松岩寺伝道掲示板から 今月のことば(blog版)

ホームページ(shoganji.or.jp)では書ききれない「今月のことば」の背景です。一ヶ月にひとつの言葉を紹介します

初暦 知らぬ月日の 美しく 

2018-01-01 | インポート

初暦 知らぬ月日の 美しく   吉屋信子

作家の吉屋信子(1896~1973)さんの句です。新年早々、まことに
失礼、恐縮、僭越乍ら 「えー、と吉屋信子って……?」という始末です。
著作に
『徳川の夫人たち』とか『女人平家』とか。すごい量の著作です。
出版
不況といわれる現代では、こんな流行作家はおられないのでは!
 冒頭の句をどこで知ったかというと、いつもながらの孫引きです。2016
年1月5日の読売新聞「編集手帳」欄に紹介されていました。そして、昨年末
(2017年12月2日)日経新聞「春秋」欄にも引用されていました。
 掲載した句はわかりやすくてまことにお正月らしい。あまりにお正月らしく
て、ためらいました。でも、やってくれるじゃないの、日本を代表する大新聞
2社。どちらかは孫引きかあるいは誤植か、両社とも(?)なのか。
 つまり、読売新聞「編集手帳」は「月日は美しく」、日経「春秋」は「月日
の美しく」なのです。「は」と「の」の違い。
 TBSテレビ木曜夜7時からの「プレバト」の夏井いつき先生だったら、
「は」と「の」。どちらを取るでしょうか。どちらが正しいかわからないけれ
ど、多分「の」だろうと思って「月日の美しく」にしました。
 新聞を代表する第一面のコラムが、引用する俳句の原典を調べなかったのだ
ろうか。
 しがない貧乏寺の印刷物やホームページとは違って、新聞社には「校閲」と
いう部署があるとききます。「校閲」って単なる誤植を校正するのではなく
て、内容に誤りがないかどうかまで、点検するという。
 村井重俊著『街道をついてゆく』(朝日新聞出版社)という面白いタイトル
の本があります。作家の司馬遼太郎が『週刊朝日』誌上に長年にわたって連載
した「街道をゆく」の最後の担当記者が綴った、6年間の取材同行記です。そ
の最終章「未完の旅」にこういう一節があります。

(司馬遼太郎氏の)葬儀を終えて、東京に戻った。
『街道』の校閲をずっと担当していた藤井広基がやってきた。私は彼のおかげ
で結構ポイントを稼いできた。指摘されていた点を司馬さんにいうだけで、
「いやー、よく見てくれた。ありがとう」
 といわれる。あまりに感謝されるので良心の呵責に耐えかね、これは藤井と
いう男がやってますと、報告した。あるとき、司馬さんからその週の原稿につ
いてのファクスが来て、感謝の言葉が書き添えられていた。
「校閲が正しい」
 藤井はそれに感激し、そのファクスを大切に持っていた。こんな風に、司馬
さんは何げない気配りで、人を励まし続けたのだ。そんな藤井だから、私を見
ても何もいえずに、体を震わせていた。

 さて、本年最初の言葉は句自体ではなくて、それを知った過程から句とは別
のことを学びました。やはり、原典を見て確かめなければならないのです。人
の言いつたえではなくて、元をこの眼でみなければ。だから、お正月の禅寺の
床の間には、初祖・達磨大師の像をかかげます。元に帰れ、元を確認しろと。
元旦とは、そのことをいうのでしょうか。