いつの間にかショッピングカートにシシトウが入っている。僕がニンジンを選んでいる間にMUZが入れている。MUZはシシトウが目に付けば必ず買う様だ。好きなのか調理が楽だからか?それは判らない。
武本比登志の油彩作品F30
シシトウと言えば父を思い出す。時々、父とMUZの食べ物の好みが共通しているのを感じることがある。血は繋がってはいないのにも拘わらず。
僕はほんの小さな子供の頃、よく母に連れられ商店街に買い物に行った。北田辺商店街は今の100倍も賑わっていた。昭和30年頃の話だ。
先ず駅の手前に『光商店街』と言うのがあった。狭い露地を挟んで20軒ほどの小さなお店が並んでいた。今では駅前マンションに変わっていて光商店街の跡形もない。
その光商店街の駅通り側の角に豆腐屋があっていつもそこで豆腐を買っていたが、母との買い物の時には買わない。一旦家に帰って、夕方になり父が勤めから帰ってくる前頃に僕が子供自転車を走らせ1丁のキヌコシ豆腐を買うのだ。「おばちゃん、キヌコシ1丁ちょうだい」と言うと、おばちゃんは「はいはい、おおきにありがとね~」などと言いながら薄板の舟に入れてくれる。そして薄揚げを1枚新聞紙に包んでおまけしてくれるのだ。そのおばちゃんは子供好きらしく子供がお使いに来ると薄揚げ1枚のおまけがつく。母はそれを見越して僕にお使いにやらせるのだ。
父の好みはキヌコシであった。僕は今ではどっしりの田舎豆腐が好みだが、MUZはどちらかと言うとキヌコシ派で、父に似ている。
光商店街から駅の踏切を渡り、裏通りに入ると北田辺商店街が線路と並行して南北に長く連なっている。今では近鉄は高架になっているが、当時は地上を走っていた。だから踏切を渡る。
踏切を渡って、南北の道に入らないでもう少し西に行くと公設市場があった。今ではパチンコ屋になっている。いや、僕が高校生の頃には既にパチンコ屋になっていた。
南北に走る商店街の終わりにも公設市場があって、その公設市場と公設市場の間に個人商店がひしめきあって賑わっていた。200メートル程もあるだろうか。何軒もの八百屋もあれば肉屋、鶏屋、魚屋、乾物屋、味噌屋、荒物屋、惣菜屋、それに回転焼き、たこ焼き、焼き芋屋など何でもが揃っていた。
南側の公設市場は今では『味道館』と言う名のスーパーになっているが、公設市場の面影を少し残している。南側の公設市場から細い道を渡ったところにも『新道商店街』というのがあったが、そこまで行くことはなかった。その先に中学で同級生になった八木隆雄という番長の自宅があったがその頃はまだ知らなかった。
八木隆雄のことを少し書こうと思う。喧嘩はめっぽう強かったが、頑丈な体格に運動神経が抜群で運動会ではがぜん張り切り、なにをやらせても1番であった。明るい朗らかな性格でクラスメイトを大切に思い、弱い者いじめは決してしなかった。そして誰からも好かれていた。野球選手にでもなれば清原か江夏くらいになれたかもしれない。と残念に思う。でも八木隆雄は薬物に手を出すような奴でもなかった。
中学3年の運動会前夜、八木隆雄から誘われた。新道商店街の裏手にあった郵便局の庭に忍び込むのだ。高い塀を乗り越えると大きな柿の木があった。柿が沢山実っていてそれを袋一杯取る。立派な泥棒だ。でも柿は渋柿だ。八木隆雄はそれを知っていて泥棒したのだ。その渋柿を運動会当日、クラスメイトなどに投げてやる。口に含んで渋い顔をするのを見て楽しむと言った子供っぽいところがあった。僕などは何が面白いのだと思ったが、夜に郵便局に忍び込むスリルも楽しかったのだろう。その後の消息は知らない。
新道商店街に行くその道は今では広い道に付け替えられ、大阪国際女子マラソンのコースにもなっていて、ゴールの長居競技場まであと少し、選手たちにとってはへとへとの頃で、勝負を賭けて1歩飛び出すか、付いて行かれずに置いて行かれるかと言った瀬戸際のところだ。NHK国際放送を観ていた頃にはポルトガルでも何度か観られて懐かしく思っていた。
その南北に伸びた商店街の中程に比較的大きな八百屋がある。今でもある。買い物客は当時の100分の1になってしまったが、いまでもある。
そして子供当時の思い出である。
シシトウが籠に盛られていた。母は「おっちゃん、そのシシトウ辛い?」などと聞く。八百屋の親父さんは「辛ないで~。甘いで~。」と返事をする。「ほな、あかんわ、うちは辛ないとあかんねん。」「え~。それ早よ言いいな~。お姉ちゃんの為に辛いのん、取ったあるで~。」と言いながら台の下から別の籠を取り出し「これ、辛いのんや~」と言う。母は「同んなじに見えるけどな。」と言うと、親父さんはすかさず「お姉ちゃん、外見では判れへんやろ、わしと神さんしか知らんこっちゃ」
「おっちゃん、さっきからお姉ちゃん、お姉ちゃんて、私、子供連れてるやろ~。お姉ちゃんとちゃうで~。」「ほんまかいな、てっきり弟さんやと思とったわ~。」「賢そうな顔して勉強できるやろ。ぼく。クラスで1番か~。いや、学年で1番やろ。」「あほなこと言わんとって。全然勉強せえへんねん、この子。べったや。」「おかあちゃん、僕べったとちゃうで~。まだ下におるで~。」「べったとおんなじや、いっそのこときれいさっぱりべったの方がかっこええのや。」
「お兄ちゃんと妹はそこそこ出来るねんけどな。この子はさっぱりや。」「まだ子供さん、居てはりますのんか。お使いには付いて来やはらへんな。」「お兄ちゃんは今頃、ザリガニ取りや。」「妹はバレーにダンスと習い事で忙ししてます。」「え~、将来はタカラジェンヌか?」「いや、なられへん、なられへん。そんなタイプと違うねん。」「この子の妹さんやからそこそこ行けるやろ。」
「おっちゃん、僕と妹は血繋がってへんねん。僕は阿部野橋で拾われて来た子やねん。そやろ、お母ちゃん。えっ、えっ、えっ、えっ。」「何いうてるねん。こんなとこで泣かんでもええやろ。冗談やがな。汚いな~。鼻垂らして。早よ鼻拭き。そんな、袖で拭いたらあかんがな。おっちゃん、神妙な顔つきになっとるやんか。妹はな~。父親似や。」
「なんや、冗談かいな。もうちょっとで、もらい泣きするとこや。キューリでも同じ株から真っ直ぐなんと、曲がったんが出来よるけど。曲がったら半額以下や。人間も同じやな。」「家は私と下の女の子以外男はみんな曲がっとるけどな。」「この子は勉強も出来へんし、宿題もせえへんし、泣き虫で、立たされてばっかりや」「学校出たらこの八百屋で丁稚で雇たってくれるか。立つのん慣れとるわ」「そらええな~。この子が店に立ったら、若い女の子わんさか寄ってくるで~。」
「冗談もそこまで言うとエグイで~。ほな、その辛い方のシシトウとその隣の曲がったキューリひと盛り貰うわ。ぬかづけにするよって。まけとってや。」「まけときまんがな、ヌカヅケ、よろしおまんな~。苦が~いキューリでも苦み抜けまっさかい。」「いや、口が滑ってしもた。曲ってるけど苦ないで。甘いで~。いや、ちごたな。か、か、か、辛いで~。」VIT
適度の辛味と苦味もある不揃いなポルトガルのシシトウ
『シシトウ』(Pimentos Padrão Picantes)250g約55本厚紙パック入り=1,99€。
『シシトウ』(獅子唐辛子)学名:Capsicum annuum var. grossum。中南米原産。ナス科 Solanaceaeトウガラシ属 Capsicumに属するトウガラシの甘味種。また、その果実。シシトウ、また、甘とうと呼ばれることも多い。 植物学的にはピーマンと同種。ヨーロッパ人のアメリカ大陸発見後、南米からヨーロッパに入り、その後世界に広がった。ビタミンC、カロテン、カリウムなどを多く含む。また、エピネフリンの分泌を増やし脂肪の燃焼を高める働きがある。 (Wikipediaより)
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