子どもの頃の私は、髪が天然だったため、ひどい癖毛の髪で、毎朝癇癪を起こしていた。祖母は、手拭をお釜に張った湯で濡らして髪に当ててくれた。櫛でそろそろと梳き、絡まっている髪を何度も解してくれた。雨の日には、見事なチリチリ頭だった。祖母の見事な黒髪に比べて、なんとみすぼらしかったことか。髪を洗うのも厭だった。濡れている時はいいのだが、乾くと散々である。鴉の羽のような綺麗な黒髪が羨ましかった。
何時も髪をひっつめているのは、そういった理由がある。うっとおしいのも嫌いだ。前髪は眉にかからないのがいい。耳を覆うのも痒くてイライラする。まあ、他人がどんな髪型でもいいが、勤務エリア内では、長い髪は目障りである。同時に勤務中に髪を触るのも、次元の低さを感じる。安物の香水を振り撒いて、迷惑この上ない。勤務場所を間違っているのではないか?頭に疑問符がたくさん並ぶ。
今でこそ、この髪に納得しているが、小学校の低学年では、親に文句を言うぐらいで、自分で方法が見つからない。腹立たしいばかりであった。今は違う。世の中には、いろんな境遇の人が居て、さまざまな障害を持っている人が、個性豊かに生きている。私の悩みなど小さなものだ。いつも自分の殻に閉じ籠っていれば解決できるのでもなかった。そうして、そのことに関しては、逃げ出さないでよかった。と思うよ。
学校の勉強は嫌いだった。決まった答えだったから。可能性も、創造性の欠片もない答えがつまらなかった。それで算数、数学の類は苦手なのだ。中々好きにはなれない。本を見るというか、考えただけで目眩がする。時には、吐き気や腹痛も起きる。拒絶反応が半端でない。何故か心が寒々と白ける。でも、得意な人も居る訳だし、数字にいなくなられても困るので、妥協して折り合いをつける。
12月に満開となった枇杷葉の花芽が、霜に遣られて枯れたもの。ところが、お茶にして飲めるのがわかった。風味は格段に落ちるが、色は同じくらい出るのだ。枝の枯れた花芽を集めてパックに詰めた。生の花芽は、パックに入れたままだと虫の被害に遭う。ところがこちらは乾燥しているので、なんということもなかった。
何時も髪をひっつめているのは、そういった理由がある。うっとおしいのも嫌いだ。前髪は眉にかからないのがいい。耳を覆うのも痒くてイライラする。まあ、他人がどんな髪型でもいいが、勤務エリア内では、長い髪は目障りである。同時に勤務中に髪を触るのも、次元の低さを感じる。安物の香水を振り撒いて、迷惑この上ない。勤務場所を間違っているのではないか?頭に疑問符がたくさん並ぶ。
今でこそ、この髪に納得しているが、小学校の低学年では、親に文句を言うぐらいで、自分で方法が見つからない。腹立たしいばかりであった。今は違う。世の中には、いろんな境遇の人が居て、さまざまな障害を持っている人が、個性豊かに生きている。私の悩みなど小さなものだ。いつも自分の殻に閉じ籠っていれば解決できるのでもなかった。そうして、そのことに関しては、逃げ出さないでよかった。と思うよ。
学校の勉強は嫌いだった。決まった答えだったから。可能性も、創造性の欠片もない答えがつまらなかった。それで算数、数学の類は苦手なのだ。中々好きにはなれない。本を見るというか、考えただけで目眩がする。時には、吐き気や腹痛も起きる。拒絶反応が半端でない。何故か心が寒々と白ける。でも、得意な人も居る訳だし、数字にいなくなられても困るので、妥協して折り合いをつける。
12月に満開となった枇杷葉の花芽が、霜に遣られて枯れたもの。ところが、お茶にして飲めるのがわかった。風味は格段に落ちるが、色は同じくらい出るのだ。枝の枯れた花芽を集めてパックに詰めた。生の花芽は、パックに入れたままだと虫の被害に遭う。ところがこちらは乾燥しているので、なんということもなかった。