つぶや句

夢追いおっさんの近況および思うことを気まぐれに。

一杯の酒

2006-09-22 05:00:56 | 思ひ出ぼろぼろ
仕事を終えて、一杯の酒というのは何事にも変えがたい
ものがある。きょうも残暑の汗をしたたかにかいて、
一杯の酒にありついているところである。
この何事にも変えがたいものではあるが、それのみ
というのもさみしいものがある。
しかし、まさしくそれのみに、見える人もいる。

彼の場合もそうだった。私が今の会社に入社して、彼を
見たとき、随分お年寄りが働いているなあ…と
思ったものだった。前歯が無くて口元がすぼみ、モゴモゴ
としゃべる。腰は曲がって少し前かがみに歩く。

どうみても70過ぎに見えたのであるが、50代と
聞いて驚いた。

彼は大の酒好きで、休み明けなど会社でもプーンと
酒のにおいをさせていた。
夏でも熱燗を飲み、ややアル中気味で手がブルブルと
震えていた。たまの飲み会など、やはり好きなのでかかさず
出席していた。

ある日の飲み会での後、カラオケへといったのだが
彼は震える手で、歌詞カードをめくっていた。
彼はなぜか軍歌一筋、軍歌しか歌わないのである。

みんなひとしきり歌い終え、「Iさん歌う曲決まった?」
「ウ~モグちょちょっと待ってもぐ」また他の人が歌いだす。

彼は相変わらず震える手で歌詞カードめくり。
「Iさん決まった?」「ウ~モグモグ」
そしてついに「ウ~こ、これ…」
「もう時間来ちゃった帰るよ!」

これは本当の話である。彼はお酒をこよなく愛しずっと
一人身だった。そんな彼が突然亡くなった。

会社を無断で休んだので「ちょっと見てきてくれ」
と上司に言われたのである。頃は2月の末、まだまだ寒い日だった。

彼は一軒家の賃貸に住んでいた。家中鍵が掛かっていて、
ドアチャイムを何度押しても出ない。仕方なくドアをたたき
声を掛けてみるが返事はない。中からは付けっぱなしの
TVの声が聞こえていた。

死因は心臓マヒらしい。したたかに飲んで風呂に入った
らしく、風呂場で発見された。

私は彼は彼なりの大往生だと思え、一杯の酒のみに生きた
彼の生き様を思い、しばらくの間、人生について考えたものだった。

そしてこうして一杯の酒に酔うと時々思い出すのである。
Iさんのことを…酒のみの人生を…。
コメント
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