日々の恐怖 4月19日 左手
3ヶ月ほど前の出来事です。
新宿の某百貨店の地下道を通って某大型書店へ通じる地下道があるのだが、その道を歩いていたときのことです。
通路に入って暫く歩いていると、床と壁の間くらいのところに人間の手が見えた。
なんと説明したらいいのか、壁から手首から先が生えているとでも表現したらいいのか、置いてあるという風には見えなかった。
ただ壁のかなり下の方に手がだらんと垂れ下がっている感じだった。
俺は、
“ 作り物にしても、きもちわり~なァ、誰の悪戯だよ・・・。”
と思いながらそのままスルーして通り過ぎた。
特にその日はそれだけで何もなかった。
そんなことも完全に忘れて1週間ほど経った頃、俺はまたその地下道を通って某書店へ行くことになった。
地下道は場所が少し辺鄙なところにあるため、普段あまり人通りはないのだが、その日は 俺の前方に20代半ばくらいの女の人が先を歩いていた。
地下道の書店側出口は地上へ出るエレベーターになっており、女の人が俺に気付かず乗ってしまうとエレベーターが戻ってくるまで待たないといけないので、少し早足に歩き始め女の人に近付いたとき、ふと後姿に気が付いた。
その女の人は長袖で、右手は手首から先が見えるのだけれど、左の袖からは左手が見えない。
俺はその瞬間先日のことを思い出したが、書店に急いでいたこともあり気にしないようにして、そのまま女の人と一緒にエレベーターに乗り込んだ。
俺が一階のボタンを押したのだが、その女の人はボタンを押す気配が無い。
“ まあ俺と同じく一階で降りるんだろう。”
そう思っているうちにエレベーターが動き出した。
俺はボタンの方を向いたまま、一階に到着するのを待ったのだが何かおかしい。
普通なら一階までは30秒程度で到着する。
しかし、エレベーターが動いている気配はあるのに、いつまで経っても一階に着かない。
“ おかしいなぁ・・・。”
と思いながら、何となく天井辺りを眺めていると、俺の斜め後ろにいた女の人が急にボソボソと何かを呟き始めた。
最初はよく聞き取れなかったので、俺は、
“ 気もちわりぃなぁ・・・。”
くらいにしか思ってなかったのだが、女の人の呟き声が段々と大きくなってきて、はっきりと聞き取れるようになったとき、俺は背筋が寒くなった。
女の人はずっと俺の後ろで、
「 どうして左手が無いか知りたい?」
と繰り返し呟いていた。
俺は必死で気付かないふりをしていたのだが、なぜか未だにエレベーターは一階に到着 しない。
明らかに異常な状況で俺は全身に嫌な汗をかきはじめ、必死で気付かない振りをしながら、
“ 早く一階についてくれ!。”
と心の中で思った。
しかし、エレベーターは動き続ける。
焦った俺は、
「 えっと、一階なんだけど・・・。」
と、訳も無くブツブツ言いながら、一階のボタンを何度も押し始めた。
すると、今度は女の人が俺の後ろでクスクスと笑い始めた。
俺はもう完全に耐え切れなくなり、
「 何なんだよ!」
と大声で言いながら後ろを振り向いた。
「 いない・・・・。」
女の人は消え、エレベーターの箱の中は俺一人だった。
あれから3ヶ月、特に俺におかしなことは起きていない。
ただ、あれ以来あの地下道は通っていないし、二度と通ろうとは思わない。
そもそもあの女の人が人だったのか、それともそれ以外の何かだったのかすらわからない。
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