浪漫飛行への誘(いざな)い

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その後の一番切符

2018年04月18日 20時16分23秒 | マニア

その後、家の周辺や空港関連で新しい駅ができるたびに、夢よもう一度ということで、眠っていた病が再発していった。1998年11月18日の京浜急行の「羽田空港駅」、2001年3月31日のりんかい線の「天王洲アイル駅」、2002年12月1日の同線の「品川シーサイド駅」、2004年12月1日の東京モノレールの「羽田空港第2ビル駅」、2010年10月21日の「羽田空港国際線ビル駅」のいずれにおいても徹夜して、無事、一番切符を入手した。

何回も徹夜しているといつも一緒になるマニアに出会ったり、仲間うちで連絡を取りながら買い占めているよからぬ連中も見かけた。いつもは一人で徹夜するが、京浜急行の「羽田空港駅」の時は、義理の兄が付き合ってくれ、一番切符を2枚手に入れた。

東京モノレールの「国際線ビル駅」の時は、京浜急行の「羽田空港国際線ターミナル駅」も同時にオープンしたので、両方の一場切符を手に入れた人は誰もいなかった。モノレールについては無事一番切符を手に入れたが、京浜急行の方は、五番切符しか残っていなかった。当時、周辺にトイレがなかったので、苦しい思いをしたものである。寒空の夜中に徹夜をするのは年寄りにはかなりきつかったが、今となっては懐かしい思い出となっている。ターミナルがオープンされると中でテレビカメラが回っていたので、テレビに映る羽目となったが、マスクで顔を隠していたので、まずは気づかれなかったと思われる。

あれからもう8年、今となっては徹夜する元気はあまりないので、新しい駅ができないことを祈っている。


羽田空港駅の一番切符: 


コメント
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