あおしろみどりくろ

楽園ニュージーランドで見た空の青、雪の白、森の緑、闇の黒の話である。

グレートサミット 1

2010-10-31 | 
11月3日、夜8時からNHKの衛星ハイビジョンでグレートサミットが放映される。
これはシリーズものでこの回はMt.Aspiring,New Zealand である。
このロケをやったのが今年の1月半ばから2月にかけて。ボクもロケ隊に入り仕事をした。
最初の予定では8月ぐらいに放映されると聞いていたが、結局11月になったようだ。
この話を最初に聞いたのは去年の冬、ボスのリチャードが家に遊びに来た時だった。
リチャードとはかれこれ20年近くのつきあいがある。
ボクがどういう人間か分かってくれるので、彼の下で働くのはすごく楽だ。
「NHKのロケの話があるんだけど、ルートはホリフォードを遡ってルートバーンを抜け、ダートトラックを上がりカスケードサドルを超え、マウントアスパイアリングまで」
「うわぁ、すげぇルートじゃん。面白そう!それにしても日本のメディアの人でよくこんなルートを考えついたね。よっぽどニュージーランドの山に詳しい人がいるんだ。」
「いや、ルートを組んだのはオレなんだけど・・・」
「あ、やっぱりね。そうだろうな」
「テーマはペンギンのいる海から氷河におおわれた山まで。最初は西海岸から始まってアオラキ・マウントクックの山頂まで、なんて言いだしたんだよ」
「いやあ、それはムリでしょう」
人は山を標高で判断する。アオラキ・マウントクックは標高3754m、富士山より少し低いくらいだ。
富士山は誰でも登れるがこの山は違う。これをやるには6000~8000mの山を登るくらいの装備、経験、体力、知識、そして運が必要だ。
毎年この山、もしくはこの近辺で人が死ぬ。そういう山だ。
ボクはこの山には登らない。というか登れない。登ったら死ぬだろう。
第一山頂でまったりとビールなんか飲めないじゃないか。
ボクが山に登るのは、山の上でのんびりとビールを飲みたいからだ。
それにはこの国のトレッキングで充分だ。人には身分相応というものがある。
そんな厳しい山に重い撮影の機材など担ぎ上げるのなど、考えただけでぞっとする。
そこでリチャードが提案したのがこのルートである。
これならば楽ではないにしろ、実現は可能だ。
「そういうわけで、聖、オマエにもこの仕事を手伝ってもらうかもしれないぞ」
「任せて下さいよ、ボス。何でもやりまっせ」
そして夏が来た。

夏はいろいろなツアーが入って忙しい。
忙しい中でスケジュールをあれこれ組まれる。スケジュール管理が苦手なボクだが、この会社はそれも分かっていてくれるので楽なのだ。
ある日オフィスへ行くともう撮影は始まっていた。
リチャードが司会の人と何か話しながらオフィスの前の道を歩いている。
「ここが私達のオフィスです」
ボーッと見ていたボクにリチャードが目で合図した。
「オマエ、そこにいたらじゃまだから隠れろ」彼の目がそういっていた。
ボクはあわてて物陰に隠れた。
オフィスと言っても普通の家である。看板が出ているわけでもなし。
へえ、こんな所まで撮るんだ。まあ本番ではカットされるかもしれないけどね。
そんな感じでロケが始まった。
撮影隊は日本から司会進行、撮影、音声の3人。さらにアスパイアリング登頂の時にはもう1人山岳カメラマンが加わる。
主役はリチャード。彼がガイドになりこの国の植物や鳥の話をしながら進む。
それにポーターとして地元の小僧2人。1人は知り合いの息子だ。
この6人でホリフォード・トラックを海から遡る。
この時にはボクは呼ばれなかったが、ルートバーンに入るときにお呼びがかかった。
仕事仲間のカズキと共に指定された場所、ルートバーン・トラックのスタート、デバイドで撮影隊と合流した。
ルートバーンは普通2泊3日で歩き抜ける。全長39キロの縦走コースだ。マウンテンランニングの人なら3~4時間で走り抜けてしまう。
そこを1週間ぐらいの予定で天気を見ながらゆっくり進む。
ボクの仕事は荷物運びとキャンプ地選び。
ルートバーンはグレートウォークと呼ばれ、NZでも指折りのトレッキングルートである。
勝手にキャンプをすることは許されない。
山道から500m離れればキャンプをすることができるので、撮影隊から一歩先を進みキャンプ地を決める。
地図を見ながらこの辺りは、というような場所で一度荷物を置き、道なき道をガサガサと登る。
キャンプ地が決まれば全員の食事の用意だ。日本から山用の食料がどっさり送られている。
今回、初めて日本のフリーズドライを食べたのだが、これが美味い。さすが日本。味のレベルの高さがこんなところにまでおよんでいる。
1日の移動が普通に歩けば半日ぐらいの距離なので時間はタップリある。撮影というのはとにかく待ちが長い。
普段なら小休止ぐらいの場所で昼寝もできる。景色を眺めて好きなだけボーッとできる。待ちの間に展望の良さそうな所へ登ることもできる。撮影本隊は忙しいだろうが別行動のボクらは気楽なものだ。
こんな感じで撮影は順調に進む。
ルートバーンのメインはハリスサドルとコニカルヒルだ。
太平洋プレートとインド・オーストラリアプレートがぶつかり合って断層になっている真上にある。スケールの大きい話だ。
ここはどうしても晴れて欲しい所で、撮影隊も良い絵が撮れるまで下手をしたら2,3日の天気待ちを考えていたのだが、行ってみると無風快晴の文句なしの天気。
ここは晴れていても海の方は白く霞んでしまったりするのだが、今回は西海岸の砂浜まではっきり見えた。こんなのシーズン中でも数回ぐらいしかないだろう。ボクが登った中でも文句なし、一番の天気だ。天は我らに味方した。さぞかしいい絵が撮れたことだろう。
だが山頂で彼らの撮影の様子を見ていて、ふと思った。
この人達は絵の素材とでしか、この国を見ていないのではないのだろうか?
彼らは撮影のプロである。良い絵を撮ることが全てなのだろうが、この状態で彼ら自身は感じているのだろうか?
数時間後、キャンプ地でリチャードがボクに言った。
「下ってくる時に撮影隊の1人が動けなくなってしまったよ。景色に感動しすぎちゃったんだろうな。仕事に戻るのにしばらくかかったよ。」
そうでなくっちゃ。ボクはその話を聞いて嬉しくなった。彼の感動が伝わってきて涙が潤んだ。年のせいか最近、涙腺がゆるくなっている。
きっと彼はこの国にやっつけられちゃったんだろう。彼がやっつけられた場所はコニカルヒルではなく、少し下った岩場だったのだ。
やっつけられる場所は人によって違う。
友達のエーちゃんのように何の変哲もないワナカの川沿いのキャンプ場でやっつけられる事もある。親友トーマスはクィーンズタウン郊外のスキッパーズでやっつけられた。
ボクは西海岸でやっつけられたし、友達の女の子はスキー場のてっぺんでやっつけられた。
高い山や、有名な場所、行くのに厳しい場所で常に起こるのではない。
それは空間、時間、その人の心がかみ合った時に襲う感動の嵐であり、それをぼくらはやっつけられたと呼ぶ。
山を下るとブナの森に包まれる。この先は日帰りハイクのコースで自分の庭のようなものだ。
フラッツハットには樹齢600年以上もあるようなブナの大木がある。ルートバーンの神様とボクは勝手に呼んでいる。
毎回日帰りハイキングの仕事の時には手を合わせてお詣りする。今回も撮影が順調に進んだ感謝を木に祈った。
町に帰り家に戻り先ずはビールだ。湖を見ながら5日ぶりのビールがのどにしみる。
無事に山から帰ってきた後の、仕事が順調に済んだ後のビールは美味い。


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1 コメント

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Unknown (べる)
2010-11-03 04:11:35
やっつけられる・・・あの感覚はなんとも言えないよね・・・。

わたしが最もやっつけられたと感じているのは、よく晴れたパラダイスのパドックで野アザミが風と共にいっせいに綿帽子を青空に放った一瞬。

いまだに思い出すと涙が出る。
まだまだ叩けば出てくる、釘付けになる一瞬。
そういう一瞬を知っているだけ、わたしは幸せ、みんなも幸せだね・・・。

今シーズンはどんな一瞬に出会えるんだろう・・・。楽しみだね^^。
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