松岩寺伝道掲示板から 今月のことば(blog版)

ホームページ(shoganji.or.jp)では書ききれない「今月のことば」の背景です。一ヶ月にひとつの言葉を紹介します

魯迅『故郷』より  

2009-01-30 | インポート

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もともと地上に道はない。歩く人が多くなれば、それが道になるのだ。魯迅『故郷』より

石ころだらけの道を歩いたり、車で走ったのはいつのことだろうか。と、記憶を呼び戻してみても、容易に思い出すことはできません。ナビゲーションの指示にしたがって、きれいに舗装された道をたどるのに慣れてしまったこの頃です。「道普請」なんて言葉は死語になり、道を造ることも、修理することも巨大な公共事業のひとつである今、「歩く人が多くなれば、それが道になるのだ」というせりふが新鮮に響きます。

標題の言葉は、作家魯迅(1881~1936)の短編小説『故郷』の結末の一節です。

思うに希望とは、もともとあるものともいえぬし、ないものともいえない。それは地上の道のようなものでもある。もともと、地上には道はない。歩く人が多くなれば、それが道になるのだ。-魯迅著『阿Q正伝・狂人日記』竹内好訳・岩波文庫

この一節を読んで思い出すのは、高村光太郎(1883~1956)の「僕の前に道はない」の「道程」ではないでしょうか。「道程」が書かれたのは1914年(大正3年)2月9日。『故郷』はというと、1921年(大正10年)の執筆だという。

ところで、同時代にもう一人、同じような言葉を紡いだ詩人がいます。スペイン人のアントニオ・マチャードです。詩人はうたいます。

旅人よ 道は/きみがあるいた足跡だ/それだけのことだ 旅人よ/そこに道はない/道は歩きながらつくられる-大島博光訳「世界現代詩文庫24」土曜美術出版販売刊-

旅人よ……は詩集『カスチリヤの野』に収められています。その刊行は1912年。マチャードから「道程」『故郷』まで9年の隔たりがある。しかし、光太郎は1906年から1909年まで、アメリカ・ヨーロッパに留学していた。

三人はおたがいにその言葉を知っていて、影響されあったのか。それとも単なる偶然なのか。ユーラシア大陸の極東と西北端で同時代に同じような気分を伝えた三人がいた。と、思うとなんだかゾクゾクしてきませんか。

小さな寺のちいさな伝道掲示板の背景に、こんな気分を隠しておきました。


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山鳥の ほろほろと鳴く 声聞けば

2009-01-29 | インポート

山鳥の ほろほろと鳴く 声聞けば 父かとぞ思ふ 母かとぞ思う    行基

掲示日 H19.8.10

八月は月遅れのお盆です。お盆は亡き祖先の霊を迎えて慰める行事です。

そんなお盆のことばとして行基菩薩の歌をおくります。行基(668~749)は、奈良時代に聖武天皇の帰依をうけた高僧です。奈良の大仏建立で勧進(建設費用を募ること)に功があったとして、聖武天皇から大僧正位と大菩薩の号をたまわります。菩薩とまでいわれた高僧には申し訳ないけれど、今ふうにいえば、国家の大プロジェクトをまかされて、トップセールスに全国を歩きまわった創業者だといえば、その存在の大きさがわかっていただけるでしょうか。

標記の歌は、大仏行脚の途中でよまれたものでしょうか?疲れ切った旅の身体に、亡き両親が山鳥の声に託したのは何なのか。はげましかなぐさめか。それともアドバイスか。

さて、今年の夏、七月は長期予報を裏切ってくれて涼しかったのですが、八月になって暑いことあついこと。猛暑日とやらの新語が連発されるなかで、お盆の仕度をしています。これって、ご先祖さまが私たちに発しているメッセージでしょうか。暑さに託して、地球温暖化の警告を発しているのでしょう。


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仏教経典が教えるダイエット

2009-01-29 | インポート

07911_005 人はみずからを深く思い

量を知って食をとるべし

さすれば苦しみ少なく 老ゆることおそく

壽(いのち)ながからん

『雑阿含経』42 掲示日 H19.9.1

今月のことばは、仏教経典が教えるダイエットといったところでしょうか。

釈尊の時代のことです。ある日、コーサラ国の王様パセナーディは釈尊の説法にやってきます。王はひざまづき、釈尊に敬意を表します。美食家の王は今で言うとメタボリック症候群。肥満に高血圧に高脂血。ひたいから汗は流れ、呼吸は荒くはずんでいます。そんな王に釈尊は一つの詩をあたえます。

人はみずからを深く思い(人當自繋念)

量を知って食をとるべし(毎食知節量)

さすれば苦しみ少なく 老ゆることおそく(是即諸受薄)

壽(いのち)ながからん(安消而保壽)

-増谷文雄著『仏教百話』筑摩書房刊-

王は恥じて、おそばに仕える少年にこの詩を暗唱させます。そして、毎食毎に詩を唱えさせたといいます。その効果があって、王は健康を取り戻したとか。でもねー、だれもわかってはいるけれど、「みずから深く思わずに、衝動で量を知らずに食べたり飲んだりする」からダイエットが必要になるわけですから。

ところで、釈尊が王に与えて詩のなかで注目したい漢字が一つあります。「寿」という字です。仏教経典では「寿」を「いのち」とよむのが通例です。白川静先生の字源辞典『字統』も「いのちながし・ひさしい」とよんでいます。いのちがながくてひさしいからおめでたいのでしょう。

さて、めでたさを欲張りすぎたのが古典落語の『寿限無』です。ご存じのとおり、熊さんに初めて生まれた赤ちゃんの名が「じゅげむじゅげむ……」。良い名前を欲張りすぎたものだから、長くなってしまって、名をよぶうちに金ぼうの頭のコブも治ってしまったという落語。

いのちに限りがないわけですから、これほどめでたいことはない。でも、人の「いのち」には限りがある。なのに寿限無だという。落語の他愛もない話なのか。それとも、限りがない「いのち」があるのか。あるとすれば何なのか、は別の機会に書きたいと思うのです。


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静かに行く者は

2009-01-29 | インポート

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静かに行く者は 健やかに行く

健やかに行く者は 遠くまで行く

城山三郎著『静かに健やかに遠くまで』より 掲示日H19.10.1

今月の言葉は3月に亡くなられた作家城山三郎氏のエッセイ集『静かに 健やかに 遠くまで』(新潮社文庫刊)に紹介されていることばです。もともとはイタリアの経済学者パレードがモットーとしていた言葉だといいます。

静かに行く者は 健やかに行く   Chi va piano,Va sano

健やかに行く者は 遠くまで行く   Chi va sano,Va lontano

「原語はローマ字読みで気持ちよく口ずさむことができ、くり返すうち、意味まで伝わってくるような気がしてくるではないか」とは城山氏の評ですが、仏僧の私がこの言葉を読んで思い出すのは次のような経典の一節です。

河底の浅い小川の水は音を立てて流れるが、大河の水は音を立てないで静かに流れる。-中村元著『ブッダのことば/スッタにバータ』岩波文庫刊-

仏教経典のなかでも最古のスッタにバータと一九世紀生まれの経済学者の言葉が同じ響きに聞こえるのはわたしだけでしょうか。

ところで、城山三郎氏の遺作で、今(平成19年秋)、もっとも売れているのは、『落日燃ゆ』のようです。『落日燃ゆ』はA級戦犯として処刑された広田弘毅元首相の物語です。広田は東京裁判で、すべては自分のしたことと語り処刑判決に殉じ、静かに遠くへ行ったのです。広田をはじめとして有名無名の何人もの人が戦の責任を問われて拘留され処刑されのは巣鴨プリズンです。昭和40年代にそのすべてが取り壊されて、現在では一部分が東池袋公園になっています。池袋駅から歩いて10分ほどのところにある公園は、入り口にセコイアの並木が植えられ、一角におにぎり型の記念碑がたっている。記念碑はサンシャインビルを背景にして、表には「永久平和を願って」と刻まれ、裏面には「第二次世界大戦後、東京市ヶ谷において極東国際軍事裁判がかした刑及び他の連合国戦争犯罪法廷が課した一部の刑が、この地で執行された(後略)」とあります。

なんで、戦後生まれの筆者がこんなことに詳しいかというと、わけあって四年ほど前、現地へ行って見て、その雰囲気を味わってきたからです。実際に見て感じてくると、下手な文章でも少し厚さがでてくるものです。

さて、先にご紹介した中村元著『ブッダのことば/スッタにバータ』にはこんな言葉もおさめられています。

みずから知っているのに多くのことを語らないならば、(略)かれは聖者として聖者の行を体得した。

余計な解説とおしゃべりはこのくらいにして、良い言葉は静かに味わうのがよろしいようで!

    


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生みたての卵掌におく秋の暮れ

2009-01-29 | インポート

07111_2 生みたての 卵掌におく 秋の暮れ     中川宋淵

              掲示日 H19.11.1

今月のことばは、中川宋淵老師(なかがわ・そうえん)(1907~1984)の第一句集『詩龕』に所収の俳句です。老師の略歴を、『現代俳句大辞典』(三省堂刊)から引用してみます。

山口県岩国生まれ。本名基(さとし)。東京帝国大学国文科卒。臨済宗の僧、1931年山梨県塩山市の向嶽寺で得度、静岡県三島市の龍澤寺山本玄峰の元で禅を究め同寺の住職となる

宋淵老師は『近代昭和・平成禅僧伝』(春秋社刊)にその名をとどめる名僧であり、俳句辞典にもプロフィールが紹介される俳人でもあるのです。

さて、私が尊敬する先輩・秋田県開得寺住職新野建臣が、この句にに次のような言葉をそえられています。

生みたての卵は温かいものです。秋は日暮れになると、急に裾寒くなりますから、卵のぬくみが一層身に染みます。卵という小さな生き物、ひいては生き年いけるものへの老師の心の温かさが感じられます(臨済会報H18.7.1号)

新野師のお寺は秋田県の八郎潟の近くにあります。訪ねてみたいと思いながら、未だに果たせずにいるのですが、秋の東北はきれいでしょうね。でも、東北の秋はかけ足でやってきて、すぐに冬に突入する。そんな地に住んでいる新野師の「秋は日暮れになると、急に裾寒くなる」という言葉には迫力があります。

ところで、中川宋淵老師と秋、とくれば次の詩が思い浮かびます。

ほろわろと/秋のひざし/手にうけて/もったいなくて/もったいなくて/穂すすきも/桔梗も/かるかやも/みんな風に/うごいている(松原哲明著『般若心経を語る』NHK「こころの時代」テキストより)

引用したテキストからもわかるように、この詩は松原哲明師が著作や講演法話でたびたび紹介されています。実をいうと、「今月のことば」に最初はこの詩を掲載しようと思いました。でも、全文を載せるには長すぎるし……。と、思って冒頭の俳句になったのが、今月のことばの周辺です。


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