読書など徒然に

歴史、宗教、言語などの随筆を読み、そのなかで発見した事を書き留めておく自分流の読書メモ。

「忠臣蔵」は徳川批判

2009-09-16 13:16:18 | 歴史

「仮名手本忠臣蔵」は大阪初演の芝居である。大阪は当然豊臣に身びいきな地である。
が徳川批判の芝居は当然許されなかったから難波戦記などが書かれる場合は時代を鎌倉時代や北条の時代に取り、その時代の著名人を使い徳川批判の芝居が上演され、書かれたりした。佐々木盛綱を真田信幸の代わりに、同高綱を幸村の代わりに、源頼家を豊臣秀頼の代わりに、北条時政は徳川家康の代用だった。江戸幕府は江戸時代に直接に関わった人物の実名を使わせなかったのでこのように鎌倉時代や足利時代の人物に置き換えたのである。こうした芝居を見るとき江戸時代の大衆はこの置き換えを百も承知だったと言う事だ。義太夫で「近江源氏先陣館」の中の盛綱陣屋の場へ登場する北条時政を語るとき
義太夫は「♪一陽の春を待つ、平の時政・・・♪」と言う部分の語りで「待つ」と「平の」を一息に語るように口伝が有ると言う。「待つ」と「平の」を一気に語れば家康の旧姓、「松平」と言う発音に近づくのである。こうして徳川政治を批判したのである。


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