださいな。
言葉で伝えきれないけど行けば分かる、そんなスキー場がクラブスキー場なのだが、それと全く同じ感覚がこのバンクストラックだ。
そう考えると全てが繋がる。
ユーモアに溢れた手作りの看板、廃品を再利用した施設、古いものを大切に使い続ける心、バスドライバーの必要最低限な説明、愛が溢れた小冊子、お金を払うお客さんもみんなで綺麗に使うキッチンなどの施設、そして今ある自然を愛する心。
全部が全部そっくりそのままクラブスキー場に当てはまる。
あー、こういう気づきは嬉しいな。
どうりで初回来た時から全てが好きになるわけだ。納得。



素敵なシェルターで小休止して再び登り始める。この海沿いのコースは上って下っての繰り返しだ。
道は相変わらず牧場の中、牧草の中で羊の通り道を歩く。
海を右手に見ながらのんびりと歩いているうちに、今日の終着点のストーニーベイが見えてきた。
半島の外側に面した小さな入江だが、その名の通り石がゴロゴロしている。



海岸にたどり着きそこから小さな橋で川を渡るのだが、ここで僕たちは道を塞がれた。
この辺りはオットセイの生殖地でもあり奴らがウヨウヨいて、潮溜まりでは子供のオットセイが遊んでいるのが見えるぐらいなのだが、2匹の赤ん坊オットセイが橋のたもとにいて道を塞いでいる。
近くに寄っても橋からどこうとしないオットセイは生まれて数ヶ月ぐらいか、子犬のような顔をしてとても可愛い。
可愛い子供のオットセイを間近に見られるのだが、このままでは僕たちは今日の宿にたどり着けない。
観光地のオットセイスポットに行く時には「野生の動物に近づく時には5m以上距離を開けるように」などとお客さんには偉そうに言うのだが、野生動物の権利を尊重して靴を濡らすほどお人好しではない。
「おくつろぎの所、大変ご迷惑をおかけしますが、少し道をゆずっていただけますか」などと言いつつウォーキングストックで追っ払い、この日の終着地に着いた。



キャンプ地は大小様々なコテージが点在していて、僕とトーマスは二人用の小さなコテージだ。
電気はないがガスコンロと小さなキッチンがある。
共同施設としては、林の中には手作り感満載の立派なシャワーもあるし、焚き火で沸かす風呂もある。
何より特筆すべきはお店があることだ。
お店といっても無人販売で小さな小屋の中に冷蔵庫があり、冷たいビールやジュースや肉とかチーズなどがあるし冷凍庫には食パンやアイスもある。
そして新鮮な卵や野菜やフルーツ、その他シリアルやスナック菓子など。
棚にはワイン、それも白から赤からスパークリング、白はちゃんとシャルドネ、スービニオンブラン、リーズリング、赤はピノノワールにメルロー、カバルネソービニオン、シラーズと一通りは揃っている。それも一番安いワインではなく、かと言って高級ワインでもなく、そこそこのワインがそこそこの値段で買える。きっとここのオーナーはワインが好きなんだろうな。
支払いは現金のみ。買うものと値段を自分で紙に書いて現金を箱に入れてお釣りが必要な場合はそこから取っていく。親切に小さな電卓も備え付けだ。
オネスティーボックス、直訳すると『正直者の箱』であり、無人販売という言葉よりこっちが好きだな。
値段は当然ながら町より高いが、ここまで運ぶ手間賃だってあるし、飲み食いした後のビンやカンやゴミなどを町まで捨てに行く手間もある。この場所で物が買えるということを考えると安いと思うぐらいのものだ。
面白かったのは張り紙にオーストラリアドルも受付ますと記載されていた。
オーストラリアドルはニュージーランドドルより1割ぐらい高いので、そのままだと高く払うことになるがこの場所でそんなみみっちい事を言うヤツはいないだろうし、たぶんそこまでお金に困ってるヤツはここに来ない。
ここの家の貴重な現金収入だろうから、僕もそれに協力し赤ワインを1本とビールを何本かそしておつまみ用にソーセージを1パック買った。毎度あり〜チーン。



前回にここへ来た時にはここの海岸でアワビを見つけ、お客さんと一緒に大きな奴を3つほど足も濡らさずに5分で取った。
岩場で岩がみえないぐらいにびっしりとアワビがあり今回もそれが目当てで、ちゃんと干潮の時間も調べてある。
トーマスと一緒に再び海岸へ行き、昼寝をしているオットセイにどいてもらい岩場でアワビを探したが見つからない。
二人で20分ぐらい探したが見えるのは小さいサイズの物ばかり。どうやらわずか1年半の間に大きなヤツは取り尽くされてしまったようだ。
きっと昔はどの岩場にもアワビはびっしりあったのだろうな。人が入るってこういうことか。
ともあれ先ずはビールで乾杯だ。
こんな素敵なキャンプ地で冷たいビールが飲めるのは嬉しい。
ニュージーランドの山では基本的に物を買えない。山でもどこでも売店がある日本とはそこが根本的に違う。山で冷たいビールを飲みたかったら自分で持ち込んで川とか雪とかで冷やすしかないのだ。
「今日は間違いなく『大地に』だな」「そうだね」
自然の中でとことん遊ばせてもらった時に飲むビールの最初の一口を「大地に」と言いながら少しだけ垂らす、という昔のパートナーだったJCが始めたこの儀式を僕たちは忠実に守っている。
ほどよく冷えたビールが五臓六腑に染み渡る。
その後はソーセージを焼き、赤ワインを開け、日本の美味しい携行食品で晩飯後、泥のような眠りについた。



一晩明け、手短に支度を済ませ僕たちは再び歩き始めた。
この日の工程は海から800mの山を登り海まで下る、標高差800mと実に分かりやすい。
距離は12kmと1日の工程としては短めだ。
キャンプ地を出てしばらくは牧場の敷地内を歩き、途中からヒネワイリザーブへ入る。
ここでヒネワイリザーブについてちょっと書いておこう。
面積は1500haの原生林からなる民間の自然保護区で、僕は2ヶ月前ぐらいに仕事で来た。その時はアメリカの生態学か生物学か何かを勉強している学生の日帰りツアーで、ヒュー・ウィルソンに会った。
ヒューは植物学者であり、ヒネワイリザーブのマネージャーであり、このバンクストラックを整備して作った人だ。
ちなみに山歩きに参加する人に渡される、必要な情報が全てが詰まった小冊子はヒューが文と絵を書いたものだ。
その時の仕事ではヒューが学生にニュージーランドの生態系の講義をするというものだったが、実に分かりやすい説明でなおかつユーモアを混じえながらの話はとても面白かった。仕事でこういう場に居合わせられるというのは役得というものだ。
僕は彼に20年ぐらい前に会っている。
当時はまだ山歩きガイド駆け出しでニュージーランドの生態系の事を学び始めた時だった。たまたまヒネワイリザーブを訪れ、たまたまそこにいたヒューと出会い話をした。
その時にも感銘を受けたが、それから20年が経ち再びこうして会えるのは楽しいものだし、人とのご縁というものをここでも感じるのだ。
ヒネワイリザーブ自体は規模こそ小さいが、それこそ原生植物や鳥の宝庫で、人間が入って来る前のニュージーランドを感じられる。国立公園ではそういう場所は当たり前だが、この地域でこういう場所が残っているのは嬉しい限りだ。
それを支えているのがヒューというわけだ。
リザーブの中にインフォメーションセンターがあるのだが、トイレも環境に影響を与えないようウンコとオシッコを別々に処理するシステムだったり、訪れる人に植生や生態系の事を知ってもらう看板であったり、地元の子供達への教育だったり、彼の考えと行動には20年経った今もなお感銘を受ける。
もうけっこうな爺さんだが、未だ現場で働き続ける姿から学ぶところがある。
ここでもやはりなのだが、全ての根底にあるのは愛だ。そして愛とは行動である。 
そんなヒューの愛が溢れる看板がヒネワイリザーブに入るとパラパラと出てくる。
景色の開けない単調な長い登りの途中で、足を止めて一息入れるのに程よいタイミングだ。
谷を上り詰めて頂上近くまで来ると赤ブナの森、そこに流れる清流を横切る。水を補給できるスポットで一休み。
さらに登っていくと樹林帯を越えて一気に景色が広がる。
森に覆われた谷間が海にぶつかる小さな入江、今日のスタートのストーニーベイが彼方に見える。
ここまで来たら登りはほぼ終わりである。
シェルターで一休みした後は、おまけのストーニーベイ・ピークまで緩やかな登りだ。



ストーニーベイ・ピーク標高806m。ここまで来るとアカロアの入江が一望できるし、遠くにはカイコウラの山も見える。360度のパノラマだ。
ちなみにここまで来ると携帯の電波も繋がる。
ここから先はアカロアに向けて下っていくだけで、特筆すべきことはない。
ルートはアカロアからの遊歩道の一部で、僕も仕事で来てクルーズをするお客さんを待っている間によく歩いている場所だ。
アカロアまで無事に下り、地元のパブでトーマスと乾杯。
湧き上がる想いはこの大地という自然に、一緒に歩いた友に、こんな素敵なトレッキングルートを作ってくれたヒュー・ウィルソンに、協力して私有地を解放している牧場主に、ただただ感謝の気持ちがあるだけだ。
また一つ、楽しい思い出が増えた。






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