ピピのシネマな日々:吟遊旅人のつれづれ

歌って踊れる図書館司書の映画三昧の日々を綴ります。たまに読書日記も。2007年3月以前の映画日記はHPに掲載。

「〈戦後〉が若かった頃 」

2003年04月04日 | 読書
海老坂 武著 : 岩波書店  2002.12

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海老坂さんは名うてのドン・ファンで、わたしの友人・知人の間では、「会うたびに違う女性を連れている」「今度の恋人は日本人だ」などと、とかくおもしろがられていた人だ。さすがに70歳近くなって、浮名を流す回数も減ったかもしれないが、写真を見ると相変わらず渋くてかっこいい。

 海老坂ファンであれば当然、この本を読むべし。野球に熱中していた学生時代の話はユーモラスで楽しいし、フランス留学時代の女性たちとの交流も興味深い。
 途中にインタビューが挿まれているのも閑話休題という感じで、なかなか凝った作りの本だ。このインタビュー、質問もご本人が全部自分で書いたんじゃないの?と疑わせるぐらい卓抜な突っ込みが楽しめる。

 この本は、海老坂武一人の伝記ではなく、大勢の文化人・知識人が登場する。さすがは東大仏文科出身だけあって、友人・知人たちにはその後、名を成した人が多い。最も興味深かったのは、大江健三郎についてのコメントだ。自らも小説書きになろうというささやかな野心を持っていた海老坂さんが、同級生大江健三郎の才能に打ちのめされたくだりに、他人事とは思えない切なさを感じてしまった。

 大江だけではなく、著者と交流のあった人々があまた実名で登場し、彼らがとても生き生きと描かれているのも本書の大きな魅力だ。ただ、登場させられた人々の了承は得てあるのだろうかという余計な心配をしてしまったが。

 海老坂さんは既に中学3年生までの子ども時代の自伝(『記憶よ、語れ』筑摩書房)を出版されているから、今回はその続きだ。そして、フランス留学から帰国する31歳で叙述が終わっているということは、当然続きがあるはず。これは三部作なのだろう、とわたしは予想しているので、早く続きが読みたい。

 本書では、海老坂武という一人の左翼知識人の目を通して、彼がたどった戦後社会思想の数々を概観することもでき、海老坂ファンに限らず、戦後日本思想史に興味のある人々にはお薦めの一品といえる。

 個人的には、映画評やヨーロッパ紀行文に興味をそそられた。とにかく海老坂さんはマメにノートをつけるメモ魔であったようで、それがこういう形で一冊の本になるのだから、なんでも書きつけておく習癖は役に立つようだ。ま、凡人が何を書いてもあかんけどね。


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