~ いるかしあわせ宅配便 ~

ばあちゃんのひとりごと

子育てに神をみる!

2011-09-29 23:24:49 | いるかこもれび助産院
皆さん本当に一生懸命に生きておれるようですね。
慈愛を持って子どもを育て上げることは、どんな事業よりも素晴らしい社会貢献だと思います。
だって次世代を担う人つくりですからね。
皆さんが人つくりである子育てを外註される(他者に子育てを任せる行為)のはもったいないことだと思います。


もちろん子育ては「群れて育てる」ことが善いと感じている私です。
保育園にあずけることがいけないとは思いませんが、
あずける思い、動機です。
ご両親の心根でしょうね。
深い心の内は児は感じるものです。
小さな子ほど、計らいがないぶん感受性が鋭く、母達の心根を感じ取ります。
児に対して、あずけるて働く自らの思いに嘘はいけません。
母や父が気付かないうちに児の心を傷つけます・・・。
本当の心を明らかにして子育てをされるといいと思います。
ということは、自宅で子育てをしているお母さんも同じことがいえます。
真実は、一つしかありません。


私はヨーガをベースに生きています。
「ヨーガにはバクティ・ヨーガというヨーガあります。愛のヨーガと言います」
愛というのは私たちに備わっている根本的な性質の一つです。
エゴを主体とした愛は、奴隷的な愛になりますが、
エゴを無くした無心な愛は普遍的な真実の愛に近づきます・・・神を感じるようになります。
同じ愛でも自我を愛する愛と他者を愛する愛とでは大いに違います。
そこには、心の平安と満ち足りた状態が生まれ、すべてのものが愛おしくなることでしょう。
そして「すべては平等なる尊い命」を感じ取ることでしょう。
児のことが感じられるか非かで、人としての生き方が違ってきます。


「悟り」よりP193をご覧ください。
素晴らしい愛が記されています。


それは神を子どもに見立てる愛の姿です。
ちょうど母親が何もできない赤子の面倒を見るように乳を飲ませ、
子どもが望むものを与えてやるという無条件の献身がそこに見られます。
それがこの世における尊い母の幼児に対する行い、愛の姿です。
母親は子どもから何の見返りも求めることなく、
ただその児が健やかに育ってくれることだけを祈って、慈しみます。慈愛です。
この慈愛はヴァーッツァリヤという名称で呼ばれます。



愛は無心・・・。
故に尊い。







いるか広場

2011-09-27 10:36:10 | いるかこもれび助産院
今、「いるかくらぶ」は楽しい時を一杯ご用意していますよ。
昨日も「キールタン&いるか広場」が行われました。


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それぞれが子育ての悩みを話し合いました・・・人は皆感じるところが違うものですが児を思う気持ちは変わりません。真剣にどのようにすれば、自立した子育てが出来るか意見がいっぱいでした。

やはり
曇りのない自分自身を日々作っておくことのような気がします。
曇りとは、母の経験してきたことで判断することです
(経験した思いを観念といいますよね)
観念は愛着というか、そのことばかりに気が執らわれて、
鎖状をかけ、身動きが出来ない状態にします。
児のことを真剣に考えているという思いだけが一人歩きをします。
実際は、問題の解決になりません・・・焦ります。
繰り返し繰り返し・・・子育ては大変というレッテルを貼り苦境に身を置きます。


子育ては、母という義務を果たさすために、児といつも一緒に行動しなければなりません。
しかし、その不自由さが自らの心の動きを識別しやすくしているように思えるのです。
自分の時間が無いため考えにくいと思い込んでいますが、
実は、余裕がありすぎるのも考えられないのですよ。老いて悩む人々の声です。


ですから、
子育て中の人も、男性も女性も、おじいさんもおばあさんも若者も。
私はこの頃思います。
子育てだけが大変なんじゃないよ。
確かに、思うようにならない子どもたちと一日中一緒にいる・・・世話をするわけですからね。
これって、本当に修行ですね。
でもね、年をとっても、不安はつきもの、大変さはいつの時代もついて回ります。


毎日、真理を学び、そのことを実践していく癖をつけましょう。
悩みを真理という物差しで識別していきます。
どんどん軽やかになるでしょう。

お進め書「悟り」です。
悟り

識別の物差しになる教科書です。



チャイナマーブル!

2011-09-27 00:40:29 | いるかこもれび助産院
私たちは
中心に魂があり
その周りに心が存在します。
そして、肉体に覆われ
その外側は宇宙(自然)があります。
宇宙のプラーナをいただき生きているのです。
プラーナは空気から、食物からいただいています。


昔、私が子どもころ堅い丸い飴がありました。
割ってみると内側へ何層にもなっていて、中心は綺麗な色でした。
私たちもまるで、その飴のようです。

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中心は綺麗な色だけれど・・・辿っていかないと見ることが出来ない。


私たちの純粋な魂も同じようです・・・時折、綺麗な風景や花々、人の真心を見せてくれています。
しかし、自らの中心に存在する魂だとは気付いていません。
心はその周りにあり、中心を見えなくしています。

心はあれこれその時そのときの様子を変えて真実を見えなくしているのです。
ですから、心を静かにしてみないと中心に気付くことが出来ません。

いくら、有名な人の本を読んだとしても
宗教の教典を学んでも
また、先生と言われる方に教えをいただいても
自らが中心の存在に気付かない限り、
安心は得られないのです。


安心は
すでに中心に存在するものです。
自らが感じ取らない限り
ほんとうの安心は獲得できません。


その方法がヨーガなのです。


アジアンプージャー

2011-09-26 08:50:42 | Saranyaのひとり言
久しぶりに孫達と「アジアン・プージャー2011」にいきました。
都会の中で一歩踏みいると木々がおい繁る杜があり、
神社特有のひんやりした中に厳かさを感じるところでした。

神さまの結婚式が行われ、ユニークな演出は客席からは笑いが!!!
しかし、ブラフマンは小さな子どもには顔が四面にあり怖かったようです(×_×)

孫達は小学生ですから、不思議な様子でしたが記念写真を撮りご満悦でした。

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善きことも、悪しきこともすべては神の顕れです。
善き人も悪しき人もすべては神であり、
愛を捧げなければなりません。



愛とは捧げること、
自らを他者の幸せのために与えることです

「ヨーガの福音」より






子育てにいっぷくしませんか!

2011-09-22 08:23:39 | いるかこもれび助産院
台風も去りましたが、多くの被害をもたらし児を抱えて避難されている母子もいらっしゃることでしょう。
心から、穏やかな日が来るように祈っています。


「自然」は、大きな力を持っています・・・私たちの身体も心も、その「自然」の一部なのです。
自然のシステムを壊しているのは誰でしょうか?
自分のことばかり考えないで、皆が真摯に考える時なのかもしれませんね。


私たちの身体もシステムが壊れると、プラーナ(気)が乱れ、自律神経系、内分泌系が乱れ、免疫力が低下します。
この現象は、どなたにも起こることです。
システムを壊しているのは誰かです。
自分自身の心です。


ならば、心をコントロールするしかありません。


子育ての悩み、児の成長と発達の障がいを起こすのもの皆同じです。
そんこんなの結果、体調を乱すこと、これも同じです。


すべては、心の仕業です。

あなたは、心は何ものか考えられたことがありますか?


心が一瞬一瞬に変化しているものと考えています。
心はいろいろなものを呼び寄せます。
いらない思いで一杯にしてしまいます。
そして、しんどくなります・・・後悔します。

心を整理していけばいいのですよね。
次回に書いてみますね。
今回は皆さん考えてくださいね。
ゆっくり、お花を見ながらお茶でもされては如何でしょうか。



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愛をありがとう。



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