武本比登志の端布画布(はぎれキャンヴァス)

ポルトガルに住んで感じた事などを文章にしています。

199. ハトに餌をやらないでください Por favor, não alimente os pombos

2022-08-01 | 独言(ひとりごと)

 『ハトに餌をやらないでください』という張り紙があった。

 張り紙に気が付いたのは7月15日、金曜日、買い物に行くのに下に降り、玄関ホールの掲示板に貼られているのが目に留まったのだが普段なら見過ごしてしまうところだ。

武本比登志の油彩作品F100

 鳩に餌をやっているのは我が家のすぐ下のファティマ小母さんだ。

 ファティマさんは2年ほど前から住み始めた独居老人。

 以前そこにはフルナンドさんが住んでいた。フルナンドさんは南アフリカの大学教授で大学教授は既に退官していたとはいえ南アフリカとポルトガルを行ったり来たりセトゥーバル以外にリスボンにもマンションを持たれていて、セトゥーバルに来るのはそれこそ3分の一。声が大きく来られたらすぐに判る。そのフルナンドさんがお亡くなりになったとマリアさんから聞いたのはもう随分前だ。リスボンには娘さんも住んでおられたのだが、セトゥーバルの部屋は直ぐに買い手が付いたらしくそれから2年ほどもリフォーム工事をしていて、ようやくファティマさんが住み始めたのが2年ほど前から。

 ファティマさんも元学校の先生で英語もフランス語も流暢に使われる。マンション管理組合会議の時など複雑な議題に入ると、僕たちに英語で判りやすく説明をしてくれたりする。クルマも運転されていて、買い物ついでに、いつもどこからか水を汲んで来られる。コーヒーやお茶を淹れるのに美味しいのだそうだ。5リッタータンクが2本もあるので2階まで運ぶのを手伝おうとすると「手伝わないで」と言われる。運動がてらと思っておられるのだろう。どこからか美味しい水を汲んで来られる、お元気な女性だ。でもセトゥーバルの水道水もアラビダ山の水だから美味しいのだが。

 ファティマさんの楽しみは鳩に餌をやること。

 食べ残したパンを小豆大に小さくちぎって風呂の窓から道路に向かって放り投げるのだ。

 だいたい時間は決まっていて、その時間になると鳩が勢ぞろいする。そして1日中居ついている鳩も居る。

 鳩はファティマさんが餌をやり始める以前から実はいたのだが、でもファティマさんが餌をやり始めて鳩の数が格段に増えたのは確かだ。

 我が家の屋上軒先にずらりと並んで止まり、餌を待つようになった。

我が家の屋根の上にずらりと並んで餌を待つ鳩

 そしてやっかいなのは糞公害だ。

 建物の前に停めてあるクルマに鳩が糞を大量に落とす。

 フロントにもフロントガラスにも天井にもリアウインドウにも鳩の糞。

 でもファティマさんは自分が住み始めてから鳩が増えたとは思われていない筈だ。

 それは以前と同じだとたぶん思われている。以前のことは御存じないからだ。

 僕はクルマに付いた鳩の糞はせっせと掃除をしている。

 以前から出かける前には僅か5分間ほどだが毎回掃除をしてから出発することにしている。

 濡らしたタオル2枚と洗剤を含ませたスポンジを使う。それでたいていは綺麗になる。

 出掛けるのは週一くらいだから鳩の糞もこびり付いてなかなか落ちないが何とか綺麗にはなる。

 鳩の糞をゴシゴシしていると、そんなところにマリアさんやマダレナさんが通りかかった時などは「鳩の糞で掃除が大変ね」などと挨拶してくれる。僕は「いや、それ程でも」などと返事をしていた。

お向かいの屋根の上で餌を待つ鳩

 ファティマさんが住み始めてから鳩が増えて糞が多くなったとはいえ僕はあまり気にはしていなかった。

 鳩は可愛いものだ。僕も子供の頃に鳩を飼っていたことがある。リンゴ箱で鳩小屋を作った。餌をやり、毎日放す。ある程度の時間上空を飛行して必ず自分で小屋に戻って来る。雛が生まれる。鳩友達が出来、交換などする。中には競技にも参加していた友人も居たが、僕はただ飼っていただけで競技などには参加するまではやらなかった。

 僕が「鳩は可愛い」と言うとMUZは目を吊り上げ口を尖らせて「鳩の何処が可愛い!」などと宣う。

 今、我が家ではパンは残らないからやらない。毎朝の朝食はパン食だが殆ど残らない。残ったパンは漬物に使うのだ。糠は手に入らないのでパンで代用する。

 先日は露店市で食事をした。パンが余ったので糠漬け用に持ち帰った。糠漬け用に持ち帰ったものの夜小腹が空いたのでカマンベールを乗せて食べてしまった。鳩まではとても回らない。他の人が鳩に餌をやるのも見て楽しんでいるだけ。

 ファティマさんが鳩に餌をやり始めるより以前から、実はマダレナ小母さんもパンくずを撒かれていた。食事の後のテーブルクロスを窓からパタパタと振るうのだ。それ以外にもパンをちぎって放り投げる。でもマダレナ小母さんのパンくずはピンポン大ほどもの大きさだ。見ていると鳩は大きいパン屑は苦手の様だ。パンをくわえて首を左右に振らなければならない。それでもなかなか千切れない。千切れないで何処かに飛んで行ってしまう。それをすかさず雀が持って行く。雀は大きいまま咥えて藪などに入ってゆっくり食べるのだろう。だからだろうマダレナ小母さんが何年もの間パン屑をやっても鳩はあまり増えなかった。

地面で餌を探す鳩

 それがファティマさんがパン屑をやり始めて急激に鳩が増えたのだ。

 お向かいのウクライナ人のローマンさんも建物の前にクルマを停めている。三菱のカリスマだ。かなり古いクルマだが、塗装をやり直し綺麗になった。それに鳩の糞がべっとりと付く。

 ローマンさんは1ユーロショップか中華雑貨ででも見つけてきたのだろう。鳩除けのプラスティック剣山を我が家の屋根の軒先に取り付けてくれた。

 鳩はさすがにその場所には止まらなくなった。ローマンさんは良い方法を思いついたものだ。軒先だけではなく我が家のベランダの手すりにも鳩は止まる。それで僕もその剣山の真似をして6リッターのペットボトルを解体して剣山を作りベランダの手すりに取り付けた。

 もうこれで大丈夫と思っていたところ7月15日に、張り紙があった。

「鳩に餌をやらないでください」と書かれた張り紙

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Por favor, não alimente os pombos

ハトに餌をやらないでください

Dar comida a pombos é proibido e punível com coimas.

ハトに餌をやるのは禁止されており、罰金が科せられます。

Estas aves são uma potencial ameaça para a saúde pública, já que podem transmitir algumas doenças, além de criar muita sujidade.

これらの鳥は、多くの汚れを作り出すことに加えて、いくつかの病気を感染させる可能性があるため、公衆衛生に対する潜在的な脅威です。

Muito obrigada  A Administração do condominio

ありがとうございました。 マンション管理

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 訳してみると結構厳しい内容だ。

 

 パリのサクレクール寺院前の広場で鳩に餌をやる小父さんの映像があった。頭にも肩にも腕にもたくさんの鳩が止まり餌を啄んでいる。観光客はそれを見て楽しんでいる。

 以前にはセトゥーバルの中心ボカージュ広場にもたくさんの鳩が居て、キオスクで鳩用の餌が売られていた。買ってまで鳩に餌をやる人も居なかったのか、キオスクの小母さんの目を盗んで鳩が餌のビニール袋を直接突っついて破ってしまう。万引き鳩だ。

 奈良の鹿煎餅と同じだ。強引な鹿よりもおとなしそうな鹿に買った鹿煎餅をやりたいと思い後ろに隠す。後ろから別の強引な鹿が横取りをする。

 ニューヨークでも鳩が増え、それを餌に猛禽類のハヤブサが摩天楼を断崖絶壁にみたて巣を架けている。何でもマンハッタンのハヤブサ密度が世界一らしい。と言ったものや「鳩なんて病原菌を運ぶネズミと同じだ」というニュースもあった。人の手によって生態系は簡単に覆ってしまう。鳩は平和の象徴だというイメージからはほど遠くなってしまっている。鳥インフル以来鳩に対する風当たりは一層強い。

 そして独居老人ファティマさんのささやかな楽しみを奪ってしまったのだろうと思う。

 その後、ファティマさんは餌のパン屑をやってはいない。

 そして7月28日、追加の張り紙があった。

 先日の張り紙の下、掲示板の枠外にカラー写真入りの張り紙がアズレージョに貼られていた。

「一羽の鳩がヒト一人を死なせます」鳩による感染症(オルニトースオウム病、サルモネラ感染症、エルシニア症など)の症状が写真入りで詳しく書かれてある張り紙。

 最初の張り紙以来ファティマさんは餌やりを控えておられる。ここまでしなくても思うが、ファティマさんへの個人攻撃的でかえって気の毒だ。

 でも鳩は時間になると勢揃いをする。元通りになるには多少の時間が必要なのだろう。鳩たちは玄関ホール掲示板の張り紙を見ていないのだから未だ気が付いては居ない。

引き込み電線に止り餌を待つ鳩

 

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