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四国縦断ドライブ 9

2005-08-04 14:31:46 | お出かけ
生口島を去って同名の生口島橋を渡ればあの造船所のある因島である。既に今治から数えると5島5橋を数える。
因島は全島で因島市となり、島の南部に造船所や工業地帯を抱える。高度成長時代は世界に雄飛する日本の大型船の造船ブームを支えた。
次の因島大橋を渡ればしまなみ海道最後の島向島である、大浜PA で海道最後の休憩をとる、夏の日長とはいえ既に日は水平線に近い。早々に引き上げ最後の新尾道大橋を渡って1730時、とうとう「しまなみ海道6島7橋」を完走した。

西瀬戸尾道IC より国道2号線に出て程なく福山西IC より山陽自動車道に入り、一路東へ走る。途中日が暮れたとはいえ日曜のドライブ帰り、可なりの車の流れである。珍しいドライブインを見つけた、三木のSA である、最近PA よりSA に格上げしたのだと思うが、全店ぴか一の綺麗さで、すべて宝塚ホテルの直営の販売店でハイクラスある、自販機なども一段高く高価である、がうまい。神戸市辺りからも近いしと女たちは喜んでいた。東名でも東京に近いSA ではこんな店もあるだろうねということだった。
宝塚IC を出て2115無事我が家に帰ってきた。道後温泉一泊、淡路四国縦走、しまなみ海道通過の楽しい2日のドライブもこれで終りました。

四国縦断ドライブ 8

2005-08-04 13:18:17 | お出かけ
次はしまなみ海道4番目の島生口島へと例の華麗な多々羅大橋を渡る。この島は全体が瀬戸田町といって20年ほど前から西の日光の陽明門があるので有名な耕三寺がある。島の西側の海岸線はサンセットビーチと称して海水浴場もある両側に椰子の木を植えたドライブコース、夕日は見られなかったが快適なリゾートの地帯に整備されていた。程なく耕三寺に着く。例の陽明門らしきが眼に入る。近くの超成金の息子がその亡き母を弔って、どでかい敷地に建立したというけばけばしい程派手な寺院で、信仰というよりは観光のお寺である。慈母観音の像や地獄めぐりの長い洞窟もあった。
このお隣は現代美術の一人者平山郁夫画伯の美術館である。そろそろ日も傾きかけてきたが、見慣れた彼の有名な絵画もたくさんあり、ゆっくり楽しませてもらった。帰りに2,3点の画を所望して美術館を辞した。

四国縦断ドライブ 7

2005-08-04 12:32:28 | お出かけ
次の島は伯方島、あまり名勝の地もないので二つ目の伯方大島大橋、三つ目の大三島橋をつづいて渡り、大三島という島に入った。これと次の生口島を結ぶ多々羅大橋はデザインにすぐれた優美な橋である。その橋畔にある道の駅の公園で休憩昼食をとる。食後車を駆って内海随一という大山祇神社に詣でる。祭神は海と戦に関係あるらしく終戦までは軍関係の参拝が多かった、私も学生時代に一度来たことがあるが昔なので何も憶えていない、宝物殿はさすが国宝級の物がずらりとあり、特に鎧兜、刀剣など軍関係のもの、戦時の武運を祈ったものが多かった。


四国縦断ドライブ 6

2005-08-04 11:37:26 | お出かけ
7月31日朝、楽しい思い出を作った大和屋をチェックアウト、0915道後温泉を立って山越えの最短距離だという道を経て今治に向かう。1時間余で今治市街の西の丘陵地に設けられた来島海峡SA に入る。ここから眺める大橋を含んだ海峡の眺めはまさに絶景である。往時目の前の馬島、中戸島の西水道、中水道を船で通った経験のある私には、懐かしさと共に橋梁技術の進んだ斬新な眼前の風景には圧倒された。これからが「しまなみ海道」の始まりである。
20分程の休憩ののち車上の人となって、第一の来島海峡大橋を渡る。点々と橋下に続く島々を見下ろしながら、次の大島IC に着く、大島では高峰亀老山ドライブウエイに登る、360度の視界を持つ山上展望公園は残念ながら朝霧のため雲上の人、眼下は何も見えなかった。つぎは広く瀬戸内海に名を馳せた村上水軍の根拠地博物館に入る。源平の往時からの水軍の船、甲冑、刀刃、弓矢など歴史勉強をさせられた。


四国縦断ドライブ 5

2005-08-04 10:10:10 | お出かけ
道後温泉の宿は大和屋本店であったが、この旅館には珍しく4階に能楽堂が併設されている、不思議に思って訊ねると昔松山の藩主がお能に熱心で城下の道後温泉に建てさせられたのが始まりという。この旅館のは道後能楽堂「千寿殿」材料規模も本格的なものという、喜多流の教士で篠崎弘行という先生が居られ、泊り客の希望者に能楽体験の講座をして下さることで10数名が希望した。定刻に集まると皆を舞台に上げ柱や床の構造、置いてあった太鼓小太鼓の説明打ち方の指導実習、面の説明かぶったときの視界、ここまでやるかとびっくり、最後は廊下橋掛かりその歩き方や幕の向うの鏡の間に入り、出演前の役者の心の準備等講習して下さった。30分置いて今度は先生の本格的の仕舞いとなり、たまたまNHK の大河ドラマ義経に因んで喜多流八島の義経弓流しの一節を舞い終わわれた。
この旅館の夕食も謡曲名の一つ「桜川」の間であって素晴らしい料理、材料味付け、女中さんの振る舞い言葉つき等、今までの未経験の素晴らしいものであった。