法律の周辺

核心ではなく, あくまでも物事の周辺を気楽に散策するブログです。

成年後見制度の問題点

2005-05-12 22:24:31 | Weblog
 埼玉県富士見市に住む認知症の80歳と78歳の姉妹が、複数の業者から家屋のリフォーム工事を繰り返されて財産を失い、自宅を競売にかけられた問題で、浦野清・富士見市長は9日、さいたま家裁川越支部に姉妹を支援する成年後見人の選任を申し立てた。同支部は11日から姉妹の生活状況を調査する。
 同市の調査では、認知症の姉妹には判断能力がなく、業者らに勧められるまま約3600万円分の不要な工事をされた疑いがある。(後略)
(以上,5月10日インフォシークニュース掲載の毎日新聞の記事からの引用)

 豊田商事事件から20年経ったが,今でも独居老人などをターゲットにした悪徳商法は後を絶たない。
成年後見制度は,認知症,知的障害などのため法律行為に関する意思決定が十分ではない人を保護するための制度全体をいう。大きく分けて,法定後見制度(補助・保佐・後見)と任意後見制度から成り立っている。
法定後見制度を利用する場合,その多くは,判断能力の十分ではない人(成年被後見人等)の配偶者や4親等内の親族等の申立によって開始される(民法7,11,14)。

 しかし,市町村長には,老人福祉法第32条,知的障害者福祉法第27条の3,精神保健及び精神障害者福祉に関する法律第51条の11の2等で成年後見の開始につき申立権が付与されている。
富士見市長の申立が,具体的にどの法律を根拠にしたのか報道からは明らかではないが,おそらく老人福祉法第32条辺りではないかと思われる。

 それにしても,不要な工事をされたあげく,工事代金が払えなくなったため当該自宅を競売にかけられる…。秋田魁新報の11日夕刊によると,競売は取り下げられる見込みとのことだが,全くひどい話しである。
詐欺(刑法第246条)ないし準詐欺(同第248条)で刑事事件として立件されるケースと思われるが,市長の申立も遅きに失した感がないではない。
市町村長の申立権については,裁判所による職権開始制度も有力だったところ,パターナリズムに対する危惧・批判といったことから,これに代わる措置として設けられたという立法の経緯がある。
福祉事務所や民生委員に寄せられた情報→市町村長の申立,といった連絡が十分ではなかったということだろう。今後,改善が望まれる点である。

 さて,それでは,配偶者や親族が周りにいる場合は問題ないのかというと,そうでもなさそうである。
法務省民事局が出している成年後見制度のパンフレットなどを見ると,制度の利用事例としてあげられているのは,隣県に住む息子が認知症の老父と同居するため,この際,父名義の土地建物を売却するため申立をおこなった,といった教科書事例とでもいうべきもの。
しかし,現実には,「借金返済のため亡父名義の土地・家屋を自分のものにして処分したいのだが,相続人の一人である母親が認知症患者で遺産分割ができずに困っている。後見人をたてれば可能と聞いたが…」といった類の相談も少なくないようだ。
制度は新しくなった。しかし,利用者側の意識の方は,禁治産制度の時からほとんど変わっていない。困ったものである。

 申立の契機がどのようなものであろうと,「本人の生活・医療・介護・福祉など,本人の身のまわりの事柄にも目を配りながら本人を保護(する)」(法務省民事局のパンフから引用)という成年後見人等の役割の基本には何ら変わりはないのだ。利用者側は,この点に今一度思いを致す必要があるように思う。

 こういうことを言うと,自分は母親の面倒を見ているのだから,母親の相続分は自分がもらう権利がある,といったことを言う人がいる。
しかし,言うところの負担は,母親が亡くなった場合の寄与分(民法第904条の2)や遺産分割の際の「一切の事情」(同第906条),後見人に選任された場合であれば後見事務に係る報酬(同第862条),といった形で考慮されるというのが本筋である。
加えて,正式に母親の成年後見人に選任された場合であっても,遺産分割協議の場面では,母親の利益は成年後見監督人(同第849条の2,同第851条第4号)あるいは特別代理人(同第860条,同第826条)によって守られることになる。遺産分割協議は利益相反行為にあたるからである。

 また,成年被後見人が権利を有する居住用不動産の処分については家裁の許可が必要であるが(同第859条の3),これについても,いや,うちの母親は最近施設に入ったから許可は不要だ,などと反論する人もいる。
しかし,住居は全ての生活の基盤である。それが居住用不動産かどうかは,住民票上の住所がどこになっているかといったことではなく,成年被後見人本人の心情,これまでの生活実態などにも鑑み,慎重に判断されるべきだ。実務も,そのように運用されている。そうでなければ,「ボケ老人は施設に入れるにかぎる」といった話しになりかねない。これが不当なのは,誰の目にも明らかであろう。

 最後になったが,弁護士等の実務家もまた,依頼人の希望に応えようとするがあまり,実体法規や業法,倫理規定といった枠を踏み越えてしまうことのないよう十分な注意が必要であろう。

 このように,冒頭に掲げたニュース記事や相談事例などを見るにつけ,それが「成年後見制度の問題点」のように見えて,実は「成年後見制度の利用者側の問題点」とでも呼ぶべき場合が少なくないことに気付くのである。もちろん,制度の方にも,鑑定費用,鑑定期間,後見事務の監督(同第863条)といった点で,更なる改善を必要とするところはあるわけだが。

参考 法務省民事局 成年後見制度~成年後見登記制度~   http://www.moj.go.jp/MINJI/minji17.html


コメント (1)
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