■国鉄型
名鉄7000形電車、阪急6300系電車、新幹線100系電車というように、一昔の時代の車輌というのは、見慣れた、ということではないのだが、興味深いものが多い。今回特集する国鉄419系もその一つ。
この二枚は昔、米原駅で撮影。米原駅で乗り換えを待っていると、敦賀方面に向かう列車で特急車輌のような面持ちの列車を良く見かけた。見かけた、と過去形を用いている理由は後述する。この419系は、1966年に登場した寝台電車583系を電車としたもの。つまり元々は特急車輌であったのだ。交流直流切替装置を搭載しており、西日本管区内では、北陸線で運用されている。
しかし、2006年10月に長浜~敦賀間が直流化されたため、新快速がそれまで長浜までであったのが、敦賀まで乗り入れるようになり、419系は米原まで来ないようになったのだが、てっきり廃止されたと勘違いしてた小生(オイオイ!)。何分、学友や尊敬する先生が居り、10師団も置かれる名古屋へはよく行くが、金沢大学には、最近まで知り合い居なかったし、金沢道中、敦賀で一枚!という機会は少なかったりした。
ということで、大晦日鉄道大作戦!敦賀を経由して舞鶴へ行く!という『環丹波近江一号作戦!』を発動した。本作戦の任務は、京都からあえて山陰線や湖西線を用いず、新快速を最大限利用し、名古屋からのC.ジョニー氏と合流、北陸線に入り敦賀へ到達、小浜線を通り舞鶴を撮影、山陰線にて京都にいたるという作戦である。意義は無い。
結果、琵琶湖(近江)を一周し、丹波山地を一周するという。・・・、まあ、やってみたかったわけだ。写真は北陸線の重要なポイント地点を護る為に設置されている天蓋。豪雪地であるがゆえに、ポイント切替部分が積雪により機能喪失を受けないようにする方策。さっそく雪が降り始めている(予報は豪雪)。
で、まあ、お楽しみの419系なんですが、なんといいますか、敦賀駅には居ませんでした。いやあ、413系なら居たんだけどね。ううむ、残念。聞くところでは、可能性として北陸新幹線開業まで生き残るのでは?という話も。写真は敦賀の車輌基地にて撮影。車輌基地の様子は北陸本線の車輌内から見ることが出来るが、223系速すぎ!ピンボケになってしまった(責任転嫁)。いや、スマン、当方の技量不足でした。
もともとが寝台電車という形式であるので、車内は向かい合う方式のボックスシートを採用している。聞くところでは車内の座席間隔は非常に広いのだが、配置や車内は通勤用途には使いにくいのだとか。写真の扉の大きさや、元々の寝台車輌(現在は寝台施設は撤去)ならではの窓の配置などが、一般の人には使いにくいのだとか。
敦賀駅で粘りたいのは山々なれど、東舞鶴までの区間快速の時間(本数が少ない)もあったので断念。しかし、敦賀駅に到着する特急日本海や485系の特急雷鳥などが撮影できたので良しとしたい。419系だけれども、混んでる小松航空祭(そもそも行けるのか?)の時には無理だろうし、いっそ鯖江駐屯地祭に行ってみてその際に撮影、とか、ううむ、金沢大学で当方研究内容と合致するような学会とか開かれないかなあ、とも。
HARUNA
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