
これはひょっとしてビリー・ワイルダー脚本の最高傑作ではなかろうか?まったく息つく間もないたたみかけるような展開にはストーリーテラーの腕前を見せつけられた思いがする。
過去の栄光が忘れられない勘違い人間というのはどこにでもいる。有名人だけではなくて、ほんとにどこにでもいるものだ。「昔はなぁ…」と言いたがる、「昔取った杵柄」が離せない人間なんてたいていの人がそうに違いない(もちろんわたしも)。
次第に世間から忘れられていき、疎んじられるようになった大スターは、過去の自分に酔いしれ、いつしか心が壊れていく。110分という尺のなかでビリー・ワイルダーはその様子を実に丁寧になんの無駄も冗長さもなく描いた。グロリア・スワンソンの鬼気迫る演技とともに映画ファンの記憶に残る作品といえる。主人公が女優と脚本家なので、映画制作の舞台裏も見られて映画ファンの喜ぶ題材だし、セシル・B・デミル監督が本人役で登場してこれまた興味深い。演技もなかなかうまいではないか。特典映像の解説によれば、デミル監督は法外なギャラを要求したとか。実際のパラマウント映画のスタジオを使ったロケも面白いし、ハリウッドのスタジオシステムが(ごく一部とはいえ)垣間見えることは映画ファンにとっては嬉しい。
売れない脚本家ジョー・ギリスの独白によって展開するサスペンスは悲劇に終わるが、そこにはシニカルな叙情が漂う。まずはプールに死体が浮いている巻頭のシーンの凝っていること。これは実は当初、別のオープニングが用意されていたのだが試写会で観客の失笑を買ったためワイルダー監督がショックを受けて全面的に書き換えたのだとか。死体を水中から捉えたアングルは見ものである。
この映画では元大スターのノーマ・デズモンドが20年も映画界から干されているにもかかわらず豪邸に住み浪費のうちに人生を孤独に送っている絢爛たる描写が観客の目を奪う。既に容色は衰えたにもかかわらず現実を見ることができないノーマは自分の書いた脚本をセシル・B・デミル監督に送りつけて次回作に主演するつもりでいる。その出来損ないの脚本を書き直すために雇われたのが売れない脚本家のジョー・ギリスだった。彼は金に困っているからやむなくノーマの豪邸に住み込むことになるが、いつしかノーマの囲われ者になる。しかしノーマに愛を感じているわけではないジョーはなんとかノーマの手から逃れようとするのだが…
ノーマもジョーも互いを利用する人間であり、そこには一抹の憐憫があるとはいえ、不毛の愛しか存在しない。憐れなノーマはプライドだけはいつまでも高く、ジョーを金の力と自殺未遂で脅迫し束縛する。ノーマのいやらしさをよくぞ演じたり、グロリア・スワンソン。まるで自分の伝記映画のようなこんな悲惨な話によく出演したものだと感心するけど、一世一代の名演・怪演を見せている。
われらがヒーローたるジョーにしたところで情けない男であり、ウィリアム・ホールデンも適役を演じている。
たとえばこの物語を、年齢に相応しい素晴らしい役があることをノーマに気づかせてやるという結末を用意して彼女と観客に救いを与えることもできただろうに、ビリー・ワイルダーはそんな話を書いたりしない。ジョーの悲劇はビリー・ワイルダーの自己像の反映かもしれない。売れない男がやけになっていやいやながらも結局は長いものに巻かれて贅沢な暮らしに甘んじる、その末路を自嘲的に描いたと考えれば、ワイルダーのシニカルな人生観がにじみ出ていると言える。人間の甘さ醜さを実に巧みに描いたエンタメ性溢れる傑作。「アパートの鍵貸します」と甲乙つけがたく好きだなぁ。あ、「昼下がりの情事」も好きです。
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SUNSET BOULEVARD
アメリカ、1950年、上映時間 110分
監督: ビリー・ワイルダー、製作: チャールズ・ブラケット、脚本: ビリー・ワイルダー、チャールズ・ブラケット、D・M・マーシュマン・Jr、音楽: フランツ・ワックスマン
出演: グロリア・スワンソン、ウィリアム・ホールデン、エリッヒ・フォン・シュトロハイム、ナンシー・オルソン、フレッド・クラーク、バスター・キートン、セシル・B・デミル
過去の栄光が忘れられない勘違い人間というのはどこにでもいる。有名人だけではなくて、ほんとにどこにでもいるものだ。「昔はなぁ…」と言いたがる、「昔取った杵柄」が離せない人間なんてたいていの人がそうに違いない(もちろんわたしも)。
次第に世間から忘れられていき、疎んじられるようになった大スターは、過去の自分に酔いしれ、いつしか心が壊れていく。110分という尺のなかでビリー・ワイルダーはその様子を実に丁寧になんの無駄も冗長さもなく描いた。グロリア・スワンソンの鬼気迫る演技とともに映画ファンの記憶に残る作品といえる。主人公が女優と脚本家なので、映画制作の舞台裏も見られて映画ファンの喜ぶ題材だし、セシル・B・デミル監督が本人役で登場してこれまた興味深い。演技もなかなかうまいではないか。特典映像の解説によれば、デミル監督は法外なギャラを要求したとか。実際のパラマウント映画のスタジオを使ったロケも面白いし、ハリウッドのスタジオシステムが(ごく一部とはいえ)垣間見えることは映画ファンにとっては嬉しい。
売れない脚本家ジョー・ギリスの独白によって展開するサスペンスは悲劇に終わるが、そこにはシニカルな叙情が漂う。まずはプールに死体が浮いている巻頭のシーンの凝っていること。これは実は当初、別のオープニングが用意されていたのだが試写会で観客の失笑を買ったためワイルダー監督がショックを受けて全面的に書き換えたのだとか。死体を水中から捉えたアングルは見ものである。
この映画では元大スターのノーマ・デズモンドが20年も映画界から干されているにもかかわらず豪邸に住み浪費のうちに人生を孤独に送っている絢爛たる描写が観客の目を奪う。既に容色は衰えたにもかかわらず現実を見ることができないノーマは自分の書いた脚本をセシル・B・デミル監督に送りつけて次回作に主演するつもりでいる。その出来損ないの脚本を書き直すために雇われたのが売れない脚本家のジョー・ギリスだった。彼は金に困っているからやむなくノーマの豪邸に住み込むことになるが、いつしかノーマの囲われ者になる。しかしノーマに愛を感じているわけではないジョーはなんとかノーマの手から逃れようとするのだが…
ノーマもジョーも互いを利用する人間であり、そこには一抹の憐憫があるとはいえ、不毛の愛しか存在しない。憐れなノーマはプライドだけはいつまでも高く、ジョーを金の力と自殺未遂で脅迫し束縛する。ノーマのいやらしさをよくぞ演じたり、グロリア・スワンソン。まるで自分の伝記映画のようなこんな悲惨な話によく出演したものだと感心するけど、一世一代の名演・怪演を見せている。
われらがヒーローたるジョーにしたところで情けない男であり、ウィリアム・ホールデンも適役を演じている。
たとえばこの物語を、年齢に相応しい素晴らしい役があることをノーマに気づかせてやるという結末を用意して彼女と観客に救いを与えることもできただろうに、ビリー・ワイルダーはそんな話を書いたりしない。ジョーの悲劇はビリー・ワイルダーの自己像の反映かもしれない。売れない男がやけになっていやいやながらも結局は長いものに巻かれて贅沢な暮らしに甘んじる、その末路を自嘲的に描いたと考えれば、ワイルダーのシニカルな人生観がにじみ出ていると言える。人間の甘さ醜さを実に巧みに描いたエンタメ性溢れる傑作。「アパートの鍵貸します」と甲乙つけがたく好きだなぁ。あ、「昼下がりの情事」も好きです。
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SUNSET BOULEVARD
アメリカ、1950年、上映時間 110分
監督: ビリー・ワイルダー、製作: チャールズ・ブラケット、脚本: ビリー・ワイルダー、チャールズ・ブラケット、D・M・マーシュマン・Jr、音楽: フランツ・ワックスマン
出演: グロリア・スワンソン、ウィリアム・ホールデン、エリッヒ・フォン・シュトロハイム、ナンシー・オルソン、フレッド・クラーク、バスター・キートン、セシル・B・デミル