兄弟の招待で、温泉に行くことになり、群馬県四万温泉に向かいました。
途中、伊香保を車で通り、旧ハワイ領事館を眺め、そうそう竹下夢二伊香保記念館へ寄りました。
近年できたばかりの日本家屋には、大正時代のガラス製品が陳列されていて、おもしろかったのは、アイスクリームのガラス製品が、底上げ状態で、当時貴重なアイスクリームという舶来品を珍味に思い、たぶん高価だったため、製品のガラスの上のほうに置くような作りになっていました。つまり、ガラスの底が分厚くなっています。
ずらりと並んだガラス食器はまるで絵のよう、ずらりと並んでいましたが、玄関にあった大正スタイルの照明器具のガラス傘は、可愛らしくてデザインが綺麗でした。
戻って、記念館へ行くと、館長さんの趣味で豆皿がたくさん収集されていました。
ただし、やはり夢二の絵が置いてある特別室で、夢二の「榛名山賦」という名画を眺め、「青山河」の絵や、「遠山に寄す」を三面並べたものを見た時は感動しました。
彦乃を山に、自分を川にたとえたと言います。
私は、夢二の不幸な女性関係に耐え切れず、
可愛らしい絵とはどこか疎遠でしたが、イラストレイターとして出発したことを思案し、今回の企画展は、夢二の出世作が『伊勢物語』の「筒井筒」の挿絵だったことを知り、見直しました。
夢二の絵のなよなよとした美人は、眼が大きく足が大きく、妻たまきとともに、お葉さんがモデルと言われていますけれど、伊香保の三面は、モデルが彦乃さんで、忍ぶ恋で彦乃さんの憂愁を帯びた表情と、馴れ染めえない仲だからこそ、はかなく美しいような印象を受けました。
子どもを主人公にした絵画が特に気に入り、父親としての愛情は持っていた人だからいやな感じは残りませんでした。
オルゴール室に、友人が寄せた色紙があって、夢二は早死にして不幸だったというかもしれないが、そうは思わない、これだけのことをしたのだからというような内容のものがあって、記憶が曖昧ですが、なるほど、太く短く生きた人だと思いました。
夢二記念館は、お茶室にある様式と洋館建築との融合が造園家の誇りであったようです。
この記念館は、アンティークな調度品などがあり、1600年代の香りまでもします。
可愛い絵とは反対に、榛名山美術研究所を
作って、大量生産ではなく、手作りゆえの良さをデザイン面で世間をあっと言わせてみせようと試みた野心家の男が確かに存在し、一時代を一斉風靡したというのは興味深いです。
わたしは、画家になれたら、当世きっての美男子を描いて世間をあっと言わせてみたいような、無謀な夢想に駆られました。無理だ~。言ってみただけ・・・。
夢二という芸名は、尊敬していた藤島武二にあやかって、夢「二」にしたと本に書いてありました。
素敵な美女を自分なりに創造したのですね。
デザイナー、素敵な響きです。遊ぶ心はわたしにも健在でした。
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