さてハンティングはこれで終わりではない。
肉をさばき、きれいにする作業がまだ残っている。
氷河ガイドのスタッフ寮が精肉工場になった。
毛皮がついているモモ肉の皮をはがし、肉についている毛をていねいに拭く。
次に骨から肉を取りはずす。
ここまではぶらさげてやるのだが筋を切る順番を間違うと地面に肉が落ちてしまう。
タイ曰く、肉に土がつくとそれを綺麗にするのが大変な作業なんだそうな。
肉のかたまりになったらそこからはキッチンでの作業。
肉から筋を外し、用途別に分ける。
ヒレ肉は筋をはずす。ここが一番旨い。
そしてモモ肉のステーキ用、ある程度の大きさの肉だ。
筋を切って一口サイズの肉はシチュー用。
筋と肉が混ざっている場所は挽き肉。
挽き肉を挽く機械だって手動。こういうシンプルな機械はいつまでも使える。
あとはすじ肉、ここは捨ててしまう部分だが、今回はココの餌だ。
この作業でたっぷり2時間。
タイが言った「スーパーでパックになっている肉を買うのがどんなに楽か」という言葉はこういうことだったのだ。
肉を4人で分けて一人4キロぐらいか。
蹄付きのスネの骨は斧でぶった切って犬のえさ用に僕がもらった。
いただいた命を無駄にしない、という教えはこれからの世界で最も重要な思考になるだろう。
そこには常に感謝の想いがある。
これにてハンティングの作業終了。
おつかれさまでした~。
タイの家へ戻る。
昨日家を出てから1日しか経っていないのだが、内容が濃いので何日も出かけたような気分だ。
雲はどんどん厚くなり、ポツリポツリと雨粒が落ち始めた。
そろそろクライストチャーチの家に帰る時だな。
でももう一つやっておきたいことがある。
タイの家の周りは原生林でパンガと呼ばれる高さ5mぐらいのシダがたくさん生えている。
そのシダの倒木を庭の花壇用に切り出して持って帰りたいのだ。
西海岸だとそんな物はいくらでもあるが、クライストチャーチの園芸屋ではこれが売り物になっている。
遅めの昼飯をタイが作る間に、僕は茂みの中にゴソゴソ入りシダの倒木を切り出す。
ついでにシダの幼木もいくつかもらっていこう。
家の裏側、日当たりの悪いジメジメした所に原生のシダ庭園を造りたいと思っていたのだ。
ああ、またやることが増えてしまうな。
飯を食べて、荷物を車に積み込み出発の準備ができた頃、雨が本格的に降り始めた。
「タイよ、今回も本当にありがとう。お前みたいな友達を持って俺は幸せ者だ」
という用意してた言葉は言えなかった。
そんな言葉を言ったら涙があふれてしまう。
手を握ってありがとうと言うだけで涙がじわっとくるのだ。
心でつながりあった関係では余計な言葉は必要ない。
こうして僕は西海岸を後にした。
時間があったらグレイマウスの魚屋でカツオを買っていきたかったが、時間切れ。
又のお楽しみにしておこう。
クライストチャーチの家に帰ってくると犬のココが大喜びで出迎えてくれた。
さらに血の匂いがプンプンした肉の袋の匂いを嗅いで大興奮。
その場でぶった切った骨をあげたら、僕のことを見向きもしないで骨にかぶりついていた。
翌日、友達のマサさんを家に呼んで、シャミーの味見をしてもらった。
彼はシェフで最近良く遊ぶ友達である。この人も面白い人で話が一つぐらい書けてしまうぐらいだ。
以前は家のニワトリを絞めた時に、僕は食べられなかったので彼に持って帰ってもらい食べてもらった。
感想は「鍛え抜かれたアスリートのような味」だったそうな。
命をいただきます、というところでつながっている友人、そしてプロの料理人に味見をしてもらって、自分では考えられないような新しい味が欲しかったのだ。
「よく臭い肉には臭い物、例えばブルーチーズなんかでソースを作ったりもするんだけどね」
「まあ、何はともあれ食べてみてよ」
最初は肉の味を知ってもらうために軽-く塩を降ってさっと外側だけ焼いた肉。
「あれ、全然臭くないじゃん。俺は山のヤギのような動物っていうから、獣臭さがあるかなと思ったんだけどね」
「そうなんだよね。次は醤油で」
「お、こりゃ旨いなあ。これなら醤油で充分じゃないの」
そんな感じで2人でワイワイとやるのも、また楽し。
その日は彼に持って帰ってもらい、家で試してもらった。
僕が作ったのはシャミーのモモ肉モロッコ風ステーキ。
塩コショウ、ターメリック、ナツメグ、摩り下ろしにんにく、燻製パプリカに漬け込んだ。
旨かったが焼きすぎると固くなるということにも気が付いた。
シチュー用の肉はトマトと赤ワイン、家の香味野菜と一緒にじっくり煮込んだ。
これまた美味。
ヒレ肉も試しに塩麹に漬けてみたが、これもまた良し。
そうやって友達に配ったりしたら、もらった肉があっというまになくなった。
僕はそれでいいと思う。
旨いものはみんなで。
物でもなんでも奪い合えば足りなくなる、分け合えば余るのだ。
犬のココも数日はたっぷり肉を食ったし、骨もカリカリかじってほとんど食べてしまった。
蹄がついている足は、しばらくココのおもちゃになった。
せっかくいただいた命、無駄にはしません。
それに無駄が全く無い、というのは気持ちが良いことなのだ。
後日マサさんと会った時にシャミーの話になった。
「あの肉を食べた後、なんか血がたぎるんだよね。ワイルドな肉だからかねえ。それとね、いろいろ試したけど、やっぱ醤油が一番旨かったよ」
なるほどね、ここで原点に戻るわけだ。
次回タイについてハンティングに行く時は醤油を小瓶につめて持っていくことにしよう。
こうやって僕が一つの話を書いている間にもタイは餃子を作ったり、僕が見たターを撃ったりしている。
「自分がやるべき事をやりなさい」
「どんどんやりなさい」
という僕の教えを忠実に実践している。
益々よろしい。
僕も早く温室を作って、西海岸では絶対作れないような野菜をヤツにご馳走してあげよう。
完
肉をさばき、きれいにする作業がまだ残っている。
氷河ガイドのスタッフ寮が精肉工場になった。
毛皮がついているモモ肉の皮をはがし、肉についている毛をていねいに拭く。
次に骨から肉を取りはずす。
ここまではぶらさげてやるのだが筋を切る順番を間違うと地面に肉が落ちてしまう。
タイ曰く、肉に土がつくとそれを綺麗にするのが大変な作業なんだそうな。
肉のかたまりになったらそこからはキッチンでの作業。
肉から筋を外し、用途別に分ける。
ヒレ肉は筋をはずす。ここが一番旨い。
そしてモモ肉のステーキ用、ある程度の大きさの肉だ。
筋を切って一口サイズの肉はシチュー用。
筋と肉が混ざっている場所は挽き肉。
挽き肉を挽く機械だって手動。こういうシンプルな機械はいつまでも使える。
あとはすじ肉、ここは捨ててしまう部分だが、今回はココの餌だ。
この作業でたっぷり2時間。
タイが言った「スーパーでパックになっている肉を買うのがどんなに楽か」という言葉はこういうことだったのだ。
肉を4人で分けて一人4キロぐらいか。
蹄付きのスネの骨は斧でぶった切って犬のえさ用に僕がもらった。
いただいた命を無駄にしない、という教えはこれからの世界で最も重要な思考になるだろう。
そこには常に感謝の想いがある。
これにてハンティングの作業終了。
おつかれさまでした~。
タイの家へ戻る。
昨日家を出てから1日しか経っていないのだが、内容が濃いので何日も出かけたような気分だ。
雲はどんどん厚くなり、ポツリポツリと雨粒が落ち始めた。
そろそろクライストチャーチの家に帰る時だな。
でももう一つやっておきたいことがある。
タイの家の周りは原生林でパンガと呼ばれる高さ5mぐらいのシダがたくさん生えている。
そのシダの倒木を庭の花壇用に切り出して持って帰りたいのだ。
西海岸だとそんな物はいくらでもあるが、クライストチャーチの園芸屋ではこれが売り物になっている。
遅めの昼飯をタイが作る間に、僕は茂みの中にゴソゴソ入りシダの倒木を切り出す。
ついでにシダの幼木もいくつかもらっていこう。
家の裏側、日当たりの悪いジメジメした所に原生のシダ庭園を造りたいと思っていたのだ。
ああ、またやることが増えてしまうな。
飯を食べて、荷物を車に積み込み出発の準備ができた頃、雨が本格的に降り始めた。
「タイよ、今回も本当にありがとう。お前みたいな友達を持って俺は幸せ者だ」
という用意してた言葉は言えなかった。
そんな言葉を言ったら涙があふれてしまう。
手を握ってありがとうと言うだけで涙がじわっとくるのだ。
心でつながりあった関係では余計な言葉は必要ない。
こうして僕は西海岸を後にした。
時間があったらグレイマウスの魚屋でカツオを買っていきたかったが、時間切れ。
又のお楽しみにしておこう。
クライストチャーチの家に帰ってくると犬のココが大喜びで出迎えてくれた。
さらに血の匂いがプンプンした肉の袋の匂いを嗅いで大興奮。
その場でぶった切った骨をあげたら、僕のことを見向きもしないで骨にかぶりついていた。
翌日、友達のマサさんを家に呼んで、シャミーの味見をしてもらった。
彼はシェフで最近良く遊ぶ友達である。この人も面白い人で話が一つぐらい書けてしまうぐらいだ。
以前は家のニワトリを絞めた時に、僕は食べられなかったので彼に持って帰ってもらい食べてもらった。
感想は「鍛え抜かれたアスリートのような味」だったそうな。
命をいただきます、というところでつながっている友人、そしてプロの料理人に味見をしてもらって、自分では考えられないような新しい味が欲しかったのだ。
「よく臭い肉には臭い物、例えばブルーチーズなんかでソースを作ったりもするんだけどね」
「まあ、何はともあれ食べてみてよ」
最初は肉の味を知ってもらうために軽-く塩を降ってさっと外側だけ焼いた肉。
「あれ、全然臭くないじゃん。俺は山のヤギのような動物っていうから、獣臭さがあるかなと思ったんだけどね」
「そうなんだよね。次は醤油で」
「お、こりゃ旨いなあ。これなら醤油で充分じゃないの」
そんな感じで2人でワイワイとやるのも、また楽し。
その日は彼に持って帰ってもらい、家で試してもらった。
僕が作ったのはシャミーのモモ肉モロッコ風ステーキ。
塩コショウ、ターメリック、ナツメグ、摩り下ろしにんにく、燻製パプリカに漬け込んだ。
旨かったが焼きすぎると固くなるということにも気が付いた。
シチュー用の肉はトマトと赤ワイン、家の香味野菜と一緒にじっくり煮込んだ。
これまた美味。
ヒレ肉も試しに塩麹に漬けてみたが、これもまた良し。
そうやって友達に配ったりしたら、もらった肉があっというまになくなった。
僕はそれでいいと思う。
旨いものはみんなで。
物でもなんでも奪い合えば足りなくなる、分け合えば余るのだ。
犬のココも数日はたっぷり肉を食ったし、骨もカリカリかじってほとんど食べてしまった。
蹄がついている足は、しばらくココのおもちゃになった。
せっかくいただいた命、無駄にはしません。
それに無駄が全く無い、というのは気持ちが良いことなのだ。
後日マサさんと会った時にシャミーの話になった。
「あの肉を食べた後、なんか血がたぎるんだよね。ワイルドな肉だからかねえ。それとね、いろいろ試したけど、やっぱ醤油が一番旨かったよ」
なるほどね、ここで原点に戻るわけだ。
次回タイについてハンティングに行く時は醤油を小瓶につめて持っていくことにしよう。
こうやって僕が一つの話を書いている間にもタイは餃子を作ったり、僕が見たターを撃ったりしている。
「自分がやるべき事をやりなさい」
「どんどんやりなさい」
という僕の教えを忠実に実践している。
益々よろしい。
僕も早く温室を作って、西海岸では絶対作れないような野菜をヤツにご馳走してあげよう。
完