松岩寺伝道掲示板から 今月のことば(blog版)

ホームページ(shoganji.or.jp)では書ききれない「今月のことば」の背景です。一ヶ月にひとつの言葉を紹介します

昨日が見えない者には明日も見えないのです。 五木寛之著『捨てない生きかた』より

2022-06-01 | インポート

昨日が見えない者には明日も見えないのです。
            五木寛之著『捨てない生きかた』より

 

今月のことばを紹介する前に、おもしろいというか、へぇーというか、ふーんというか、あっぱれな本を紹介します。福井県立図書館編『100万回死んだねこ・覚え違いタイトル集』(講談社)です。
  福井県立図書館の司書がたが、実際にあった問い合わせの中で、うろ覚えのタイトル、勘違いされていた作者名をリストにして、ウェブで公開していました。それが評判になって、紙の媒体で出版されたのが本書。ウェブ→出版、というのは、最近の流行なのでしょうか。
 さて、『100万回死んだねこ』はどこが間違っているかわかりますか?佐野洋子作・絵の大ベストセラーは『100万回生きたねこ』でした。私の本棚にもあるので、取りだしてみたら、この絵本も講談社が出版していたのですね。だから、『覚え違いタイトル集』に冠したのが『100万回死んだねこ』だったと思うのはゲスなかんぐりというものでしょうか。
 『覚え違いタイトル集』のなかでもう一つだけ例をあげれば、〈『人生が片付くときめきの魔法』を探しています〉という、問い合わせ。これは何となくわかりますね。正しくは、近藤麻理恵著『人生がときめく片づけの魔法』(サンマーク出版)です。2011年出版というから、新しい本ではない。「感謝して物を捨てる」というのが、外国でも受け入れられて、長く売れ続けている書籍のようですが、「捨てる」本が話題になれば、その反動で「捨てない」のが、話の種になるのは、世のならいというもの。
 「捨てる」本だけ読んだのでは公平でないから、五木寛之著『捨てない生きかた』(マガジンハウス)を手に入れました。『トウキョウ愚連隊』ではなくて、『モスクワ愚連隊』なんて小説を書いていた作家は1932年生まれというから、今年で90歳になるのでしょうか。
 今月のことばにしたフレーズだけではわかりにくいのですが、道ばたの伝道掲示という制約から許していただくとして、このフレーズの直前にはこんなことばがあります。
「今まで生きてきた過去の記憶はたいへん大きな力を持っています」。だから、捨てない。過去を捨ててしまったら、昨日が見えない。昨日が見えなければ、明日も見えない。というのです。
 名言がちりばめられた本ですが、最終章のタイトルは「この国が捨ててきたもの」。これまで書かれなかった、戦争の重い歴史を声静かに語ります。忘れ去られてしまう記憶ではなくて、記憶を呼び覚ますことができる物を捨ててはいけない、というのがズシーンとくる。
 さて、最後に愚痴を少々。数日前に経験した「捨てた人」の話です。故郷の先祖代々の墓所を片づける人がいます。「墓じまい」なんて言葉は、もともとは石材店が使っていた、石材業界の用語で一般の人は知りもしないし、使わない言葉でした。そんな言葉が大手をふっているのが悲しいし、私は使わないようにしています。「断捨離」という言葉が流行ってきたのと同じ頃からでしょうか。もう住んでいない土地の墓はかたづけなくては、という強迫観念にせまられている人がおられます。先週末に墓地閉眼のお経をあげたのは、高級石材の小松石で作られた墓でした。お経の後で墓所の持ち主に言いました。
「最高級の石塔で、今つくればもの凄いお金がかかるお墓だよ。それでも捨てるんだね。それに、あなたが亡くなった後はどうするの」。
 若くはない当主からは、次のような答えが返ってきました。
「好きな墓石ではあるのですが、家族に迷惑をかけないように、供養不要な墓地を探します」
 よくある想定内の答えです。墓地から1時間も電車にのれば帰れる範囲に住んでいるのに……。好きだったら捨てるなよ。まぁー、住職の人柄が嫌われたならば仕方がないけれど。最近の言葉に持続可能な社会(SDGs)っていうのがあるじゃないですか。自然環境に悪影響を与えないよう暮らしていこう、というのでしょ。まだ、きれいな高級な材料を捨てて、新しく海外の山から切りとってきた石の納骨堂に入る、というのは持続可能な活動ではないね(自分の過去を捨てたから、未来も見えない人は、捨てた寺の住職のブログなんか読まないだろうから、失礼なことを書きました)。
 お墓は捨てるものてはないし、護るものでもありません。悪いところだけを修理して、使い続けていく貴重な財産です。
 本の紹介あり、愚痴ありで、長くなりました。

 

 

 

 

 

 


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