ピピのシネマな日々:吟遊旅人のつれづれ

歌って踊れる図書館司書の映画三昧の日々を綴ります。たまに読書日記も。2007年3月以前の映画日記はHPに掲載。

キンキー・ブーツ

2008年01月13日 | 映画レビュー
 倒産しかかっている老舗の靴工場を継いだ4代目の若社長が、起死回生を図って製造しようとしたのはなんと、女装愛好家のための「紳士靴サイズの婦人靴」、名づけて「キンキー・ブーツ」だった! というお話。構造不況業種が起死回生をかける話ってどこかできいたことがあるような気がするし、不況だけど頑張るっていうのは「ブラス!」とか「フルモンティ」みたいだけど、実際に成功したお話を元にしているだけあって、結末は明るい。

 驚いたのはキウェテル・イジョフォーのドラッグ・クイーンぶりだ。「堕天使のパスポート」で好感度の高い医師の役がぴったりだと思ったのに、今回は女装してド派手な化粧でおまけに大口あけて歌っているのには驚いた。キウェテル・イジョフォーだなんて、最初のうちはまったく気付かなかった。この人はいろんな役ができる器用な役者なんだ! それに女装したから初めて気付いたけど、こんな大柄な男だとも思わなかった。確かにこの体重では婦人靴のピンヒールは履けないわなぁ。

 若社長チャーリーが工場を継いで最初にやったことが人員整理。一人ずつ労働者を社長室に呼んで解雇を申し渡すわけだが、靴工場の労働者は熟練の職人たちではないのか? 解雇されて唯々諾々と辞めていくのはなんとも納得しがたいのだが、かつてのクラフトユニオンの強さを誇ったイギリスの労働運動も地に落ちたということだろうか。だが彼は、一人の若い女性労働者の言葉にひらめく。「新製品の開拓を」。そうだ、ニッチ(隙間)製品を開発すればいい。チャーリーが偶然知り合ったドラッグクイーンの女性(男性)ローラなどは、女性用のピンヒールブーツを無理やり履いてはヒールを折っていたのだが、ちゃんとした丈夫な男性用婦人靴を作れば需要があるに違いない。

 で、そこで従業員たちを前に演説をぶつチャーリーは、クイァな人々への偏見で凝り固まる彼らを説得し、またローラ自身が工場に出向いてデザインを担当するうち、いつしか労働者たちも仕事に熱心に取り組むようになり…。とまあ、予想通りの展開。チャーリーの婚約者とのぎくしゃくも加わって、定石どおり。

 ローラへへの偏見に固まっていた一人の労働者が、彼女(彼?)への差別意識を払拭するようになるきっかけがやっぱりローラの中にある「男らしさ」の再発見にあったというのはいかがなんでしょうか??

 ま、とにかくいろいろあってもハッピーエンドということで、可もなく不可もなく楽しい映画でした。(レンタルDVD)

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KINKY BOOTS
イギリス・アメリカ、2005年、上映時間 107分
監督: ジュリアン・ジャロルド、製作: ニック・バートンほか、脚本: ジェフ・ディーン、ティム・ファース、音楽: エイドリアン・ジョンストン
出演: ジョエル・エドガートン、キウェテル・イジョフォー、サラ=ジェーン・ポッツ

冷血

2008年01月13日 | 映画レビュー
 1959年にカンザス州で起きた一家4人惨殺事件を描くドラマ。ほぼカポーティの原作ノンフィクション小説の筋書き通りに進むドラマ展開には新鮮味がなく、やや退屈。また人物のイメージがわたしの想像とは違っていたので違和感も覚えた。原作が長いだけに、犯人若者二人の生い立ちをはしょってしまったのは残念だ。カポーティの原作ではとりわけペリー・スミスの生い立ちにかなりの紙幅を割いていただけに、そこをカットしてしまうと、この犯罪の背景が見えない。貧しさゆえに犯罪に走る者たちの苦しみがさらりと描かれてしまい、とりわけペリー・スミスの母親がチェロキー族出身であったことなど、彼の性格に大きな影を落とした部分を映画ではさらりと触れただけなのが残念だ。原作未読者にとってはこの程度の描写で充分と思われるかもしれないが、わたしにとっては原作のイメージが強いだけに物足りなさを感じる。あとは、被害者一家の説明がほとんどない点も不満が残る。

 ただ、特筆すべき点もある。ラスト、犯人たちが死刑になる場面、ガラス窓に叩きつけるように降る雨のしずくがペリー・スミスの顔に影を作る不気味さはモノクロ映像ならではの効果だ。犯人達の逃避行から死刑まで一気に見せる演出はよかったし、緊張感があり、この部分はぐっと画面にのめりこんでいく。この映画は原作を読んでいない人のほうが面白く見られるのではなかろうか。(レンタルDVD)


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IN COLD BLOOD
アメリカ、1967年、上映時間 133分
監督・脚本: リチャード・ブルックス、原作: トルーマン・カポーティ、音楽: クインシー・ジョーンズ
出演: ロバート・ブレイク、スコット・ウィルソン、ジョン・フォーサイス、ポール・スチュワート、ジェフ・コーリイ

サンセット大通り

2008年01月13日 | 映画レビュー
 これはひょっとしてビリー・ワイルダー脚本の最高傑作ではなかろうか?まったく息つく間もないたたみかけるような展開にはストーリーテラーの腕前を見せつけられた思いがする。

 過去の栄光が忘れられない勘違い人間というのはどこにでもいる。有名人だけではなくて、ほんとにどこにでもいるものだ。「昔はなぁ…」と言いたがる、「昔取った杵柄」が離せない人間なんてたいていの人がそうに違いない(もちろんわたしも)。

 次第に世間から忘れられていき、疎んじられるようになった大スターは、過去の自分に酔いしれ、いつしか心が壊れていく。110分という尺のなかでビリー・ワイルダーはその様子を実に丁寧になんの無駄も冗長さもなく描いた。グロリア・スワンソンの鬼気迫る演技とともに映画ファンの記憶に残る作品といえる。主人公が女優と脚本家なので、映画制作の舞台裏も見られて映画ファンの喜ぶ題材だし、セシル・B・デミル監督が本人役で登場してこれまた興味深い。演技もなかなかうまいではないか。特典映像の解説によれば、デミル監督は法外なギャラを要求したとか。実際のパラマウント映画のスタジオを使ったロケも面白いし、ハリウッドのスタジオシステムが(ごく一部とはいえ)垣間見えることは映画ファンにとっては嬉しい。


 売れない脚本家ジョー・ギリスの独白によって展開するサスペンスは悲劇に終わるが、そこにはシニカルな叙情が漂う。まずはプールに死体が浮いている巻頭のシーンの凝っていること。これは実は当初、別のオープニングが用意されていたのだが試写会で観客の失笑を買ったためワイルダー監督がショックを受けて全面的に書き換えたのだとか。死体を水中から捉えたアングルは見ものである。

 この映画では元大スターのノーマ・デズモンドが20年も映画界から干されているにもかかわらず豪邸に住み浪費のうちに人生を孤独に送っている絢爛たる描写が観客の目を奪う。既に容色は衰えたにもかかわらず現実を見ることができないノーマは自分の書いた脚本をセシル・B・デミル監督に送りつけて次回作に主演するつもりでいる。その出来損ないの脚本を書き直すために雇われたのが売れない脚本家のジョー・ギリスだった。彼は金に困っているからやむなくノーマの豪邸に住み込むことになるが、いつしかノーマの囲われ者になる。しかしノーマに愛を感じているわけではないジョーはなんとかノーマの手から逃れようとするのだが…

 ノーマもジョーも互いを利用する人間であり、そこには一抹の憐憫があるとはいえ、不毛の愛しか存在しない。憐れなノーマはプライドだけはいつまでも高く、ジョーを金の力と自殺未遂で脅迫し束縛する。ノーマのいやらしさをよくぞ演じたり、グロリア・スワンソン。まるで自分の伝記映画のようなこんな悲惨な話によく出演したものだと感心するけど、一世一代の名演・怪演を見せている。

 われらがヒーローたるジョーにしたところで情けない男であり、ウィリアム・ホールデンも適役を演じている。

 たとえばこの物語を、年齢に相応しい素晴らしい役があることをノーマに気づかせてやるという結末を用意して彼女と観客に救いを与えることもできただろうに、ビリー・ワイルダーはそんな話を書いたりしない。ジョーの悲劇はビリー・ワイルダーの自己像の反映かもしれない。売れない男がやけになっていやいやながらも結局は長いものに巻かれて贅沢な暮らしに甘んじる、その末路を自嘲的に描いたと考えれば、ワイルダーのシニカルな人生観がにじみ出ていると言える。人間の甘さ醜さを実に巧みに描いたエンタメ性溢れる傑作。「アパートの鍵貸します」と甲乙つけがたく好きだなぁ。あ、「昼下がりの情事」も好きです。

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SUNSET BOULEVARD
アメリカ、1950年、上映時間 110分
監督: ビリー・ワイルダー、製作: チャールズ・ブラケット、脚本: ビリー・ワイルダー、チャールズ・ブラケット、D・M・マーシュマン・Jr、音楽: フランツ・ワックスマン
出演: グロリア・スワンソン、ウィリアム・ホールデン、エリッヒ・フォン・シュトロハイム、ナンシー・オルソン、フレッド・クラーク、バスター・キートン、セシル・B・デミル