■京に禅寺が多いのは何故だろう
散策も無意識に歩み進めていてもふと当たり前の光景の理由を聞かれますと答えに何か迷いが生じることもあるのかもしれない。
京都に禅寺が多いのは何故だろう、こう情緒豊かな方に話題を振られますと、もう少し浪漫を感じる受け答えを求められるのかもしれませんが、貴族社会から武家社会への劇的な転換とともに禅宗と武家の相関関係が由来しているという事が、実は背景にありました。
外務省が在るではないか。しかし明治維新後の日本を見ますと、なにしろ外交関係は欧米との関係が重要であり、しかも外務省があります、すると、今も京都に禅寺が多い理由を応えている訳ではないのですよね。すると実は気風が京都と、合っているのかもしれない。
十方住持制。禅問答に自由闊達な議論を高い語学力と共に求められる禅寺は、それまでの日本の寺院が住持の後継者を身内から推薦して成り立っていたのに対し、十方住持制、つまり四方八方から公募するという、これも中国の制度を輸入したのですが、採用します。
十方住持制というのは試験の結果により取り立てられる一種の官僚的制度を日本にいち早く取り入れた一つ、もちろん朝廷の大学寮制度よりは後塵を拝していますが、身分にとらわれないという意味で僧侶になる事は自由でしたし、住持になるのは実力次第といえた。
住持を単に身内からという制度を軽んじる訳ではありません、なにしろ剃髪し、厳しい生活、信仰と生活を一体化させるには十方住持制とともに世襲制という点にも信仰を伝えるには重要な意味があります、しかし世襲と云うと貴族的な響きにも映るのは確かでしょう。
京都を俯瞰しますと、禅寺が多い事は事実なのですが、そしてもう一つ大学も多いのですね。こちらも制度として京都に集めた訳ではないのですけれども、ふと思うのは禅寺の十方住持制と大学の入学試験の制度、何か似通っているのではないか、共通点を感じるのだ。
大学入試共通テストにて、不正行為があり試験会場から問題が流出した、そんな事件にひと騒動ありました2022年ですが、公平を重んじるのが大学入試です、そこはまさに実力主義であるとともに、試験で実力を発揮出来れば誰でも合格でき、また奨学金制度も厚い。
実力で一つのし上がってやろう、こうした気風が十方住持制と大学制度、京都にはなじみが在るのかもしれません。果たせるかな、武家により保護された禅宗はそのまま遥か歴史の流れを経まして戦国乱世に入りますと、それこそ実力主義、少々血は飛ぶ、となります。
八坂の塔、つまりは法観寺五重塔に、新しい武将が上洛しますとその旗指物を京都でも洛中に一際高く見える法観寺五重塔へ掲げて実力を示したという、こうした意味で実力主義の街となりました京都には、禅宗や大学というものが時を経ても、馴染むのかもしれない。
法観寺五重塔。さて、京都を代表する風景で、火曜サスペンス劇場などで京都にひと騒動ある時は、探偵や刑事さんが法観寺五重塔を背景に一走りします、その法観寺なのですが、こうした日本を代表する建物を持つ寺院も、実はここ建仁寺の塔頭寺院の一つでもある。
実力主義と開かれた機会、その姿勢が歴史として根付いているからこそ、京都と禅寺の関係はあるのかもしれません。すると、京都に禅寺が多いのは公家政治から武家政治への政権交代に際しての官僚代行的という模範解答と共に、実力主義という風土があった、とも。
京都に禅寺が多いのは何故だろう、その答えには大学が多いように京都の風土と合っていたから、こう表現する事が出来るのかもしれませんね。もっとも、回りくどい印象なのかもしれませんが、ふと自分で合点のゆく結論を出しつつ祇園の俗世へと帰路に就きました。
北大路機関:はるな くらま ひゅうが いせ
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散策も無意識に歩み進めていてもふと当たり前の光景の理由を聞かれますと答えに何か迷いが生じることもあるのかもしれない。
京都に禅寺が多いのは何故だろう、こう情緒豊かな方に話題を振られますと、もう少し浪漫を感じる受け答えを求められるのかもしれませんが、貴族社会から武家社会への劇的な転換とともに禅宗と武家の相関関係が由来しているという事が、実は背景にありました。
外務省が在るではないか。しかし明治維新後の日本を見ますと、なにしろ外交関係は欧米との関係が重要であり、しかも外務省があります、すると、今も京都に禅寺が多い理由を応えている訳ではないのですよね。すると実は気風が京都と、合っているのかもしれない。
十方住持制。禅問答に自由闊達な議論を高い語学力と共に求められる禅寺は、それまでの日本の寺院が住持の後継者を身内から推薦して成り立っていたのに対し、十方住持制、つまり四方八方から公募するという、これも中国の制度を輸入したのですが、採用します。
十方住持制というのは試験の結果により取り立てられる一種の官僚的制度を日本にいち早く取り入れた一つ、もちろん朝廷の大学寮制度よりは後塵を拝していますが、身分にとらわれないという意味で僧侶になる事は自由でしたし、住持になるのは実力次第といえた。
住持を単に身内からという制度を軽んじる訳ではありません、なにしろ剃髪し、厳しい生活、信仰と生活を一体化させるには十方住持制とともに世襲制という点にも信仰を伝えるには重要な意味があります、しかし世襲と云うと貴族的な響きにも映るのは確かでしょう。
京都を俯瞰しますと、禅寺が多い事は事実なのですが、そしてもう一つ大学も多いのですね。こちらも制度として京都に集めた訳ではないのですけれども、ふと思うのは禅寺の十方住持制と大学の入学試験の制度、何か似通っているのではないか、共通点を感じるのだ。
大学入試共通テストにて、不正行為があり試験会場から問題が流出した、そんな事件にひと騒動ありました2022年ですが、公平を重んじるのが大学入試です、そこはまさに実力主義であるとともに、試験で実力を発揮出来れば誰でも合格でき、また奨学金制度も厚い。
実力で一つのし上がってやろう、こうした気風が十方住持制と大学制度、京都にはなじみが在るのかもしれません。果たせるかな、武家により保護された禅宗はそのまま遥か歴史の流れを経まして戦国乱世に入りますと、それこそ実力主義、少々血は飛ぶ、となります。
八坂の塔、つまりは法観寺五重塔に、新しい武将が上洛しますとその旗指物を京都でも洛中に一際高く見える法観寺五重塔へ掲げて実力を示したという、こうした意味で実力主義の街となりました京都には、禅宗や大学というものが時を経ても、馴染むのかもしれない。
法観寺五重塔。さて、京都を代表する風景で、火曜サスペンス劇場などで京都にひと騒動ある時は、探偵や刑事さんが法観寺五重塔を背景に一走りします、その法観寺なのですが、こうした日本を代表する建物を持つ寺院も、実はここ建仁寺の塔頭寺院の一つでもある。
実力主義と開かれた機会、その姿勢が歴史として根付いているからこそ、京都と禅寺の関係はあるのかもしれません。すると、京都に禅寺が多いのは公家政治から武家政治への政権交代に際しての官僚代行的という模範解答と共に、実力主義という風土があった、とも。
京都に禅寺が多いのは何故だろう、その答えには大学が多いように京都の風土と合っていたから、こう表現する事が出来るのかもしれませんね。もっとも、回りくどい印象なのかもしれませんが、ふと自分で合点のゆく結論を出しつつ祇園の俗世へと帰路に就きました。
北大路機関:はるな くらま ひゅうが いせ
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