ピピのシネマな日々:吟遊旅人のつれづれ

歌って踊れる図書館司書の映画三昧の日々を綴ります。たまに読書日記も。2007年3月以前の映画日記はHPに掲載。

松ヶ根乱射事件

2008年01月05日 | 映画レビュー
 とある地方都市の若い警官が交番前で乱射事件を起こすまでを描いた、のんべんだらりとした映画。こういうのを「オフビート」映画という。「天然コケッコー」の山下敦弘監督作だが、よくぞこれだけ作風の違う映画を作ったもんだと驚く。こちらのほうが映画的な映画といえるだろう。その独特の間合いとかリズムは映画でないと表現できないものだ。ただし、「天然コケッコー」が美しい田園風景を描いた安心ファミリー映画なのとは対照的に「松ヶ根」のほうは子どもに見せられない場面もいくつか登場する暗~いお話。

 クライム・ムービーだけれど、「スリルとサスペンス!」というものは一切ない、ブラックコメディ。いきなり若い女が雪の上に倒れている場面から。これは死んでいるに違いないと思うのだけれど、この「死体」を発見した小学生のとった態度に口あんぐり。いきなりこれですか、この映画、やってくれるねぇ~という期待感でワクワク。

 辺鄙な田舎にやってきた一組の男女。彼らはいったい何者? 何しにやって来たの? どうやら男はヤクザ者のようで、訳ありの二人は怪しげな動きをする。

 田舎町で牛を飼う一家には双子がいて、家族で家業を営んでいるのだが、双子のうち兄のほうはなんだかやる気なさそうな情けない若者。弟のほうは警官で、彼がこの映画の主人公鈴木光太郎である。双子には姉がいて、姉夫婦も同居する大家族の一家の主のはずの父親は妾宅に行ったまま帰ってこない。この最悪に下卑た父親を三浦友和がものすごくだらしなく演じて巧い。

 さて、この一家の情けない兄鈴木光と訳ありヤクザカップルとが出会ったところから話は転がり始める。真面目な警官である光太郎はこの情けない兄にうんざり。もちろんもっと情けない父親にはもっとうんざり。派出所の天井にはネズミが走り回り、いくら罠をしかけてもいっこうに埒があかない。光太郎の周りにはうんざりすることだらけ。その上、ヤクザにまとわりつかれた兄・光がとんでもない事件に巻き込まれて、そのうえ自分の結婚話が押し寄せてきてそのうえ父親は愛人の娘を孕ませるしその上その上…

 映画全体に漂う鬱屈した田舎町の鬱屈した人生の閉塞感はじんわりじとじとと広がり深まる。だからといって誰かがどうしようもない狂気に走るのかといえばそうではない。大事件がいろいろ起きているに違いないのに淡々と描かれ、しかも結局のところ事件はすべて最後まで静かに進行する。妙ちくりんかつ可笑しい。思わずにやりと笑ってしまうけれどそれは大爆笑を誘うわけではない。つまり、最後まで何も「爆発」することがない映画なのだ。乱射事件にしてもそう。そう、しょせんはこれが小市民の鬱屈の実態でありわたしたちの時代の閉塞感なのだろう。映画の年代は1994年ごろ。あれから10数年が経って、この時代感覚はどう変化したのだろう? それを考えることも面白い。

 三浦友和がこんなにうまいとは新発見であった。この人、昔の山口百恵の相手役というイメージがわたしにはいつまでも強烈なんだけれど、いまやこんな情けない中年親父の役がぴったりはまるようになったのか、すごいです。なんか賞をやってほしい。

 そうそう、烏丸せつこを久しぶりに見た。すっかりおばさん化しているけど色っぽいです。(PG-12)


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日本、2006年、上映時間 112分
監督: 山下敦弘、プロデューサー: 渡辺栄二、脚本: 山下敦弘、向井康介、佐藤久美子、音楽: パスカルズ
出演: 新井浩文、山中崇、川越美和、木村祐一、三浦友和、キムラ緑子、烏丸せつこ