今は阿保親王と在原業平を祀る在原神社になっています 撮影日;2006.12.20
元は、東の平尾山に光明皇后が開いた「補陀落山観音院本光明寺」
(本尊は聖武天皇御縁仏の十一面観音)
阿保親王(業平の父)が、承和2年(835)に現在地に移し「本光明山補陀落院在原寺」と称した
★所在地;天理市櫟本町3916
★交通;近鉄櫟本駅より徒歩8分
★駐車場;有りません
★入場料;見学自由
★問合せ;
旧上街道沿いの、静かな住宅地に有ります
明治維新ごろまで本堂、庫裡、楼門などがあり
昔は、在原千軒と称せられたほど人家が建ち並んでいたそうです
本堂は明治初年に大和郡山市若槻の西融寺に移されました
中将在原業平は有名な歌人の一人であり、絶世の美男子だったといわれます
伊勢物語の「筒井筒ゐづつにかけしまろがたけ過ぎにけらしな妹見ざるまに」歌碑や
謡曲の「井筒」にちなんだ筒井筒があります
参考;在原業平の歌
元は、東の平尾山に光明皇后が開いた「補陀落山観音院本光明寺」
(本尊は聖武天皇御縁仏の十一面観音)
阿保親王(業平の父)が、承和2年(835)に現在地に移し「本光明山補陀落院在原寺」と称した
★所在地;天理市櫟本町3916
★交通;近鉄櫟本駅より徒歩8分
★駐車場;有りません
★入場料;見学自由
★問合せ;
旧上街道沿いの、静かな住宅地に有ります
明治維新ごろまで本堂、庫裡、楼門などがあり
昔は、在原千軒と称せられたほど人家が建ち並んでいたそうです
本堂は明治初年に大和郡山市若槻の西融寺に移されました
中将在原業平は有名な歌人の一人であり、絶世の美男子だったといわれます
伊勢物語の「筒井筒ゐづつにかけしまろがたけ過ぎにけらしな妹見ざるまに」歌碑や
謡曲の「井筒」にちなんだ筒井筒があります
参考;在原業平の歌