あおしろみどりくろ

楽園ニュージーランドで見た空の青、雪の白、森の緑、闇の黒の話である。

冬支度

2020-07-04 | 日記
南半球では冬至も過ぎ、いよいよこれからが冬である。
冬に至るで冬至なのだ。
冬が来る前にやっておかなければいけないことが多々ある。
スバルのアウトバック銀八号は車検も通し、マフラーの錆を直し、エンジン周りも見てもらった。
冬用にタイヤをスタッドレスに替えて、スキーボックスを載せた。
このタイプのこの色はとても数が多く、ショッピングモールの駐車場では同じような車が何台もある。
間違えて他人様の車を開けようとしたこともあった。
冬はラスタカラーのスキーボックスを載せるので一目瞭然、遠くからでもすぐに分かる。
ペイントがかなり剥げてきているが、まだまだ健在である。
目立ちすぎるので知り合いはすぐに僕だと分かる、よって下手な運転はできない。
割り込みとかあおり運転はせず、スキーボックスを着けていない時よりかなりの頻度で他の車に道を譲ってあげる。
スキー仲間はこの車を「ラスタカラーの棺おけ」と呼ぶ。



愛用のスキーはいつものとおり、友達のスキー職人ハンピーにチューンナップを頼んだ。
その時にビールを差し入れして、あれやこれやお喋りをするのも毎度のことだ。
冬用のバックパック、シャベル、雪崩ビーコン、捜索用のゾンデ棒、ハーネス、スキーブーツなどの虫干し。
雪崩用のキットは、シーズン前にちゃんと機能するかチェックもする。
救急用のキットもそうだが、こういったものは持っていて使い方を知っていて、それでいて使わないというのが望ましい。
道具には手袋やスノーブーツといった革製品もある。
こういったものはしっかりと油を塗っておく。
愛用のスノーブーツはソレルというカナダのブランドだ。
これもそろそろ20年選手だが雪の上を歩くのが多いので靴底も減らない。
僕が生きているうちは充分に使えるだろう。



こうやって冬の支度をしているといやが上でも気分が盛り上がってくる。
今年はやっぱり雪不足でスキー場のオープンが遅れている
道具、モノに対する愛というものは確実に存在する。
それが全てのモノに対して行き届けばいいと思うのだが、そうなったらそれはそれでモノが捨てられなくなり大変だ。
山の道具もそうなのだが、冬用の道具は直接自分の命を守ってくれる道具でもある。
なので自分が信頼できるものを使い続けるのである。

そうしているうちにポーターズが開いたというニュースが入ってきた。
ブロークンリバーは未だオープンできない。
今週から学校は冬休み、遠くテアナウから友達が子供を連れてスキーにやってくる。
子供たちに山頂からのあの景色を早く見せてあげたいな。
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レベル1

2020-06-23 | 日記
ニュージーランドではロックダウンのクラス分けをレベル1からレベル4の4段階で表す。
これはシンプルで分かりやすいシステムであり、統一されている。
今はどのレベルであり、レベルが変わるとどのように生活が制限されるのか、政府がはっきりと発表してきた。
ロックダウン中も大した混乱もなく、社会のシステムがうまく廻ったと思う。
「なんだよ総理大臣よお、何やってんだ、おめえは」と思うことなく
「ああ、総理大臣よくやってるよね、ありがとうよ」と思った。
色々なストレスが無い環境なら病気にもならないわな。
よそと比較しても何も始まらないが、ロックダウンをこの国で過ごせてよかったと思う。
そして先日発表されて、その日の晩からすぐにレベル1になった。
この速さも天晴れ。
国境封鎖、ロックダウンも速かったが解除も速い。
今の自分たちを見つめて、何が大切で何が不必要か分かって行動するとこういうことになるのだろう。
具体的にどう変わったというと、国境は閉まったままだが、それ以外は制限なし。
集会もスポーツもできる、元の生活レベルに戻ったということだ。
当たり前であることの有りがたさは、そうでない非常事態があるからこそ感じるものだ。
健康な時は健康であることの有りがたさに気がつかない。
怪我とか病気になって初めて健康であることの大切さを知る。
普通に友達と会って酒を飲める状況、お店にブラリと入って買い物ができる状況、気に入った店で飲み食いできる状況。
当たり前のことに感謝を忘れてはいけない。
矛盾するようだが、感謝とはするべきことというより、自分の内側から湧き出る感情だ。
そういう心もちで生きていきたいものである。

そうやってこの国の中では落ち着いて生活ができるようになった。
めでたしめでたし、で終わらないのが世界情勢である。
この鎖国からどう開国にもっていくのか、という問題がある。
小さい社会だからできることでも、社会が大きくなると色々なことが複雑化して物事が前に進まなくなる。
足を引っ張るやつはどの世界にもいるし、無意識のうちにそうなっている人もいる。
裏で人を操る人もくいるが、そういうのは表に出てこない。
これは大きな陰謀の話でなく、身近な社会でもある話だ。
「みんなが言ってるよ」と言って噂を広める奴はどこにも存在する。
それはさておき、これから国境がどうやって開くのか、観光業に携わる者としてはおおいに気になる話である。
ニュージーランドの国内で完結してしまったような状態なので、よけいに難しいことだろう。
過去の地震の時に、仕事が全て無くなって思った。
旅行とは出発する元と行く先、両方が安定していて初めて成り立つものなのだと思い知らされた。
逆に言えば社会が混乱している状態では、農業や漁業などが最優先。
そりゃそうだ。人間に限らず、動物は何かしら食わなきゃ生きていけない。
生産、物流、販売、その他諸々があり、旅行業は最後の最後に回される、そういう宿命だ。
まあそれを選んだのも自分なので、いたしかたあるまい。
大阪で言えば、しゃあないやん。
静岡弁だと『しょんない』なのである。
以前出会った大阪のおっさんと意気投合して教えてもらった言葉がこの『しゃあないやん』
コロナで仕事が無くなるのも、しゃあないやん。
とても都合の良い言葉だが、その裏には二通りの生き方があると思う。
全てを運命のせいにして、自分で何もせずにただ「しゃあないやん」と言って生きるか。
自分のやるべきことをやり、全ての物事には意味があると知りつつ「しゃあないやん」と生きるか。
人事を尽くして天命を待つ、ということだな。
常に後者でありたいと思っている。
今やうちのバンドの持ち歌にもなった『なすがままにしなさい』も同じような意味を持つなあ。
なすがままにあるがままに、でもやるべきことはやろうよ、そういう唄だ。
とにもかくにも行動ありき。
やることはなんでもいい。
その行動の先に未来がある。
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イモ3種

2020-05-24 | 
イモと聞いてまず思い浮かべるのはじゃがいもであろう。
煮て良し焼いて良し、蒸かしても油で揚げても旨い。
主食にもおかずにもおやつにもなる野菜。
イモの王様、イモの中のイモというぐらいの存在感がじゃがいも。
ただ我が家ではじゃがいもはそれほど一生懸命やってるわけではなく、コンポストの中から出てきたのを畑の空いている場所で育てるぐらい。
それでも取りたての新じゃがというものは旨いものである。
じゃがいもの次に来るのはサツマイモ。
これまた美味いのだが暖かい所でしか育たないのか、周りでもサツマイモをやっているという話を聞いたことが無い。
たぶんクライストチャーチの気候は寒すぎるんだろう。
この二つが芋世界のメジャーどころだろうが、マイナーな芋もある。
サトイモ、山芋、タロイモ、キクイモ、コンニャクイモなどである。
我が家では変わり芋3種ということで、コンニャクイモ、山芋、菊芋を作っている。

まずはコンニャクイモのお話。
我が家では数年前からこんにゃくの栽培を始めた。
今では毎年、ある程度の量が収穫できてクライストチャーチに住む友人宅の食卓にもおすそ分けができるぐらいになった。
こんにゃくというのは生では食べられない
この野菜を何とか食べようと、先人が色々な知恵を振り絞り試行錯誤を繰り返し、食べられるようになった。
そんな先人の苦労も、今はインターネットで一瞬で出てくる。
文明の利器とはありがたいものだ。
簡単に言うと、熱し、すり潰し、水を加え、炭酸ナトリウムを加え、固めて、茹でてアクを抜く。
これだけのことで、とりたて難しくは無い。
ただまとまった量を作るとなると、作業にも時間がかかる。
時間も手間もかかるが、旨いものを食う為に労力を惜しまないことは、自分に埋め込まれたDNAだと思っている。
そうやってできたこんにゃくはやっぱり旨い。
旨いのだが、コンニャクイモ自体は無味無臭である。
あのこんにゃくの味とは炭酸ナトリウムが芋のアクと合わさった味なのだ。
そしてまた、こんにゃくを何の味付けもせず食っても旨くは無い。
何かしらの味付けをして、初めて一皿の料理となる。
しかもこんにゃくには栄養価もほとんど無い。
作ってみりゃ分かるが、ほとんどは水分なのだ。
哀れこんにゃくよ、決して主役になれない悲しい定めか。
だが脇役という物もこの世に存在する。
脇役の演じ方で劇が引き締まる、なんて事があるのだろう。
そんな名脇役のようなものが家のこんにゃくだ。
栄養価は無くとも食物繊維はたっぷり、こんにゃくはお腹の砂払い、などと言われている。
昔から栄養を取る為でなく毒を排出するための食、今で言うデトックスの本家本元がこんにゃくなのである。
体に良い、という理由で食べる物を選ぶ人がいるが、僕は体に良くとも不味い物は食いたくない。
旨くて、まずこれがありき、なおかつ体に良かったらさらに良し。
我が家では刺身こんにゃく、酢味噌の上に、頂き物の柚子の皮を少しばかり削り載せる。
これが絶品である。
プルプルとした弾力はゼラチンとも違うし、柔らかいからといって豆腐とも違う。
だがやはりこんにゃくの旨さを文で表現するのは難しい。
生を食ってくれという他にないだろう。









お次は山芋。
山芋は地中深く育っていくので、育てるより掘る方が大変だ。
引っ張ったらすぐに折れてしまうので、周りからじっくり掘って行かねばならない。
我が家では塩ビのパイプの中で育てている。
芋が育って葉っぱが枯れたら、パイプを引っこ抜いて、バンバンと叩くとパイプの中の土が落ちて芋が無傷で収穫できる。
山芋も大きくなるまで数年かかる。
何年か前に種芋をもらってきて、温室の隅とかコンポストの傍とかに埋めておいたのが増えていった。
今年は食べられるぐらいの大きさに育ったので、とろろ汁。
すり鉢とすりこ木が何故か我が家にはある。
ニュージーランドでこれがある家庭は、あまり多くないだろう。
普段はゴマをする時ぐらいしか使わないが、今回はすり鉢が大活躍。
芋をすり、そこに卵の黄身を入れ混ぜ合わせる。
卵は言わずと知れた我が家の卵。
そこに具の無い味噌汁を少しづつ混ぜ合わせる。
味噌汁もちゃんとダシを取って味噌も本物の味噌汁である。
そうやってできたとろろ汁を炊きたてのご飯にかけ、上からきざみ海苔をパラパラと振って出来上がり。
まさに絶品である。
これぞ故郷の味。
全てを本物で作るとシンプルでいて最高のご馳走となる。
和食という食文化はニュージーランドで生きている。







こんにゃく、山芋ときて最後はキクイモである。
これは日本では食べたことが無かったのだ。
こちらではエルサレム・アーティチョークという名前で、花のアーティチョークとは別物だ。
これも株を分けてもらったものをコンポストに植えておいたら勝手に増えていった。
味は独特の香りがあり、キンピラにすると旨い。
この他にサトイモがネルソンの方で育っているらしい。
いずれこっちの方へまわってくることだろう。
そうやって味わったイモ3種。
地味だがこれも我が家の秋の味覚であろう。
イモは田舎者の代名詞だが馬鹿にすること無かれ、きちんと作れば味も健康にも良い。
こういうものを食べていれば、そうそう病気にもならないような気もするなあ。





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なすがままにしなさい

2020-05-17 | 日記
そろそろ真面目に今回の話をしよう。
いろいろな情報が飛び交っているが真相は分からないと思う。
流れてくる情報にはウソも多いがその中に多少本当のことを入れることにより、人々が信じやすくなる。
そういうものだろう。
そして人というものは、数ある情報の中から自分が信じるものだけを選ぶものだ。
自分が信じないもの、信じたくないものに関しては陰謀論や都市伝説やデマという言葉で片付けてしまう。
例えばテレビのニュースをはじめマスコミを100%信じている人とは、話をしていても話が深くなればどこかでずれる所が出てくるはずだ。
そうなったらそれ以上の深い話はできない。
自分が信じているものを否定されたら良い気分にならないだろう。
まあそこそこのお付き合い、ということでお茶を濁すのである。
今の高齢者の世代だとテレビというものが絶対であり、いまだにテレビで言ってたからと言う人はいるのだろう。
老い先短い人にわざわざ「テレビは洗脳の道具です」などと教えるのもなんだしなあ。
テレビ以外の情報源と言えばネットだろう。
これだって結局はどこかの誰かが言ったことをたいして調べもせずに、自分なりの解釈で書き連ねるのだ。
ひどいものだとそのまま横流しにする。
その中には真実もあるし、うまく隠されたウソもある。
結局のところ、人間というものは何かしらの情報をよりどころにしたい生き物なんだろうな。自分も含めて。

さて今回の騒ぎでは世界中の全ての人が影響を受けた。
例にもれなく僕も受けた。
ただ騒ぎが始まったのが、繁忙期を越えた辺りだったので、まあ暇になる頃でよかったな、という感じである。
今回の一連の事では病気云々よりも社会的な騒動の方が大きい。
これは医療だけでなく政治 経済 社会 その他もろもろ全てが絡んでいる。
なので医療にだけ焦点を合わせても解決策は見えてこない。
ニュージーランドではロックダウンは解除されて普段の暮らしに戻ろうとしている。
だがそれはあくまでこの国の話であって、世界で見れば混乱は未だ続いている。
元通りになるには時間がかかる、なんて話を聞くが僕の考えでは元通りにはならないと思う。
いや、それどころかなるべきではない。
何度も言っているが、今ある社会のシステムの延長線上に明るい未来は見えない。
それならシステムごとぶっとばせばいい、とも思っている。
その変化の一環が今回の騒ぎではなかろうか。
あとはどこで人類が気がつくか、という話だろうな。

以前、東北の震災の時に、僕は大きな流れが少し変わった気がした。
原発がとんでもないことになって、日本中の原発が止まり、原発なしでもやっていけることに気がついた。
電気のありがたさを知り、電気の無駄遣いをやめ、電気に依存しない社会になっていくのかと思った。
その後、福島で被害を受けた人達の教訓は生かされず、再び原発が再稼動されている。
必要以上に夜は明るく照らされ、必要以上にコンビニが開いており、必要以上の自動販売機が動いている。
社会が複雑化するスピードは留まることを知らず、相も変わらず人々は利権をむさぼっている。
世界の流れは破滅に向かって進んでいる。
みんな何か違うぞと思いながら、大きな流れに流されている。
今回の件もその流れを変える糧になればいいと思うが、未だこの先どうなるか分からない。
病気そのもので亡くなった人より、今そしてこれからの暮らしが成り立たなくなる人が多い。
僕も観光業に携わっているが、この先はどうなるか分からない。
そもそも観光業なんてものは、出発する元と行く先が安定していて成り立つ稼業である。
そして今回のような騒ぎがあった時に、最初に影響を受けるのは観光業はじめサービス業だ。
クライストチャーチの地震、そして日本の震災と続き、あの時もツアー関連の仕事は全く無くなった。
何か事があった時、人間はまず衣食住の心配をして、旅行その他諸々は後回しになる。
そのような脆い地盤の上で働いているんだ、という意識をガイドをはじめ観光に携わるものは忘れてはいけないと思う。
決しておごり高ぶってはいけないが、かといって必要以上に碑下してもいけない。
ただ観光の仕事があるということは平和でありがたいことなんだという、当たり前のことに感謝をわすれてはいけない。
そしてこれからの世界では観光の業界も変わっていくだろう。
以前と全く同じには戻れないのだ。
まずこの先、誰が豪華客船に乗るというのだ?
自分は豪華客船とは縁もゆかりも無いが、だから関係ないから良いという話ではない。
旅行業界でも残るところは残るだろうし、廃れるものは廃れていく。
これは旅行業に限ったことではないだろう。
全ての業界で、物事の本質に沿っていないものは廃れていくのではないか、と漠然と思うのだ。
そうなったらなったで仕方がないな。
逆に言えば自分の心を見つめて本質に沿った生き方をしているか、お天道様に顔向けできないようなことをしていないか。
そこを見つめていれば恐れるものはなにもない。
恐れが無ければ不安は無く、不安が無ければストレスも無い、ストレスが無ければ病気にもならず。
食い物が旨ければ、自分で造ったビールも旨い。
毎日を明るく楽しく正しく生きることができて、ああ幸せだ コリャコリャ、なのである。

話はぶっとぶが、このシーズン僕はクィーンズタウンでバンドを組んだ。
仲の良い飲み友達が集まってあれこれやったわけだが、日本人会の夏祭りで僕が何曲か歌った。
オリジナルの曲を1曲とビートルズの曲を日本語に直訳して2曲。
洋楽を日本語に直訳して歌うアーティストに『王様』という人がいる。
ビートルズとかストーンズとかクィーンとかの歌を日本語で歌うのだ。
その人の曲をコピーして自分なりにアレンジして歌った。
その時にはなんとなくだったのだが、今となって考えてみれば意味深だったなあと思う。
そして今だからこそ、この詩が生きるのだとも思う。
その詩をここに記してこの話を終わろう。


なすがままにしなさい

私がとても困っている時に 聖母マリア様がやってきて
賢い言葉をささやいた  なすがままにしときなさい
暗い時間をすごしている時も 聖母マリア様がやってきて
賢い言葉をささやいた なすがままにしときなさい

なすがままにしなさい なすがままにしなさい 
なすがままにしなさい なすがままにしなさい
賢い言葉をささやいた なすがままにしなさい

心が傷だらけの人々 世界に住んでて集まれば
答えはいつもそこにある なすがままにしときなさい
みんなは離れ離れになっちゃうかもしれないけど また会うチャンスはありますよ
答えはいつもそこにある なすがままにしときなさい

なすがままにしなさい なすがままにしなさい
なすがままにしなさい なすがままにしなさい
答えはいつもそこにある なすがままにしなさい

夜空が曇っている時でも 私を照らす明かりはあるよ
明日まで照らしてくれる なすがままにしなさい

音楽の音色で目を覚ました時に 聖母マリア様がやってきて
賢い言葉をささやいた なすがままにしときなさい

なすがままにしなさい あるがままにしなさい 
そのままにしときなさい ほうっておきなさい
答えはいつもそこにある なすがままにしなさい
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気がつけば五月になってしまったなあ。

2020-05-04 | 日記
ロックダウンがあろうとなかろうと時は流れるものである。
毎日、散歩やら庭仕事やらをやり、ロックダウン川柳だのオンライン飲み会などやってるうちにもどんどん時間は経っていく。
本人だけがそれに気づかないのである。
なんといっても仕事が無い。
庭仕事や家事仕事という労働はあるが、普通に働きに出てお金を貰うという仕事が無い。
仕事があればカレンダーに、この日はどんな予定があるなどと書き込みもするのだが、そういったことも一切無い。
なのでこの一ヶ月、カレンダーというものを全く見なかった。
かろうじて社会の暦と自分の生活を結び付けているものは、1週間に一度のゴミ出しぐらいであろう。
僕がのんべんだらりんとそんな生活をしている間にも、ニュージーランドではロックダウンがレベル4からレベル3になった。
諸々の規制が多少緩み、ゆっくりと元の生活に戻していこうということだ。
かと言って今の僕の生活に劇的な変化があるわけでなし、買い物が多少しやすくなったという程度だ。
うれしい事にホームセンターで買い物ができるようになった。
買い方はオンラインで商品を選びカードで決算をして、日にちと時間を店を選び、こちらが取りに行くというものだ。
ペンキや薄め液が足りなくなったので買い、翌日に取りに行った。
時間を見ながらそれに合わせて行動する、という行為自体がかれこれ一ヶ月ぶりのことなので時計を見ながらソワソワしてしまった。
普通に社会の中で生きていくということは、時計と共に生きることでもあるのだなあ、などと思ったりもした。



僕の今の生活は時計というより太陽の動きに合わせて生きている。
夜明け前、家族が寝ている時間にこうやってブログなぞを書く。
周りも静かだし、一人だと集中できるということもある。
たとえ一人の時でも、太陽が出ている時には机に向かう気にならない。
お日様が出ている時は、自然と庭であれやこれや過ごしてしまう。
朝日が昇るころに犬のココを連れて散歩に行く。
クライストチャーチで好きなことの一つは日照時間の長さだ。
平野にある町なので、太陽はかなり低い角度から上がる。
天気予報で出てくる日の出の時間がそのまま当てはまる。
これがクィーンズタウンのような山合いの場所だと、日の出の時間が来て空は充分に明るいのだがお日様は山の向こう側という具合だ。
以前ちょっとだけ住んだ家では、お昼まで全く日は当たらず真夏でもけっこう寒かった記憶がある。
朝日というものは神々しいもので、僕は手を合わせて拝むことが多い。
お日様という言葉があるが、ぼくにとって太陽は神様である。
お天道様という美しい日本語も好きだ。
朝日を見ていると厳粛な気分になり、なおかつ力が涌いてくるような気になるのである。
そして祈る。
道行くトラックを運転している人が1日気持ちよく仕事ができるように。
病で苦しんでいる人の痛みが和らぐように。
生活に困難している人が上手くいくように。
子供たちが笑って暮らせるような社会になるように。
その他諸々のことを、神々しいお日様に手を合わせて拝み祈る。
まあそんなところが朝の散歩の日課だ。
日中は天気が良ければ何かしら庭のことをやっている。
天気が悪い時には気分が乗らないので、家の中でビールを造ったりあれやこれや作る。
かといって常に忙しく働き続けるわけでもなく、昼寝もするし漫画を読んでゴロゴロする時もある。
基本的に日の光を浴びて何かしらやっているのだ。
太陽の光を浴びると体の中でビタミンDという物質ができ、これが免疫力をあげるのだそうな。
何よりも気持ちいいじゃないか。
気持ち良いって感覚、それって科学の話あーだこーだ よりも大切。
アウトドアってのは雑誌で取り上げられるようなおしゃれでかっこいいものだと思いがちだが、外での全ての行動がアウトドアなんだ。
そしてアウトドアと太陽は切っても切れない関係だと思う。
まあ日の光が強すぎると皮膚がん云々という話になるのでほどほどに。
何事もほどほどという事もこれまた大切。
そして夕方になれば、再び犬を連れて散歩。
太陽は遠く離れた山の向こうに沈む。
朝日とは違うおもむきがある。
この時間の太陽も僕は好きだ。
何かしらはかなげで、哀愁漂い物悲しく、次の日の再開を誓いながら終える。
そんな夕日に向かってまた手を合わせるのだ。
空が広いと朝日から夕日までがドラマなのである。



太陽崇拝教信者 みたいな話になってしまった。
ロックダウンのレベル4から3になって、簡単なハイキングができるようになった。
早速女房と犬のココで近くの丘へ歩きに出かけた。
散歩は毎日していたものの平らな公園である、起伏のある山歩きにココは大喜びで大興奮である。
クライストチャーチは平野の町なので、ちょっと登っただけで景色がドカンと広がる。
平野の向こうには雪を載せた山並みが横たわり、遠くには真っ青な太平洋。
市街地を見下ろしてみると、先月自転車で走った潟も見えた。
なんてことない山歩きなのだが、平野での散歩と景色を眺めながらの歩きは違う。
やはり変化というものは大切なんだな。
山道は牧場の中を行くので、途中に羊や牛もいるのもこの国らしくて良いな。
牧場には羊の糞だの牛の糞だのが当然ある。
時には乾燥した糞を踏んだりもするが、そんなのいちいち気にしていたらこの国ではやっていけない。
ある程度の汚さ、というものも必要であろう。
消毒消毒 果ては無菌室、という環境がどれだけ弱い人間を作るのか分かるだろう。
子供には泥んこ遊びをさせよ ということだ。





ロックダウンで常に家にいるので楽しみは飲み食いだ。
時間はたっぷりあるので、手を抜かずにきちんと美味しい物を食らう。
クックパッドというレシピのサイトがあるが、そこにすごく出てくるキーワードが 簡単 美味しい である。
僕も時々そのサイトを見るのだが、しょうもない情報が多く欲しい情報が埋もれてしまっている。
手抜きというものを簡単という言葉の中に隠していることに気がつかない。
出来合いの物を使ったレシピを、よくもまあ恥ずかしげも無く載せるもんじゃわい、まあ昨今の風潮じゃろう。
文句があるなら見なけりゃいいだけの話なのだが、最近思考がどんどん爺臭くなっている。
山歩きの晩は炭火焼。
焼き物は庭で取れたナスとししとう、焼き鳥、サンマ。
炭をおこすのだって一手間なのだが、ビールを飲みながらじっくりやる作業は嫌いではない。
ちなみにビールはラガー、ロックダウン中に仕込んだので名前はストレートに『ロックダウンラガー』
頭文字を取ってLDLと王冠(という言葉も死語だなあ)に書いた。
出来は上出来、あまりホップは利かさずすっきりさっぱり系のビールである。
炭火で焼けば何でも美味くなる。
簡単 おいしい のである。
秋ナスの旨いこと。焼き鳥のタレは女房が作ったものだし、極めつけはサンマの塩焼き。
そこに自分のビール。こりゃたまらんぜよ。
自分で作ったものを旨い旨いと言いながら飲み食いするのだから我ながら幸せ者だと思う。
幸せとは他人の価値観の中にあるのではなく自分の心の中にある、と思いつつ5月になってしまった。




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リンゴを収穫してあれやこれや思ふ

2020-04-25 | 日記
今年は庭のリンゴが豊作である。
たぶん300個ぐらいは実をつけたと思う。
品種はフジ。
10年以上前に僕が植えて、この庭で最初に自分で植えた木だ。
冬の間に枝を選定するぐらいで特に手入れはしていない。
ニワトリエリアにあるからだろうか、鶏糞で栄養たっぷりなのだと思う。
間引きをするわけでもないが、大きい実がたわわに成る。
実は甘く、蜜がたっぷり入っている。
だが全体の半分ぐらいは虫に食われている。
と言っても、切る時にそこの部分だけ除ければ済む程度の話だ。
だが商売物としては駄目だろう。
店に出回っている物はやはり農薬とか使っているんだろうなあ。



家の近所に大きなカリンの木の家がある。
今年はそこの庭先にダンボール箱が置かれ、カリンが入れられ後丁寧にレシピまでコピーして入れてあった。
使う人は勝手にどうぞ、というわけだ。
散歩の時にそこを通ったら、箱ごと持って行けとたくさんのカリンをいただいた。
その家の人とも言葉を交わすのは今回が初めてだ。これもロックダウンのおかげだな。
カリンのお返しにうちのリンゴをいくつか持っていった。
梨も収穫の時だったので、次の日は梨という具合に持っていった。
その翌日に郵便受けに、お礼の手紙と手作り黒スグリのジャムが入っていた。
カリンのお宅の人がリンゴと梨のお礼にと、散歩のついでに置いて行ってくれた様だ。
黒スグリはブラックカラントと言う、フランス語ではカシスだ。
頂き物のジャムは甘すぎることがよくあるのだが、これは絶妙のバランスでとても旨い。
次の日にまたリンゴを持っていって、ジャムのお礼をした。
向こうもうちのリンゴは甘くて旨いと大喜びだ。



庭のリンゴは熟して風の強い日はボタボタ落ちるので、先日全て収穫した。
今年はカリンのお宅を見習って、大小30個ほどダンボールに入れて家の前に置いてみた。
ロックダウンで散歩をする人が多いからか、数日で全て無くなった。
仲の良い友達とか目に見える人にあげるのも良いが、こうやって見知らぬ人におすそ分けをするのも良い。
よく家で取れたものを無人販売で売る家はある。
そうやって子供の小遣い稼ぎにするのであろう、それはそれで否定はしない。
だが我が家では自分の庭で取れたものは売らない。
僕はかなり気前良く人にいろいろなものをあげるが、お金は受け取らない。
これは自分のポリシーであり生き様である。
そしていただく物も遠慮なくいただく。
自分が色々あげた人、そうでない人、関係なくいただく時はいただく。
いただいた時は「すみません」ではなく「ありがとう」なのだ。
人に物をあげる時に気をつけることは、自分の心の中に「自分はこれだけあげているのに」という見返りを求める感情を持っていないかどうか。
それがあるならやらない方が良い。
基本は相手が喜んでくれるかどうか、その行為が媚になっていないか。
そして何かあげたらその事を忘れる、これが無償の愛というものだと思う。



本田健という作家がユーチューブで話をしているのを見て、ナルホドなと思うことが多々ある。
その中で彼が視聴者に言った言葉で、今なにをするべきかという質問に答えた。
「人にあなたが持っているものをあげてください。あげるものを持っていない人は笑顔をあげてください。」
世の中はグチャグチャになってしまっているが、そこに光があるならばこれだと思うのである。
人間の行動は元をたどれば、愛か恐れかどちらかになると言う。
恐れというものはそこから不安、恐怖という感情になっていく。
そしてまた不安や恐怖は人から人へ移る。
感染するのだ。
病気は感染しなくても、不安はネットやテレビなどを通じて感染する。
そういう人の書き込みはなんとなく分かるので、最近は見ないようにしている。
思うに、笑いやユーモアというものは恐れや不安を中和するのではなかろうか。
笑いというものが病気を治すと言うのはすでに実証されている話だ。
こんな時だからこそ、笑いとユーモアが大切なのではなかろうか。
ただそれも受け取り手にも関係がある。
ある事柄一つでも笑える人と笑えない人はいることだろう。
そこで必要なのがバランスとタイミングだろうな。
まあなにを見ようが聞こうが、悪く取る人は悪く取るし、笑い飛ばす人は笑うだろう。
僕が2ヶ月前に作った歌も、今では当てはまる人が多すぎて公表できない。
そのうちに落ち着いたらまた宴会芸で歌うことにしよう。
ちなみにその歌のタイトルは
『あんたの心が感染源』

リンゴの話がとんでもない方向に行ってしまった。
まあいいか。
恐怖は伝染するが、その反対側にある愛というものも、人から人へ伝わる。
物をいただいてお礼を返すこともあるが、そのお礼の気持ちを別の人へ贈り、そこからまた次へと繋がることもある。
そういう繋がりがある時には、何かほのぼのと暖かいものを感じるのだ。
きっと我が家のリンゴも、散歩する人にもらわれてその家を幸せにすることだろう。



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小さな旅

2020-04-20 | 日記


ロックダウンの日々は続く。
危険を伴うアウトドアのアクティビティはご法度だが、散歩とサイクリングはOK。
先日は娘と一緒にハグレーパークまで行ってきた。
普段は町の中の移動は車なので、自転車でしか行けない小路もあり、車では見えないものも見える。
こんな所にこんな物があるんだとか、こんな場所があるんだ、というような発見が嬉しい。
天気の良い午後、思い立って一人でサイクリングに出かけた。
クライストチャーチはエイボン川とヒースコート川、二つの川が市内を蛇行して流れている。
近所の公園は元々遊水地でヒースコートリバーの源流でもある。
川沿いには道や遊歩道があり、そこを走っていけば海に繋がる。
車で所々は通ったことがあり、こんな所をのんびりとサイクリングしたら楽しいかな、などと思っていたのだ。
今はロックダウンで車はほとんど走っていないし時間はたっぷりある。
今がそのチャンスでもある。
こうなればいいなあ、と思うことは実現するのだ。




源流はいつもの散歩の公園。原生の木も鳥も多い。



公園の中を川は流れる。川の右手は個人のお宅の庭。お宅拝見みたいな雰囲気だが、ジロジロ覗きこまないのもマナー。



川には歩く人と自転車用の橋がいくつも架かっている。橋を渡って川の右と左を行ったり来たり。



川のほとりに小さな公園、緑地、遊歩道がある。



中流ぐらいまでくると徐々に川幅も広がってくる。



季節は秋。紅葉もちらほら。



途中で線路の下をくぐる。線路は港へ続く貨物列車用である。



下流に近づいてくると、街の雰囲気も山の景色も変わってくる。



きれいごとばかりではない。場所によっては落書きやゴミが多く、荒れた雰囲気の場所もある。



下流にこんな水門があった。



リトルトンの港へ続く自動車専用道路。普段は交通量も多いが、今は車もまばらだ。



最下流になると周りに住宅地もなくなる。ロックダウンなぞ知るか、という顔で馬がのんびりとたたずんでいた。



川はそのまま潟へと変わる。その先でさらに大きな潟へ繋がる。



クライストチャーチ市内を流れるもう一つのエイボン川とこの潟で合流。
その先は太平洋だ。








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散歩散歩散歩

2020-04-12 | 日記
ロックダウンであろうがなかろうが、毎日の日課は散歩である。
さて散歩に行くか、となると犬は全身で喜びを表現する。
ついでに言えば飯時も同じだ。とても分かりやすくて良い。
僕が靴下を履き始めると「あれ、ひょっとして、お散歩?」ソワソワし始める。
まだこの時点ではそのまま農作業に入ることもあるので、期待感だけだ。
靴を履き、ウンコ用のゴミ袋をカサカサし始めると、期待度アップ。
僕がリーシュを手に取る時には、喜びは極限に達し「早く行こう、早く行こう」とせかす。
かくして今日もまた散歩に出かけるわけだ。



家から公園の入り口までは5分ぐらいだろう。
実際には我が家の向かいの家の向こう側が公園で距離にすれば50mもないのだが、その向こうに小川が流れており、川を渡る橋まで5分ぐらいなのだ。
ロックダウン中なので車はほとんど通らない。
車の交通量が減ったので、街が静かでベルバードの鳴き声なども響く。
天気が良いと散歩に出る人も増える。
ロックダウン以前に比べて、挨拶をする割合が増えたような気がする。
たまに通る車を運転する人も、目が合うと会釈をする。
昔のニュージーランドってのは、こんな感じだったよなあ。



お気に入りの公園はとにかくだだっ広い。
外周で4キロぐらいあるだろう。
遊水地も兼ねており、池があり黒鳥、雁、鴨、などの水鳥も多い。
公園の中には牧場もあり、羊が普通にいる。
牛や羊の競りを行う場所もあるし、乗馬の施設もある。
ニュージーランドに居ても都会に住んでいれば、日々の暮らしの中で羊など目にすることはない。
普通に羊がいて、遠くに山が見えるこの景色が好きだ。



公園の一角には、キャンピングカーが大量に停めてある。
ロックダウンが始まってすぐに運び入れたものだ。
国境は封鎖しているが、海外にいるニュージーランド人が帰国した時に、このキャンパーバンで2週間ほど隔離して暮らす。
これはとてもいいアイデアだと思う。
ホテルの部屋で2週間暮らすのと、だだっ広い公園でキャンプ生活をしながら過ごすのではだいぶ違うことだろう。
今の所、入っているのは一人なのか一組なのか。
自家用車とゴミ箱が、キャンパーバンの脇においてあった。



公園の外周、住宅地と反対側は高速道路に接している。
道路に沿って、自転車と歩行者用の道がある。
この高速道路が完成したのも8年ぐらい前だったか。
完成間近の道路をココと一緒に散歩をして、これからはここを大型のトラックなんかがビュンビュン走るんだろうなあ、などと思った。
開通してからはそこに車が通るのが当たり前の景色となったが、ロックダウンで車が少なくなり開通前の時を思い出した。



今、ニュージーランドでは非常事態中なのであるが、のんびりと羊を見ながら散歩をしているとそんな事も忘れてしまう。
国という社会において非常事態宣言が出され、そこに住む人としてそれにしたがっているが、少なくとも今の僕の生活は非常事態ではない。
僕は過去に2回、この街で非常事態を体験した。
1回目は9年前の地震の時だ。
電気も水道も止り、さすがにあの時は非常事態という感じだった。
2回目は去年の3月にテロがあった時だ。
その時も街はロックダウンされた。
僕は何も知らずに呑気に公園を散歩していて、通りがかりの人に「テロがあってロックダウンだから早く家に帰った方がいいよ」と教えられた。
女房は勤め先で何時間も閉じ込められ、町中でパトカーが走り回りヘリコプターがバタバタと飛び、とてもじゃないが外に出歩くような雰囲気ではなく、非常事態というものを肌で感じた。
それらの時に比べれば、水道も電気も通っているし散歩に出ることは許されている。
外食は一切できないし買い物は不便になったが、スーパーに行けば食べ物は豊富にあり、飢え死にする心配はない。
毎日規則正しい生活をして、庭仕事をして自作のビールを飲み、庭でバドミントンをしたりジグソーパズルをしたり、生活は平和そのものだ。



では一体、非常事態とは何だろうか、と考えてしまう。
個人の暮らしでは平和でも、国で考えると非常事態なのか?
それか世界中で非常事態だから非常事態なのか?
それよりなにより気に入らないのは、マスコミが使う「コロナとの闘い」といった言葉だ。
まるっきりコロナを悪者扱いして、そこに立ち向かう人類という、ハリウッド映画にありそうな設定が気に入らん。
仲良くしろとは言わないが、あまりに人間本位に物事を動かしているのが見え隠れしている。
ちなみに中国では豚の伝染病が流行って、何百万頭かの豚が処分されたそうだ。
豚から見れば一番怖いのは人間だ。
そんなこともボーっと散歩をしていると考えてしまうのだ。
もっともそれ以上のこともたくさん考えているが、それを書くと炎上しそうだな。



散歩の話だった。
この時期の散歩の楽しみは収穫。
収穫の秋である。
公園には栗の木があり、散歩の途中に栗拾い。
また雨の後にはマッシュルームも出てくる。
このマッシュルームが味が濃くて旨いのである。
収穫のタイミングを逃すとあっという間に笠が開き虫だらけになってしまう。
こういうのも毎日散歩をしていると分かるものだ。
公園への道では大きなカリンの木があり、そこでカリンをいつももらってくる。
レモンも近所の友達の家で散歩がてらもらってくる。
そんな散歩にいつも付き合ってくれるココはやはり幸せそうだ。
ロックダウン万歳と心の中で思っていることだろう。




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ロックダウン日記。

2020-04-07 | 日記
南場のおっさんの話を書いて、ロックダウンが始まり10日が経った。
毎日の生活に変化は無く、規則正しい生活を送っていると言えよう。
朝は日が昇る前に起きだして、ブログを書いたり、ニュースを見たり。
そうしているうちに女房殿が起きてくるので、お茶を飲み、女房と一緒に犬の散歩。
近くにはだだっ広い公園があるので、たっぷりと散歩をする。
帰ってきて今度はコーヒーなど飲みながら、本を読んだりジグソーパズルをしたり家の中のことをしたり、まったりと過ごす。
そうしているうちに昼時だ。
昼食後は庭仕事。
連日朝のうちは曇り、昼から晴れてくるといった天気が続く。
晴れてくると気温も上がり、庭仕事にも気が入る。
汗をかいて庭仕事をして、夕方になったらそのまま犬の散歩。
これまたたっぷりと公園を歩く。
帰ってきてシャワーで汗を流し、ビールを飲みながらそのまま夕飯に突入。
夕食後はジブリの映画なんぞを家族で見て、時間が早ければその後にドラマなどを見て寝る。
ほぼ毎日こんな具合に過ごしている。
もともと早寝早起きの体質である、お日様が昇る前に起きてお日様が沈んだら寝る。
その生活のサイクルはたぶんこれからも変わらないだろう。

ロックダウンというものがいかに悲惨であり辛いものであり、大変なことなのだというニュースをよく聞く。
たしかに、ある人にとっては行動を制限されて大変なことなのだ。
だがある人にとっては嬉しいことにもなる。
例えばゲームが好きで好きでたまらない、なんて人は毎日朝から晩までゲームができる。
家に居て外に出歩かない、という事が褒められる事であり、お上の御触れなのだ。
テレビが好きな人は1日中テレビを見ていていいし、とにかく家から出なければ非国民にならないわけだ。
こういう時に何をするか、というのは人の生き方そのものなので、他人の生活に干渉するべきでない。
僕の場合は庭仕事が好きなので、毎日庭仕事ができるのが嬉しい。
夏の間、忙しくてなかなかできなかった庭仕事がはかどり、畑もだいぶきれいになった。
温室があるので天気が悪くても温室の中で作業はできる。
それに天気の悪い時は、ビール作りや石鹸作りなど家の中での仕事もある。
庭仕事も家の中の仕事も、全て直接的にお金を稼ぐ仕事ではないが、人間が生きていくために必要な仕事である。
僕自身どちらかといえば、そういうお金を生まない仕事が好きだ。
好きな仕事なので退屈はしない。
やることはいくらでもある。
これを機会に庭のフェンスのペンキ塗りをしようとペンキを買った。
だがその前にフェンスの周りを綺麗にして、古いペンキを落とさなくてはならないし、よくフェンスをみるとけっこうガタがきている。
女房がその辺りの雑草をむしって、ぼくがフェンスの修理なぞしているとそれだけで1日が終わってしまう。
ううむ、こんな具合でやっていたら、ロックダウンの4週間では足りないかもしれないなあ。



でも今回のロックダウンで一番喜んでいるのは、我が家の愛犬のココであろう。
それまでバラバラだった家族が、なぜか分からないが急に戻ってきた。
以前は一人で留守番という事も多かったが、今は家族が常に家に居るので寂しい思いもしない。
なにより大好きな公園の散歩を朝と晩、たっぷりと歩ける。
このままロックダウンがずーっと続けばいいのに、と思っているに違いない。

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南場のおっさん

2020-04-02 | 
僕がこの世でブラザーと呼び合う男が何人かいる。
どいつも価値観が似ていて、どいつも酒飲みで気前良く、どいつも男気があり、どいつもおっさんである。
その一人がこの南場というおっさんだ。
日本では売れっ子添乗員、ニュージーランドではマウントクックでガイドをする。
いつのころからか僕らは知り合い、いつのころからか酒を酌み交わす仲となった。
僕がマウントクックで泊まりの日は向こうで飲み、シーズン頭やシーズン終わりには向こうがこっちに来て飲む。
互いにおっさんと呼び合う、そんな関係が何年か続いている。



時系列が混乱してしまうが、このおっさんが手下のユイと一緒にアロータウンの家にやってきたのが、僕の最後のツアーが終わった日。
キャンプして焼肉やろうぜ、と南場のおっさんが奮発して熟成肉だのラムラックだの買い込んでスキッパーズへ出かけたが雨が降り出したので撤退。
結局いつものようにアロータウンの家で、七輪炭火焼肉の宴となった。
その時点ですでにニュージーランド航空は日本行きの飛行機は3月30日まで、その後は6月30日まで飛ばさないという発表をしていた。
ちなみにこのおっさん、もともとの帰国予定は3月14日だったが、ちょっと延ばして遊んでいこうと予約を変更した。
予約を変更した日付が3月31日なのだ。
3月30日以降の予約の人は、こちらから連絡をするから待てと。
ちなみに日本で買ったチケットなのでオンラインでは予約の変更ができないらしい。
電話をしてもなかなか繋がらず、予定日の72時間前まで連絡するなというメッセージになってしまうようだ。
しかもマウントクックでの仕事の契約が終わったので寮に居続けることもできず、フラフラとキャンプ生活をしている。
その時はまだこんなに大事になるなんて思っていなかったので、酔っ払いながらおっさんの唄を作った。
タイトルは『日本に帰れない・・・オレ』
そしてさらに演歌調の『南場エレジー』 キーはCm 1番と2番の間に語りが入る。

 日本に帰っても 仕事は無いし
 そもそも会社が つぶれそう
 30日までは飛行機が飛ぶのに
 俺のチケット その次の日

 やることなすこと 裏目裏目でござんす
 齢54歳にて 住所不定無職となりやした。
 流れ流れてニュージーランド
 明日は風の向くまま 気の向くまま

 NZにいても 仕事は無いし
 住む場所さえ 無くなった
 黄色い車で 眠ればいいさ
 財産はバックパックとカセットコンロ

こんなどうしようもない唄をゲラゲラ笑いながら作って、その場でレコーディングまでした。
ちなみに歌は僕が歌ったが、語りの部分は本人に語らせた。
手下のユイが録音してPVを作るそうだ。
おっさんとユイはそのまま南の方へキャンプへ出かけ、僕はバンドのメンバーと楽しい週末を過ごしたのが、つい先週の話。



そこからは先の話に書いた通り。
僕はクライストチャーチに戻り、その日の夕方におっさんも我が家へやってきた。
おっさん同士が集えば飲むしかないだろう。
その日のメニューは我が家の餃子。例の絶品の餃子だ。
晩遅くには娘もウェリントンから帰ってきて、一気に我が家は賑やかになった。
犬のココちゃんは尻尾を振りながらおっさんの傍に寄り添っているのが良い。
おっさんのチケットは相変わらず31日のまま。
日本のニュージーランド航空に電話したら、せっかく繋がっても待機の音楽が流れている間にお金が無くなって切れてしまったそうな。
次の日にダメモトで空港へ行く、それも一人では心もとないから僕が一緒に行くということで、その晩は飲みつぶれたのだ。



ロックダウン前日
こんな長期のロックダウンなんて初めてである。
もっとも僕だけでなく全ての人にとって初めての体験であろう。
これから1ヶ月、スーパーで買える物以外で買っておくものを考える。
ホームセンターや大型の家電ショップなどだろうか。
ギターの換えの弦とドラムのスティックは前日に楽器屋で買っておいた。
家族会議を開き必要な物をリストに上げる。
それから南場のおっさんの黄色い車のタイヤがパンクしてるので、それも今日中にやってもらう。
やることはいくらでもある。
ホームセンターではフェンスを塗るペンキ、予備の電球、野菜の苗など。
その近くの家電ショップでは女房は探していたアイパッド、僕はブレンダーを即時に購入。
時間は1日しかない。安い物を探して店をはしごするわけにはいかない。
魚屋に行ったら活きのいい鯵があったので買った。最後の一匹だったらしい。ついでに冷凍の秋刀魚も。
肉は手に入るが新鮮な魚はこの先に手に入るかどうか分からない。
ジャパレスをやっている友達に連絡して、石鹸を作る為の油をもらいに行く。
彼の店もこれからは閉店。サーバー内のビールを処分するというので、みんなでその場で立ち飲み。
「ああ、ここでラーメンとおつまみにチャーシューなんか注文したくなっちゃったよ」
これから最低1ヶ月は外食もできない。

昼飯の後、おっさんと一緒に空港へ向かった。
列で待たされている間に、係員のおばちゃんにあれこれ聞かれて事情を説明するも「オンラインで予約を変更しろ」の一点張り。
それができないからこうやって来ているのに、頭が固い人というのはどこの世界にもいるものだ。
幸いカウンターの人は日本人女性で、説明すると話を聞いてくれてチケットを調べてくれた。
と彼女の表情が曇り、何やら同僚と話し始めた。
彼女が言うことには、おっさんのチケットは予約がキャンセルされてクレジットに変更されている。
誰がいつそれをやったのかは分からないし、そこのカウンターでは変更できない。
おっさんが泣きついて、そこのカウンターの電話で日本のニュージーランド航空へ電話してもらった。
彼女はカウンター業務があるので、そこからはおっさんが日本の人と延々1時間ほど話をした。
僕はその間ウロウロと待っていたのだが、さすがに建物内にいるのが嫌になり外で待った。
いい加減待ちくたびれた頃におっさんが出てきて言うには、どうにもできないから自分で新しくチケットを予約して、とにかく日本に帰ってからなんらかの手続きをすると。
「危ねえ、危ねえ、そのまま馬鹿正直に向こうからの連絡を待っていたら、帰れなくなるところだったぜ。」
「全くだな。それが分かっただけでも空港に行った価値はあるじゃん」
その後、ビールの材料を買い足して夕方に帰宅。
これでやり残したことはないはずだ。

帰ってから、南場のおっさんは帰りのチケットを予約するという大仕事がある。
ニュージーランド航空のサイトでは空席が出たり、それがすぐに売れたりという状態らしい。
よその国を経由して帰るという選択も、今の情勢では難しかろう。
確かにこの状態ならどこも混乱しているはずである。
今を逃せばこの先最低3ヶ月は帰れない。
その先のことも誰にも分からない。
空席が出ておっさんが喜び、それを買おうとしてモタモタしているうちに売れてしまって落胆して、というのを鯵を捌きながら見ていた。
見るに見かねて女房が助けを出して、なんとか翌日の席を確保したところでイヤミを一つ。
「なんだあ、明日か。じゃあビール作りもこんにゃく作りもペンキ塗りもできないじゃん」
我が家に滞在する間は、家の事を何でも手伝うと豪語していたのだ。
僕としてはこのままおっさんが日本に帰れなくなって家に居候なんてことになったら、それはそれで面白いなと思ったがなかなかそうはいくまい。
「ゴメンゴメン、この埋め合わせは絶対するからさ」
「よし、じゃあ、まずは乾杯だな」
ビールで乾杯して、鯵のなめろうを肴に日本酒を飲んだ。

翌朝、僕はおっさんを空港まで送っていった。
早朝だからなのか、ロックダウンだからなのか、車の通りはほとんどない。
空港のドロップオフの場所で握手をして別れた。
ダラダラとチェックインまで付き合うようなことはしない。
おっさん同士の別れはドライだ。
黄色い車を我が家に人質にして、おっさんは旅立って行った。
この車、燃費も良いし荷物も積める、買い物には便利そうだし、街乗りの足として使わせてもらおう。
余談だがその後、ロックダウンが始まりNZ国内の移動も難しくなり、28日以降の予約だったら本当に日本に帰れなくなるところだった。
サダオがコメントでうまい事を言っていた。
「あの人、こういう船に乗り遅れそうっていうふうに見えて、周りの人をドキドキハラハラさせながら、上手ーくギリギリで乗っかってっちゃう人ですね。良い意味で。こういうキャラが良い味出してて、俺は大好きです!」
まさにその通りだな。それも人徳。
この日の夜、成田のホテルで風呂に入って浴衣を着てキリンビールを飲んでいる写真が送られてきた。
こうしておっさんは無事日本に帰り、ニュージーランドではロックダウンが始まった。





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