12月14日 (日)
平成17年1月1日より 1,444日目
歩いた歩数 その距離
本日 10,473歩 7,331m
総計 20,235,131歩 14,164,592m
北京より西安・蘭州・西寧・敦煌・哈蜜・吐魯番・ウルムチ・を経て喀什(カシュガル)に向かう後 290,558m
この神犬の画は李太平師が描かれた物だが、私は直接お目にかかったことはない。ではどうして「高主精一先生 恵存」の為書があるかと言うと、永年私の通訳をしてくれた梁小六君が先生に私を紹介して描いて貰った物を訪日の折り土産として持って来てくれたものだ。中国でも高い評価を得ているものを頂いたことに深く感謝している。
李太平略歴 (シティ北京)より転載
1949年10月15日、河北魏県大倉口村の書道家の家に生まれました。祖父李書氏は当地で有名な書道家として知られ、顔、柳の書道を習得しました。父親の李茂榮氏は楷書、隷書に造詣が深く、当地では大変有名です。李太平氏は小さいときより、その環境の影響で6歳から書道を習い、顔について勉強し、柳の書の模写をし、若くして書道、の基礎を納めました。又、劉炳森の弟子となり、汗・隷書を練習しました。河北大学歴科在学中も黄綺の弟子となりました。黄氏の影響で「雄紺大胆」を追い求め、歴史書を読み、漢の隷書を模写し、力強い筆跡を追求、自分の書道の風格を作り上げました。
1986年に初めて日本で個人書道展を開催、成功を収めました。1991年、1994年に再び第2回目の書道展を東京で開催し、深い感銘を与えました。同年9月にカナダのバンクーバー市で「李太平神犬書画展」を開催しました。現地新聞で大きく取り上げられ高く評価されました。
1994年陰暦正月前に中央テレビの番組「東方時空」にも李太平の「溌墨画犬」の特別技法を紹介しました。これは全国に大きな影響を与えました。李太平は「李太平書法芸術」「李太平神犬図」等を出版し、国内外で多くの学術論文を発表しました。その作品は「中南海懐仁堂」に入選し、人民大会堂、毛主席記念堂に展示されました。日本の元首相小渕恵三氏も「富国有徳 経国済民」と言う作品を収集、元首相田中角栄、中曽根康弘、細川護熙氏も彼の作品を収集しました。中国の指導者、鄭小平、江沢民、胡錦涛、李瑞環、劉華清、曾慶紅等々にも収集されました。作品は幾度も人民日報、光明日報、河北日報、泰国新中原報等に掲載されました。2000年には第1回黄河杯詩書画展で金賞を受賞、夢園杯全国書画展で金賞、2003年度全国先進文化人物特別貢献賞を受賞。
大型記録映画「毛沢東と彼の賛歌」の題字、伝記として「中国当代書法家大辞典」等10部以上の大辞典に紹介されました。李太平は現在、中国書法家協会会員、日本東京「李太平書画会」の特別顧問を担当、邯鄲市群芸館研究員(教授)、邯鄲市書協福主席、邯鄲市政協常委、邯鄲市選定特別芸術院として活動されている。