ピピのシネマな日々:吟遊旅人のつれづれ

歌って踊れる図書館司書の映画三昧の日々を綴ります。たまに読書日記も。2007年3月以前の映画日記はHPに掲載。

ある愛の風景

2008年01月06日 | 映画レビュー
 戦場でトラウマを負った男の再生はありえるのだろうか? 別人のように変わってしまった夫を妻は受け入れることができるのだろうか? 反戦思想を底流にしつつ、傷ついた人間のトラウマからの回復を静かに見つめる感動のラストへと向かう愛の物語。

 アフガニスタン復興支援のために現地に赴任した将校ミカエルが戦死した。理想的な息子・夫・父であったミカエルが死んで、遺された家族は悲しみにくれる。彼には不良の弟ヤニックがいて、刑務所から出所してきたばかりだった。それまでぎくしゃくしていたミカエルの妻サラとヤニックはミカエルの死をともに悲しむことにより、急速に親しみを増す。ミカエルの愛らしい遺児たちもヤニックおじさんにすっかりなつくようになった。そんなとき、死んだはずのミカエルが戻ってきた、別人のように暗く粗暴な性格になって…

 サラを演じたコニー・ニールセンがとてもいい。美しく凛として、夫の死を嘆き悲しみながらもなんとか立ち直ろうと懸命に努力する。愛らしい娘もいることだし、夫の家族も支えてくれる。だが、彼女の寂しさは埋まらない。そんなとき、優しく接してくれるようになった義弟であるヤニックに惹かれていくことを誰も責めることはできないだろう。そのころ、ミカエルは捕虜となっていたのだ。愛する妻子のもとに戻りたい、その一心で生き抜いたミカエルは大きな心の傷を負っていた。

 突然戻ってきた「死者」を前に家族は歓喜の涙にむせぶけれど、その喜びもつかの間、サラとミカエルの間に齟齬が生まれる。怒りっぽくなり猜疑心の固まりとなったミカエルに、思春期に入ったばかりの長女が反抗する。少しずつ家族が壊れていくのだ。スザンネ・ビア監督は繊細なタッチでその様子をじっと食い入るようなカメラで描き出す。極端なクローズアップの多用と手持ちカメラによって緊迫感の高い映像が生み出され、親子・夫婦の危機感ある会話のキャッチボールに観客もまた胸が締め付けられていく。

 ミカエルの一家ははこれまで自分たちの生活になんの疑問も抱いていなかった。理想的な息子は心身共に健康に育ち、立派な軍人となった。職業軍人である以上、戦争があれば戦地に赴かなくてはならないし、ひとたび出向けばそこが地獄の入り口であるかもしれないことを忘れていたのではないだろうか。世界の対立が、戦場から遠く離れた小さな家庭の幸せすら奪うことを彼らは(わたしたちは)忘れている。 

 傷ついた者は自分の傷を愛する者のせいにしてしまう。「君のために! 君のためにぼくは…」。妻を責める理不尽な言葉はいっそう我が身を傷つけるだろう。誰にも責めることができない罪を誰が背負うのだろう? 究極の選択を迫られたとき、愛と愛が戦ったとき、その愛の思いのために自分のために罪を背負った男の苦悩を癒すものはなんだろう? ここには、善悪を単純に決めることの出来ない悲劇が横たわっているのだ。

 わたしたちは戦争よりも憎しみよりも愛し合うことを選ぶ。そう静かに語りかけているようなラストシーンだった。必見です。

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BRODRE
デンマーク、2004年、上映時間 117分
監督: スザンネ・ビア、製作: シセ・グラム・ヨルゲンセン、脚本: アナス・トーマス・イェンセン、音楽: ヨハン・セーデルクヴィスト
出演: コニー・ニールセン、ウルリク・トムセン、ニコライ・リー・コス、ベント・マイディング 、ソビョーリ・ホーフェルツ

ニノチカ

2008年01月06日 | 映画レビュー
 これは面白い! 欲を言えばニノチカは前半のあのキャラのまま最後までいってほしかったなぁ。グレタ・ガルボに笑顔は似合わない。むすっとしているときの美しさは絶品です、まさに氷の美貌。最後まで笑わないでほしかったわ。


 この映画を単なる反共映画として片づけるわけにいかない理由は、ロシアの亡命貴族夫人よりもグレタ・ガルボ演じるゴリゴリの共産主義者のほうに観客が共感するからだ。

 帝政時代の貴族の宝石を没収したソビエト政府は、宝石を外貨に換金すべく貿易委員会の委員3人をパリへ送り出した。へなちょこ3人組は「シベリア送りになるぞ」とか怯えながらもパリの高級ホテルのロイヤル・スイートルームに投宿し、毎晩贅沢三昧な生活に浸っていた。なかなか商談が進まないのに業を煮やした本国から、お目付役のニノチカという女性が送り込まれてくる。お堅い共産主義者のニノチカは、三人が退廃的資本主義文化に毒されていることに眉をひそめるが、宝石の元の持ち主である大公夫人の恋人と出会い、一目で恋に落ちてしまう。鉄面皮のニノチカがおしゃれで浮気なパリ男と交わす丁々発止の「愛の言葉」が掛け合い漫才よりも面白い。ビリー・ワイルダーの脚本力全開です。

 この映画の面白さは、ロシア人とドイツ人を間違えるというエピソードからもわかるように、スターリニズムとナチズムを同時に批判する社会批判の視線が鋭いことと、「自由主義」社会への皮肉や批判も忘れていないことだ。亡命先のパリで贅沢に暮らす大公夫人の高慢ちきさは鼻持ちならない。「わたしの宝石を返してちょうだい」という彼女に対峙してニノチカは言う、「宝石は人民のものよ」。ニノチカが奉じる共産主義思想の根本の「正しさ」をニノチカの口を通して聞き、観客は納得する。と同時に、彼女の本国での息詰まるような共同生活や検閲など、自由のない国の惨めさもまた皮肉な笑いの対象となる。

 ニノチカが恋した相手は大金持ちの貴族だが、彼もまた真実の愛に目覚めてニノチカの思想を少しでも理解しようとするところがいじらしくも笑える。

 決して笑わない氷の女が初めて大笑いするシーンはなにか面妖なものを見る思いがしてのけぞってしまった。グレタ・ガルボが笑ったらあんな顔になるんだ! 美貌が台無しやんか! 氷の女の氷が溶けて、恋する柔らかな女になってしまったのはちょっと残念。あのキャラのままで恋する女を演じることはできないのだろうか? いや、それでは愛は国境を越える、愛は思想を超えるというこの映画のテーマにそぐわない。やはりこれでよかったのかも。(レンタルDVD)

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NINOTCHKA
アメリカ、1939年、上映時間 110分
製作・監督: エルンスト・ルビッチ、原案: メルキオール・レングィエル、脚本: ビリー・ワイルダー、チャールズ・ブラケット、ウォルター・ライシュ、音楽: ウェルナー・リヒャルト・ハイマン
出演: グレタ・ガルボ、メルヴィン・ダグラス、アイナ・クレアー、ベラ・ルゴシ、シグ・ルーマン

カフカ 田舎医者

2008年01月06日 | 映画レビュー
 今年初めて映画館で見た映画はこれ。梅田ガーデンシネマで3本連続見た1本目は奇才アニメーターの評判作です。


人間国宝である狂言師・茂山千作ら茂山一家が声優を務めているだけあって、語りは独特の口調とリズムがあり、面白い。芥川賞作家の金原ひとみも声優としてキャスティングするユニークさ。

 上映された短編アニメは全部で5本。不気味シュールな「頭山(あたまやま)」を見て感心し、「年をとった鰐」の含蓄深い哲学にも感動し、「こどもの形而上学」でアニメ作家山村浩二の想像力にぶったまげ、「校長先生とクジラ」も「お、なかなか」と思ったのだけれど(グリーンピースのロゴが出てきたときは「え?マジ? 冗談?」と暫く考え込みましたが、マジです)、こ、これはいかん! 肝心の「田舎医者」を寝倒してしまった。手書きアニメは画面の揺れがひどい。それがまた味があっていいのだけれど、これが何分も続くと目が疲れて頭が痛くなってくる。よって、「田舎医者」が始まったときには疲れてしまってまたまた爆睡。あー、これは惜しいことをした。DVDが出たらちゃんと見直すことにする。原作は大昔に読んだはずだけれど、まったく記憶に残っていないのでこれも読み直してみたい。

 でも、「こどもの形而上学」を見ただけでじゅうぶん元はとったという満足感がある。アニメでなければできない、それもこの手書きの線の細く尖った絵柄でないと表現できないものすごくシュールなだまし絵のような作品にはびっくりした。

 オタワ国際アニメーション映画祭グランプリ受賞だそうで。まったく寝てしまうなんて惜しいことしてオッタワ!

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日本、2007年、上映時間 21分
監督・脚本: 山村浩二、原作: フランツ・カフカ
声の出演: 茂山千作、茂山七五三、茂山茂、茂山逸平、茂山童司、金原ひとみ