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MATTのひとりごと

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ハワイ快読本:Memories of Hawaii 三部作 の出版 (2020年12月1日)

2020年12月01日 | MATT本

(この三部作についてのお問い合わせがありましたらこのブログのコメント欄または私のEメールアドレス uke@japan.email.ne.jp もしくはフェイスブックアカウント「マットコバヤシ」宛てにご連絡くださいますようお願いいたします。)

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 私(MATT)はブログ「MATTのひとりごと」を2005年5月に開始し、現在(2020年12月)までの約15年の間にアップした記事は約540件を数えております。
この間、ブログに掲載いたしましたウクレレの記事を中心に「ウクレレ快読本」(2007年)と「ウクレレ快読本改訂新版」(2017年)を、ハワイアン音楽の記事を中心に「ハワイアン音楽快読本」(2008年)をそれぞれ出版してまいりました。

一方米国のダイバーシティー・ビザ・プログラム(通称グリーン・カード)に当選したことで2000年4月から2016年3月まで6年間を妻の町子と一緒に米国ハワイ州ホノルル市のアパートに移住していましたが、この6年間にアップしたブログは15年間のアップ件数の半数に相当する280件を数え、その中にはハワイに暮らしていたことによる「異文化体験」もかなり含まれておりますので、それらの中から38件を選び「ハワイ快読本:Memories of Hawaii」として出版することを考えました。
 ただ、僅か38件と言えどもA4判に換算して300頁を超える量のため、これら38件を「第1巻 音楽編」「第2巻 生活編」そして「第3巻 地理・歴史編」の三部作に分け、3冊それぞれ本文112頁の冊子として出版することにいたしました。

各巻のタイトルは次のようなものです。

それでは三部作各巻の概要をご紹介いたしましょう。それぞれの写真をクリックするとそれぞれの記事が載ったブログに飛びます。

第1巻 音楽編
「第1巻 音楽編」は主としてハワイで開催される各種音楽行事からそれぞれ一件ずつ取り上げた記事をまとめたもので、これ以外に「ハワイアン音楽」の分野に含まれるいくつかの曲についてのエピソードも加えました。

1-1 RGHカニカピラの出来事 鬼の霍乱(2013年2月4日)

 RGHというのはホノルルにある古いホテル「ロイヤル・グローブ・ホテル」のことで、そのホテルのオウナーで先日亡くなられたレナード・フォン氏およびその後継者のティム・フォン氏のご好意によりホテルのロビーで毎週一回ハワイアン音楽のカニカピラ(セッション)を開催していたもので、MATTは6年間でほとんど毎週参加していました。
 そのたくさんの回のなかで特に印象に残った回のレポートをここに採り上げました。なにしろ日本からゲストのグループが参加されるという日に、こともあろうに彼らをお迎えするはずのMATTが6年間でたった一回の体調不良を起こし、目がグルグル回る中でカニカピラをなんとか最後まで務め上げたという「鬼の霍乱」レポートです。

1-2 アブリーゴ・オハナ主催最後の本格的カニカピラ(2012年12月30日)

 本来の「カニカピラ」は参加者全員が車座になり、それぞれが持参した楽器なり歌声やフラで一つ一つのハワイアン音楽を楽しむ催しのことと理解していますが、RGHのカニカピラはたくさんのホテル宿泊客が「観客」として集まり、常連の演奏家たちが「ハウスバンド」的に演奏するところにゲストが演奏、歌そしてフラで参加する、という「ライブ演奏会」形式のため、どうしても「全員参加」の雰囲気にならないのです。
 これに対し、アブリーゴ・オハナ主催の「カニカピラ」は「全員参加」の雰囲気があふれるもので、初めて参加したときに「これが多分本物のカニカピラなんだろうな」と思ったのです。
 ただ、開催場所がホノルルから離れていたこともあって参加しないでいたところ「これが最終回」という連絡があったので急遽参加した、というときのレポートです。

1-3 第40回ウクレレ・フェスティバル)(2010年7月14日~23日)

 
MATTは移住以前からほとんど毎年ハワイに行っていましたが、主な目的は「ウクレレ・フェスティバル」に参加することでした。「参加」と言ってもウクレレで参加するのではなく、日本のベテラン・ウクレレ奏者五十嵐有爾さんの演奏をギターやベースで伴奏していたのです。途中からはやはりベテラン・ウクレレ奏者の今村讃さんも加わり、五十嵐さんが体調を崩されてからは今村さんのソロ演奏のバックも努めていました。
 一方、私の所属している日本ウクレレ協会(NUA)は1995年からほぼ2~3年毎にステージ演奏に参加していたので、これにも毎回加わっていました。
 ただ、「旅行者」として参加するのとは異なり、ハワイ移住後は日本からの仲間たちを受け入れる立場となりましたので、その最初の経験を少し長いのですが紹介いたしました。

1-4 第5回ワイキキ・スチールギター・フェスティバル(2014年7月19日)

 
ハワイでスチールギターを弾く人口はおそらくウクレレを弾く人口の1万分の1程度かもしれません。なにしろ小さな子供からアダルトまでいたるところでウクレレを弾いているのですが、これに対してスチールギターを弾く場面を見かけることはほとんどないのです。各地で開催されているプロのミュージシャンたちによるライブでさえも、その大半がウクレレ、ギター、ベースのトリオ構成でスチールギター奏者の姿はほとんど見かけないのです。
 これを憂えたプロ奏者のアレン・アカカが「スチールギター・フェスティバル」を主催したことで、やっと「ウクレレ・フェスティバル」に拮抗する催しができるようになったのですが、ウクレレ・フェスティバル会場のバンドスタンドのような大会場は望めないので会場選択でも苦労していたようです。
 今回のレポートは西日の強い「ワイキキ・ビーチウォーク」でしたが、その次の回からはロイヤル・ハワイアン・センターのヘルモアに会場を移したので、やっと安心して演奏ができるようになったようです。

1-5 第28回ハワイアン・スラックキー・ギター・フェスティバル(2010年8月15日)
 
ウクレレやスチールギターのような「ハワイ生まれの楽器」でこそありませんが、ハワイアン音楽独特の調弦法と演奏スタイルを持つスラックキー・ギターも「ハワイの楽器」に加えても良いかと思っています。
 そしてこの楽器によるフェスティバルもウクレレ・フェスティバル同様熱心な家族により開催が続いていますので、そのひとつをレポートいたしました。

1-6 第28回カ・ヒーメニ・アナ・コンサート(2012年8月25日)

 
ハワイにロック音楽が蔓延し、昔ながらのナヘナヘ(優しい)音楽が消えてしまった1980年代にこれを嘆いた人物が主催したこのコンサートは長いことプロ・ハワイアン・ミュージシャンへの登竜門として機能し、現存するたくさんのプロ・ミュージシャンたちがここから巣立っていきました。
 しかしながら近年はこの催しに頼らず、自分たちで同じ趣旨の音楽を追求するグループが数多く登場するようになったため、この催しがだんだんと陳腐なものになり、ついに第30回を最後に消滅してしまったのです。
 でもこの30年間にハワイアン音楽に果たした貢献は大変大きなものといえましょう。

1-7 原曲よりヒットした替え歌 ハワイのわらぶき小屋(2014年5月18日)

 
ここからはいくつかのハワイアン音楽(と思われている音楽)についてのエピソードをご紹介いたします。
最初はタフワフワイ(ハワイアン・ウォー・チャント)同様メインランドのジャズ・ミュージシャン達が採り上げている「ハワイアン音楽」の「ハワイのわらぶき小屋」が実はメインランドのポップスの替え歌だった、という報告です。

1-8 ケ・カリ・ネイ・アウ は結婚の歌ではありません(2014年10月11日)

 
エルビス・プレスリー主演映画「ブルー・ハワイ」の主題歌「ハワイアン・ウェディング・ソング(ハワイの結婚の歌)」の元はC.E. キング作の「ケ・カリ・ネイ・アウ」という男女のデュエットに過ぎず、「結婚の歌」ではないのですが、わが国ではこの曲は婚約の歌で同じ作者による「レイ・アロハ・レイ・マカマエ」が本来の結婚の歌である、という誤解の情報が蔓延していました。このレポートはそれがフェイク・ニュースであることを解明した報告です。

1-9 バリバリの浜辺で はハワイアン曲ではありません(2012年1月14日)

 
私たちに馴染みのある「バリバリの浜辺で」はその歌詞の内容を踏まえててっきりハワイアン曲だとばかり思っていました。ところがあるきっかけでハワイとはまったく関係のない映画で演奏されるのを知り、調べてみたところ、作者こそ「小さな竹の橋」と同一でしたが、れっきとした?ポップス曲であることがわかりました。
 何故わが国だけはこの曲を「ハワイアン音楽」に分類したのかが不明ですが、おそらくタイトルの「浜辺」がハワイを連想したからかもしれないですね。

1-10 空想の場所 小さな竹の橋 再訪とUFO基地?発見(2011年11月23日)

 
「小さな竹の橋」の作者はハワイから遠く離れたニューヨークでこの曲を作りました。当時としては滅多に訪れることのできないハワイに対する夢を歌詞の中に「ハワイの空」「カルア川に架かる竹の橋」などとハワイを想像させる単語をちりばめて作曲していたのです。
 以前、この明らかに空想の産物である「カルア川に架かる橋」を架空の場所と承知した上で探したことがあり、14年後に再度その地域を訪問したのがこのレポートです。
 そして「カルア川」捜索中に発見した「UFOの基地」とも思われる場所も調査した報告も追加いたしました。

第2巻 生活編
「第2巻 生活編」は主としてハワイに移住したことで今まで経験しなかった異文化に遭遇したり、ハワイならではのユニークな出来事を体験したことのレポートをまとめました。

2-1 メーデーはハワイではレイ・デイ(2010年5月1日)

 
「5月1日」は世界的に労働者の祭典の日「May Day」となっていました。これをわが国では「メーデー」として知られていたのですが、ハワイではこの日を語呂合わせから「Lei Day」すなわち「レイ・デイ」としてハワイではポピュラーな「レイ」のお祭りとしてハワイ全土で盛り上がっています。
 この日に合わせて手づくりレイのコンテストが賑やかに開催されるとともに、会場のカピオラニ公園では協賛のコンサートが開催され、たくさんの出店も並びます。
 このレポートでは当日の様子の一端をご紹介いたしました。

2-2 海兵隊基地の航空ショー見物(2010年9月26日)

 
米軍のアクロバット航空機チームとしては空軍の「サンダーバーズ」と海軍の「ブルー・エンジェルズ」がありますが、ここハワイの海兵隊基地には海軍の「ブルー・エンジェルズ」がときどき飛来します。
 ハワイ滞在中に2度見物する機会がありましたが、この報告はその一回目の様子を紹介するもので、ちょうど日本から遊びに来ていた次男を伴っての参加でした。
 目の前を超音速で通過する機体から生ずる「音の塊:ソニック・ブーム」を体験でき、感激して帰宅しました。

2-3 生活には絶対必要な運転免許証取得(2010年11月24日)

 
私たちが国外で自動車を運転するには「国外免許証(通称:国際免許)」が必要ですが、ハワイへの旅行者がレンタカーを運転するには日本の免許証でも使えるようです。しかしハワイに居住して運転するためには「日本の免許証」どころか「国外免許証」も使えず、正規の米国の(ハワイ州の)免許証を取得する必要があります。
 以前ニューヨークに駐在していた際は日本で持っていた免許証を現地の免許証に切り替えることで「実地試験免除」で簡単に取得したのですが、今回は日本の免許証はそのままにして新規に現地の免許証を取得することにしました。
 現地では「試験車」を持ち込まないといけないのですが、もちろんクルマを持っている筈もないので、何から何までお世話になっているMACさんの奥様のクルマを使わせていただくことにいたしました。詳細は本文をお読みいただきたいのですが、3度も「落第」してやっと4度目に合格しました。

2-4 カラカウア歩道改装完成(2011年11月11日)

 
私たちのコンドはワイキキのクヒオ通り近くだったのですが、もっとも有名なカラカウア通りの歩道が全面的に改装され、各交差点の敷石にハワイ語が刻まれているのを知り、通りの端から端まで調べた結果をレポートしました。

2-5 カエナ・ポイントへのハイキング(2012年3月24日)

 
ハワイで入会した「ハワイ・シニア・ライフ協会 HISLEA」は年間に400件以上の催しを主催しており、会員はそれらの中から希望する催しに参加することができるのです。特にクルマやバスでなければ行くことのできない場所に出かけるという催しは、クルマを持っていない我々にとっては大変ありがたい物でした。
 この「カエナ・ポイントへのハイキング」もオアフ島の北西端に位置する生物の保護地域なので貴重な経験をさせてもらいました。
 別項目で触れています「オアフ鉄道」の遺跡にも遭遇し、感激いたしました。

2-6 在外選挙制度により国政選挙投票を行使(2013年7月7日)

 
ハワイに移住した際に現地の日本領事館に「転入報告」はしたものの、「日本の選挙管理委員会への在外選挙人証の申請」はしていませんでした。そのため最初に有った国政選挙には投票できなかったので、急遽申請をしてその次の国政選挙には参加できました。
 この報告では海外での投票に関連する作業の内容や、実際に投票に出かけたときの様子をご紹介いたします。

2-7 第41回ホノルル・マラソンの応援(2013年12月8日)

 
毎年12月に開催されている「ホノルル・マラソン」はスタート後30分程度で我が家の近くをランナーが通過するのでいつも早朝5時ごろに応援に出かけます。そしてひとしきりランナーが通過した後にはHISLEAの深田さんのクルマで27km地点に毎年設置されているHISLEAの応援拠点に移動しそこで数時間応援してから帰宅しました。

2-8 CM用動画取材を受けました(2013年12月16日、17日)

 
HISLEAから「海外で老後(!)の生活を楽しんでいる日本人の様子をCMとして撮影したい」という依頼がありましたのでお引き受けしたところ、2日間にわたりしっかりと撮影されました。
 CMの内容は石川遼クンでおなじみの「スピード・ラーニング」に関するもので、意外と宣伝臭くないものでした。なんでも「インフォマーシャル」というジャンルのCMだそうです。

2-9 日本語情報誌でも紹介されました(2014年10月15日)

 
本件もHISLEAからの依頼で実現したもので、街中いたるところに設置してある「無料情報誌スタンド」に置かれている「ハワイに住む」という季刊の情報誌の取材でした。
 上記「動画撮影」のときと異なり、わずか1名の記者が数時間取材しただけでしたので比較的簡単に済みました。
もともと「無料」の「日本語雑誌」ですので日本へのお土産に持ち帰ろうと思って「スタンド」からちょろちょろと持ち帰っていたのですが、いざ帰国荷物をまとめる段になって重量制限に引っかかって持ち帰りを断念しました。

2-10 ハラの実で刷毛を作成(2014年10月18日及び2015年10月14日)

 
ハワイでは「椰子の木」に次いで有名なハラ(英語ではパンダナス、日本語ではタコの木、沖縄の阿檀の親戚)の独特な実を使って古代のハワイ人は刷毛を作り、タパ(カパ)の着色に使用していたとのことですので、たくさん入手できるハラの実を使って刷毛つくりに挑戦しました。
 実は以前挑戦したときには果汁を含んでいたためか見るも無残にカビてしまったので、今回は徹底してカビ発生を抑えたことにより、大量の刷毛の製作に成功し、日本に持ち帰りNUAのメンバーで希望者に差し上げました。

2-11 シャカ(ハング・ルース)サインの起源(2015年9月7日)

 
このサインをはじめた人物が身近な方の祖父と知り、大変親近感を覚え、このレポートを書きました。

2-12 海辺の教室、ハワイ文化入門講座に参加(2015年9月16日)

 
ハワイに来て見ると、フラやウクレレはもちろんのこといろいろな独自文化の入門講座が開催されていることを知りました。今回の講座はククイの実で独楽を作成する素朴なものでした。

2-13 ククイ・ナッツのキャンドルの製作(2015年9月16日)

 
上の「講座」でククイ・ナッツでキャンドルができることを知ったので、ナッツを数個もらって帰り、アパートの風呂場で燃焼実験を行い、無事成功したときのレポートです。

第3巻 地理・歴史編
「第3巻 地理・歴史編」は主として現在のハワイに残っているその昔の生活の跡を訪ねたレポートであり、できるだけ納得できそうな証拠を拾い上げるように心がけました。

3-1 オアフ鉄道の始発点探訪(2010年11月16日)

 
現在でこそハワイ全土の「鉄道」というのはマウイ島のラハイナとカアナパリの間を定期運行している観光鉄道が残っているのみで、あとは鉄道愛好家たちが昔の廃線跡を利用して「楽しみのため」だけに運行してる「ハワイ鉄道協会」という組織がありますが鉄道の形態をとっているわけではありません。
 ところがマウイ島やオアフ島だけでなくほかの島を含めて「サトウキビ」の産業が盛んであった時代には、いたるところに鉄道が走っていました。さらには街なかにはストリートカーまでが運行していました。ご存じのフラソング「ヘネヘネ・コウ・アカ」はストリートカーに揺られてホノルルのあちこちを動き回る男女カップルの歌なのです。
 そしてあるときオアフ島を一周する鉄道を企画する人物が登場し、「一周」は実現しなかったもののホノルルから西海岸を通り、2-5で触れた島の北西端「カエナ・ポイント」を経由して北海岸に到達するという「半周」の路線を作り上げた人物ベンジャミン・ディリンガムが登場しました。
彼の作った鉄道は「オアフ・レイルウェイ・アンド・ランド OR&L」(通称:オアフ鉄道)というもので上記「ハワイ鉄道協会」の線路もこの鉄道の経路上にあるのです。
 そしてこの「ハワイ鉄道協会」の売店で販売しているその昔の地図の中に始発点のイヴィレイ地区の施設の図面があったのですが、この図面をジーっと眺めていたところ現在のイヴィレイ地区の地図にピタリと重なることに気づき、飛び上がらんほどに感動しました。
 早速この施設のあった地点を訪れてみると、通りの名前に汽車や機関車に関連する名称がたくさん含まれていることがわかり、レポートした次第です。この場所はワイキキからも比較的近いので興味をお持ちのかたはぜひ出かけてみることをお勧めいたします。

3-2 日本軍スパイ森村正と料亭「夏の家」(2013年1月22日)

 
今まで何度か「ハワイ快読本」で登場しているハワイ・シニア・ライフ協会HISLEAの2013年の新年会が料亭の「夏の家」で開催されることを知りましたが、太平洋戦争勃発前にある「事件」がここで起こったことに興味を持ち、参加することにいたしました。
 それはこの料亭から真珠湾への眺望が良好で、停泊している軍艦の動きがよく見えることから日本軍の「スパイ」である森村正がこの料亭に長期滞留をしながら軍艦の動きを日本に伝えていた、という物語がネットに載っていたのです。
 この新年会に参加すれば、実際にその料亭から真珠湾がどのように見えるか、とか実際に監視に使った望遠鏡が残っているのだろうか、等々興味が次から次へと沸いて来たのです。
実際に現地に行ってみると真珠湾まではちょっと距離がありますが、相手が軍艦だとすると見えない距離ではないことがわかりました。そして使用した望遠鏡も保管されていたのですが、ちょっと貧弱な感を受けました。でもそれとても肉眼で見るよりはマシだと思いました。残念ながらこの望遠鏡は「壊れている」とのことで見せていただくことはかないませんでした。

3-3 ハワイ・プランテーション・ビレッジ訪問(2013年8月22日)

 
サトウキビ産業が盛んであった1900年から1930年ごろに、労働者不足のため全世界から労働者を農園(プランテーション)に集めて作業に従事させました。
それぞれの労働者たちは出身国の雰囲気を持った家屋や調度を備えていたので、1992年にその様子を復元した村「ハワイ・プランテーション・ビレッジ」が完成し、一般公開されました。私はハワイ滞在中に2度この場所を訪問しましたが、広い敷地に多彩な建物が並んでいるので、丹念に見て回ると半日以上かかる規模と思います。
 全部で20頁にもわたるレポートになりましたが、ここを訪問されるかたの参考になれば幸いです。

3-4 ハワイ歴史ツアー(ダウンタウン・コース)に参加(2013年10月8日)

 
ハワイで「歴史ツアー」という定期的催しを主催しておられるロバーツさゆりさんという方がおられます。
以前友人からこのツアーの存在を教えてもらい、曜日の関係からまず「ワイキキ・コース」に参加したところ大変感銘をうけたので、ダウンタウン・コースにも申し込みました。このレポートはそのときのものですが、このツアーでも大変感銘を受けましたので、そのあとも日本から友人たちが来たときも一緒にこのコースに参加いたしました。
 徒歩で回れる程度の狭い範囲のダウンタウン地域なのですが、ハワイの歴史に大きな影響を与えた建物や物語が残っていますので、ハワイにお出かけの折にはこのツアーに参加されることをお勧めいたします。

3-5 ココナッツ島のハワイ大学海洋生物研究所見学(2014年6月19日)

 
毎回ユニークな催しを紹介していただいていたハワイ・シニア・ライフ・協会HISLEA(現在はハワイ・アロハ・ライフ協会HALEと改称)からの連絡で会員に人気の「ココナッツ島見学」が開かれるとのことで早速申し込みました。
このレポートではこの島の所有者の変遷や貴重な海洋生物のいろいろを紹介いたしました。
 乗船人数の限られた小形ボートによってこの島に渡るという移動方法も新鮮な体験でした。

3-6 真珠湾訪問、ミズーリ号と航空博物館(2014年9月14日)

 
「真珠湾」でまず思い浮かべるのは「アリゾナ・メモリアル」ですが、開戦時に日本軍機により撃沈され、多数の死者がいまだに艦内に閉じ込められている、などという話を聞くにつれ、せっかくハワイに住みながらもなかなか足が進まない存在でした。
 今回日本語の新聞「日刊サン」が主催で真珠湾に停泊しているミズーリ号の見学の催しがあり、当選したことを契機にミズーリ号と、この地域に設置されている「太平洋航空博物館」にも行けるとのことで出かけました。
ミズーリ号では日本の降伏文書調印式がおこなわれていますので、その現場を見るという貴重な体験をいたしました。
 「太平洋航空博物館」では私の若いころに馴染みのあった戦闘機や輸送機の「現物!」が並んでいて感激しました。

3-7 ワイキキ海岸の故郷マンハッタン・ビーチ(2015年3月21日)

 
以前から「ワイキキの砂はどこかから運んできたもの」という話は耳に入っていましたが、その「どこ」がよくわかりませんでした。今回その場所のひとつがロサンゼルス空港近くにある「マンハッタン・ビーチ」である、という情報を得ました。もちろんこのビーチだけでワイキキ海岸の砂をすべてまかなったかどうかは不明ですが、カリフォルニアという離れた場所から重たい砂をワイキキに運んできた様子を想像し、当時の苦労を偲びました。

3-8 ホノウリウリ収容所跡地への訪問(2016年2月11日)

 
太平洋戦争の開戦と同時にハワイでの地位のある日系人たちが一斉に収容所に収容されたのですが、肝心の収容所の所在が終戦後かなりの期間というもの不明でした。それがあるTV局からホノルルの「日本文化センターJCCH」に問い合わせがあったことがきっかけとなって4年にわたる捜索の末にその場所を特定することができました。
 現在その場所はある企業が管理しているのですが、米国の「国定史跡」に指定されています。
今回もHISLEAの主催でこの場所を訪問することができましたので、私たちの帰国直前ではありましたがふたりで参加いたしました。JCCHがこの場所を「発見」下時には鬱蒼としたジャングルになっていたのですが、訪問してみるとその企業の手入れがよいためかジャングルもブッシュもなしに見学することができました。
 外部から一切遮断されていた場所に収容されていた日系人たちの苦労の一端だけでも見えたのは貴重な経験でした。

 

ハワイ移住でお世話になった皆様
    (移住期間:2010年4月から2016年3月まで)

 グリーン・カードの抽選に当選して私と妻の町子がハワイ移住を決意した時点からすでに
たくさんの知人の皆様からのサポートをいただいておりました。
最大のサポートは私たちより数年前にハワイ移住を果たし、現地でウクレレの製作に携わっていたMACさん(原田真さん)からいただきました。たくさんの書類の書き方にはじまり、米大使館によるインタビューへの心構えまで事細かにいただいたコメントのおかげで無事に審査にもパスできました。
 もうひとかた、ギターの名手で東邦音楽学校でも講師を務めておられるholioこと堀尾和孝さんから「ボクの友人でハワイの不動産屋をやっている男がいる」と紹介された方の会社を訪問し、「即決」でリーズナブルなアパートを選び、6年間快適な生活をすごすことができました。
 さらには私の属している日本ウクレレ協会(NUA)会員の岡野嘉久さんから「学生時代のバンド仲間が現地に住んでいるので」と紹介された方に連絡を取ったところ、西も東もわからないホノルルを親切に連れまわして頂き、家具の購入から重要な施設への訪問等々「旅行者」ではなく「居住者」になるためのサポートをいろいろといただきました。

MACさんファミリー


上記のようにMACさんには移住前からお世話になっていたのですが、移住してからもこの「ハワイ快読本」の随所で触れているように、MACさんからだけでなく奥様からもたくさんのサポートをいただきました。

ケンさん(西元 健一さん)


グリーン・カードを所有していれば米国で自由に仕事を持つことができます。
とは言っても就職難でしかも英語もロクに話せないMATTができる仕事は限られてしまいます。そこで以前からウクレレの購入でお世話になっていた「ウクレレぷあぷあ」のオウナーであるケンさんに頼み込んで雇ってもらうことにいたしました。
ここに就職できたおかげで6年間を無事に過ごすことができたのでケンさんには心からお礼申し上げます。

レナ(Leonard Jenkins)とキャロライン(Caroline Affonso)


ホノルルにある古いホテル「ロイヤル・グロ-ブ・ホテル」ではオウナーのご好意で毎週月曜日の夜にカニカピラ(ハワイ風セッション)を開催させてもらっています。私も毎週参加していましたのでおそらく300回以上参加したと思います。このカニカピラのリーダーがウクレレと歌のレナで、その相棒のフラがキャロラインです。彼らのおかげでハワイ移住中にハワイアン音楽を心から楽しめました。(写真右は100歳を越えるキャロラインのママです)

ハワイシニアライフ協会:HISLEA(現・ハワイアロハライフ協会:HALE)の皆さん

 

今回の「ハワイ快読本」には何度も登場しているHISLEAは年間400回を超える各種催しを開催しているため、6年間の移住中にも何度となく普通では体験できないような催しに参加させていただきました。
HISLEAの中心人物は写真中央の深田マコさんで、その他の皆様(左からギターの佐野さんご夫妻、右は「パキニ」:たらいベースの名手クッキーさん(関川さん)ほかたくさんの皆様のお世話にもなりました。

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この「ハワイ快読本」三部作は私たちのハワイでの活動の一端をご紹介したもので、これまで出版してきました「V S C U ハワイアン曲集」と同じ売価(税込みで1冊3,828円、3冊セットでは11,484円)と大変高価なためご希望の方はおられないとは思いますが、一応「少量の限定出版」といたしました。

 


4 コメント(10/1 コメント投稿終了予定)

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浅海さん (MATT)
2020-11-09 17:15:53
お申込みありがとうございました。

印刷出来次第お送りいたしますので約
1か月お待ちくださいね!
返信する
申込のお願い (浅海伸一)
2020-11-09 16:45:48
Facebookでもコメントさせていただきましたが、三部作セットでの申し込みとしてここでも登録させてください。楽しみです。
返信する
根本さん (MATT)
2020-11-09 13:15:12
ありがとうございます。

フルカラー印刷の為、赤字を抑える必要があるのです。

お申込みいただき感謝です。
返信する
Unknown (根本憲生)
2020-11-09 13:10:05
限定物だそうですが、セットで申し込みをしたいた思います。
よろしくお願いします。
返信する

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