ピピのシネマな日々:吟遊旅人のつれづれ

歌って踊れる図書館司書の映画三昧の日々を綴ります。たまに読書日記も。2007年3月以前の映画日記はHPに掲載。

エディット・ピアフ 愛の讃歌

2007年10月25日 | 映画レビュー
 わたしはエディット・ピアフの声を生前に聴いた覚えはなく、「愛の賛歌」にしたところで最初に感動したのはブレンダ・リーの歌った英語版なのだから、ピアフのことはほとんど何も知らない。それに後々になって聴いた彼女の歌声や歌い方はいかにも時代を感じさせる古めかしいものだった。ところが、この映画を見ているとそのピアフの声が素晴らしく心に染み入ってくるのだ。特に最後に彼女が熱唱する「水に流して」は晩年に至った人生を振り返る歌詞の内容といい曲調といい感動的なもので、聴きながら思わず涙をこぼしてしまった。映画で流れるピアフの歌声はデジタル処理された本人の声だそうで、最後の「水に流して」は瀕死の病人が歌ったとは思えない力強さで聴く者を圧倒する。

 この映画は、ピアフの生涯をバラバラに切り刻んで時制を輻輳させている。一つずつの場面は決してじっくりと撮られることはなく、感情移入を難しくするように構成されている。ピアフの全盛時代をさらっと流してしまって、幼少時の苦労や若い頃の放蕩・飲酒、晩年の薬漬けでボロボロになった姿を延々と写すものだから、ピアフを崇拝するファンには不評を買うのではないかといらぬ心配をしてしまう。47歳で亡くなったピアフは、その歳ですでに80歳の老婆のようになっている。死の数年前に既にアルコールと麻薬でボロボロになった体を文字通り引きずりながら背中を丸めて歩く小さな姿は、とてもスター歌手には見えない。ところが、ひとたび舞台に上がると背筋を伸ばして素晴らしい声量で観客を感動させてしまうのだから、この人こそ本物の歌手なのだろう。

 数々の男性遍歴で名を馳せたピアフだが、映画ではそのうちたった一人の男性との恋だけに限って描いている。本人が「世紀の恋」だったと自伝で書いている、プロ・ボクサーのマルセル・セルダンとの不倫の恋がそれだ。マルセルは飛行機事故で死んでしまうのだが、彼の死を知るピアフの場面が印象的だ。マルセルがエディット・ピアフに会いに彼女の寝室まで来るのだが、実はそれは亡霊か幻影であり、歓びいさんで食堂から朝食を運んでくるピアフを見てスタッフは沈痛な面持ちで「飛行機が落ちた」と知らせる。ショックのあまり泣き喚き震えおののくピアフが裸足のままフラフラと部屋の中を歩くと場面はいつの間にかステージへと変わっている。ここまでワンカットだ。最愛の人の死を知ったその日も舞台に立って歌わねばならなかった歌姫の業を描いた素晴らしい場面だった。

 貧しく、両親の愛にも見放されていた幼少時の苦労。愛してくれるのは預けられていた娼館に住む娼婦だけだった。貧しさゆえに失明もした。奇跡的に目は治ったけれど、15歳から街頭に立ってい歌を歌い、日銭を稼ぐ日々。そんな彼女を見出して歌手としてデビューさせてくれた恩人も何者かに殺されてしまった。愛に飢えた娘が、ようやく熱烈な愛を得たその相手には妻子がいて、しかも事故で急死してしまう。そんな不幸ばかりが繰り返されてきたピアフの人生は、やがてアルコールと麻薬漬けになる。大歌手として成功しても常に愛には飢えていたのだろうか。そして気まぐれで我がままな性格もいかにもアーティストらしい。いやな性格の美しくもない女のぼろぼろになる生涯を見せられているというのに、わたしは彼女の生き様に引き寄せられていく。何よりもその素晴らしい歌声に。

マリオン・コティヤールは、「プロヴァンスの贈り物」の美人女優と同一人物とはとうてい思えない見事な変身振りで怪演を見せた。彼女の演技には舌を巻く。ちっとも美しく撮ってもらえないどころかひどい老け役をやらされているのに、むしろ嬉々として演じているように見えるのだ。その女優魂には感服した。

 タイトルにもなっている「愛の賛歌」が映画の中で歌い上げられなかったのは残念。

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LA MOME
フランス/イギリス/チェコ、2007年、上映時間 140分
監督・脚本: オリヴィエ・ダアン、製作: アラン・ゴールドマン 、音楽: クリストファー・ガニング
出演: マリオン・コティヤール、シルヴィー・テステュー、パスカル・グレゴリー、
エマニュエル・セニエ、ジャン=ポール・ルーヴ、ジェラール・ドパルデュー、ジャン=ピエール・マルタンス、マノン・シュヴァリエ、ポリーヌ・ビュルレ

プロヴァンスの贈り物

2007年10月25日 | 映画レビュー
 これはスマッシュヒット! テンポよし、映像よし、音楽小気味よし。なんといってもワインが飲みたくなるぅ~! 

 さて物語は…。

 ロンドンで天才的な手腕を振るうトレーダーのマックスが、あこぎなやり方でぼろ儲けしたのはいいけれど、当局の捜査の手が入って停職1週間の身に。ちょうどそのとき、両親のいないマックスを可愛がってくれたおじさんが亡くなったことを知り、遺産相続のためにおじさんが所有していた南仏プロヴァンスの葡萄園へと休暇旅行に出かけるのであった。そこで地元の女性に運命的な恋をしたマックスは、弱肉強食の金儲けの世界と思い出深いプロヴァンスでの生活を秤にかけることになり…


 もう、結末は最初から見え見え。けれど、会話が機知に富んでいるのと、マックスの頭に去来する過ぎ去りし日々の子ども時代の思い出が今の状況にだぶる演出といい、柔らかな光をとりこんで輪郭のややぼやけた風景を映したカメラといい、登場人物たちのキャラクターといい、魅力に富んでいて全然飽きない。ラッセル・クロウのタレ眼もこういうときには風景にマッチしていて違和感なし。

 ニコール・キッドマン似の若い女優アビー・コーニッシュが美しい(あ、なんとニコールと同じオーストラリア出身。ひょっとしてご親戚?)。マックスの秘書役アーチー・パンジャビ(インド系かな)もすごく印象に残っている。女優が素敵ですね、この映画。チョイ役だけど「ふたりの5つの分かれ路」など多くのフランス映画でおなじみのヴァレリア・ブルーニ・テデスキが登場してえらく訛りのきつい英語をしゃべる。

 大都会で生き馬の目を抜く生活を続けるのがいいか、田舎でのんびりスローライフが幸せなのか、それはまあなんとも言いがたいものがありますがね…。マックスが最後にどっちを選んだかって? それは予想通りであります。ワインに関する薀蓄もさらりと聞けていいねぇ。とにかく絶対にワインが飲みたくなる。ワイン映画といえば「サイドウェイ」だけど、あれよりこっちのほうがわたしの好みに合ってます。 

 ストーリーはいたって単純、けれどプロヴァンスの風景とお洒落な会話を楽しめる、暑気払いの一作。リドリー・スコットもこういう作品を撮ることがあるんだなぁと棚からぼた餅気分のお得な感じ。スコット監督と原作者が友人であるということと、スコット自身がプロヴァンスにワイナリーと別荘を持っているそうで、いつかはこういう映画を撮りたかったという。なるほど。

 ラブコメ好きにはお奨めです。

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A GOOD YEAR
アメリカ、2006年、上映時間 118分
製作・監督: リドリー・スコット原作: ピーター・メイル、脚本: マーク・クライン、音楽: マルク・ストライテンフェルト
出演: ラッセル・クロウ、アルバート・フィニー、フレディ・ハイモア、マリオン・コティヤール、アビー・コーニッシュ、ディディエ・ブルドン、トム・ホランダー、ヴァレリア・ブルーニ・テデスキ、アーチー・パンジャビ