日刊イオ

月刊イオがおくる日刊編集後記

クラフトビールが美味しい

2017-03-08 11:11:56 | (麗)のブログ
最近、クラフトビールをよく飲んでいる。

コンビニのローソンでは、クラフトビールが充実していて、
飲んだことのない商品があるとつい手が伸びてしまう。
何度かビールの祭典やクラフトビール専門店などに行ったことがあるが、
ビール好きの人間にとってはたまらない空間だし、トキメキが止まらない。
そろそろ落ち着いた大人な店に行きたいなと思ってはいるが、まだまだ開拓不足…。

ビールばかり飲んでいるなか、平壌で飲んだ大同江ビールは最高に美味しかったな…と、
日本のビールを飲みながら、忘れられないあの味に想いを馳せることも。
またあの味を堪能したいと思ってはいるものの、それはいつになるのやら…。

そんなことを思いながら、日本や海外のビール美味しいな~と舌鼓をうつ。
ビール腹にならないように気をつけながら、日々新たなクラフトビールを求めている。(麗)

お葬式あれこれ

2017-03-07 10:00:00 | (理)のブログ
「いちばん悲しいはずの人が、いちばん忙しいお葬式は悲しい。」

 これは、愛媛県松山市を拠点とする村田葬儀社が創業90周年を迎えたことを機に出した広告のコピーだ。数年前、ウェハラボジ(母方の祖父)が亡くなった後にたまたまSNSかなにかで目にした時、お葬式でのオモニの姿と重なった。葬儀屋さんとのやり取り、お金の管理、お通夜の日に出す料理やお酒の準備、その他にもたくさんの気と労力を遣って、実際にその期間は悲しむ間もなかったと思う。


 私が高2か高3の時、コモブ(従姉兄の父)が急病で亡くなった。私と弟は、北海道初中高がある札幌から急きょバスで実家に帰り、そこからまた家族みんなで仙台に向かった。
 学校でさんざん泣いたあと、バスに揺られながら「本当に急だな」と感じた。どこにいても、すぐにみんなが駆けつける。そしてふと、「お葬式割」みたいなものがあればいいのに、と思った。飛行機の「旅割」や「直前割」みたいな感じで、お葬式に参加するために予約もなにもしないまま急いでやってきた人のために、それを考慮して交通費を少し割り引いてくれるような制度。今これを書きながらもなんか変なことを考えていたなと思うのだが、このことを妙に覚えていて、お葬式の度になんとなく思い出す。

 他にも妙に忘れられない話がある。これもコモブのお葬式でのことだったか。お通夜のあと、親戚みんなで夜ご飯を食べている時。普段あまり会うことのない親戚の話を聞いた。
 「私のコモがね、むかし焼肉屋をやってたんだけど、ある時バイトの子と言い争いになったんだって。給料を上げるとか上げないとかで。そしたらバイトの子がなにを考えたか、近くにあった包丁を手に取っちゃったらしいのよ。それでコモも包丁を持ったんだけど、自分は逆手持ちにしたんだって」「…ん? 逆手持ち?」「うん。そのまま持つんじゃなくて、こう包丁をひっくり返して持つの。その方が力が入りやすいし、事件を起こしたら刑が重くなるんだって」「え! そうなんだ」「バイトの子もそれを見て、コモの覚悟というか本気さを感じたんじゃない? 『…すみません』と言って包丁を置いて帰っていったんだって」―。
 なぜだかわからないが、この話がとても印象に残っている。高校生ながらに、その話から「人生の深さ」のようなものを感じた。

 お通夜が終わったあと、みんなで夜ご飯を食べている時間はとても不思議な空間だ。その日の悲しみは一旦落ち着いて、笑い話や世間話が飛び交う。普段感じられない雰囲気の中で聞いたことや考えたことだから頭に残っているのだろうか。もちろん、家族と親族、知人などで気持ちはまた変わってくるだろうけども。

 そういえば、「お葬式」というタイトルの映画もあって、あれは喜劇だった。最近たまたま読んだ『婚礼、葬礼、その他』という小説でも、お葬式の場面にはある種の可笑しさがあった。お葬式は、一番「人間」が表れる部分なのかもしれない。その表れ方というのも、むき出しなのかもしれない。だから通常はしない話が飛び出たり、ある人の意外な一面を目にしたりするのかもしれない。

 昨日(愛)さんも書いていたが、月刊イオでは「エンディング」特集の準備を始めている。葬儀の仕方やお墓事情など参考になる情報を載せつつも、お葬式の場での人間模様やそこでの経験、感じたことなど一人ひとりのエピソードも聞いてみたい。(理)

エンディング

2017-03-06 09:00:00 | (愛)のブログ
個人的にお世話になった方が逝去された。
お見舞いの手紙を送ったのがつい1週間前だった。
悔しくて、残念で堪らない。
でもきっと一番は本人が悔しいのだと思う。
色々計画中だとも聞いていたので。

生ある限り、いつか訪れる最期。
生きている時間は本当に大切で、奇跡なのだと思う。
だから、悔いのないよう、一瞬1日を過ごさなくてはいけないのだとも思う。

その方とは悔いが残ってしまったが、それでも出逢えたことに感謝している。



ここ最近、色々と重なり、エンディングについて考えさせられることが多い。
それだけ歳をとったということなのか。

イオの企画でもエンディングについて準備中だ。
葬儀のことだけじゃなく、お墓等の問題についても扱う予定。
たくさんの取材や記事を通して、また色々考えたいと思う。(愛)

明日は朝鮮高校の卒業式/神奈川の高3、補助金支給再開を訴える

2017-03-04 09:20:41 | (瑛)のブログ



 
 神奈川県の黒岩祐治知事が、神奈川朝鮮学園に対する2016年度の保護者補助金の支給を留保し、17年度予算案の計上を見送ると発表した問題で、卒業式を3日後に控えた3月2日、神奈川朝鮮中高級学校3年生全員が県庁私学振興課を訪れ、補助金支給を求めた。

 高3の生徒5人と教員2人が私学振興課の職員3人と35分ほど面談。他の生徒たちは県庁前でプラカードを持ちながら道行く人たちにアピールした。

面談の席上、高3の崔さんは「これはお金の問題ではなく、在日朝鮮人に対する人権侵害です。県知事は県民の理解が得られないと話されますが、私たちが文科省前で就学支援金の支給を求めるとき、一緒に声をあげてくれる日本市民もいます。かれらも県民です。県知事はあたかもすべての県民が朝鮮学校を理解できないから補助金を出せないと言い、新聞記者の多くも朝鮮学校を否定する知事の考えにのっかり、朝鮮学校側に原因があるかのような質問を繰り返し、記事を書いています。県がうたう多文化共生について疑問に思っています」と訴えた。

 明日は神奈川朝鮮高級学校の卒業式。崔さんは大学に進学し、法律を学ぶことにした。「朝鮮学校をはじめ世界で蹂躙されているマイノリティの教育権について学び、その第一人者になりたい」と話す。

 生徒たちの訴えを傍で聞いていた同校の呉亨世教員(34)は、「知事が補助金を出さないと決めたので、県庁の職員もその決定を変えられない」という立場を感じ取ったという。

 高3担任の康泰成さんは、寒さのなか、プラカードを掲げて補助金支給を訴える子どもたちを見ながらこう話していた。

「元来、子どもたちを表に立たせたらダメだと思います。大人としてのふがいなさを感じています。無償化差別が始まる前にもっとできることがあったのではないか…」。教員としての苦悩がにじんだ言葉だった。



 黒岩県知事は2011年、朝鮮高校の歴史教科書「現代朝鮮歴史」から拉致問題の記述がなくなったことを問題視し、以来学園に対し、「適正な記述」を求めてきた。

県は14年3月、学校への補助金を保護者の経済的負担を減らす補助金制度に切り替えたものの、朝鮮学園に対しては教科書内容の「改訂」を補助金支給の「前提」とした。

 教育内容に介入するという、監督庁としての「権限外」の圧力を加えながら、昨年11月には「16年中の改訂が困難になった」と、16年度分の約5300万円の補助金交付を留保。2月8日には17年度の予算案への計上を見送ると発表した。

 これを受け、神奈川朝鮮学園と保護者たちは2月10日、県庁で記者会見を開き、補助金の支給再開を求めた。

 金鐘元理事長は談話を読み上げ、「教科書の改訂を『前提』として朝鮮学校の保護者に対してのみ、学費補助を『留保・停止』するとした黒岩知事の発表は、県の学費補助金制度の趣旨や日本国憲法、私学教育法、国連の子どもの権利条約、人種差別撤廃条約に著しく反するものであり、何の罪もない朝鮮学校の児童・生徒の学ぶ権利を踏みにじる民族差別そのもの。露骨な差別と排除は、将来に洗い流すことのできない心の傷を残し、怒りと悲しみを植え付けるだけだ」と訴えた。


 この1年間、生徒たちは月1回の文科省要請も欠かさず行ってきた。

 「後輩たちに悔しい思いをさせたくない―」。この思いを胸に行動でもって差別撤廃の意思を示した卒業生たち。

かれらが進む先に大きな道が開かれることを願っています。卒業、チュッカハムニダ!(瑛)

命がけの満員電車

2017-03-03 10:00:00 | (S)のブログ
国土交通省が発表している「東京圏における主要区間の混雑率」(2015年度)で混雑率1位(199%)にランクインしている地下鉄東西線の木場-門前仲町区間。
この区間を見事にまたいで通勤している。

殺人的混雑とよく言うがまさにその通り。乗車時間は長くないが、その数分は戦場だ。

満員電車のひどさはなかなか言葉では表しきれないが、とにかく命がけ。
あまりの混雑に体調を崩しホームでうずくまっている人や、救急搬送される人も見かけるが、その度に「人ごとではない」と覚悟を決めて乗車する。
雨の影響などで混雑が増した日は、次の駅まで自分は生きていられるのか!?と思うくらいの圧迫に苦しめられる。

自分の場合、物をなくすこともよくある。
混雑で前の電車に接近し急停車することが多いが、身動きがとれない状態からいきなり電車が止まった反動で手に持ってい物を手放してしまうことがある。傘が手から離れ、そのまま人ごみに消えていってしまうということを何度か経験した。
また最近では、おにぎりを買ったビニール袋をカバンにしまわないまま乗車してしまい、いつの間にか手から離れてさようなら…。
下車後に気付き、かなりショックだった。

電車を降りるときも一苦労だ。
「前の人を押さずに順にお降りください」というアナウンスなど誰の耳にも入っていないだろうと思うくらい、降りるときに大混乱が起きることがある。
ひどかった時は、人の流れに勝てず後ろ向きなってしまい、足が絡まりホームに背中から投げ出されてしまった。
降りてくる大量の人にそのまま踏まれてしまいそうでゾッとした瞬間、ホームで電車を待っていた人が私の両脇をグッと引き上げて立たせてくれたかと思うと、落ちているカバンをすっと持たせてそのまま電車に乗っていった。
惨めさ70%、ありがたさ30%くらいで、涙が出そうになった(笑)。

電車に乗り切れず数本電車を見送り、ようやく乗ったはいいものの、途中駅で降りる人を通すためにホームに降り、まさかの乗ってきた電車に乗り切れず…。
そんな日は、朝からイライラマックスになる。
苛立ちを思いっきり顔に出したあと、声を枯らしながら働いているホーム整理員さんや駅員さんがふと目に入り、少し反省したりもする。
それでも、満員の中を抜け出しては毎日のように大きなため息をついてしまう。

他の地域から上京した人は東京の満員電車にうんざりすると聞くが、東京生まれ東京育ちの私も、満員電車がきっかけで東京がいやになって久しい。
やはり避けるには乗車時間を変えるしかないと思うが、少し早めたからといってあまり変わらない。
朝が弱い私にとってはかなりハードルが高いが、思い切って朝活をはじめようか…。
毎回そんなことを考えている。(S)

茨城県知事に宛てた田中宏名誉教授の手紙

2017-03-02 10:00:00 | (瑛)のブログ




「朝鮮学校の補助金凍結は差別です」「埼玉弁護士会の警告に従って」―。

2010年度から埼玉朝鮮学園への補助金を止めている埼玉県に対し、2月20日、同胞保護者、「外国人学校・民族学校の制度的保障を実現するネットワーク埼玉」をはじめとする日本市民約70人が埼玉県庁前(さいたま市浦和区)で支給再開を求めアピールを行った。

埼玉県は、1982年から支給されていた埼玉朝鮮初中級学校への補助金を10年度から3年間凍結。13年度以降は予算にすら計上していない。

不支給となった補助金は累計で6000万円を超える。この権利侵害に対し、15年11月25日、埼玉弁護士会は、「拉致問題」を理由とする補助金の凍結は、「積極的に差別を助長しかねない極めて重大な人権侵害」と指摘し、最も厳しい「警告」の決定書を県知事宛に提出した。しかし度重なる要望にも県知事の対応に変化はなく、学園の面談要請にも一切応えていない。




同胞と日本市民は、職員のお昼時間にあたる正午から13時にかけて県庁正門、東門など3ヵ所でチラシを配り、横断幕を掲げ、時に「翼をください」を歌いながら、「公職につく県が差別をし、差別を助長していることを知って」と職員たちに訴えた。


13時からは民進党、共産党の各派を回り、協力を呼びかけた。応対した3人の県議は、「銭湯で外国人登録証明書を所持していなかったと警察に連行されたコリアンがいた」「北海道の祖母が強制労働させられたコリアンをかばったことがある」などと少年期に見聞きした実体験を語りながら、「知事と改めて深い話をしたい」と保護者の要望に応えていた。



その後は、学事課に対して約1時間にかけて要望を行った。「ネットワーク埼玉」共同代表の斉藤紀代美さんが補助金支給再開を求める県知事宛ての要請書を提出したあと、高石典校長や保護者たちが補助金が7年もの間、支給されなかったことが、学校運営や子どもの心に影を落としている深刻な現実を切々と伝えた。


埼玉初中アボジ会は過去5年間、月1回の要望を続けてきた。会長の趙成浩さん(45)は、「7年間、心が折れそうになったこともあったが、私たちは人生をかけて子どもたちのために闘っている。県側のきちんとした回答が欲しい」と語った。

また、金子彰・埼玉教職員組合委員長(59)は、「埼玉県がやっていることは国際人として恥ずべきこと。あなた方がやっていることは明らかな差別だ。これ以上子どもを犠牲にしないでほしい。知事の決済と判断で補助金は切れられたので、知事の考えを改めてほしいと何度も来ている。子どもに関わることを最優先に対応するのがあなた方の仕事のはずだ」と怒りをぶつけながら再開を強く要望した。正午から始まった要請は約4時間に及んだ。




今日2日は県知事が補助金の留保を決めた神奈川県庁に対し、神奈川朝鮮高級学校の高3生徒が支給再開を求め、要望に訪れる予定だ。

他にも、三重県、茨城県などで補助金停止、留保が続いている。

2010年春に日本政府が朝鮮高校だけを就学支援金の対象から外し、さらに昨2016年3月29日には馳浩・文部科学大臣が、補助金を支給している都道府県に対し、補助金自粛を求める「通知」なるものを出した。政府がお墨付きを与えたことで、自治体の姿勢が後退している。

この問題に取り組む田中宏・一橋大学名誉教授は、補助金支給再開を求め、2月24日に茨城県知事宛てにに手紙を出した。ご本人からいただいたものをこのブログでも紹介したい。(瑛)

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茨城県知事 橋本昌様

 連日のご公務、ご苦労様です。(略)

 去る2月21日の新聞報道により、「知事は、20日の定例会見で、茨城朝鮮初中高級学校(水戸市)に支給してきた運営補助金を、2017年度当初予算に計上しないと明らかにした」ことを知り、驚いて筆を執りました。

1.慰霊塔と朝鮮学校は、未来への”双子の財産”

 かつて朝鮮は日本の植民地とされ、朝鮮人は、「帝国臣民」として日本への渡航を余儀なくされ、戦争末期には徴用により、労働現場で苦役を強いられ、生命を奪われたものも少なくありません。茨城県の日立鉱山や常盤南部炭田などに、多くの朝鮮人が投入されました。

 私も訪ねたことがありますが、日立平和台霊園にある「茨城県朝鮮人慰霊塔」はその一つの証しです(近くに中国人の碑も)。また、同・本山寺にも「朝鮮人慰霊碑」があるそうです(「中国人慰霊碑」も)。こうした歴史を踏まえつつ、どのように未来を切り拓くかが、茨城県にとって、そして日本にとっても、大切なことではないでしょうか。

 終戦時、200万を超える朝鮮人が日本にいたとされますが、帰っても住む家も、耕す田畑もない人など約60万人が、日本に残ることになったようです。在日朝鮮人が、いち早く取り組んだのは、朝鮮語も知らない子どもたちに民族の言葉、歴史、文化を教えるべく、自力で「寺小屋」のようなものを作ったことです。茨城県でも、関本、谷田部、下館、土浦、北条などに作られ、それらが今日の朝鮮学校に引き継がれたのです。

 平和台霊園にある「慰霊塔」と水戸市にある「茨城朝鮮初中高級学校」は、未来への”双子の遺産”と言うことができるのではないでしょうか。

2.県の監査報告とも矛盾、許されない”他事考慮”に当たる

 県の「准学校法人立外国人学校運営費補助金」の「目的」には、「日本の学校教育に類する教育を行っている茨城朝鮮初中高級学校の教育条件の維持及び向上並びに在学する児童生徒に係わる修学上の経済的負担の軽減を図る」とあります。そして、平成27(2015)年度の県監査委員による『行政監査報告書』でも、同補助金について、監査の結果「措置を求める事項なし」との判定が下されています。因みに、そこには「開始年度:昭56(1981)、終了年度:未定」と記されており、補助金は永続的なものと見なされています。

 外国人の子どもが日本の公立小・中学校日本の公立小・中学校に就学を希望すれば、日本人同様に受け入れ、授業料も徴収せず、教科書も無償で配布されます。私立学校に就学すれば、計算上その分だけ公的負担が削減され、それが補助金交付の根拠となります。

 今次報道によると、「(北朝鮮が)弾道ミサイルを発射するなど日本の安全を脅かす行為が続いている…」がその理由とされています。もしそうだとすれば、県が自ら決めた補助金交付の目的とは全く関係のない政治外交問題を持ち込む、文字通りの”他事考慮”に該当し、行政が厳に慎まねばならないことではないでしょうか。

3.拉致問題など政治外交問題と、教育の混同は許されない

 北朝鮮との関係では、2002年9月、小泉純一郎首相が訪朝し、金正日総書記との間で「日朝平壌宣言」が調印されました。しかし、「宣言」が持つ本来の意義は、いつしか脇に押しやられ、専ら「拉致問題」に収斂するかのような現象が生まれ、「北朝鮮バッシング」が吹き荒れることになります。

 あまりの事態に、法務省人権擁護局でさえ、「日朝首脳会談で拉致事件問題が伝えられたことなどを契機として、朝鮮学校や在日朝鮮人などへのいやがらせ、脅迫、暴行などの事案の発生が報じられていますが、これは人権擁護上見過ごせない行為です」との「人権啓発チラシ」を撒かざるを得なかったのです。

 拉致被害者の横田めぐみさんのご両親も、「拉致問題があるから朝鮮学校を無償化から外すとか、補助金の対象から外すというのは、それは筋違い」と発言されています(『週刊金曜日』2012年6月15日)。

 拉致被害者の兄・蓮池透さんも、「高校無償化政策から朝鮮学校を除外したり、…これは拉致問題とは関係ない”八つ当たり”です」と発言しています(『週刊朝日』2013年3月22日)。

 「朝鮮人、ひとり残らず日本から叩き出せ!」「朝鮮学校、スパイ養成所!」などのヘイトスピーチが吹き荒れるなか、朝鮮学校に学ぶ幼い子どもたちの発する素朴な疑問、「朝鮮人って悪いことなん」、「朝鮮学校で勉強しちゃいけないの」に、私たちはどう答えてやればいいのでしょう。知事は、どうお応えになりますか。(略)

4.国連勧告に反して、補助金の「維持」ではなく、「廃止」?

 第二次大戦後に発足した国際連合は、1948年12月、「世界人権宣言」を採択し、その理念を実現するべく、数々の人権条約を制定してきました。その第一号となったのは1965年12月採択の人種差別撤廃条約で、その前文には「国際連合が植民地主義並びにこれに伴う隔離及び差別のあらゆる慣行を非難してきたこと…を考慮し」とあります。国連は在日朝鮮人差別もその一つである植民地主義に伴う問題をどう克服するかが、戦後の最初の大きな共通課題であると認識したのです。

 日本が人種差別撤廃条約を批准するのは遠く、採択から30年も経つ1996年1月にようやく発効。しかし、それを担保するための人種差別禁止法の制定を国連からたびたび求められながらも放置してきました。

 そして、2009年12月、「在日特権を許さない市民の会(在特会)」と称する者たちが、京都朝鮮学校を襲撃するという卑劣な事件を起こしたのです(幸い、刑事では有罪判決が下され、民事でも高額賠償を命じ、差別街宣を禁止)。

 国連人権機関では、かつての女生徒の制服・チマチョゴリ切り裂き事件(今は通学時の着用は取り止め)などから、日本にある朝鮮学校に強い関心を持ち続けています。人種差別撤廃委員会は、2014年9月、日本政府報告の審査後「最終見解」で、「(パラグラフ19)委員会は、締約国〔日本〕に対し、その立場を修正し、朝鮮学校に対して高等学校等就学支援金制度による利益が適切に享受されることを認め、地方自治体に朝鮮学校に対する補助金の提供の再開あるいは維持を要請すること」(外務省訳)とあります。

 日本政府は、国連でも「朝鮮学校は朝鮮総連と密接な関係にあり、朝鮮総連は北朝鮮と密接な関係にあり…」と釈明しましたが、通用しなかったのです。国連は、朝鮮学校の問題を、「教育を受ける権利」あるいは「朝鮮人差別」の問題と見ているのです。国連は、一方で北朝鮮に制裁などを科していますが、日本の朝鮮学校差別と制裁とを、はっきりと峻別しているのです。

 前述の最終見解には、さらに「(パラグラフ33)次回の定期報告において、それらを実施するためにとられた具体的施策に関する詳細な情報を提供すること」とあります。茨城県が国連勧告に反して、補助金の「維持」どころか「廃止」したことを、次回の定期報告が盛り込むことになるのでしょう。茨城県の名誉のためにも、そして、日本の名誉のためにも、再考を切に要望いたします。

 私の願いは、朝鮮学校の子どもたちに笑顔を、の一語につきます。何とぞ真意お汲み取り頂き、朗報をお待ちします。

                                     2017年2月24日 田中宏

冬季アジア大会の心温まるエピソード

2017-03-01 09:53:43 | (相)のブログ
 2月19日から札幌、帯広の両市で行われていた第8回冬季アジア大会が26日、閉幕した。同大会には朝鮮民主主義人民共和国の選手団も参加。ショートトラックとフィギュアスケートペア競技に7人の選手たちが出場した。
 結果は、フィギュア・ペアのリョム・デオク、キム・ジュシク組が合計177.40点の自己ベストをマークし総合3位で銅メダルを獲得した。
 この銅メダルで朝鮮は国別メダルランキングの5位に入った。日本、韓国、中国、カザフスタンの4ヵ国がほとんどのメダルをさらっていったが、この4ヵ国の選手以外で唯一メダルを獲得したのが朝鮮のフィギュアスケートペアだった。
 現地で取材や観戦することなく、もっぱらインターネット上の各メディアの報道を通じて大会に接したのだが、銅メダルを獲得した朝鮮のフィギュア男女ペアに贈られた客席からの拍手喝采、朝鮮選手団に同行した日本人大学生ボランティアスタッフとの交流エピソードなどスポーツの素晴らしさをあらためて実感した次第だ。
(たとえば、『朝鮮新報』の特設ページhttp://chosonsinbo.com/jp/2017/02/se_sapporo2017/やThe Answerのコラム https://the-ans.jp/column/2848/ など)
 競技に懸命に取り組む選手たちと、彼・彼女らの素晴らしいパフォーマンスを称える観客たち。そこに国籍は関係ない。ハートウォーミングなエピソードの数々が一服の清涼剤のように胸にしみた。(相)