あおしろみどりくろ

楽園ニュージーランドで見た空の青、雪の白、森の緑、闇の黒の話である。

9月25日 Porters

2022-09-28 | 最新雪情報
シーズン終了も近くなったポーターズ。
公式発表でクローズは10月2日。
街に花が咲く時期になると人々の興味も雪山から離れていく。
天気の良い週末でも人は少なく、ガランとした時間が春の山に流れる。
スキー場にはけだるい雰囲気が漂い、一つの季節の終わりを強く感じる時間でもある。
スキーパトロールも通常業務の間に、必要でなくなった防護マットだのネットだのを倉庫にしまう。
そんな仕事をしていたのも20年以上前の話だ。
雪の上で同僚とバカ話をしてシーズンを振り返りながら、のんびりと片付け作業をするのは嫌いではなかった。
「今シーズンもお疲れさん」
「また来シーズン、戻って来いよ」
「おまんた、又ニュージーランド行くんか?ええなあ、若い衆は」
そんな会話が飛びかうのはどこのスキー場でも同じことだろう。
スキーパトロールが仕事をしているのを見て、そんなことを思いだした。


クローズまであと1週間。雪の少ない最下部でもこの分なら大丈夫だろう。


チェアリフトの利点は、乗り場と降り場に雪があれば良いということ。Tバーやロープトーだとこうはいかない。


日当たりの良いビッグママはついに雪が途絶えクローズ。


最上部は雪も多くまだまだいける。


普通は駐車場でバーベキューランチだが、この日のお昼はラーメン。


ブロークンリバーのメンバー、グレッグは家も近所でよく合う間柄だ。
今年は全然ブロークンリバーに行く機会がなかったなあ。
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発信を発進 プロレタリア万歳

2022-09-26 | 日記
もう知っている人は知っていると思うが、ポッドキャストを始めた。
その名も『プロレタリア万歳』
発信を始めた理由は第一回目でも喋ったが、ブログという文章とは違う形で自分を表現をしてみたかった。
同じ人間がやるわけだからブログと重なる部分もあるだろうが、それも承知でやってみるという行為をしたかった。
新しい一歩を踏み出したかった、のかもしれない。
ポッドキャストでコテンラジオを聞いてそこからノウカノタネへ飛んで色々なポッドキャストを聞いてみた。
ブログで書いた資本主義の話はコテンラジオから、ブルシットジョブはノウカノタネからの引用である。
ある人が研究した書物を読んで噛み砕いた人がポッドキャストで発信して、それを聴いた僕がブログで文にしたというわけだ。
僕のブログを読んで影響を受けた人も数人はいることだろう。
何を隠そう(隠すわけでもないが)ポッドキャストをやろうとして、第一回目の録音を去年の七月頃したのだ。
でも誰に知らせるわけでもなく、それから1年が経ってしまった。
そこから葡萄畑で働き始めて、なんだかんだと慌ただしく時は流れたわけだ。
秋の収穫が終わり、相変わらずポッドキャストを聞いていたのだが、その中での一言が効いた。
「配信しないというのは、存在しないというのと同じだ」
行動を起こせ、行動しないのは知らないことだ、というような陽明学の吉田松陰先生に通じるものがある。
結果的には、7月の頭に配信を始めたというわけだ。
配信をしようと思ったのは5月くらいから考えていたが、番組タイトルが思い浮かばなかった。
なんか一言で全てを表すようなタイトルねえ。
候補はいくつかあったが、ネットで検索するとすでに誰かしらが使っていた。
ラジオとオヤジでラジオヤジとか、時事と爺を掛け合わせてジジラジオとか、思いついたものには先約があった。
一人でぼーとしている時も、犬の散歩をしている時も常に考えていた。
それが決まらないと配信ができないからだ。
ある寒い朝、犬のココといつもの公園を散歩している時にひらめいたのが、プロレタリア万歳である。
ひらめきというのはこういう感覚か、頭の中にその単語が降りてきたと言っていい。
これは直感のようなもので、迷うことなく決まった。
家に帰って誰も使っていないのを確認して、すぐに登録をした。
落ち着いて考えると、これ以上のネーミングはないな、というぐらいに気に入った。
今このご時世でプロレタリアという言葉自体が時代錯誤感ハンパなく、それでいてその状況下での「やったるでー」という心意気。
昔はブルジョアジーとプロレタリアは対立構造だったが、今はそうではないのだよという深いメッセージも含んでいる。
タイトルが決まり、登録をして何回か録音をしてから載せたのが今の状態である。
まだ始まったばかりで、これからどうしていこうか決めかねている。

録音を聞き返してみると、プツプツと雑音も入る。
これは買ったマイクが原因か、あーあせっかく買ったのに・・・
そんなことを思っていたらオトシが日本からやってきて、ワイヤレスのマイクをプレゼントしてくれた。
オトシとの出会いは19年前に、ヒッチハイクしていた彼を拾ってブロークンリバーへ連れて行ったところから始まり今に続く。
そんなオトシがゲストで3回ほど一緒に喋り、また通常回で一人語りとなった。
そもそもは畑への行き帰りの車中で何か語れたらいいなあ、と思いついて始めたことである。
ドライバーガイドとしてやっていたので、運転しながら話す事には慣れている。
その日に思ったことや感じたことをそのまま語るのでもいいか。
とにもかくにも、試行錯誤をしながらでもやっていこうと思った。
結果だけを追い求めるだけでなく、結果は後から付いてくるものでありそこまでの手順が大切という考えを持ち続けたい。
そこを深堀すると、今が大切という当たり前の所にたどりつくわけだ。

そんな具合に見切り発車的に始まったわけだ。
それと同時ってわけではないけど、ツイッターも始めた。
ポッドキャストの話もアップした時にツイートをするようにした。
誕生日の話を上げて、誰もこんなの見ないよな、って思っていたら、知らない人から初イイネがついた。
おお、知らない人が聞いてくれてフォロワーがついた、どんな人だろうと思いきや、、、、、エロアカでした。

プロレタリア万歳
試行錯誤でも発展途上でも聞いていただくことに感謝を忘れてはいけないと自分に言い聞かせた。
同時にこのブログも同様、読んでいただくことに感謝を忘れてはいけない、と再認識。
ありがたやありがたや。




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9月15日 Porters

2022-09-15 | 最新雪情報
今回のお客さんはオーストラリアのホッサムというスキー場をベースに滑っているチーム・ホッサム。
僕らが若い頃、エクストリーム・スキーというジャンルがあった。
超急斜面の岩の間を滑り、崖をスキーで飛び降りたり雪庇を飛んだりというような、普通のスキー場ではない所を滑るものだ。
今ではエクストリームと呼ばずフリー・ライドと呼ぶ。
その大会がNZであり、それに出るべくオーストラリアから来た子供達とその父兄。
本来ならドライバーだけの仕事だったが、付き合ってハイクアップをしてパウダーランもした。
町では桜が咲く陽気だが、山には20cmほどの新雪がありスキー場は活気を取り戻した。
葡萄畑ではこの時期の寒気は望まないが、スキー場にはうれしい雪である。


8月半ばに大雨が降って雪が洗い流されたが、ここへきて20cmの降雪があった。


嵐が去ったあとの快晴。滑る人、働く人にも笑顔が戻った。


またビッグママを滑れるとは思わなかったなあ。


ビッグママの下部は雪が少なく、歩いてガレ場を渡る。


フリーライドの大会に出るような子供達なので、急斜面を選んで滑る。


さて、あの頂きまで登るか。


インストラクターがバックパックにどうやってスキーをつけるか教える。学ぶことはたくさんあるね。


登りきった所からパウダーボウルへ本日の一本。


あー気持ちよかった。

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8月31日 Porters

2022-09-03 | 最新雪情報
娘が大学の休みで帰郷し、家族でスキーに行った。
娘が小さい頃はよく連れて行ったが、ある程度の年頃になるとスキー自体の興味が薄れて、たまに滑りに行くのも友達と一緒に行くようになった。
いつまでもべったりという親子関係をそもそも望んでいないので自由にさせていたのだが、今回は家族で一緒にスキーに行こうという話になった。
娘と一緒に滑るのも何年ぶりだろうか。今までスキーを教えたのは実践的に教えてきたが、今回は初めて理論的にターンを解説をしてみた。
理論を頭で理解して体を使い実践する、という滑り方をしたのは初めてだったのだろう。どうやらスキーが面白くなったようである。
娘はまもなく大学を終え、その後は白馬のスキー場で働きたいと言っている。きっと色々な刺激を受けることだろう。
帰りの途中ではローカルのパブに立ち寄り、ビールとチップスで軽く一杯。
そこからは娘の運転で家路に向かった。
娘がまだ小さい頃にブロークンリバーからの帰り道「お前が大きくなったら、俺はビールを飲んでお前の運転で家に帰るのが夢だ」と言ってドライブをした。
娘もその事を覚えており、そんな親父のささいな夢に付き合ってくれた。
夢自体はささいなものだが、それを実現するには肉体的な健康、経済的余裕、健全な人間関係、これらの要素が必要であり、一つでも欠けたら成り立たない。
そうやって系統立てて考えると、一つ一つに感謝の念が存在し、それが目の前の現実を作り上げている。
こうなればいいなと思ったことは実現する、というのはこういうことなんだなぁとも思うのだ。


二十歳の娘は日本の社会をどういうふうに見るのだろう。「どんどんやりなさい」と親父は言うしかない。


山はすっかり春山の形相。そこをTバーで登っていく。


日が当たり雪が緩んでビッグママが開いた。


上部には雪がたっぷりあるが、出口は狭い。


下の方はコブになっていた。ビッグママを滑るのも最後かな。


山頂の景色は相も変わらず美しい。


日差しは強く、すっかり春スキーという雰囲気。



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