武本比登志の端布画布(はぎれキャンヴァス)

ポルトガルに住んで感じた事などを文章にしています。

184. ワクチン接種 Vacinação

2021-05-01 | 独言(ひとりごと)

 2021年4月28日(水)COVID-19のワクチン接種をした。

 4月14日(水)にアヌンシアーダ保健所で申し込みをしていたものだ。

 ポルトガルでは昨年12月頃からワクチン接種が始まっていて、最初は医師や看護師など医療関係者からで、次に学校の先生や公務員、それから高齢者の順。

 アソーレスに住む幸さんからは「4月6日(火)に済ませました。」というメールを頂いていた。アソーレスは本土より随分と早い様だ。

 4月11日にリスボンに住む弘子さんからメールが届いた。弘子さんは大学で日本語を教えておられる学校の先生だから早いのだろう。「武本さんたちも保健所に行って、申し込みをしておいた方が良いですよ」とのことで、そのメールには『ワクチン接種必要事項』がポルトガル語で書かれてあった。氏名、生年月日、健康保健番号、と携帯電話番号など10項目ほどを記入するのだ。

 それを記入し、プリントしておいた。全て保険証書に記載されてあったのを書き移すだけだ。

 実はそれまではワクチン接種はどちらでもよいなどと思って消極的であった。アストラゼネカワクチンでは事故のニュースも頻繁に出てくる。

 4月13日(火)にMUZが「明日は保健所に行こう。」と言って積極的だ。

 雨模様の4月14日(水)に意をけっしてアヌンシアーダ保健所に行ってみた。駐車場から傘をさしたが傘が要る程でもない。入り口の外に5~6人の人が順番待ちをしていた。

 ガードマンが近寄って来て「ご用は何ですか?」と尋ねてくれた。用意していた紙を見せながら「COVID-19ワクチン接種の申し込みをしたいのです」と言った。

 受付のカウンターを指さしながら「あの人が終わったら次に行ってください」と指示してくれたのでMUZが先に行った。ガードマンは僕にも「その後続けて行ってください。」と指示してくれた。表で順番待ちをしている人は別の用件なのだろう。

 受付でプリントしていった紙を見せた。無言で申し込み手続きをしてくれて、その紙に『受け付けました。あとは電話を待ってください。』と手書きしてくれた。紙をプリントしていって良かった。楽に済んだと思った。

 並ぶこともなくあまりにも簡単に申し込みが出来たので、本当に出来たのだろうか?と半信半疑でもあった。まあ、ワクチン接種は出来なくても、それより先にCOVID-19ウイルスの終息がしてくれればそれに越したことはない。などとも思っていた。

 ニュースなどを見ていると結構若い人がワクチン接種をしている映像などがある。もう我々の年代は過ぎてしまったのだろうか?などとも思って見ていた。まあ、それならそれでも良い。とも思っていた。

 でも申し込みには固定電話ではなくスマホの番号での申し込みだ。

 実はスマホに電話が掛かってきたことは殆どない。電話の取り方も判らないのだ。

 スマホは毎日使っているが検索をしたり、弘子さんからのSNSを見たりで電話を受けたことがないのだ。

 4月26日に練習をしてみた。固定電話からスマホに電話したのだ。スマホ画面に表示があってスライドしてから話すのだ。と言うことが判った。

 スマホの練習をしたその翌日、4月27日(火)丁度お昼のニュースが始まろうとする13:00にスマホの電話が鳴った。MUZが電話を取った。女性の声で「明日9:10からワクチン接種です。ヒトシ・タケモトです。」との内容だった。MUZは「ヒトシは私の夫で、私の分ムツコはないのですか?」と聞くと「それは判りません。ヒトシだけです。」との返答であった。年齢が1歳違うので別の日になるのだろうか?と思ったが仕方がない。

 ニュースが終わろうとする14:30に再びスマホの電話が鳴った。やはりMUZが取ったが、今度は男の声で「明日、9:14からワクチン接種です。ムツコ・タケモトです。」9:10からと9:14とはえらく細かく区切ったな。と思ったが、ほぼ同時刻、同じ場所だから良かった。 

 場所はエディフィシオ・カイス 3。アヴェ二―ダ・ジャイム・レベロ 31番地で2人とも同じだ。

 2021年4月28日(水)ワクチン接種に8:10に自宅を出発。エディフィシオ・カイス 3がどの建物なのかは判らないが、アヴェ二―ダ・ジャイム・レベロ通りに間違いはないと思い、ヨットハーバー前に駐車。ここからなら歩いてもそれ程はない筈だ。

 フランシスコ・ザビエル像が建つ港の公園側には建物はないからその向かい側だろうと思っていた。セトゥーバルの中央保健所がそこにあるのは以前から知っていた。でも保健所はエディフィシオ・カイスとは別の筈だ。その周辺だろうと思って探したが見当たらなかった。保健所の前で2人が開門を待っていたので、聞いてみると、表通り迄招き出て「ここではなく先に黄色い建物が見えるでしょう。薔薇色の建物の向こう側、あれです。」と親切に教えてくれる。公園の先に黄色い建物があるが、あれは以前には海軍か海上警察の建物で一般の人は入られなかった場所だ。

 黄色い建物まで行ってみると既に30人程が列を作っていた。8:30到着。雨模様だが屋根の下なので傘は不要だった。2メートル間隔で列に並んだ。大きな燕が天井辺りを飛び交っている。我が家の周りで飛んでいる燕より一回りも二回りも大きい。その間にも続々と人が集まってきている。医師や看護師らしき人が私服で重そうな扉を開けて入って行き、そして閉める。次から次に大勢のスタッフだ。白衣に着替えたスタッフ3~4人が船着き場の方へ行って煙草を吸い始めた。吸い終わってまた重いドアを開け入った。

 9:00開門。列を作っていた人たちが入り口に殺到し、2メーター間隔はなくなる。1人のガードマンが入り口で大きな声をはりあげ「9:00予約の人だけが入り口に集まって下さい。それ以外の人は道を空けて下さい。」と指示。9:00予約の人が少しずつ30人程入る間、9:10予約は更に待たされる。最初から僕の後ろに並んでいた小母さんが僕の肩を突っつき「ガードマンの側まで詰めておきなさい。」などと言う。お陰で9:00予約の人が入り終えたところで、9:10予約の最初にガードマンは入れてくれる。MUZも一緒だ。9:14は聞き間違いなのだろう。そこでも10人程の列。順次中に入り申し込み用紙を渡される。僕たちが作って来た書類を書き写すだけだ。『持病はないですか?とか薬は飲んでいますか?』など10項目程のアンケートにチェックを入れた。最後の質問が判らないので係の人を呼んだ。「これは何ですか?」「それはノンにチェックを入れて下さい。」で、申込用紙を次の係の人に渡し、待合室で待機。

 少しは若い人も混ざっているが、殆どが同世代か、高齢者が多い。杖をついた人、椅子から一人では立ち上がれない人。そんな人に看護師たちは実に親切だ。

 そして指示に従い待合室を移動。ここで名前を呼ばれるのだが、後ろの空席に座ったので聞き取りにくいと思い、前の席が空いたので移動。僕の名前にはHが入っている。ポルトガル人にとってHの発音は難しいらしい。判るかなと少し心配であった。でも難なく「ヒトシ・タケモト」とはっきりと名前を呼ばれ接種ブースへ。椅子に座って上着を脱ぎ、左腕を出す。先程名前を呼んでくれた看護師がべらべら喋りながらファイザーワクチン接種完了。9:45。看護師はテキパキとして感じが良い。カードをくれたが先程べらべら喋ったことがほとんど書いてある。「もし具合が悪くなったら、このカードを持って最寄りの薬局に行きなさい」。

 接種ブースは10程もあり、流れ作業で行われ次から次に済まされていく。

 更に待機室で30分待機。看護師が粘着テープを上着に張ってくれる。粘着テープには、僕の場合『10:15』と書いてあって、その時間まで待機室で待機するのだ。

 待機室には50程の椅子。時間の来た人から順次出ていく。そして接種を終えた人が又入って来て、常に入れ替わっている。1人の若い看護師が見渡していて、体調に異常が出ないかを見張っている。その若い看護師は高齢者50人の注目を集めて幾分恥ずかしそうだ。でも50人の内半数はスマホに目を落としている。

 MUZもほぼ同時に完了。待機時間は『10:18』で3分遅れ。最初からすぐ後ろに並んでいた小母さん夫婦も完了。隣に座って笑顔いっぱいにほころばせ、僕たちに向かって「やったね!」と言わんばかりに親指を立てる。何だか同志の様だ。

 出口の扉が開きっぱなしだったので、燕も自由に出入りしていたが、海からの冷たい空気が入り込み身体が冷え切ってしまった。ワクチンを打ちやすい様にとジャンバーの下は半そでである。隣のご主人は待ちきれず25分で看護師に許可を貰い先に出て行ってしまった。奥さんは、「困った夫ね」と言う表情を作り、僕たちにウインクをして夫の後に従い出て行った。僕たちも30分が待ちきれず、29分で立ち上がった。出口専用口から外に出ると入り口にはさらに多くの人が行列を作っていた。

 以前には海軍か海上警察の敷地で一般の人は入られなかった船着き場にはベンチなど置かれ街路樹が植えられ綺麗な公園に様変わりしていた。天気が良ければこのベンチに座って海でも眺めていれば気持ちが良いのだが、その日はあいにく雨こそ落ちてはこないもののどんよりと曇り空。

 少し寄り道をし、帰宅は10:45。次回のワクチン接種は5月26日(水)9:06。MUZは9:05。細かく区切ったものだ。これでは最初の14分も間違いではなかったのだろう。

 ワクチン接種では実にいろんな人の親切に接した。COVID-19以来、欧米各地では東洋人に対する差別や嫌がらせが言われている。僕たちは極力外出は控えてきた事もあるが、今までそんなことを感じたことはない。そしてポルトガルで、セトゥーバルで良かったなと改めて感じた。

 帰宅してMUZが弘子さんにSNSで報告。大学の先生の弘子さんには早くに接種許可が来ていたそうだが、何と弘子さんは躊躇し未だワクチン接種は受けておられないそうだ。

 

 

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