松岩寺伝道掲示板から 今月のことば(blog版)

ホームページ(shoganji.or.jp)では書ききれない「今月のことば」の背景です。一ヶ月にひとつの言葉を紹介します

経文『四弘誓願』には村上春樹の現代語訳もあったのだ

2017-02-01 | インポート

「四弘誓願」  伊藤比呂美訳

ひとびとはかぎりなくいます。きっとすくいます。(衆生無辺誓願度)
ぼんのうはつきません。きっとなくします。(煩惱無尽誓願断)
おしえはまだまだあります。きっとまなびます。(法
門無量願学)
さとりはかならずあそこにあります。きっとなしとげます。(仏道無上誓願成)

 

読み解き「般若心経」 (朝日文庫)
伊藤 比呂美
朝日新聞出版

 

2月はお釈迦さまの涅槃会(ねはんえ=15日)の月です。涅槃とは、宗教学者の山折哲雄氏によれば、「サンスクリット語でロウソクの火が燃え尽きてすーっと闇の中に消えていくこと」。つまり釈尊が消えるように80歳で入滅された日です(紀元前383年=異説あり)。だから、2月のことばは仏教の基本に立ちかえりました。『四弘誓願』です。「衆生無辺誓願度 煩惱無尽誓願断 法門無量願学 仏道無上誓願成」。朝のお勤めなどの最後に読む経文で、仏教徒の誓いです。宗派によって多少異なるようですが、これは臨済宗でよまれている四句です。
そう難しい漢字はないから、原文のまま示してもわからないでもないけれど、それでは工夫がない。よい訳がないかと探しました。現代語訳が添えられている経本もあります。でも、何だか面白くない。と思っていたら、なんと作家の村上春樹が訳していました。村上氏が翻訳した、J.D.サリンジャーの小説『フラニーとズーイ』に「四つの偉大な誓願」としてつぎの一節があります。
 「いかに無数の人がいようと、彼らを救うことを誓います。いかに無尽蔵に情念が存在しようと、それらを消滅させることを誓います。いかにダルマ(仏法)が広汎なものであれ、それを修得することを誓います。いかに仏陀の真理が比類なきものであれ、それを会得することを誓います」
小説のなかのフレーズで、英語から日本語への翻訳だから街角の伝道掲示板に書くには長すぎる。

フラニーとズーイ (新潮文庫)
村上 春樹
新潮社

ならば、あの人が訳していないだうろか、と探したのが詩人の伊藤比呂美氏です。 比呂美氏は平成に入ってから、『良いおっぱ悪いおつぱい』(集英社文庫・1992年)なんて衝撃的な詩集を出した後、ご両親の介護と死をとおして、仏教に接近します。山折哲雄氏との共著『先生!どうやって死んだらいいですか』(文藝春秋社)で次のように言います。
「お経って言葉でしょう。いろんな人が命をかけて伝えてきた素晴らしい詩だということが、こうやってお経のことを勉強してみると、ほんとによく分かるんです。まあ、読経する人たちは意味を勉強したからお坊さんになれたわけですけど、おもしろいんですよ!という熱意が伝わってこないことが多すぎる。聴いてる側のことなんかはおかまいなしに、ただくり返しているように見える。それが、なんともやりきれなくなってくるんです」。
胸にズシンと刺さる言葉です。そんな詩人が訳した四弘誓願を釈尊涅槃の月のことばとしました。伊藤比呂美著『読み解き「般若心経」』(朝日文庫)の「あとがきにかえて」に「以下、勝手にアンコール」と題して、掲載されていた「四弘誓願」比呂美訳です。
「誓願」を「きっと」と訳したリフレインが心地良い。そして、句末の「さとりはかならずあそこにあります」は禅そのものだと思うのです。


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