花森えりか My Room

─愛と官能について語る部屋─

ベッドで脳トレ

2013-05-19 10:13:52 | P子の不倫
「P子の不倫関係の彼氏って熟年よね、そろそろ肩こりとか腰痛とかもの忘れとか、するようになったんじゃない?」
 P子の不倫愛にケチをつけるわけではないけれど、ちょっと意地悪な質問をしたくなるのは女同士特有の本能みたいなもの。ションボリするP子の顔を期待したら、またしてもニコニコ顔。
「その3つとも、ぜ~んぜん、ないわ。安心よ」
「ほんとう? 熟年なのに? 嘘つかないでね」
「ま、嘘なんて! 純粋な不倫愛に生きてるあたしが嘘をつくわけないでしょ。男女の関係で嘘というのは中年以降の夫婦の宿命よ。『孤独な嘘』というタイトルのイギリス映画があるんだけど、妻の不倫を夫が知って責めるというストーリーで、後半はちょっと期待はずれ。夫婦の孤独な嘘のテーマがあまり掘り下げられてない感じ。でもね、スウェーデンの映画監督イングマル・ベルイマンの『ある結婚の風景』というテレビ・ドラマがね、中年夫婦の宿命の孤独な嘘が、もう、この上なく濃密に描かれていて素晴らしいの。主人公は女性弁護士。夫と子供がいて、結婚生活が破綻していくストーリー。友人たちの前では幸せな夫婦を演じていたけど、夫は不倫してるし、妻も不倫経験があるという、孤独な嘘の積み重ねでの結婚生活だったことに気づくの。あたしが大好きなイングマル・ベルイマン監督が描いた夫婦、人間、結婚、愛と裏切り、それらを何て深く見つめていることかと感動したわ」
「わかったわ、映画の話は……」
「あたしは20代の時しか結婚の経験がないから、周囲の中年夫婦を見ていると、本当に興味深いのよ。中年夫婦の結婚生活は孤独な嘘の上に成り立っている、ううん、孤独な嘘をつき合わないと成り立たない生活と言ってもいいわ。孤独な嘘の積み重ねこそ、結婚生活そのものなのよ。周囲の知人友人を見てると、つくづくそう思うわ」
「わかったってば。P子は、結婚生活じゃなく不倫関係生活だから嘘をつく必要がないってことが。熟年の彼氏が肩こり腰痛もの忘れがないってこと、ハイハハイ、信じます」
「あのね、あたしも愛する旦那様も肩こり腰痛と無縁でいられるのは、コンスタントに愛のあるセックスをしてるからなの。ただセックスすればいいというわけじゃないわ。愛のあるセックス、しかも、濃密な、愛のセックスよ。淡泊だったり早漏だったりは駄目で、濃密な愛のセックスは、体内の血流が良くなって、自覚無自覚のストレスを発散して、女性は女性ホルモンが、男性は男性ホルモンがたくさん出て、免疫ホルモンと成長ホルモンと酵素ホルモンと若さホルモンが多く出るってことが、医学的に証明されてるのよ。いつか読んだ女性向け健康雑誌のムック本に、専門分野の医師が、そう書いてたわ。濃密なというのは、あたしの注釈だけど、愛のあるセックスって書いてあったわ。本当にそういう記事読んだの覚えてるわ」
「そんな情報、テレビの健康番組で聞いたことないけど」
「ま、あなたってテレビの健康番組なんか見てるの。くだらない。あんなの時代遅れだわ」
「そうかしら。時代遅れだったら、あちこちのテレビ局で番組作らないんじゃない? テレビの健康番組は最新情報でなくちゃ意味ないでしょう」
「とんでもない。それは誤った認識よ。あたしだってテレビの健康番組片っ端から見た時期があるからわかるのよ。テレビ局にとっては低コストで制作できるし、何より、あれは医療業界と製薬業界の陰謀よ。視聴者への宣伝と洗脳以外の何物でもないわ。あんなのが最新情報だなんてチャンチャラおかしいわよ。だってテレビに出る医師の言葉で不可欠なセリフ、気づかない? いろんな分野の医師が途中で小さく呟くみたいに出てくる言葉、『このことについては、まだよくわかってないんですね』とか『まだ解明されてないんです』って言うでしょ。まるでサプリや化粧品の説明書に最小フォントで『効果には個人差があります』って付け加えるのと同じだわ。でも、その医師が『このことについては、まだよくわかってないんですね』と言う時、本当はわかっている専門家もどこかにちゃんといて、そういう人はテレビに出ない。だからテレビに出てる医師の情報なんて最新どころかアナクロだってこと。それに何より健康番組はすべて、医療業界と製薬業界の陰謀で視聴者への宣伝と洗脳以外の何物でもないってこと。あのね、ある本で、『医者は患者を脅して儲ける』っていう文章読んだことがあるわ。健康番組で医師があらゆる病気の可能性の症状の説明で視聴者を脅し、最新検査の宣伝した後、マニュアル・コメント『早期なら完治します』『早目に専門の科を受診しましょう』『毎年、健診を受けましょう』という言葉で洗脳された視聴者たちは翌日の朝、医療機関へまっしぐら。昨日テレビでと医療の最新情報を仕入れた内容を得々と医師にしゃべり、修理の必要のない身体を最新検査でダメージ受けて幸運だったと錯覚する。愚の骨頂とは、まさしくこのことだわ。健康番組放送の翌日は、医師たちは朝から今日は忙しくなるって張り切るんだって。医療はサービス業、靴修理や時計修理みたいに身体の修理が商売だからね、診察後に患者が馬鹿丁寧に『どうもありがとうございました』って医師に頭を下げたら、お金をもらう医師はもっと深く頭を下げて、初診の場合は『こちらこそありがとうございます。今後もどうぞご贔屓によろしくお願いします』、通院患者には『こちらこそ毎度ありがとうございます』って、お礼を言わなくちゃいけないのよ」
「ずいぶんユニークな見解ね!」
 P子ってやっぱり変人とあらためて思って笑い転げていたら、
「あたしの愛する旦那様、肩こり腰痛はないから安心だけど、正直に言えば、もの忘れがね、ちょっと心配なの」
 ようやく私の期待するションボリしたP子の顔つき。健康番組批判を延々としたせいで、さっき、「その3つとも、ぜ~んぜん、ないわ。安心よ」と言ったのに、本当のことを打ち明けたい心理になったみたいです。こんなところがP子の単純な性格っていうか、自己を知らないまま、正論が苦手で感情論で生きてる人間性、ということなのでしょう。
「仕方ないわよ。熟年なら何か1つぐらいあっても無理ないわよ」
 P子の神経を逆撫でしないように、慰めの言葉を口にしたんです。
「でも、もの忘れは心配だわ。肩こり腰痛ならセックスの回数を増やせば治るのに」
「そんなに気になるの?」
「たとえば映画の話してると、監督や俳優の名前、あたしのほうが先に思い出したり、あたしが推測して数人の名前を次々口にすると、あ、それそれ、○○○○ってようやく思い出すの。洋画も邦画も以前はあたしよりはるかに多く観てる旦那様はタイトルも監督も俳優も、感心するほど記憶してたのに。映画だけじゃなく、芸術家とか評論家とかの名前も時々思い出せなくて、あたしが推測して数人の名前を次々口にすると、あ、それそれ、○○○○ってようやく思い出すの」
「その程度なら加齢現象じゃない?」
「だからね、ベッドで愛し合って、ちょっと休憩の時、スマホで脳トレ・ゲームさせてるの」
「脳トレ・ゲーム? ベッドで?」
「そ。15分くらい。それって名案でしょ? 脳トレになるって面白がってやってるわ。脳細胞が刺激されて活性化すると精力も落ちないってこと。あたしと愛する旦那様って何て賢いんでしょう。うふ」
 ベッドでスマホ・ゲームなんてと、賢いどころか、おかしくて噴き出したい気分でした。