2006-0723-yms091
宮仕え辛い気持ちも付いて来て
思い乱れる九重の内 悠山人
○紫式部集、詠む。
○略注=ここから四首は、作者の初出仕(1005[寛弘2]年12月29日)の頃を詠う。詞書は、「はじめて内裏(うち)わたりを見るに、もののあはれなれば」。時系列では057の前。平王ク歌番号057。渋谷版(実践本)056。
¶したひきて(慕ひ来て)=新潮版・平王クとも、主語を「憂さ」と
するが、渋谷版は「心・気持ち」としている。中古文法もだが、
何を主語ひとつの解釈で、文脈・意味合いがすっかり変わる、
ほんの一例。
¶九重(ここのへ)=もともと中国の王宮の造りが九重であった
ところから、宮殿・王居などを指す。ここでは、心の襞の乱れと
の、掛詞。現代詠の「内」も、ささやかに懸ける。
□紫091:みのうさは こころのうちに したひきて
いまここのへぞ おもひみだるる
□悠091:みやづかえ つらいきもちも ついてきて
おもいみだれる ここのえのうち
宮仕え辛い気持ちも付いて来て
思い乱れる九重の内 悠山人
○紫式部集、詠む。
○略注=ここから四首は、作者の初出仕(1005[寛弘2]年12月29日)の頃を詠う。詞書は、「はじめて内裏(うち)わたりを見るに、もののあはれなれば」。時系列では057の前。平王ク歌番号057。渋谷版(実践本)056。
¶したひきて(慕ひ来て)=新潮版・平王クとも、主語を「憂さ」と
するが、渋谷版は「心・気持ち」としている。中古文法もだが、
何を主語ひとつの解釈で、文脈・意味合いがすっかり変わる、
ほんの一例。
¶九重(ここのへ)=もともと中国の王宮の造りが九重であった
ところから、宮殿・王居などを指す。ここでは、心の襞の乱れと
の、掛詞。現代詠の「内」も、ささやかに懸ける。
□紫091:みのうさは こころのうちに したひきて
いまここのへぞ おもひみだるる
□悠091:みやづかえ つらいきもちも ついてきて
おもいみだれる ここのえのうち