あおしろみどりくろ

楽園ニュージーランドで見た空の青、雪の白、森の緑、闇の黒の話である。

一巡りしたなぁ。

2022-07-02 | 日記
冬がやってきた。
南半球ニュージーランドでは冬至を迎え、いよいよ冬本番である。
日の出の時間は遅く、なかなか太陽が上がってこない。
暗いうちに家を出て、車を走らせるうちに日が昇ってくるのを見ると1日の始まりだ、という気分になる。
葡萄畑の地面は牧草で覆われているが霜で真っ白で、踏むとバリバリと音がする。
朝一の作業もソレルのスノーブーツにヘストラのグローブ、と雪山並みの装備で行う。
それでも太陽が上がり陽光を受けると汗ばむような温度になるので、作業の合間に帽子を取りジャケットを脱いでいく。
畑から見える山も雪化粧で、スキー場もぼちぼちオープンする時期だ。
再び冬がやってきた。



葡萄畑で働き始め、そろそろ1年が経つ。
1年というサイクルで葡萄の生長を見てみたいと思い、その願いは叶ったと言えよう。
去年は何も分からずに言われた事だけをやっていたが、さすがに2ラウンドめになると季節ごとの作業の段取りも見えてくる。
そして今年から剪定、実際に枝を切る作業もするようになった。
選定はただ闇雲に切るのではなく、この後この葡萄がどういうふうに育っていくのかを考えながらやる。
木から長く伸ばす枝を1本、これはケインと呼ばれワイヤーに巻きつけ、ケインから伸びた枝に葡萄の実がなる。
そしてもう1本はスパーと呼ばれ、これは5cmぐらいの長さで切る。
スパーは来年用で、来年のケインはスパーから取るというのが基本のルールだ。
基本はそれでも相手は自然のものなので、不規則にいろいろなものができる。
病気だったり、向きが違ったり、細すぎたり太すぎたり、木自体が高くなりすぎたり、とにかくいろいろある。
1本1本が全て違うので、問題が全て違うパズルを解いているような、そんな気分になる。
すんなりと回答が見つかる木もあれば、「これがあーなってこーなって、ウーム」と考え込んでしまうような難問もある。
最初にやった時は考えすぎて脳ミソが汗をかいたようだった。
それでもやっているうちに少しづつコツも掴んでくるし、慣れた時に油断をして間違った枝を切ってしまうこともある。
作業はシンプルだが集中して頭を使うので時間があっというまに過ぎる。
ヒマでヒマで1日が長いなあ、などという仕事よりよっぽど建設的で健康的だ。
なによりブルシットジョブでない感が半端ない。
ちなみに僕がやっている農場での仕事のように、社会的に意味はあるが高収入を得られない仕事はブルシットジョブと区別され、シットジョブというようだ。



こうやって毎日毎日、葡萄の木と接していると、木に対する思い入れも生まれる。
木を育てるというより、木に仕えるという言葉が正しいだろう。
実際に僕らがやっている仕事の全ては、葡萄にとって育ちやすい環境を整えるというものだ。
これは葡萄に限らず、地球上の農業全てに当てはまることだと思う。
農家がやっている事は、植物の特性を知りそれにあった環境を作ってあげることだ。
寒いのが苦手な植物は温室で育てるとか、病気や虫対策に薬をまいたりとか、影にならないようにとか風通しが良くなるよう雑草を駆除したり。
まるで植物様に仕えるしもべじゃないか。
人間は万物の長などという言葉があるが、思い上がりもはなはだしい。
シンプルに考えて、全ての動物は植物がなければ生きていけないが、植物は動物がなくても生存できる。
植物は自分の種を存続するのに有利なので、他の動物や鳥や虫を利用している。
人間だって植物に利用されているとも考えられる。
最近は農系ポッドキャストを聞いているが、その中でこんな事を言っていた。
「植物というのは生物学的に動物よりも優れている。自分が宇宙人で地球の事を何も知らずにやってきたら、人間より植物にコンタクトを取るだろう。」
実に面白い視点の話で、個人的には納得できる。
さらにその話の延長で、トウモロコシ宇宙人説は人類はトウモロコシに支配されているなんていう話も実に愉快でよろしい。
そうやって考えると、この地球上で人間とはどうしようもない存在だな。
地球にとって人間がガン細胞である、という例えは聞いた事があるが、そのガン細胞同士がいつまでも殺し合いをしている。
教科書に載っていない歴史だが、人類は過去に何回も大絶滅を繰り返している。
過去の絶滅では、この世の終わりが間近にあるのに人間は略奪や殺戮をやめなかった。
今の世の中とどう違う?



話が大きくそれた。
人間がどうしようもないという話ではなく、植物が優れているという話だ。
何と言っても植物は光合成ができる。
自分の中でエネルギーを作る事ができるというのは、動物には逆立ちしてもできないことだ。
他の生物の助けを借りなくても生きていける。
地球上で人間を始め他の動物が絶滅しても植物は存続できる。
そんな優れた植物の致命的欠点は自分で動く事ができない。
それが故に動物や昆虫や鳥を利用したり、風で種子を遠くへ運んだり、様々なやり方で種を残している。
環境に合わせ自分自身の姿を変えるとも言えよう。
その環境を人間の科学と考えるならば、遺伝子組換えも植物の本意かもしれない。



ヨーロッパで生まれた葡萄という木は、実を肥やし菌と結託して葡萄酒という形で人間に味を覚えさせた。
味を知った人間は、種を海を越えて地球の裏側まで運んで栽培を始めた。
植物が知ったことでない人間界のドタバタ劇で仕事が無くなった僕が、今はせっせとその子孫の面倒を見ている。
壮大な話ではないか。
そんな葡萄のもくろみにまんまとはめられている自分を見るのが楽しくもある。
葡萄の陰謀を知りつつ、1本、また1本と枝を切っていく。
ひょんなことから葡萄畑で働き始めて1年。
季節は巡り、自然のサイクルの中に実を置く感覚は研ぎ澄まされていくような気がする。
葡萄との出会いもこれまたご縁というわけなのだろう。
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ブルシットジョブ

2022-06-13 | 日記
ブルシットという言葉は直訳すると牛の糞だが、とんでもないとかでたらめとかくそったれとかコンチクショーとか、ロクでもない意味だ。
ちなみに英語の発音をカタカナ表記にするとボゥシッになるが、今回はブルシットで行こうと思う。
ブルシットジョブとはロクでもない仕事という意味で、デイビッド・グレーバーという人の本のタイトルでもある。
ブルシットジョブの定義は『被雇用者本人でさえ、その存在を正当化しがたいほど、完璧に無意味で不必要で有害でもある有償の雇用の形態である。とは言え、その雇用条件の一環として、本人はそうではないと取り繕わなければならないように感じている。』 デイビッド・グレーバー
僕が自分の言葉で書くなら、本当はやりたくないクソバカバカしい仕事だけど金になるからやってるだけで、生活のために綺麗事ばかりも言ってらんねーよな。
そんな具合かな。
ここであらかじめ書いておくが、今回の話は読んでいてムカつく人が多く出てくると思う。そして長い。
仕事というのはその人が選択した生き方であり、それをけなされたら誰だって腹が立つ。
「なんでオメーにそんなこと言われなきゃならないんだよ、このクソ野郎が。だいたいテメーは偉そうなんだよ、何様のつもりだ!」と思われても仕方ない内容だ。
なのでそうなるかもしれないなという人は、途中でも読むのをやめて別の事をする方がいいだろう。本当に長いから。
ではなぜ書くかと問われたら、長年自分が投げかけてきた質問の答えがそこにあったからだ。長くても。
仕事と言うものを考え、構造を理解する点でうまく説明をしてくれたのがブルシットジョブだったという話。
まず仕事とは一体なんだろう、労働とは違うのか?
その答えは人によって違い、それこそがその人の持つ人生観であり価値観である。
「生きていく為にする事」「嫌いだけど仕方なくやる事」「お金を稼ぐこと」「ただ考えずにやる事」「楽しいこと」「自分がやるべき事」「社会の為にする事」「家族の為にする事」「何かよく分からないけどやらなきゃならないこと」「自分の使命」「人がいやがる事をすること」「うだうだ言ってないでだまってやれ!」
いくらでも出るがなにが正しいというのはない。
よく職業に貴賎はない、などと言うが僕は違うと思う。
この言葉も職業とは何かで意味合いが違ってくるが、ヤクザは職業だろうか?ヤクの売人は?サギ師は?殺し屋は?戦争仕掛け人は?
そこまで含んで考えると、例えば医者と殺し屋は同列か?ヤクの売人と消防士は同列か?となってしまう。
今回の話も前提に、職業に貴賎はある、ただしその貴賎とはどれだけ金を稼ぐのではなく、どれだけ社会に貢献しているかで決める、これをベースに考えていきたい。

さて、ここでブルシットジョブの種類をいくつかあげる。
1 取り巻き 誰かを偉そうに見せたり、偉そうな気分を味わせたりするためだけに存在する仕事。
2 脅し屋 雇用主の為に他人を脅したり欺いたりして、その事に意味が感じられない仕事。
3 尻拭い 組織の中の存在してはならない欠陥を取り繕うだけの仕事。
4 書類穴埋め人 組織が実際にやっていないことを、やっていると主張する為だけに存在する仕事。
5 タスクマスター 他人に仕事を割り当てるためだけに存在し、ブルシットジョブを作り出す仕事。
一つ一つは後で記述するが、全ての人が思い当たる事があるだろう。
職種そのものがブルシットジョブであることもあるし、仕事の一部がブルシットジョブということもある。
エッセンシャルワーカーの仕事でも時と場合によってブルシットジョブになりうる。
自分のやっていることが100%ブルシットジョブだという人は少ないと思う。
だが今の社会で生きていたら多かれ少なかれ誰もがブルシットジョブに巻き込まれる。
エッセンシャルワーカーというのは社会機能維持者と訳されるが、社会に必要な職種のことである。
食料生産、交通、流通、物販、生産、教育、医療、建設、消防、安全管理、通信、治安維持、他にもあるかもしれないがざっとこんなものだろう。
これをやっている人が全て立派かと言うとそうでもなく、職業として社会の為に必要でもそれをやっている人間はクソ野郎、というのはどこの世界にもいる。
あくまで仕事の構造の話で、おおまかに言ってエッセンシャルワーカーは社会に必要な仕事、ブルシットジョブはあってもなくてもどうでもいい仕事と考えていいだろう。
ちなみに社会には必要だけど賃金の低い仕事、農業とか看護師とか介護とか3Kのキツイ仕事は、シットジョブと区別されている。
そしてヤクザや売人のように目に見えて社会の毒となるような仕事もあるが、ブルシットジョブは表向きは毒気はないが実質は社会全体に害を与えている。
何と言って儲かるし金になるのがブルシットジョブなのだ。
ホワイトカラー、エリート、なんとかエグゼクティブ、なんとかコンサルタント、なんとかコーディネーター、全てではないがそういった人にブルシットジョブは多い。

ここで一つづつブルシットジョブについて具体的に述べる。
その1、『取り巻き』。誰かを偉そうに見せたり、偉そうな気分を味わせたりするためだけに存在する仕事。受付係、ドアパーソンなど。
組織の派閥争いには必ず存在するし、ゴマをするなんてのはどの業界でもある。
昔あるスキーリゾートで働いていた時に年上の正社員が僕ら若手のアルバイト社員に偉そうに言っていたのを思い出した。
「私はオーナーが来る時は常にポケットの中でライターを温めておくんです。オーナーがタバコをくわえた時にさっと出して一発で火がつくでしょう。これが気配りです」
こいつはそんなくだらない事を考えて人生を生きているのか、と心の中で思った(さすがに言葉には出さなかった)だがこうやってネタに使わせてもらったんだから良しとしよう。
これを一言で言い表すなら『媚びる』という言葉だろう。
権力もしくは財産を持つ人間に媚びて自分を認めてもらいたい欲求。
そこにあるのは人間として平等というものではなく、常に上下関係だ。
しかも自分で上下関係を作り上げて、その関係の中に身を置いてぬるま湯に浸かるように思考を停止している。
そういうやつはたいてい上にはペコペコするが、下にはきつく部下の失敗は部下のせい、部下の成功は自分の業績とするんだろう。
そういう事だけで金を稼いでいる人はたぶん多いんだろう、しかもその金は大金なんだろうなあ。
今ここまで書いて気がついたが、例を挙げたスキー場のゴマすり野郎はそれで大金を貰っているわけでないからブルシットジョブではなく、単にバカなヤツという話だろう。
政治界とか財界とか、それから大学病院の中にもあるのをテレビドラマで見たが、似たような権力構造ではヤクザの社会でも同じだ。
客に媚びるという意味では、客商売でも無意味なサービスというものはある。
媚びることと正当なサービスというものは本来違うものだが、むやみに媚びる側とそれで気をよくするバカな客と1セットになっているのが現状だろう。

その2 『脅し屋』雇用主の為に他人を脅したり欺いたりして、その事に意味が感じられない仕事。
ロビイスト、顧問弁護士、テレマーケティング業者、広報スペシャリストなど雇用主に代わって他人を傷つけたり欺いたりする為に行動する。
言葉巧みに雇用主に取り込み、敵もしくは標的の弱みを見つけ出し脅して利益というエネルギーを奪う。
脅すという点ではヤクザや総会屋も似たようなものだが、彼らは直接的に利益を奪う。
どちらもコントロールドラマでいうところの脅迫者で、他人からエネルギーを奪うのでいくら奪っても満ち足りることはない。
奪ったエネルギーは人に回すことなく、自分だけでもしくは自分の所属する組織だけ溜め込む。
エゴ、自分さえよければいいという考えから脱却できない人々だ。

その3 『尻拭い』 組織の中の存在してはならない欠陥を取り繕う為だけに存在している仕事。
例えば粗雑なコードを修復するプログラマー、バッグが到着しない乗客を落ち着かせる航空会社のデスクスタッフ、客からの苦情電話係。
この話でも昔会った人を思い出した。その人は何か事あるごとに「ごめんなさい」を連発していた。
なぜそんなに謝り続けるのか聞いたところ、とある会社の苦情の電話番を長い事していたと言う。
そこではひたすらに謝り続ける仕事でそれが癖になり、プライベートでも事あるごとに謝るようになった。
自分自身が悪い事をしたわけでもないのに謝るなんて悲しいことだなぁ、と思った。
これが自分なら「自分が悪い事をして謝るのは納得がいくが、自分が悪くないのに謝るのは何か違う」という考えが態度に出て客を怒らせてしまう。
実際に若い時にはそういう事が原因で大クレーム問題になったこともあった。若気の至りだったんだなあ。
自分が悪くないのに謝るのは人として悲しい話だが、その仕事を選ぶのもその人の選択の結果なのだろう。
たまにあるのがクレームを受け続けた人が、立場が変わった時にクレーマーになってしまう事で、負の連鎖とはそうやってできる。

その4 『書類穴埋め人』 組織が実際にやっていないことを、やっていると主張するために存在する仕事。
例えば調査管理者、社内の雑誌ジャーナリスト、企業コンプライアンス担当者など。
役に立たない時に何か便利なことが行われているように見せる。
これは自分の身近にはいないので具体的な例は見つからないが、なんとなく想像できる。

その5 『タスクマスター』 他人に仕事を割り当てるためだけに存在し、ブルシットジョブを作り出す仕事。中間管理職など。
これが僕が長年疑問に思っていて、誰も納得のいく答えを指し示してくれなかったことの答えの一つだ。
フランスのお茶工場の話だが、その工場がリプトンという会社に売られて放置された。
従業員はそのままで、新しくただ椅子に座っているだけという工場長がやってきた。
新しい工場長は何もしなかったが、古くからいる従業員が力を合わせ頑張って、いろいろな改善をして業績は以前の2倍半になった。
上の人が何もしないというのは時に良い結果を招く。
それで従業員の給料が上がったかというとそうでなく、新しい機械を導入したかというとそれでもなく、現場を知らない10人のスーツを着た人達が中間管理職としてやってきたという話。
ここからは僕の想像だがその人達は何をしたんだろう。
きっと何もしなくても給料をもらえるのだろうが、人間は何かしたという証が欲しい。
現場の人に必要のないレポートを提出することを命ずるかもしれない。
自分が仕事をしているという証が欲しいだけで、あれやこれや命令したかもしれない。
現場のことを知らない上司がしゃしゃり出て現場をかき乱す、そんなことは世の中にいくらでもあるし僕も今までの人生でいくつも見てきた。
そうやってブルシットジョブが増えて行く。
僕がツアーで仕事をしていた時、多分今もそうだがツアーレポートの提出を命じられた。
ホテルから空港まで1時間ぐらいの仕事で何も問題なく終わった時でもレポートを出せと言われる。
くだらない仕事だなと思いながら『何も問題なし』と書いていたら、「問題なしではなく、もっと具体的にお客さんの様子を書け」とまで言われた。
問題があった時に報告するのは当たり前だが、何事もなく終わった時にもするのは実にバカバカしい。
当時はファックスでそれを送っていたが、紙のムダ、通信費のムダ、労力のムダだ。
何故こんな作文をしなくてはならないのか、お客さんは満足して帰ったんだからめでたしめでたしでいいじゃん。
今となっては僕の何故?の答えは『それがブルシットジョブだから』で結論づけられる。

こうやって見てみると世の中はブルシットジョブで溢れている。
全く意味の無い会議、誰も見ないレポートの提出、接待ゴルフ、自分の仕事が終わったのに同僚が終わっていないという理由で帰れない残業、余った予算を年度末に使い切らなければならない理由でやる道路工事、自分の存在価値だけのためだけに部下に命ずる生産性の無い作業。
誰もが思い当たることがあるはずだ。
気をつけなければならないのは、それを悪だと決めつけてしまうことである。
悪だと言った瞬間に思考は停止してそれで終わってしまう。
一見ブルシットジョブは悪いと思いがちだが(確かに良いものではない)そこで一歩踏みとどまって冷静に考えなくてはならない。
まずはブルシットジョブの構造、そして世の中はブルシットジョブで溢れているというファクトを理解する必要がある。

ケインズという経済学者が考えた理論では、将来(僕らの現在)はテクノロジーが発達して人は週に15時間ぐらい労働すればいいという世の中になるだろうと予測した。
実際には週40時間どころか残業休日出勤で、人は休みなく働いている。
全然違うぞー。
一説では人類は産業革命以前よりも忙しくなっていると。
人間が楽に生活ができるように科学が発展したのに、どうなっちゃったんだよ、一体?
確かに生活は楽になった。
全自動の洗濯機はボタンを押せば機械が洗濯してくれて脱水や乾燥までしてくれる。
炊飯器はご飯を炊いてくれるし、掃除機ロボットが掃除をしてくれる。
昔の人から見れば夢のような生活なのだろうが、昔はブルシットジョブも無かった。
便利になり生活に余裕ができた、その分ブルシットジョブが増えたということだろう。
言い方を変えると新しい機械を買うためにブルシットジョブをやり、新しい機械を作って売る側もブルシットジョブをする。
なぜこんなにもブルシットジョブが増えたのか?
それは『自由市場経済では全ての物が商品となり労働者の労働時間というものも商品になる』というところだと思う。
要は資本家は労働者から時間を買っていて、労働者は自分の時間を売って生活をしているとも言える。
だから仕事に意味や生産性があろうがなかろうが、会社に居るだけで給料をもらえるという構造ができる。
これを考えるとブルシットジョブは資本主義が発達する上で当たり前に発生するものなんだろうな。

働かざる者食うべからず、という格言がある。
生きていくためにちゃんと真面目に働きなさいよ、という言葉だがこれについて一言もの申す。
まずこの言葉ができた昔は、人間の労働はほぼ全てがエッセンシャルワークであり、働くこと=家族を養う、ひいては社会の為でもあった。
そしていつのまにか人々の心に、労働=尊いもの、という概念ができた。
その概念が一人歩きすれば、家族を犠牲にしてでもするべき義務、となる。
誤解のないように言えば、僕も労働は尊いものだと思っているが、労働の質と言うものを忘れてはいけない。
働く事は大切な事だから、ブルシットジョブだろうがなんだろうが働けば良い、という考えから脱却すべきだ。
そして今の世の中では雇用を生むというのが、政策にもなっている。
オバマが大統領だった時の話、あるシステムを導入すれば1万人の人件費が節約できるという話があったそうな。
オバマは「そんなことをしたら1万人はどうやって食っていくんだ」と言ってそのシステムが導入される事はなかった。
結果は1万人分のブルシットジョブが残っただけだ。
似たような話は世界中に転がってる。
これからAIがもっと進めば、いやすでにそうなのだが、人間がやってきた事を機械ができる時代になっている。
そこで出てくる質問は、雇用がなくなって生活がやっていけるのか、これは絶対に出る。
これを打開するにはベーシックインカムの導入という方向に行くのだろうが、それも簡単な話ではないだろう。
でもまずは考え方を変える事からだと思う。
自分のやっているその仕事は本当に大切な仕事なのか、ブルシットジョブか。
それだけで世の中の見方が変わってくるはずだ。
ちなみに政治家のほとんどはブルシットジョブだ。

さて世の中には様々な仕事があるが、それが社会にどれだけ役立つかという興味深い話を聞いた。
これは言い換えれば、仕事のブルシット具合というものだ。
人間が1ドル分実際に働いて、その1ドルが社会の中でどれだけの価値になるか。
例えば保育士の1ドル分の仕事は、社会では7ドル分の価値がある。
ナルホド、理解できるぞ。
看護師の1ドル分の仕事は社会では9ドルの価値がある。
仕事きついし、それぐらいの価値はあるわな。
ゴミ収集車の人の労働は10ドルの価値があるという。
面白いことに医者はそれほど高くなく、看護師の方が高い。
実際の社会では高い給料をもらって威張っているのは医者だ。
それだけ医者はブルシットにまみれている一面もあるという話。
対極では銀行員が1ドル分働くと、社会では7ドルの損失になると言う。
損失っていうのもありなんだね。
極め付けは広告代理人、この人が1ドル働くと11、5ドルの損失になる。
ああー、なんとなく分かるぅ。
この値を指標にして、各職業がどの辺りに位置するかおぼろげに見えてくる。
ただしこれは職業の平均値であろう。
医者でも現場で患者に寄り添って仕事をする医者もいれば、ふんぞりかえって威張っているだけの医者もいるだろう。
これはあくまで全体を見る話であって、個人の働き方や生き方とは区別して考えなくてはならない。

ブルシットジョブの定義に一度戻ると、社会において意味がないもしくは害になっていて本人も認めているのがブルシットジョブだ。
深読みすれば、本人が「自分がやっているのはブルシットジョブではない」と言い張ればブルシットジョブではないわけだ。
これは面白い観点で、それを決めるのは周りでなく自己申告制というのがいい。
統計では欧米諸国の3割から4割ぐらいの人が、自分がやっているのはブルシットジョブだと認めている。
人間はそれぐらいの割合で理性と良心を持ち合わせているのだな。
そしてまたブルシットジョブをやり続けるのはある意味つらいものだと思う。
たとえブルシットジョブで大金持ちになって社会的に成功をしたように見えても、虚しさからは逃れられないだろう。
僕の考えでは仕事というのは何かしら社会に奉仕する一面が必要だ。
それがエッセンシャルワークでなくても、たとえ何も産み出していなくても、人を幸せにする仕事はある。
よく聞く話だが家事は仕事かどうか。
家事自体は直接的にお金を生み出していないので、低く見られている。
だが労働者に次の日も元気で働けるエネルギーを与える大切な役割だ。
こういう仕事のことをケア労働という。
ケア労働もエッセンシャルワークだ。
その他にも音楽家、画家などのアーティストなども人を幸せにする仕事だと思う。
他人を幸せにするということだけで、どの仕事でも社会的意義はある。
それを自分が選択するかどうか。
その想いが社会を作り上げていく。


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さらばガラケー

2022-06-06 | 日記
やっとなのか、ついになのか、年貢のおさめどきなのか、今さらになってようやくなのか、ガラケーを卒業した。
こうやって書くと知らない人は、旧石器時代の人間に文字を教えるようなでっかい変化を想像するかもしれない。
実際のところはそれほどではなく、戦国時代の人間に無線通信を教えるぐらいのものである。
今まで使っていたガラケーは、防水防ショックで1回充電すれば2週間ぐらいもつという優れものだ。
最後に充電したのはいつだったっけ?と思うぐらいバッテリーがもつ。
電話機として使う分には何ら問題はない。
一応ネットも繋がるが、哀しいことにほとんどのサイトは表示されない。
日本語のメッセージは読めるが、返信は英語のみ、絵文字は読めない。
文字は小さく、老眼鏡がないと見えにくいぐらいだ。
でも電話機として使う分には何ら問題はない。
問題があるとすれば、今の世の中で電話機を通信手段の電話機として使い続ける人間はほとんどいなくなったということだ。
ある意味、絶滅危惧種であり僕以外にガラケーを使っている人は全黒で一緒に働いていたアキさんぐらいしか見たことがない。



余談になるが、90年代後半に携帯電話が普及してほとんどの人が持つという時代、とあるスキー場で働いていたが僕と相方のJCだけがケータイを持っていなかった。
その時の僕らの合言葉は『あれば便利は・・・無くても平気』
皆からは連絡が取れなくて困ると言われ「連絡取りたい時はどうすればいいの?」と聞かれたら「手紙を書いてくれ」と言っていたあの頃。
それでも街には公衆電話は存在しており、なんとか有線電話でも生活ができていた時代だった。
そういう自分も時代からかなり遅れて携帯電話を持つようになり、街から公衆電話や電話ボックスが姿を消した。
一度携帯を使い始めるとナルホドこれは便利であり、そしてまた社会で生きて行くのに必需品となった。



お気に入りのコテンラジオで情報通信の歴史というのを聞いたことがあった。
昔は人が移動するスピードで情報が伝えられていき、重要な伝達事項は騎馬による伝令、日本では飛脚などで伝えられた。
情報の重要さはスピードに深く関係していた。
科学が進むに連れ人間の移動速度が速くなり、それに比例して情報も速くなった。
実際の軍事だけに限らず政治戦略でも経済戦略でも情報収集は戦略のイロハであり、相手より早く情報を得ることが勝利へ繋がる。
さらに時代が進むと有線通信さらには無線通信ができて、情報の速さは人間の移動スピードを超えた。
そして話は地球上だけのものでなく宇宙まで飛び、人工衛星のおかげで地球の裏側でもリアルタイムで通信ができるようになった。
人類史で見るとこんな具合だが、僕個人の通信手段の思い出は黒電話そして郵便だった。
ジーコロコロコロとダイヤルを回すタイプの黒電話を我が家では長らく使っていた。
電話機も親子電話になりコードレス電話がでてきて、携帯電話の登場だ。
携帯電話も出てきた当初はバッテリーもでっかくて、とんでもなく高く、しかもトンネルとかに入ると切れるというしろもの、それがわずか30年ぐらい前のことか。
通信の種類も直接会話をする電話、メール、テキストメッセージ、ライン、メッセンジャーと多様になった。
携帯電話、スマホ、アイフォン、アイウォッチ、もうこうなると電話は機能の一つとして存在し、小型のコンピューターを各個人が常に持ち歩いているようなものだ。
電話機を電話機単体として使う時代はとっくに終わったのであり、やっとこさ乗り換える時になった。



こうやって書くとまるで僕が何も使えない旧石器時代の人間と思われるのも癪なので書いておく。
家ではiPadを使っているし、娘のiPhoneのお下がり(故障して会話ができない状態)を電話機としてでなく、音楽を聴くツールとして使っている。
なので使い方はある程度知っているし、買う金がないというほど貧乏でもない。
そしてまたいつまでもガラケーを使い続ける僕を哀れんでか、友達のタイが中古のiPhoneをプレゼントしてくれたのが1年前。
シムカードを入れ変えればいつでも文明開化で文化人の仲間入り、旧石器時代よサヨウナラという状態がしばらく続いた。
でもなんとなく、政治的思想があるわけでもなく、死んだ爺さんの遺言でもなく、宗教上の理由でもなく、本当になんとなく使えるものを廃棄するのに抵抗があり、それだけの理由でガラケーを使ってきた。
ガラケーが壊れたら換えようと思っていたが、何せ防水防ショックとにかく頑丈で壊れないし、充電待受時間は多少短くなったが10日ぐらいは普通にもつ。
本体自体は壊れないが、充電部分をカバーしているゴムが壊れたのを機会に、iPhoneデビューと相成ったわけである。
だからと言って自分の生活が劇的に変化したわけではないが、便利になった点があるのも認める。
何よりケータイを換えたなどとくだらない話だけで、一つブログが書けてしまった。
20年後先、いやもう今すでにそうなのだがケータイは形態を変え別のものになっているだろう。
その時に時代遅れとなったケータイから自分がどのように新しい通信手段に乗り換えるのか、それが今から楽しみでもある。
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北島悠遊記

2022-05-27 | 
ブドウ畑の仕事が一段落してホリデーに入ったので所用を兼ねてオークランドへ行ってきた。
オークランドから荷物を運ぶ必要があったので、行きは飛行機、帰りはレンタカーでドライブしてクライストチャーチまでという5泊6日の行程だ。
オークランドへ仕事以外で行ったのは20年ぶりだ。
僕が初めてニュージーランドに来たのは1987年の5月だから35年前になるのか。
その時は3ヶ月オークランドの英語学校に通った。
18歳という多感な年頃に当時のオークランドで短いながらも生活をしたのは良い経験だったと今となっては思う。
その時には右も左も分からず、まさか自分がこの国に住むことになろうとは夢にも思わなかった。
当時のオークランドも都会だったが、のんびりとして治安も良く人々は親切で、古き良きニュージーランドがあった。
今回はその時の先生とも会い、互いの子供の写真など見せたり昔話をして旧交を温めた。
だが連絡が取れなくなってしまった先生もいるし、ホームステイで世話になった人もすでに亡くなってしまった。
人とのご縁というのは不思議なもので、会える時には会えるし会えない時にはどうやっても会えない。
会えないというのもこれまたご縁で、それは会うタイミングではないと理解している。



人が今の世の中でするべきことは3つある。
一つは本を読むこと。もう一つは旅をすること。そして人に会うことである。
これは今の世に限ったことではなく、どの時代や場所においても当てはまることだ。
共通することは、自分が持っている常識と違う知識や価値観があることを知る。
そのことによって相対的に自分を取り巻く状況を見ることができ、最終的には自分自身の内観へつながる。
人間は相対的にしか価値判断ができない。
日本から一回も出たことがない人は、日本の本当の良さが分からない。
どんなに素晴らしい所に住んでいようと、ずーっとそこに住んでいればそれが当たり前となり、何も感じられなくなる。
日本は、と書いたがこれは日本に限らずインドだろうがアメリカだろうが北海道だろうが大阪だろうが同じこと。
そこで大切なのが旅をすることなのだ。
自分が住んでいる場所との差異を感じ、他所には他所の社会があることを身を持って体感する、これは相手を認めるということにつながる。
相手を認めることができないとどうなるか、自分がもしくは自分の社会だけが正しいというエゴに発展する。
さらに非日常という旅先では良い所も悪い所も客観的に見ることがたやすいので、これまた相対的に自分の住む環境も客観的に見やすくなる。
そして旅先において自分が住む社会との差異が大きければ大きいほど理解しやすい。
例えば日本の端に行くのも世界の裏側に行くのも『非日常で旅』という点では同じだが、世界の裏側の方が自分の日常とかけ離れているので違いが分かりやすい。
でも考え方や見方によっては、例え隣町へ行くのであっても、充分『旅』になりうる。
要はそれを感じ取れる観察力や感性を持つかどうかである。



この2年というもの、世界中で人間の移動が制限され続けてきた。
旅というものが簡単にできない世の中である。
僕も仕事で北島に何回か行ったが、それらは旅ではなく仕事であったり単なる移動だった。
今回は不慣れな土地へ一人旅。
何回か行ったことはあるが、知った気にならず初めて行く場所のように見て回ろうと意識して旅をした。
今回はオークランドで荷物を受け取り、それをクライストチャーチへ持ってくるという用事があったのでレンタカーを借りた。
レンタカーもリローケーションというシステムで、決められた期間ならタダで借りられる。
レンタカー会社も国内で車の移動が必要な時があるのでそういう車を貸し出す。
ガソリン代やフェリー代は払わなければならないが、基本タダである。
車を運転して気づいたのだが、オークランドは坂が多い。
火山で出来た地形に街ができたので地形は複雑だ。
道路は右へ左へ曲がりくねり常にアップダウンがある。
感覚としてはジェットコースターのようだ。
まっすぐの道路が坂をいったん下りきりそこから登り、見えなくなるところで曲がりながら下っていく、なんてのはクライストチャーチでは全く無い景色だ。
こうやって見てみると、いかに自分が住んでいる場所が平野かということを思い知らされる。
相対的にものを見るとはそういうことだ。
そして当たり前のことだが暖かい。
緯度が違うのだからそれだけ暖かいというのは頭で考えれば分かるが、それを体感するというのは体で理解することだ。
きっと北海道に住んでいる人が九州に旅行に行けば、こういう感じになるのだろう。
暖かい気候に関連するが、植生が違って緑が多い。
僕は山歩きのガイドをしているぐらいだからニュージーランドの植物の事を人よりは知っている。
普段自分がいる南島の中でも北と南では植生が違うのだが、その範囲を超えた植物の世界を見るのは楽しいものがある。
亜熱帯性の気候だからかヤシが多い景色はそれだけで南国というイメージだ。
バナナやコーヒーの木が育つなんて話を友人に聞くと、植物にとっても住める地域なんだなと思う。
植物にとって住みやすい場所があるように、動物によっても住みやすい場所はある。
寒い気候より暖かい気候の方が、人間という動物にとって住みやすい。
動物は厚い毛皮を持ったり冬眠することにより寒さという環境を超えるが、人間は文明というもののおかげで寒い場所でも生活ができるようになった。
でも冬の寒さの中で生活するには、暖を取る薪とか電気とかそれなりのエネルギーが必要だ。
赤道から離れ北へ南へ、北極や南極へ近づくほどにそのエネルギーは大きくなる。
元々は南太平洋で裸で暮らしていたマオリの人たちが南島に極端に少なく、ほとんどが北島で暮らすのは自然なことだ。
オークランドから車で40分ぐらい北の街で友達がカフェをやっておりそこを訪ねたが、海が近く自然に溢れ適度な大きさの街があり、良い所だなぁと思った。
近くの公園にはキウィもいると言うし、スキーをしないで海が好きならこういう場所に住むのも良いだろうな。



今回の旅で僕が意識して積極的にしたのが人に会うということ。
人間の移動が制限され、なおかつ情報伝達の進化により、直接会うコミュニケーションをしなくても済む社会となっている。
誰とでも世界の裏側の友達とでも、ネットを通して顔も見れるし話もできる。
ああ便利な世の中になったね、めでたしめでたし、なのか本当に?
今だからこそ、こんな世の中だからこそ、直接人に会う大切さがあるのではないだろうか、と僕は考える。
昔からの友人、知人、1回だけ会った人、初めて会った人、いろいろな人に会った。
会って気づいたことは、氣の交流というものがあるということ。
目には見えない何かがそこに存在し、それが直接会って話をすることによって増幅する。
互いの氣が高まるというのはこういうことなんだろうな、と思った。
会ってエネルギーを奪われ疲れてしまう、という人は世の中に存在するが、今回の旅ではそういう人には会わずにそれぞれに良い氣の交流ができた。
会うも会わぬも、そういったもの全てがご縁なのだろう。



旅の日程はオークランドで3泊、ロトルア1泊、ウェリントンで1泊してクライストチャーチへ帰ってくる。
オークランドでは街の中心部へは行かず、郊外の友人宅などを巡って過ごした。
オークランドからタウランガを経てロトルアへ。
ロトルアでは女房のお勧めで、源泉掛け流しの日本式風呂がある宿に泊まった。
なんでも敷地の数メートル先に源泉が湧き出している場所があり、そこから湯を引いてきていると。
湯に浸かると体にヌルっとまとわりつくような質感で、これぞ本物の温泉。
あ〜極楽極楽。火山のない南島では絶対に味わえないものである。
南島にも温泉はあるが、火山性の温泉とは水質からして違う。
硫黄の匂いがプンプンするような温泉は大地の恵みだ。
これだって無い状態を知っているから感動も大きいのであって、例えば草津とか野沢とかそういう所で生まれ育ち今もそこに住んでいるなんて人には当たり前すぎて感動もないだろう。
まあ、もしも僕が温泉街に住んでいたら旅先をわざわざ温泉のある場所に選ばないで、ビーチリゾートだとか大都会だとか温泉と全然関係ない所を選ぶことだろう。
ともあれ温泉宿で1泊してから車で南下。
ロトルア郊外には間欠泉や泥の沼がボコボコ噴き出す場所が多い。
ドライブの途中で渡った川は丁度良い温度で、服を脱げばそのまま入れるような場所もあった。
きっと地元の人しか知らないような場所がたくさんあるんだろうな。



1日ドライブしてウェリントンに投宿。
街の中心から少しだけ外れたコロニアルビレッジのホテルに泊まった。
周りはアンティークの店とかクラッシックの楽器屋とか小洒落たカフェとかが並ぶ。
昔ながらの建物がそのまま残っている街並みは雰囲気が良い。
こういう昔の雰囲気が残っている街を見ると、僕は地震前のクライストチャーチを思い出す。
クライストチャーチは街の中心部が地震で壊滅的に破壊され、今は新しい建物が立ち並ぶ街になりつつある。
きれいだしおしゃれで洗練された雰囲気の街は、シドニーのようだと人は言う。
これはどうしようもない事だが、クライストチャーチらしさはなくなってしまった。
失われたものは戻らない。
ウェリントンの街も大きな地震が来ればそうなってしまう。
今まで地震がなかったから、これからもないという保証はどこにもない。
これは歴史を勉強して学んだことだが、今まで起こらなかったことがこれからも起こらないということはない。
逆を返して言えば、今まで起こらなかったことが今の世の中で起きている。
だからこそ今という瞬間が大切でありそれを感じることが生きるということだ。





夜はウェリントンの大学で勉強をしている娘に案内されて、街の中心部の繁華街にあるエチオピア料理のお店へ。
絶対に自分一人ならば来ない場所だが、地元に住む人は最高のガイドになりうる。
エチオピア料理なんて聞いたことも食べたこともないが、店は結構流行っていた。
お店はきっちりとしたレストランではなく、カフェっぽい造りのカジュアルな店だ。
料理は鶏肉や牛肉や豆類の煮込み料理を、やや酸っぱいパンケーキと一緒に食べる。
今まで食べた経験だとモロッコ料理に近く、スパイスが効いてなかなか美味い。
そして食後は娘がお勧めするアイスクリーム屋でデザート。
いくつも賞を取っているアイスクリーム屋は確かに美味かった。
繁華街を歩いて感じるのは、古い街並みの中での新しい感覚というものか。
大きすぎず小さすぎず、都会だが変に金持ちぶってるわけでもなく、古い物も新しい物も、人種も文化も全てが程よく入り混ざるバランス感が良い。
素直にいい街だな、と思った。
「将来的にこの街に住みたいとは思わないが、この街で大学生活ができたのは良かったと思っている」と娘が言う。
ごもっともな話だ。
18歳の僕が高校卒業後に日本を飛び出してオークランドで短いながらも生活をしたように、娘は娘の人生で色々な経験を積んでいる。
もしも娘がウェリントンにいなかったら、この旅でも素通りするであろうが、娘のおかげでこの街の今まで知らなかった一面を見ることができた。
こういうのもご縁というものだし、いろいろな刺激を受けるのが旅の本質でもある。



旅の最終日はフェリーが2時間ほど遅れたので、朝ホテルの周りを散歩する時間ができた。
地形的に山が海のすぐそばまで迫っているので坂が多い。
ホテルの周りにも車が入れないような路地もある。
そういう路地を当てもなくブラブラと歩くのはなかなか気分が良い。
フラっと見つけたベーカリーカフェでのんびりコーヒーを飲むのもフェリーが遅れたおかげだ。
無事にフェリーに乗り南島へ着くと、あとはひたすらクライストチャーチへ帰るだけのドライブ。
南島に渡った瞬間に僕の旅は終わってしまった気がする。
夕方に無事に我が家に着き、妻が作ってくれた日本式のカレーを食べて「あーあ、やっぱり我が家はいいなあ」などというのも旅の終わりっぽくてよろしい。






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シーズン終了

2022-05-06 | 日記
旅の終わりはいつも虚しくて誰かと一緒に、気の合う仲間とオーイエ。
『また会えるさ』というタイトルのJCが作った歌だ。
この歌ができたのも30年ぐらい昔になるか。
冬から冬へ、南半球と北半球を渡り鳥のように行ったり来たりしていたあの頃、春は別れの季節だった。
スキー業界という特殊な世界で生きていた仲間とは、春になれば別れて次の冬にまた出会う。
そんな事の繰り返しだった。
ニュージーランドに定住するようになり、ハイキングやスキーの仕事をするようになっても季節というのは常に身の回りにあった。
忙しい夏が終わり秋が来ればハイキングの仕事がなくなり冬にそなえ、冬のスキーシーズンが来て忙しい時を過ごし春が来ればヒマになり、やがてくる夏に備える。
気がついてみればそんな生活を20年もやってきた。
僕は基本的に季節労働者なんだろう。
季節の移り変わりに、ロマンを感じ、哀愁を覚え、喜びを見出し、物のあわれを知る。
ニュージーランドは日本と同じように四季があり、季節ごとの美しさや優しさ厳しさを感じ取れるのもここに住んでいる理由の一つだ。



ツーリズムという職種と全く違う農業という世界から、今回は季節の移り変わりを見てきた。
去年の冬の剪定から始まり、ブドウが芽吹き成長し味をつけ熟すまで、一通りの仕事をした。
その時期ごとの仕事もあるし、季節を通しての仕事もあるが全て楽しい経験だった。
大変な作業もあったが、それが終わった後の充実感はやったものだけが分かる山登りの感覚に似ている。
収穫で畑の仕事は終わるかと思っていたが、実際はネットを巻いてそれを納屋にしまってシーズン終了である。
もちろん、ワイヤーを直したり、散水のシステムを直したり、その他もろもろ畑の仕事はエンドレスだ。
だがそういった仕事は後回しでもよい仕事で、冬になり剪定が始まるまでにそういう仕事をする。
とりあえず収穫が終わりネットを片すところでシーズンは終了なのだ。
忙しい時はとことん忙しいがヒマな時はヒマというのはツーリズムと同じで好きだ。



収穫が終わってそのままにしてあったネットを外し機械でロールに巻いていく作業は数人の作業である。
あーだこーだ言いながらやっていくと、葡萄畑のネットが外れ風景が変わっていく。
白いネットに覆われた姿を見慣れてしまうと葡萄畑本来の姿が新鮮に見える。
丸まったネットをヒモで縛って、納屋にしまう。
そういう作業をしながら、収穫もれのブドウをバクバクと食う。
収穫時には若かった実がちょうどよく熟していて食い頃になっているのだ。
我ながらよく食うなあと思うが、目の前に旨そうな実があれば食うのが葡萄への感謝であり礼儀であり敬意である。
ほとんどの実は鳥に食われてしまっているし、早い木は葉っぱを落とし冬に備えているのもある。
周りの木々も葉を落とし、空を見上げてみれば完全に秋の色だ。



秋が来ると妙に感傷的になるのは今始まったことではない。
気がつけば毎年毎年秋になると同じようなことを書いている。
なんなんだろうなぁ、この感覚。
紅葉がきれいでそれが一斉になくなった祭りの後、という感じではない。
それよりも、誰も意識しない場所で木の葉っぱが落ちていき、いつのまにか木が丸裸になり夕焼けにシルエットを映す。
やっぱり自分の心の秋のイメージは、わびさびなんだろう。
こういったのも四季があればこそで、常夏の国ではこの感情も生まれないし、極限の地では夏が終わると同時に冬になるのでこの感情が生まれる隙がない。
そうやって考えると地球上で緯度、南緯も北緯も35度から45度ぐらいという地域に限られて四季の移り変わりが楽しめることになる。
そしてまた大陸という場所も何か違うような気がする。
大陸とは大きな陸地であり、島国のような繊細さが無い、もしくは少ないような印象を持っている。
これは島国にしか住んだことのない僕の私見で、ひょっとすると大陸にもわびさびを感じ取れるような場所があり、そういう文化があるのかもしれない。
それならそれでそういう場所に行ってみたいものだ。



シーズン終了の話だった。
日本はGWだがこちらでは5月というのは何もない。
暦上で祝日も無ければ、学生や子供の休みも無い。
ある意味落ち着いた、普段の生活をする時期だ。
葡萄畑も何もなく、ほぼ1ヶ月の休みとなった。
この休みの間に、所用でオークランドへ行く予定である。
ついでに北島を観光がてらドライブして南下して、普段会えない人に会ってこようかなどと目論んでいる。
でもその前にまず庭の仕事からだな。
夏の間に忙しくて、庭のことがほとんどできなかったのでやることはいくらでもある。
まずは蒟蒻芋の収穫から。
蒟蒻芋、山芋、キクイモ、里芋、秋は収穫の秋、食欲の秋でもある。







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ワイナリーとビンヤード

2022-04-25 | 日記


あわただしい収穫が終わり、ブドウ畑も落ち着きを取り戻した。
その後は収穫コンテナを洗ったり、ネットを片付ける作業に入るが、収穫の時のように時間に追われる仕事ではない。
気持ちが楽だ。
たまにワイナリーの方の手伝いをする。
ここで僕同様、ワイン業界のことをよく知らない人達に用語をいくつか説明する。
まずはビンヤード、これはブドウ畑のことで、ワイナリーとはワインを作る醸造所だ。
この二つによってワインは作られる。
ビンヤードだけ持っていてブドウを作って、取れたブドウをワイナリーで作ってもらう外部委託をする人もいる。
同じ人が両方で働く事もあれば、ビンヤード組とワイナリー組に分れて仕事をすることもある。
日本酒で例えれば、米を作る田んぼと酒蔵のようなものだ。
そしてビンテージと呼ばれる期間がある。
これはブドウの収穫、そしてそれをワインにするまで1〜2ヶ月ぐらいの期間を指す。
南半球ニュージーランドで言えば、3月後半から5月ぐらいまでだろう。
ビンテージ中はとかく忙しく、スタッフは泊まり込みで働く。
常駐のスタッフに加え、その時だけ雇われる人もいる。
チームで働くので、とかく人間関係というものがつきまとう。
今回もまあいろいろとあったが詳しくは書かない。



ビンテージ中は皆で一緒にご飯を食べて、ワインを飲む。
各自がこれぞというワインを開け、それについてあれこれ話す。
ニュージーランドのワインだけでなく、フランスワインだの、イタリアワインだの、スーパーで売っていないワインが出る。
ワインは全てブラインド、靴下でボトルを覆いラベルが読めない状態で持ってくる。
それを味見して、どこの国のどの地域のブドウの品種は何だとか、そんな事を言い合いながら飲むのだ。
はっきり言ってオタクの世界、ワインオタクだ。
僕以外は皆ワインの専門家であり、会話の内容はチンプンカンプンである。
そうだな、例をあげてみよう。
あるスキーヤーの集まりで、皆はアラスカではどうだとか、ニセコではどうだったとか、ヒマラヤではどんな具合だ、いやいやニュージーランドにはクラブスキー場というものがあって、と喋っている。
そんな中に一人、「スキーで足を揃えて滑るの難しいですね」という人が紛れ込んでしまった場違い感。
伝わるかなぁ。
もしくは料理のプロが集まり、フランス料理の基本がどうだとか、イタリア料理の素材があーだこーだとか、日本の築地で食った寿司が最高だとか、中華料理はなかなか奥が深くてなどと話している。
そんな中で、「スーパーの惣菜って美味いよねー」という人がいる状態。
分かるかなぁ。
または音楽家が集まり、どこの国での演奏会はどうだったとか、どこそこのコンサートホールは音が良くてとか、あの人の指揮でやると引き締まるとかそんな話をしている。
そこで「自分の経験は小学校の音楽発表会で、パートはカスタネットでした」というぐらいの違和感。
もういいですか?
とにかくそれぐらいの場違い感なのである。
でもみんな優しいから僕にもワインを勧めてくれる。
飲んだ感想は「美味しい」だけだ。
あんたたちが開けるワイン全部美味しい。
どれぐらい美味しいか分からないけど美味しい。
美味しいと言ったら美味しい。
いや、一つだけハズレがあった。
いくつもワインが開く席でグラスに注がれて、他の人たちはまだグラスに前のワインが残っていたので僕が最初にそのワインを飲んだ。
えー、これってこういう味のワインなの?と思った。
美味くないどころか不味いのだ。
でもその道の専門家が選ぶワインでそんなのあるのか、と自分の舌を疑った。
僕が黙って様子を見ていると他の人たちもその問題のワインを味見して顔をしかめた。
話を聞くとコルクからバクテリアか何かのナンチャラで(全然説明になってないな)ワインが不味くなることがたまにあるそうな。
そのワインはみんな瓶に戻し、後でお店に返品するらしい。
あーよかった。これで皆が口を揃えて「うむ、これはこのワイン特有の味だね」なんて言ったらどうしよう、などと妄想してしまった。
そんな具合にビンテージ期間、僕はいろいろなワインを飲ませてもらった。
専門家の人達はこうやって自分の舌を鍛えるようなのだが、僕の感想はワインって美味しいんだな、というつまらないものだった。
たぶん自分の人生で一番良いワインを飲んだのだろうが、それがどれぐらいすごいことなのかよく分かっていないのも自分だろう。



ビンヤードチームは基本的に畑で仕事をするが、ワイナリーが忙しい時にはそっちの仕事を手伝うこともある。
収穫したブドウは機械で房をバラバラにしてプレスという機械で押しつぶしてジュースにする。
それをタンクに入れて発酵させるのだが赤ワインではしぼった皮をタンクに入れて色と味を出す。
タンクの中では皮が浮いてくるので、その皮を押し沈めるプランジングという作業もする。
これが最初は1日朝晩2回、発酵が進んでくると1日1回になる。
その時にワインメーカーは全てのタンクの味見をして、絞るタイミングを見極める。
僕も何回か味見をさせてもらったが、よく分からないというのが感想である。
まあそりゃそうだわな、ワインの味もよく分からないのにその前段階の状態を飲んで分かるわけがない。
そういうことは専門家に任せて、ワイン初心者の自分は「へえ、ワインってこうやって作るんだあ」と小学校の社会科見学のごとくただ感心するだけ。
それでも新しい知識を体験という形で得るのは楽しいもので、知的好奇心を満たす喜びは年齢に関係なく人生の糧であると思うのだ。
ありがたやありがたや。


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収穫は続く

2022-04-18 | 日記
農場でのメインの葡萄はシャルドネとピノである。
これが畑全体の8割ぐらいだろうか。
ワインとしてもこの二つが主軸なので、優先で収穫をする。
ピノの収穫が終わると、先が見えて肩の力が抜けるが収穫はまだ終わったわけではない。
残りの畑では、リーズリング、ピノ・グリ、ギベルツ、マスカットなどがある。
どれも白ワイン用の葡萄で、リーズリングでワインも作るが、ブレンドしてオマージュというワインも作る。
葡萄の収穫も大詰めに入っているのはどこの畑でも同じで、なかなか人が集まらない。
そしてせっかく来てくれた人が思うように働いてくれない時もある。
前回に書いたフィリピン人のオバチャン達は陽気に働きながら仕事が速く、みるみるうちに収穫コンテナが貯まっていく。
かと思えば、愛想ばかりよくて全然進まないグループもある。
人のやり繰りというのも農場経営には大切な仕事なんだなあ、と実感した。



思うように人が集まらなければ自分たちでやるしかない。
ハサミを片手にチョキチョキとブドウを収穫していく。
当然ながら味見をしながらだ。
農場の中でアルザスと呼ばれる一角には、色々な種類が数列づつ植わっていて、味の比較ができる。
食べて美味しいのはマスカット。これは食べるブドウでも出回っているので味は想像できるだろう。
ちなみに去年の冬に選定の仕事をした時、切り落としたマスカットの枝をいくつかもらってきた。
家に一本だけあるブドウの木に接ぎ木を試みたがうまくいかなかったが、地面に挿したものからは葉っぱが出て順調に育った。
あと何年かしたら我が家でもマスカットが採れるだろう。今から楽しみである。
もう一つ、ゲベルツという品種。これがなかなか美味い。
ドイツの品種でGewürztraminerという何回読んでも覚えられない名前だったが、さすがにブドウ農園で働いて名前を覚えた。
ちなみに正式にはゲヴュルツトラミネールと言うらしいが、面倒臭いからゲベルツと記す。
これは赤っぽいブドウで、赤っぽいブドウの味がする。こいつがなかなか美味い。
ゲベルツ単体のワインを飲んだことがないのか、それとも飲んだけど覚えてないのか。
いずれにせよ、あまり出回っていないし自分では進んで買わない。
僕の中ではそんな位置付けのワインなのだが、ブドウは美味かった。
ただ残念なことに鳥に食われて結構なダメージを受けていた。
鳥がブドウの果実をついばむと、そこから腐ってしまう。
腐ったブドウは臭くて食べれたものではないし、もちろんワインにもできない。
だからネットをかけるのだが、ネットには穴がいくつも開いていてそこから鳥が入ってしまう。
ネットをかけ終わった後、チマチマと穴を塞ぐ仕事をコテンラジオを聴きながらやったのだが、一人でやる作業はどうしても限りがある。
それも高級品種のピノからやってきたので、こちらには手が回らない。
鳥を見かけたら追い出す作業もしてたが、かなり食われてしまった。
食われて腐った場所をハサミで切り落としながら収穫をするので時間もかかる。
それでも何日間かかけてその一角の収穫を終えた。



残ったのは平地の一角にあるリーズリングだ。
ここのブドウが最後の収穫となった。
実は熟しきり中には干しブドウのようになってしまったものもある。
そして貴腐菌が繁殖してしまったものがかなりあった。
これは貴腐ワインを作るのに必要な菌だ。
ここで貴腐ワインとレイトハーベストワインは、どちらも甘いデザートワインのような存在だが、その違いを教えてもらった。
レイトハーベストとは収穫を遅らせ、ブドウの水分をわざと失わせ甘く熟させる。
当然ながら収穫してしぼってもジュースはそんなに多く出ないから、値段も高くなる。
貴腐ワインは似ているが、貴腐菌によりブドウの味が変わりそれを絞ってワインにする。
これが繁殖したブドウを味見したが、もともとのブドウの味とは全く違う味がしてこれはこれでなかなか美味い。
でもこれはリーズリングならOKだが、ピノに貴腐菌がついたものは使いものにならない。
レイトハーベストというワインは飲んだことはあるが、貴腐ワインは飲んだことがない。
ワイナリーでは貴腐ワインを作るかどうかまだ決まっていないが、これから話し合って決めるそうだ。
僕自身はこういう菌を利用して何か作るというものは大好きで、世の中は菌が動かしていると真剣に思っている、細菌至上主義である。
庭の堆肥も酒の発酵も納豆もパンもチーズもヨーグルトもザワークラウトも醤油もお酢も全て菌のおかげで、菌様様なのに人間は気づいていないどころか菌を一段低くもしくは汚いもののように扱う。
全くもってけしからん。
話が飛びに飛んだが、貴腐菌がついたリーズリングのブドウは美味かったということだ。
貴腐菌がついたリーズリングは木に残したまま、なんとか収穫が終わった。



収穫したブドウは全て重さを測るのだが、総量は50トン近くになった。
近年まれにみる豊作なんだそうで、素人の僕が見てもこれ以上収量が上がることはないだろうな。
その50トンものブドウを僕とボスの二人で回収した。
厳密に言えば僕がバイクを運転して、全てのブドウをボスが一人でトレイラーに積み込んだ。
すごい話である。自分がやったら腰を痛めてしまうだろう。
もちろんトレイラーに積み込む以前に、コンテナのブドウを均したり積み込みやすい位置に置くなどの仕事もある。
だけど肉体的に一番大変なのは積み込む作業だ。
それを黙々とやる姿は男惚れするし、そういうボスだからこっちも一生懸命やろうという気にもなる。
自分が楽してキツイ仕事を部下にやらせる上司、というのはたまにいるが働く人の気持ちを萎えさせる。
そして自らが頑張ってやろうと思い働いて、収穫が終わった後の達成感、満足感、やりとげた感はすさまじいものがあった。
その後の乾杯のビールが美味いこと、美味いこと。
去年の7月から始まり、剪定、芽吹き、蔓が伸びる様子、脇芽のめかき、果実の周りの葉っぱもぎ、下草狩り、余計な蔓の剪定、ネット掛け、鳥をネットから追い出す作業、そして収穫。
それぞれのシーンが走馬灯のように廻り、その間にも色々な人間ドラマもあった。
ブドウの育成を1年というサイクルで見たいと思っていたことが体験できたし、満足のいく結果も出た。
それを何年も何年もやっているプロの人から見れば、今年は良い出来だったね、の一言なのかもしれない。
だが何も知らない素人だからこそ見えるものも感じるものもある。
僕は自分のその気持ちを大切にしたい。
何歳になろうが新しい発見、体験、感動ができることは嬉しいことである。
ありがたやありがたや。


こうやって一箱づつトレーラーに積む。総量50トン。


ネットから出た所で一番上まで箱を積み上げる。


そして運ぶ。


ワイナリーに着いたらフォークリフトでパレットごと下ろし。


重さを測る。だいたい1パレットで4〜500キロぐらい。


重さを測ったらそのまま冷蔵庫で一晩冷却。ワイナリーチームがこの後ブドウを絞る。


美味しいワインができるかなぁ。
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収穫 収穫 また収穫

2022-04-16 | 日記


3月後半から4月頭にかけて、葡萄畑では収穫の時期を迎えた。
先ずはシャルドネから収穫が始まった。熟しきったシャルドネは緑から金色っぽくなり、とにかく甘い。
そしてボスの受け売りだが、鼻に抜ける葡萄の香りがして、この香りがワインになった時の香りになる。
正直ぼくはワインの味はよく分からないが、葡萄が美味いのは分かる。
甘くてやや酸っぱくてみずみずしい葡萄、これをバクバク食いながら仕事をする。
食うと言っても普通に食うのではなく、房ごと口に放り込んでジューっと口の中で絞って、種と皮だけ吐き出す。
味は良いが種と皮の割合が多く、食べづらいのがワイン用の葡萄だ。



収穫はピッカーと呼ばれる人に頼んでやる。
それ専門の業者がいて、何曜日に何人というぐあいにやりくりをする。
僕らの仕事は彼らが’スムーズに仕事ができるよう、畑に収穫のコンテナを置き、それが葡萄で満杯になったら回収をする。
摘んだ葡萄はコンテナごと大型の冷蔵庫で冷やす。
あまり暖かくなると酸が抜けてしまうので、暑い時は直射日光が当たらない日陰に置いたりして、できるだけ早く回収して冷蔵庫へ入れる。
本収穫の初日には30人以上のピッカーが来て、てんやわんやの大騒ぎだった。
コンテナを配る作業に追われ回収が追いつかす、ピッカー達が帰った後に黙々と回収をした。
朝も暗いうちから働き始め、仕事が終わったのは日もとっぷり暮れて真っ暗になってからだ。
まあ農場の繁忙期というのはどこもそんなものだろう。



ピッカーで時々来てくれるアジア人のおばちゃん達がいる。
おばちゃん達の仕事は早く、別のグループの倍ぐらいのスピードで収穫していく。
聞いてみるとフィリピンの人だと。
何を話しているか分からないが、彼女達が仕事中ケラケラ笑いながら話すタガログ語を聞くのは心地よい。
たぶんフィリピンにも言霊というものはあるのだろうな。
言葉の意味は分からなくても、聞いていてトゲがない言葉というものはある。
たぶん科学的にも証明されるだろうが、ぼくは直感でそれを感じる。
人をホッとさせるような言葉の抑揚と響き、逆にイライラさせるような響きもある。
それはたぶん発する人の感情にも左右されるものだろうし、他にもあれやこれやあると思う。
日本語にも方言というものがあるように、全ての言語に方言はあるだろう。
共通言語は社会で必要だが、方言の中にこそ人の本質があるような気がする。
そしてたぶん意味は分からなくても、音でそれを感じることができるのだろう。
言語というのは面白いものだなあ。
今度は言語学というものを勉強してみようかな。



葡萄と一口に言ってもいろいろある。
食べる用の葡萄とワイン用の葡萄は種類が違う。
またワイン用でも色々あるが、農園で栽培しているのはピノ・ノワールとシャルドネがほとんどである。
シャルドネは緑色の葡萄で、ピノ・ノワールは黒葡萄だ。略してピノと呼ぶ。
数日かけてシャルドネの収穫が終わると、そのままピノの収穫へ入る。
ワイナリーの主要銘柄とあって畑の面積も広く収量も多く、連日の作業だ。
ピッカーは朝7時から仕事を始めるので、僕らはそれに合わせ6時半ぐらいから仕事を始める。
休みはほとんど無く、朝から晩まで働くので当然ながら体はガタガタだ。
でも葡萄は待ってくれない。
収穫のタイミングを逃すと味が落ちてしまうので、現場の人間にもプレッシャーがかかる。
ここが今回の収穫の峠なんだな、というのが分かり最後は気力で乗り切った。
作業は楽ではないが、やり甲斐があるというのを実感できるのが葡萄の美味さである。
シャルドネは爽やかな味だが、ピノは甘さの中に葡萄本来の旨さが凝縮しているような、そんな味だ。
作業の合間にちょっと手があけばバクバク食うし、喉が渇いて近くに水がない時はわざと熟しきっていない実を食べて水分補給をした。
ずーっとピノばかり食べているとちょっと飽きるので、収穫が終わったシャルドネの取り残しを食べて口直しなんてのもありだ。
収穫の間に僕は何百個の葡萄を食べただろう。人生でこれ以上ない、というぐらい食べた。



どこの国で何の作物か忘れてしまったが、奴隷を使って収穫をしていた時代、奴隷がその収穫物を食べると罰せられたと言う。
悲しい話じゃないか。
目の前に美味しい果実がなっていて自分は働いて収穫をするのにそれが食えないなんて。
人類史にはそういう事もあった。
当時の人とは全てが違う事を知り、完全にはその人の心境にはなれない事をしりつつ、なおかつ当事者の心を想像する努力をする。
それが人文学の醍醐味であり、相対的に今の自分の境遇を俯瞰で見ることができる。
今当たり前にある事を当たり前として受け取らず、客観的に自分を見れるとも言えよう。
現代では葡萄も食べられるし、働いてお金ももらえるし、食事も用意してくれるしビールもワインも飲ませてくれる。
昔の人から見れば夢のような話だろうな。
ありがたやありがたや。

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善悪とは何か ロシア・ウクライナ戦争について考える。

2022-03-19 | 日記
最近はウクライナ戦争のニュースでコロナの話も霞んできている。
ここらでこの戦争に関する自分の意見というか考えをまとめてみたいと思う。
まずは意見を持つにあたり、どの情報を選択するか。
これによって人が持つ印象や思想は変わるので、これは慎重に選ばなくてはいけない。
そしていかなる情報も100%信用してはならないということだ。
情報は常に操作される可能性があるものだし、伝言ゲームのように少しづつ変わるうちに全く違う物になりうるということを前提に考える必要がある。
「テレビで言っていたから」という言葉を昔はよく聞いたが最近は聞かないなあ。
このテレビという言葉をなんでもいいから置き換えてみよう。
「ラジオ」「新聞」「本」「偉い先生」「学者」「ネット」「友達」「SNS」
まあなんでもありだが共通して言えることは、僕が実際にそれを経験したわけではないということだ。
じゃあ一体何を信じればいいの?ということになるが、それは他者が決めることではないし、自分で考えろと言いたい。

さて僕らが普通に見聞きしている情報とは西側の情報がほとんどであり、東側が発信するニュースとか、もしくはイスラム側からのニュースは入ってこない。
そんなの分かってるよ、と僕も思っていたが実際に自分で見ると実感が湧く。
ニュージーランドのテレビで、ロシア軍がウクライナの病院を爆破して一般人に被害を与えたというニュースを見た。
次の日にネットで見つけたロシアのニュースでは同じ建物が写っており、この建物は元病院だったが何年も前からウクライナの軍事施設として使用されていたというものだ。
どちらが正しい、という検証はできないしやっても意味はない。
ただそういうものだというだけだ。
先日コテンラジオが特集でロシアとウクライナの歴史をやった。
時代は8世紀ぐらいまでさかのぼりそこから現在まで、取ったり取られたり、併合と分裂、独立と支配下を繰り返す。
レーニンとかスターリンとか学校の授業で名前は聞いたことがあるというような人がどういうことをしたという話になり、ゴルバチョフ書記長とかアンドロポフとかブレジネフとか子供の頃に聞いた名前も出た。
そして今まで知らなかった分野だが地政学という、地理と政治を組み合わせた考え方。
ここに山があるから向こう側とこちら側では文化や民族が違うとか、海に囲まれた島国だから隣国が攻めにくいとか、そういう話だ。
日本でも北陸の虎と言われたとんでもなく強い武将上杉謙信も雪には勝てなかった、なんていうのはその部類に入るだろう。
そういう地政学的見地からと、歴史を通しての人の行き来など両方の見方で考えると、より今の状況が分かりやすい。
ロシアがウクライナに一方的に侵略した、というのが一般的な(西側の)ニュースであるが、西側にも骨のある人は居る。
アメリカの退役軍人パトリック・ランカスターという人は2014年からウクライナに住んで現地の状況を撮影してきている。
それによるとドネツクのある村の人は8年間もウクライナ軍に攻撃され続け、子供達は学校にも行けず生まれてからずっと地下シェルターで暮らす子供もいる。
これもネットで出てきた情報で100%信じてはいないが、少なくとも僕は大手西側メディアのニュースより信用できると感じた。
こういった人達やウクライナ国内のロシア系民族から見れば、ロシアが自分達を助けに来てくれたと言える。
ウクライナの国内にもロシア人はたくさん住んでいて、さらにロシア人とウクライナ人はほぼ同じ民族だ。
どちらにも言い分はあり、自分は正しく相手が間違っているという、どこの世界にもある喧嘩だ。
問題はロシアとウクライナだけでなく、ウクライナの後に西側諸国がいるしロシア側に中国がつくなんて話もある。
こうなるとどの国がどちら側につく、という話に展開していき最悪のシナリオは第三次世界大戦だが、僕はそうならないだろうと根拠なく思っている。
話をウクライナに戻すが、どちらが正しいという判断はできない。
もちろんプーチンがやっている軍事侵攻が正しいとは思わないし、ウクライナがやってきたことも正しくない。
戦争は全世界がやめるべき最たるものだ。
だが歴史を見る限り、人類の歴史とは分裂と統合の繰り返しでありそのバックにあるのは常に暴力だ。
第一次世界大戦が終わった後で、こんな悲惨なことが二度と起きないようにしようという話し合いになり国際連盟が出来た。
理想的な組織に見えたが、その組織自体が力を持たなかったために次の戦争を止められずに結局世界は第二次大戦へ突入した。
力を持っている組織は強くて指導権を持つ、力を持っていない集合体は結局のところ蹂躙され支配下に置かれる。
そして暴力を正当化するために相手を非難する、行き着くところは「自分は正しく相手が間違っている」になってしまう。
これは国際問題でも個人のケンカでも同じことだ。
そこに善悪がある限りなくならないだろう。

善悪というのはとても分かりやすく、誰にでも理解できる構造だ。
ウルトラマンや仮面ライダーといったテレビの主人公や、アメリカならスーパーマンにスパイダーマンやバットマンなど、ひいては遠山の金さんや鬼平に水戸黄門、最近では半沢直樹まで。
善い者はヒーローであり正義の味方であり、格好よくて強くて人情に長け、優しくて弱い者を放っておけない。
一方悪い者は、弱い者をいじめ私腹を肥やす悪代官とか、世界征服を企む狂人科学者だったり、悪の組織の手先とか。
悪者は一目見て分かるように悪い面構えで、憎々しげで、憎悪するような感じだ。
そんな悪者が途中まで優勢でヒーロー危うし、でも最後には悪者がギャフンと言って痛い目に会う様子とかを見ると胸がスカッとする。
勧善懲悪、ヒーローが悪者をやっつける構図はとても分かりやすい。
テレビとか映画とかエンタメの世界ならめでたしめでたしでそれもいいだろう。
でも立場を変えて見るのを知るとそうばっかりも言っていられないし、最近はそういう文や絵も出てきている。
誰でも知っている桃太郎という昔話では、ヒーローは桃太郎で悪役は鬼である。
どこで見たのか忘れてしまったが、子供の鬼が泣いている絵があり、「僕のお父さんは桃太郎という奴に殺されました」というものがあった。
小鬼から見れば桃太郎というヤツがいきなり現れ、親を殺し財宝を奪っていった、となる。
もう一つ桃太郎の話だが、ドラえもんの話で、ひょんなことからのび太が桃太郎となった。
鬼ヶ島へ行ってみたら、鬼は難破して漂着したオランダの船員だった。
翻訳コンニャクで話を聞くと、最初は村人に助けを求めたが言葉が通じずに攻撃をされた。
仕方ないので近づく者を脅すと、怖がってお宝を置いて逃げてしまう。
どこでもドアでオランダ人を祖国へ送ってあげて、のび太は財宝を村へ持って帰ってめでたしめでたしという話。
この場合の悪者は一体誰だ?
今の世でも本質はたいして変わらず、悪者は相手で自分は正義の味方、自分達にこそ正当性があるということを主張する。
だからフセインだってカダフィだってビンラディンだって殺してもよい。だって自分は正しいから。
最終的には暴力でカタがつき、その後は土地も民も国もボロボロだ。

最近僕は簡単に善悪を決めないように心がけている。
常に相手の立場で物を考えたり、別の視点で物事を観るように気をつけている。
やってみれば分かることだが、善悪を決めないと分かりにくいし結論が出ないことが多いので、人を納得させられない。
メディアのニュースの対象は一般大衆なので、分かりやすくストーリーにする必要がある。
分かりやすいストーリーとは勧善懲悪で、プーチンを悪者にするのが分かりやすいし都合もよい。
どちらも正しくてどちらも間違っている、では大衆は納得しないしニュースにならないのだ。
善悪を決めないのはよいとして、ではどうすればいいのか、僕には分からない。
喧嘩両成敗というシステムが成り立てば良いのだが、そうもいかないだろう。
だが武力で解決するというやり方では何も始まらないことは断言できる。
戦争の反対は平和だと思いがちだがそうではない。
まず平和(という状態)の反対は無秩序(という状態)であり、戦争(という外交)の反対は話し合い(という外交)だ。
例え戦争で勝ってもそれはいずれ次の戦争を生むのは歴史をみれば分かる。
これは当事者、ロシアとウクライナの事だけではない。
経済制裁をしようとしている国はあるが、それをやっている国は経済制裁が暴力だとは思っていない。
経済制裁という暴力に出た結果、原油の値段は跳ね上がった。
これによって全ての物価は上昇するのは目に見えているし、それはすでに始まっている。
企業はこんな状況だから自分が損をしてでも人々の為に安い値段で提供します、とはならない。
これは企業を非難するのではなく資本主義というものがそういう構造だからだ。
結局のところ庶民の財布を苦しめる結果となる。
いつの世でも戦争があれば苦しむのは一般大衆で、特権階級や支配者階級は苦しむどころか得をする。

地理的にニュージーランドは戦場から地球上で最も離れた場所だろう。
そんな遠くにいる自分が出来ることは、一体なんだろう。
ウクライナに義援金を送るのは違うだろうな。
ロシア産の食べ物を買おうにも売っていない。
ウクライナ料理、ロシア料理のお店も聞いたことがない。
血迷ってアフガニスタン料理のお店に行くか、あそこは美味しいから。
何をするべきか考えた。
考えた結果出たのは、想いを馳せる事だろう。
傍観者にならず、無関心でもなく、無関心とは愛と懸け離れた感情だからだ。
情報は操作され得る事を知りながらその情報を見聞きして、自分なりに何が起こっているのか考える。
これは何も戦争に限ったことではなく、全ての世界情勢でも同じことで、歴史の生き証人となる。
ロシア、ウクライナに限らず、報道されないだけでウィグルの人のように、世界中で傷め続けられている人がいる。
その人たちのことを想いながら祈り、自分の目の前のやるべきことをやる。
それが一隅を照らすという事であり、戦争を終わらせ平和を導く鍵だと信じる。
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初収穫

2022-03-12 | 日記


先週の事だが、今年初の収穫があった。
収穫するブドウはシャルドネという品種で、今回はスパークリングワイン用に1500キロを収穫する。
10人ぐらいの人が来て、1日の作業量だ。
先ずは下準備で収穫場所のネットの覆いを外し、ブドウを入れるコンテナを畑に点々と置いていく。
そんなことをしているうちに人がやってきて作業が始まった。
今回は収量が少ないので、働く人は全てボランティア、ワインメーカーの知り合いとか近所のおばさん連中である。
作業もわりとのんびり、おしゃべりをしながらする。
当然ながら美味そうなふさを味見しながら作業をする。
甘みはほどほど、酸味が効いていて美味い。
もっと時間が経つと甘みが増えていくがスパークリング用なので早めに収穫をする。普通のシャルドネの収穫はもう少し後だ。



思えばここの畑で働き始めたのが冬。
ブドウの事など何も分からず(今も分かってないが)言われるままに剪定の仕事をした。
切った枝を取り払い、ワイヤーに縛り付ける作業を何千本もやり終えた時には嬉しかった。
そして春が来てブドウが芽吹き、根っこから出てくる脇芽を切る作業。
春から夏にかけては、成長に合わせワイヤーに木を挟み込む作業。
そして夏の盛りには、実の周りの葉っぱを手でもぎる仕事を娘と一緒にした。
実が熟してきたら、鳥に食べられないようにネットを張る作業をしたのはつい最近のことだ。
この数ヶ月、いろいろあったなあ。
自分の身の周りもいろいろあったし、社会的にも国際情勢もいろいろあった。
いろいろありすぎて、それぞれの出来事が実際に自分の身に降りかかる感覚が薄れている。
個々の出来事は小さくはないのだが、次から次へと事が起こりあっというまに忘却の彼方に葬られてしまう。
忘れてしまうものもあるが得るものもある。
知識である。
ラジオを聴きながら作業をするので、歴史にはある程度詳しくなったし、経済も哲学も社会学もその流れで学んだ。
今まで見られなかった視点で世界や自分を取り巻く環境を見ることができるようになったのは大きな変化である。
特に社会の構造と自分がどこに位置するかという点を考えるのが楽しい。
社会とは小さな範囲では家庭もそうだし、所属するクラブ、学校や会社、友達付き合い、地域社会、果ては国際社会までありとあらゆるものが社会だ。
それらの構造を理解することにより、俯瞰的にものが見られる。
自分の視点だけだったものから、相手の視点を知ることにより、より相対的に考えるようになった。
相対的に物を考えるという点では、人間界と植物の世界の対比が面白いと思う。
植物の世界とは、すなわち自然界だ。
人間界ではいろいろ大変なことになっているが、ブドウから見ればそんな事は知らん。
その場から動けないブドウが感じるのは、暑い寒い水が多い少ないというような事だ。
放ったらかしにすれば病気にもなるが、手をかけた甲斐あって今年は病気にもならず、ブドウはたわわに実った。
成長を一部始終見てきた僕にとっては、素直に嬉しい。



みんなが収穫を始めると、ブドウが入ったコンテナを回収する作業になる。
4輪バギーの後ろにトレーラーを付け、コンテナを積んでいく。
一つ一つのコンテナは12〜3キロぐらいでそれほど重くないが、とかく量が多い。
その間にもボランティアの人が指を切っちゃったからバンドエイドを欲しいとか、こっちでコンテナが足りないぞとか、モーニングティーの準備とか、裏方はいろいろと忙しい。
それでもお昼頃には予定していたエリアの収穫を終えた。
お昼はみんなはワインを飲みながらワイワイとやるのだが裏方はゆっくりしていられない。
午前中の収穫の総量を測ってみたら990キロだった。
この日の目標は1500キロ。というわけで別の畑の収穫の準備。
ネットを上げて、必要な分のコンテナを振り分けていく。
みんなはお昼にワインを飲んで気持ちよくなったのか、午後の作業はペースが落ちたが、それでも夕方には無事予定の収量に達した。
ボランティアの人たちはお土産のワインをもらって帰って行き、今年初の収穫は無事終了した。



数日後に絞ったジュースを飲ませてもらった。
先ずはガツんとくる甘さ、そして広がる酸味。
やや甘みが勝るが素直に美味い。
これから発酵の過程でこの甘さがアルコールに変化して酸味が残るんだな、きっと。
自分が関わった最初のワインであるから、うちにも1本記念に取っておこうかな。
「これってどれぐらいで製品になるんですか?」
「うーん、3年後かな」
「・・・・・・」
今回はスパークリングワインを作るので、瓶内二次発酵というやり方でやる。
安いスパークリングワインは炭酸ガスを注入して作るが、本来のやり方は出来たワインを瓶に詰めその中で再び発酵させ炭酸ガスを発生させる。
僕が家でビールを作るやり方と同じである。
ビールの場合は瓶内二次発酵は家庭で作る場合がほとんどで、市場に出回っているビールは全て炭酸ガスを注入するやり方だ。
だがワインの場合は逆で高級ワインは瓶内二次発酵で作る。
ワインを瓶に詰めて寝かせる期間が2年ぐらいだと言う。
そりゃあ高いわけだな。気の長い話だ。
一度、そういうやり方で作ったピノ・ノワールのスパークリングワインを飲んだが、確かに美味かった。
そしてそのワインは簡単には手が出ない値段でもある。



とにもかくにも初収穫が終わり、次の収穫まではちょっと間が空く。
次はピノ・ノワールの収穫だが、まだ糖度が足りないらしく収穫は3週間ぐらい先らしい。
それまではノンビリと大好きなコテンラジオを聴きながらネットの穴を紡ぐ日々だ。
コテンラジオではマルクスとエンゲルスの資本論を最近聞いたが、近々ロシアとウクライナの歴史を発表するそうだ。
これまたとても楽しみである。
外部から知識を得ることは、歳に関係なく感じられる人間の喜びである。
ブドウはそんな事知らんという様で、実を熟させていく。
秋が近づいてきている。





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