花森えりか My Room

─愛と官能について語る部屋─

別れの疑惑

2010-08-13 09:45:33 | 告白手記
 喫茶店の片隅で、延々と続く別れ話。
 泣いたり喚いたりするわけではないし、そう深刻な表情でもないし、周囲の眼には別れ話と映らなかったことでしょう。
 飲み物とかアイスクリームとかを追加注文して、彼は終始、穏やかな表情です。
 けれど私は、その別れ話で、初めて彼の中にある<保守性>を見たんです。彼は私を愛しているから別れたくないのではなく、その<保守性>が、結婚をやめたくないのだと。
「毎日、スーパーで買い物して、あの寂しい道を歩くような生活に、耐えられないかもしれないって思うと……」
「買い物は一緒にすればいい」
「でも……」
「ぼくの車で行けば、まとめ買いできるし、毎日買いに行かなくたってすむだろう?」
「毎日、お掃除してお洗濯して、それが終わったら、あたし、何をすればいいの?」
「本を読んだりテレビを見たりしていれば、すぐ夕方になるよ。ぼくもなるべく早く帰って来るからね」
「……ええ」
「実家へ遊びに行ってもいいし」
「……ええ」
 確かに読書は好きだし、実家へも行きたい。けれど、もっとワクワクさせられるような楽しいことがあるはずなのに。田舎ではなく、都会でなら……と、チラッと思いました。
 そうして、後日になって気づいたことがあるんです。新居を決める時、本当は夫婦で探して見つけるものではないかしらと。
 彼は小さな家を購入した時、本当にうれしそうでした。その資金を貯めていたのですから。お給料の他にバイトもしていたんです。そうして、お給料を貯めて購入した小さな建て売り住宅の2階建ての家。ローンがあるのかとか、親の援助額とか、それらの話は聞かされず、その建て売り住宅を彼は両親と見に行って決めたんです。都内は高いし、資金に合わせた土地であり物件であることは理解できました。
 けれど、後になって考えると、そんなところが、やはり12の年齢差のある男女関係を象徴しているような気がしたんです。決して亭主関白とかいうことではなくて。その土地の、その小さな家が、私を喜ばせて、2人はきっと幸福になれると信じて疑わなかった彼。
 婚約時代にはロードショーの映画を観たり、有名劇場の雰囲気が珍しい演劇を観たり、ドライブやピクニックや、海へ行ったり山へ行ったり──。そして結婚後に、それらの楽しみの代わりにあるのは多分、お掃除とお洗濯とお料理と、まるでご褒美みたいな夜のセックスがあるだけの生活です。
 もし、彼が、
「○子なしでは生きていけない、別れるくらいなら自殺する」
 と、そのようなことを言ったら、別れたくならなかったかもしれません。
 けれど、彼はそんなセリフは一言も口にしませんでした。
 彼は、
「○子なしでは生きていけない、別れるくらいなら自殺する」
 と、そのようなことを口走るほど、そこまで私を愛していなかったということが、わかったんです。
 私への愛より、私と結婚して平凡で幸せな生活を、彼の保守性が、求めただけなんです。
 そう感じて、この別れ話の時に、私は初めて彼の愛を疑ったんです。

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