松岩寺伝道掲示板から 今月のことば(blog版)

ホームページ(shoganji.or.jp)では書ききれない「今月のことば」の背景です。一ヶ月にひとつの言葉を紹介します

これが自分の境地  荻原泉井水

2012-01-31 | インポート

これが自分の境地だと腰を据えておさまる心がなくして、与えられたる所に従って生き、しかあるがままの時に即して振舞う。荻原泉井水

「好きな食べ物は何ですか」と尋ねられたら、「豆腐です」ということにしている。レアーに焼いたステーキともいえないし、禅宗坊主らしくて良いじゃないですか。生臭坊主を隠して、禅宗坊主を気どっているわけではないけれど、豆腐は嫌いではない。でも、人生最後の食事に豆腐を食べたいかという、「うーん」と考えてしまう。なぜなら。豆腐といっても色々あるから。絹もあれば木綿もある。失礼だけど、マズイ豆腐屋もあるし美味い豆腐屋もある。人生最後に、まずい豆腐食べさせられて、「さよなら」と言われても悲しすぎる。豆腐は難しい食材なのです。

さて、今月のことばは俳人・荻原井泉水(1884~1976)の随筆『豆腐』からの引用です。随筆『豆腐』は「豆腐ほど好く出来た漢はあるまい」で始まる全文700字ほどの短文です。一昨年に急逝された松原哲明師が講演や著作でもよく引用されていました。哲明師の影響力もあるけれど、最近は随分と知られてきたようです。朝日新聞夕刊「素粒子」欄にも紹介されていた記憶があります。でも、陽のあたることのない地味な短文に最初にスポットライトをあてたのは、梅原諦愚という私ども妙心寺派の大先輩です。

なぞという内輪の話はおいておいて、「これが自分の境地だと腰を据えて~」は「応無所住而井其心(まさに住する所無くして其の心を生ず)」という金剛經の一句の荻原井泉水氏の解釈です。俳人の解釈に松原哲明が次のような言葉を添えています。

勉強する時は一心に集中し、遊ぶ時には本心から遊ぶ。誤った道を歩く人には忠告をし、立派な結果を残した人には拍手を送ろうじゃありませんか。悲しむ人たちを眺めては瞳を濡らし、愉快な時には豪快な時には豪快な笑顔を見せる。それが「応無所住而井其心」の境地であり、また「かわかない心」です。(『かわかない心ー菜根譚を読む』佼成出版社刊)

さすがだなぁー、と思うこの著作は購入したのではなくて著者本人からいただいたのだと思う。裏表紙に毛筆で「善濡直心ー哲明」と著名があるから。

ところで、荻原井泉水の『豆腐』は元々は『豆腐哲学』という著作に載っている随筆のようです。が、原文を見たことがないのです。いつも松原哲明師からの孫引きであったり、他の方からの孫引きなのです。孫引きなぞと安直な態度ではいけない。井泉水は『豆腐』の末語にこう書いている。「彼(豆腐)こそ、重い石臼の下をくぐり細かい袋の目を濾(こ)して、さんざん苦労してきたのである」、と。

孫引きして履歴をネットで簡単に検索して書いた文章など、美味しくなどなるわけがない。苦労して資料探せ、といったところでしょうか。

かわかない心―菜根譚を読む (1983年)
価格:¥ 1,050(税込)
発売日:1983-05

昭和天皇御製

2012-01-19 | インポート

ふりつもる み雪にたえて いろかえぬ 松ぞををしき 人もかくあれ 昭和天皇御製

御無沙汰です。もう少し更新していると思っていたのですが、作年の五月以来とは、当人もビックリ。というわけで、遅くなりましたが、今年のお正月の言葉です。

昭和天皇の御製です。昭和天皇は膨大な数の和歌を遺されて、和歌集もあるらしのですが、ちょっと高価なので手許にはありません。この歌は孫引きです。何からの引用の引用かというと、平成23年4月28日付け日経新聞・社説に大震災に関連して「新しい巡幸が果たす役割」と題して、紹介されていました。

「万全ではない健康状態のなか、天皇皇后両陛下が骨身を惜しまず被災地や救援・復興にあたる人に心を寄せる姿にその答えを見いだし、励まされた人も多いだろう。お二人への敬意を新たにしたい」という記事で引用されていた昭和天皇の御製です。

御製に対するコメントはともかくとして、白砂青松といい雪と松といい、松は日本の美意識の定型原型になくてはならない存在です。私の寺も松岩寺です。禅語にも松の字はよくでてきます。私が平林寺という修行道場にいた頃の老師(ろうし=修行僧の指導者)は、「風吹けども動ぜす天辺の月、雪圧(お)せどみくだけ難し、澗底の松」という禅語を引いて、風か吹いても雪がふっても動ずることなく、雄々しく坐禅するのだ」と叱咤激励されていた。叱咤激励の言葉にも季節感があって、この禅語を引かれるは冬が常だったと記憶しています。

冬ですから平林寺にも里の雪がふります。里雪ですから重いのです。そんな雪で松の枝が折れてしまいます。結構太い枝が折れて、その片付けをしながら、「やっぱり雲水(うんすい=修行僧)がきちんと座らないから、境内の松もおれちゃうんだ」なんてわけのわからない納得をした自虐的な思い出があります。あの頃、松喰い虫にやられて境内の松も随分と弱っていたのでしょう。その後、松食い虫にやられて雑木林の松はほとんど全滅なのではないでしょうか。

そんなわけで「くだけ難し、澗底の松」なんて言葉にはあまり良い思い出のない私ですが、好きというかなるほどと思った言葉に「貞松」があります。松の操です。松の操って何かというと、一年中同じ緑色ではなくて、たまには黄色くなったり新緑の淡い緑色になりたいだろうに、木念として色を変えることがない。これが松の操、「貞松」というらしい。松だって、「色を変えたいだろうに」、という発想が面白いとおもいませんか。でも、色を変えぬところに永遠の生命を感じて、お正月の飾りになるのであって、色が変わっては有り難くない。

ところで、1月13日に京都へ行きました。少し暇があったので、バスに乗って嵯峨野へ足を向けて、「森嘉」でお土産に豆腐を買いました。渡月橋から歩いて行ったのですが、民家の門にまだ松飾りがみんな残っている。関東地方では1月7日くらいには松飾りはかたずけるのではないのかなぁー。京都はいつまで松飾りをしておくのだろうか。狭い日本でも千変万化、いろいろです。