ピピのシネマな日々:吟遊旅人のつれづれ

歌って踊れる図書館司書の映画三昧の日々を綴ります。たまに読書日記も。2007年3月以前の映画日記はHPに掲載。

やかまし村の子どもたち

2008年08月06日 | 映画レビュー
 とても演技とは思えない自然な表情が生き生きとしている、子どもたちの素晴らしさと風景の美しさに心洗われる90分だった。

 やかまし村には3軒の家と6人の子どもしかいなくて、その彼らの一夏の夏休みの出来事を淡々と綴る。時代は1930年頃だろうか? 原作は未読だけれど、原作者が脚本を書いているのでそのほのぼのとした味わいはそのままに映像化されているようだ。

 子ども達の夏休みは遊びあり労働あり、何も起こらないといいながら実に充実感に溢れている。買い物一つも遠くの町まで出かけねばならない子どもたちにとっては「買い物」というお手伝いも一大冒険の世界だ。いろんなエピソードが小刻みに重ねられていて、どれもこれも微笑ましくたゆたうような時の流れを堪能することができる。わたしは買い物のエピソードがいちばん気に入った。

 6人の子ども達それぞれが主人公であり、その都度視点が変わる群像劇である。彼ら一人ずつの心の中がナレーションで語られていき、子どもらしい葛藤や諍いや思いこみやプライドや歓びが交錯していく様も懐かしい。決してこんなに自然に囲まれた中で幼いころを過ごしたわけではないわたしでさえも懐かしさに誘われてしまう。それは、子どもたちの表情やセリフが実に自然に流れていくからだろう。このような演出と撮影が可能になったということは、その影にハルストレム監督が相当に辛抱強く子どもたちとつきあった努力があったのだと思う。


 この映画の子ども時代の風景を見ていて何よりも感動するのは、子どもたちが「労働」していることだ。それは「お手伝い」の域を越えている。昔は、子どもも働かなければ生活していけなかった。今は、子どもは大人時代とははっきり切り離されて「労働」から遠ざけられてしまっている。このことが子どもから多くの「学び」を奪ってしまった。マルクスの時代の劣悪な労働条件で働かされる幼年工とは違う「働く子ども」の姿に心が洗われる。そして、それを今に活かすことができないだろうかと考えてしまうわたしは、母として、息子たちになにを「労働」させてきただろうか、という反省とともにこの映画を見終わった。(レンタルDVD)

--------------
やかまし村の子どもたち
ALL A VI BARN I BULLERBYN
スウェーデン、1986年、上映時間 90分
監督: ラッセ・ハルストレム、製作: ヴァルデマール・ベリエンダール、原作・脚本: アストリッド・リンドグレーン、音楽: イェオルグ・リーデル
出演: リンダ・ベリーストレム、アンナ・サリーン、ヘンリク・ラーソン、エレン・デメルス、ハラルト・ロンブロ