ピピのシネマな日々:吟遊旅人のつれづれ

歌って踊れる図書館司書の映画三昧の日々を綴ります。たまに読書日記も。2007年3月以前の映画日記はHPに掲載。

寒い日は鍋がよろしいかと『風味絶佳』

2005年11月07日 | 読書
 通勤電車の中で『風味絶佳』を読みながら目が覚める思いがする。「なんておもしろいんだろう」いや、「なんておいしそうなんだろう」。

 山田詠美の最新作はおいしそうな短編集だ。第1話「間食」、ふむ、年上の女にかしずかれる若い鳶職の話ね。これはなかなか。

 第2話「夕餉」、これはなんだか身につまされる。人妻の話だからか。いや、わたしより遥かに若いまだ30歳にもならない人妻の不倫ものでは、あまりにも非現実的というもの。それよりも、この人妻が何不自由ない裕福な家を出て一緒に暮らす相手が清掃作業員というのがなんともまた新鮮だ。都庁の現業職員である男に毎日毎日手作りの料理を食べさせるヒロインの心持ちがいじらしい。その手料理たるや、半端なものではない。世界中の料理を次々と作る彼女はイタリア料理にはイタリアの塩を使うというこだわりようだ。

 夫との無味乾燥な生活を思いつつ、今の男との危うい関係に切なさを隠しつつ、彼女は毎日料理を作る。彼女が作る料理を目で追い堪能しつつ、わたしはこうしてわが身にありえないロマンスを物語で消費する。やっぱり恋は料理と同じ。

 と、小説の世界にひたりつつ地下鉄の階段を上がるとガラスケースの中に散らばる枯れた葉と花びら。すっと視線を上にやると、そこにはもとは美しく活けられた花が飾ってあったその残骸が高価な花瓶とともに寂しく頭をたれていた。かわいそうに、もうとっくに盛りを過ぎた花をそのように人目に晒すとは、なんと残酷な。わが身を見るような痛々しい気持ちになったおばさんであった。

 そして第3話「風味絶佳」、これはいい、とってもいい! 70歳を過ぎたハイカラなおばあちゃん、いくつになっても車の助手席には若い男をはべらせる。なんて素敵なグランマ。

 あんまり寒いから昼は温麺を食べようと、よく行く韓国料理屋へ。いつもは並を注文するけど今日は大盛にしてもらってよく温まった。勘定を支払う段になって、店員が悲しそうに「うちの店、来週の金曜で閉めるんです。今までありがとうございました」と言うではないか。若いお姉ちゃんがいつも「こちらのお席でよろしかったでしょうか」という妙な日本語を使うこの店の温麺が大好物だったのに!

 残念至極と思いながら昼休みは続けて第4話「海の庭」を読む。離婚して独り身になった女性が幼馴染の男と再会して、つかず離れずのじれったい交際を続ける話。物語の語り手は女性の娘、高校生。こういう、中年のほのかな純愛って、いいね。

 ああ、それにしてもうちの職場はほんとに寒い。あまりにも寒くて肩が凝り頭が痛くなってくるし、鼻水もたれてくる。指がかじかんでキーボードを打つのもいらつく。寒い日には鍋がいい。それもてっちり。てっちりとヒレ酒のことを考えながら寒さに耐えた一日だった。
 
 1万人の第九の練習を終えて帰りの通勤電車の中では第5話「アトリエ」。これはなかなか濃い。何が濃いかというと、肉体がすべての空虚を埋めていくような男の愛が濃いのだ。汚水漕の清掃を生業にする男が愛した暗くて悲しい不器用な女。夫婦になった男と女の肉の交歓がなまめかしくも妖しい。こんな愛もあるのかと不思議なまぶしさを感じる。

そして第6話「春眠」。密かに思いを寄せていた女を父親にとられてしまうという話。

 この短編集に登場する男達の職業がおもしろい。鳶職、東京都の清掃作業員、ガソリンスタンドの従業員、引っ越し会社の作業員、汚水槽の清掃員、斎場の焼却炉のメンテナンス員。皆が皆、肉体労働者ばかりだ。からだを使う男達の濃い愛の世界。わたしが知らない世界。

 静かに漂うエロスもあれば、汗の臭いが立ちこめそうなエロスもある。またしても山田詠美の世界に耽溺してしまった。
 これもまあ、とみきちさんのお奨め上手のせいね(笑)
 
とみきちさんがいつものように素晴らしい評を書いておられるので、そちらをぜひお読みあれ

 
<書誌情報>
 風味絶佳 / 山田詠美著. -- 文藝春秋, 2005

最新の画像もっと見る