ピピのシネマな日々:吟遊旅人のつれづれ

歌って踊れる図書館司書の映画三昧の日々を綴ります。たまに読書日記も。2007年3月以前の映画日記はHPに掲載。

オール・ザ・キングスメン

2008年01月12日 | 映画レビュー
 オリジナルに比べて何かと評判の悪い作品だけれど、なかなかどうして、重厚な映像といい、重厚な音楽といい、重厚な社会派作品に相応しい。わたしは最後まで飽きずにしっかり見ることができた。

 評判の悪さはおそらく登場人物の心理が細やかに描けていないことと、人間関係の整理が悪いことだろう。ごちゃごちゃしている割にはそれほど複雑な話でもないし、伏線があるわけでもないから。

 緊迫感に満ちた人々の叫び声で始まるオープニング、何か事件が起きたことを表すその場面からすぐに、州判事を脅しに行こうとする知事とその側近の乗った車が判事邸に向かう場面へと変わり、そして5年前に物語は遡る。やがて物語は進んで最初の車の場面に戻る。この構成はやや難ありだ。いきなりわかりにくいオープニングを持ってきた意味が理解できない。しかも巻頭の場面に戻るのなら二度同じシーンを映す必要もなかった。かえってくどさが目につく。わかりやすさを狙ったのか複雑な構成にしようとしたのかどっちなのかよくわからない詰め込みすぎの脚本に無理があった。

 などとケチを付ける前にストーリーをおさらいしておこう。ウィリー・スタークはルイジアナ州メーソン市の正義感溢れる出納役人だった。彼は市幹部の不正を人々に訴え、街頭で演説していたが、誰も振り向かない。それどころか、職を失う羽目に陥る。だが、そんな彼に注目した若いジャーナリストがいた。この物語はジャーナリストジャック・バーデンの回想によって語られる、正義の政治家が悪徳政治家へと転落していく姿を描いた政治劇だ。

 下層階級出身のウィリー・スタークは「知事に立候補しろ」と政治プロモーターたる州の役人におだて上げられその気になる。ウィリーが訴えた小学校建設をめぐる汚職が人々の耳目を集め、彼が熱弁を奮って貧しい人々のための政策を訴えると、南部の農民たちは耳を傾け、熱烈に彼を支持した。やがて地滑り的大勝利で知事になったウィリーは次々と貧民層のための政策を実行に移す。病院は無料に、道路を建設し、橋を架ける。教科書を無償配布し、授業料を無料に。彼の政策は大石油会社と電力会社を敵に回すこととなる。だが5年後、ウィリー自身が汚辱にまみれた政治家に転落していた。ジャーナリストのジャックは新聞社を辞めてウィリーの側近になっていたが、そんな彼がウィリー・スターク知事から政敵のスキャンダルを探り出す探偵役を仰せつかる…

 ウィリーの演説ぶりはヒトラーを彷彿させるようなエキセントリックなものだ。大げさな身振り手振りを付けてわかりやすい言葉で貧困層に訴えるプロパガンダの方法はまさにヒトラーばり。彼の公約は貧しい者たちにあれを与えるこれもやるこんなものも付けてやるぞ、と約束する利益誘導型だ。決して有権者の倫理や理性に訴えるものではない。資本家の利益を誘導するのか大衆を物で釣るのか、向いている方向は違ってもやっていることは他の候補者と所詮は同じこと。これでは衆愚政治ではないか。

 ウィリーはもともと不正を憎む素朴な人物であったようだが、それでも選挙戦の途中で「知事になりたくてしょうがない」と言い出し、ついに知事になってからは権力に恋々とする。以前は妻のいいつけを守って禁酒していたのに、いつの間にか酒を飲むようになり、女性スキャンダルも後を絶たない。いつのまに彼がそのような人間に堕落したのか、映画はきちんと描いていないため、彼の「転落」がわかりにくい。なぜ5年後、そのように変わってしまったのだろう? 表向き、彼の政策は相変わらず貧しい者たちのため、ということになっているが、その実、その公約は権力にしがみつくためのものとしか思えない。

 もっとわからないのが、狂言回したるジャーナリスト・ジャックの心理だ。上流階級出身の美しく知的なジャックがそもそもなぜウィリーに惹かれたのか。もしウィリーの正義漢ぶりが気に入ったのなら、5年後、ウィリーが政敵たる判事を陥れようとしたときになぜその片棒を担いだのか。判事はジャックにとって父親同然に親しい人物であったというのに。さらに、ジャックの幼馴染みで運命の女性たるアンが登場するのが映画が始まって1時間も経ってから、というのが次の難点。当然にもアンの内面をじっくり描く時間がない。アンは重要人物であるのに「なぜあんなことを?」と疑問に思うような行動をとる、その理由が観客には納得できないだろう。いちおうもっともらしい説明はついているのだが、それで納得するのは難しい。さらにさらに、アンの兄でジャックの幼馴染みである正義感の強いアダム、彼こそがキーマンなのに彼の性格や内面の描き方があまりにもおざなりだった。

 以上のように、登場人物の心理に関してはかなりすっとばしてしまった脚本だったけれど、役者はいずれも大変熱演していて、ショーン・ペンの下品な知事ぶりといい、ジュード・ロウの上品なジャーナリストぶりといい、ケイト・ウィンスレットの上流階級のお嬢様然としたところといい、まったく適役だ。上流階級側の役者にイギリス人を配したのは偶然ではないだろう。

 この映画の主眼が、人物の心理を描くことよりも、衆愚政治のいきつく先を描くことにあったのだとしたら、それはある程度成功したと言えるだろう。だが、ウィリーの公約をもっと細かく分析しないと実際にはこの構造は見えてこない。黒人に事実上公民権がなかった時代に彼らのための政策を訴えても票にならないのだ。そんな彼の演説に黒人達が何人も聴衆として混じっていたのは何を示すのだろう? ウィリーのリベラルな面を強調するためなのか、先見の明があるといいたいのか、それもよくわからなかった。


 この映画は製作者の意図としては単純な善悪を描くのではなく清濁併せ呑む政治家について描きたかったようだ。だからこそショーン・ペンは最初からいかがわしさを漂わせて登場したし、「悪から善が生まれることもある」という台詞を毒々しく吐いたりしたのだ。しかし、残念ながら製作者の意図とその結果(作品の出来)とは一致していない。9.11以後の作品には善悪を単純に割り切るようなものを描くことはもはや不可能なのだ。そのような時代ではなくなった。(レンタルDVD)


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ALL THE KING'S MEN
アメリカ、2006年、上映時間 128分
監督・脚本: スティーヴン・ザイリアン、製作総指揮: アンドレアス・グロッシュほか、原作: ロバート・ペン・ウォーレン、音楽: ジェームズ・ホーナー
出演: ショーン・ペン、ジュード・ロウ、アンソニー・ホプキンス、ケイト・ウィンスレット、マーク・ラファロ、パトリシア・クラークソン、ジェームズ・ガンドルフィーニ

恋におちて

2008年01月12日 | 映画レビュー
 恋愛映画はこうでなくちゃ!というようなうまい作りの展開。定石通りの切なさやほろ苦さが期待通りの配置で漂ってくる。いったいこのW不倫の二人はどうなるのだろう? ハッピーエンドというのは要するに二つの家庭が壊れることを意味するのであり、そんなことを望むのが「正しい」のだろうか? などとあれやこれや思いつつ、やっぱりこういう結末でくるか、ハリウッドは! と納得したのかしないのかよくわからないラストシーンに「うーん」。

 名優二人の演技は盤石で、何もケチをつけるところはない。演出は実にかっちりとしており奇をてらわない。脚本はおしゃれな科白や心憎いすれ違いを描いてこちらのツボにハマるうまさがある。二人の出会いが書店というのも知的で上品な感じがしていい。

 しかしねぇ。今ではもうこういう恋愛の機微はほとんど失われてしまったのではないだろうか。この映画では携帯電話がないから連絡不行き届きのすれ違いが起きるし、電子メールもできないから簡単に心を通じ合わせることもできない。そのかわり切なさや苛立ちが募って相手に対する思慕はいっそう強くなる。今の時代はネットやメールで簡単に意思疎通できてしまうように思うけれど、かえってそれがアダになることもある。ネットの上の軽いおしゃべりが誤解を生んだり疑心暗鬼を生んだり、いっぽうで顔を見ないメールのやりとりで些細な言葉に傷ついたり傷つけたり…

 20年前の恋愛は、やっぱり20年前の恋愛だ。今に通じる切なさや厳しさもあるけれど、やはりちょっと違う、と思ってしまう。禁欲的な不倫物語だけにいっそう切なさが募って主人公たちに同情的になるけれど、別の世界の出来事に見える。

 今の時代の恋人達はもっと辛いかもしれない。もっと互いを苦しめ合っているかもしれない。すぐにメールのやりとりができるかわりに、「メールを送らない」「なにも書かない」という沈黙によって相手を傷つけたり威圧することもできる。たとえそれがどちらがどちらを傷つけたにせよ、結果的にはお互いが傷つく。コミュニケーションのスピードが速いだけに、衝撃も大きいかもしれない。どうなんだろうか…(レンタルDVD)

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FALLING IN LOVE
アメリカ、1984年、上映時間 106分
監督: ウール・グロスバード、製作: マーヴィン・ワース、脚本: マイケル・クリストファー、音楽: デイヴ・グルーシン
出演: ロバート・デ・ニーロ、メリル・ストリープ、ハーヴェイ・カイテル、ダイアン・ウィースト、ジェーン・カツマレク

図鑑に載ってない虫

2008年01月12日 | 映画レビュー
「死にモドキ」という一時的に死んでまた生き返ることのできる薬を求めて彷徨う奇妙な人々の冒険談。「死にモドキ」が薬ではなく虫だということが判明し、やがてそれを捕まえるまでの、ここには到底書けないほどのあほくさい出来事を積み重ねていくロードムービー(?)。

 ほとんどなんの意味もない一発ギャグのコラージュで進む物語はもちろんストーリーになんの整合性もなく(あ、いちおうあるかな)、その場限りのギャグに笑えるかどうかで最後まで鑑賞に耐えられるかどうかが決まる。「亀は意外と速く泳ぐ」があれほど面白かったというのに、これはいったいなんじゃらほい? あまりのばかばかしさによっぽど見るのをやめようかと思ったけど、最後まで見てしまったよ、あほくさ~。やっぱりわたしは松尾スズキが出てくる映画はダメだわ。ま、いくつか笑えるネタはありましたが…。(レンタルDVD)

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日本、2006年、上映時間 103分
監督・脚本: 三木聡、プロデューサー: 原田典久ほか、音楽: 坂口修
出演: 伊勢谷友介、松尾スズキ、菊地凛子、岩松了、ふせえり、水野美紀、松重豊