年に一度ぐらい、ヘンな悪戯電話がかかってくる。
今年はないと思っていたら、先月、かかってきた。
受話器をはずし、応答したとたん、妙な喘ぎ声が伝わってくる。男性の声と息づかいである。
悪寒が走り、慌てて電話を切ってしまう。
去年も一度、一昨年も一度かかったが、たいてい昼下がり。
私の家の電話番号は電話帳に載せていないので、相手はデタラメの番号にかけ、その時刻は主婦が応答すると思っているのだろうか。
3年前ごろ、何日か続けてかかってきたことがあった。男の息づかいと淫らな言葉に、生理的嫌悪感に襲われ、すぐに電話を切ってしまった。
その日、たまたま男性編集者だったか男友達だったかが居合わせて、受話器をそっと置き、彼に代わってもらった。受話器を耳に当てるなり、
「何してるんだ!」
と、彼が怒鳴るように言った。相手は慌ててガチャンと電話を切ったらしい。さぞかし驚いたに違いないと、私たちはクスクス笑った。
学生か社会人かわからないが、見知らぬ女にそんな声と言葉を聞かせて何が面白いのかと思ったが、恋人もガールフレンドもいない孤独な若者かもしれないと、ちょっぴり可哀想な気もした。
✩
愛する男性の声を電話で聞く時、女性は精神的な歓びと肉体的な昂ぶりに包まれるものではないだろうか。
30歳のOLのS子には、同じ会社に勤める愛人がいた。
10歳年上の彼は直属の上司であり、妻子がいる。
1人暮らしのS子のマンションの部屋に、一方的にかかってくる愛人からの電話。
会社から帰って、S子はその電話をひたすら待ち続ける。
会社では私的な会話は一言も交わせなかった。
彼はマンションの家賃分ぐらいを援助してくれた。だからいつも、彼がS子の部屋を訪ねてくる。
来ない時も、電話がかかる。
会えない時はいっそう、彼の電話が待ち遠しかった。
ある夜、彼が出張中の福岡のビジネスホテルから、電話がかかってきた。
時刻は夜の11時。
電話のベルに、S子は甘い期待と予感に包まれ、受話器に飛びついた。電話の向こうから、
「もしもし」
と、少し早口な、男らしくも甘さのある彼の声が聞こえた。
「はい」
S子もちょっぴり意識して甘い声になる。
「何していたの?」
と、彼。
「お風呂に入って、ベッドで本を読むところ」
「ミステリーとかサスペンス?」
「そう。妻子のある男を愛した女が、完全犯罪で男の妻を殺しちゃう話」
「ふふ、そういうのを読むのが好きだな」
うふふとS子も含み笑った。
「ねえ、何か言って」
「愛してるよ。こんな所へ来てもS子のことが忘れられないんだ。早くS子に会いたい」
囁きに近い彼の声が、まるで愛撫のようにS子の身体を熱くする。ベッドに腹這いになっていた姿勢から、S子は受話器を手にしたまま、あお向けになった。
「あたしも、あなたを愛してる。電話であなたの声を聞いているだけで……」
「今、イタズラしてるな」
「ううん、そんなこと」
「キスしてやる」
彼が送話口でキスの音を立てさせる。
「ああン、ダメ」
「おれだって、もう、ずっと」
彼が、露骨な言葉を口にし、まるでテレフォン・セックスみたいなやり取りが続いた。
無理もない話。電話で聞く互いの声は、会っている時にも増してセクシーに聞こえるものかもしれない。
しかも深夜で、室内からだ。かすかな吐息も、喘ぎも、呻き声も、みんな伝わってしまう。
けれどそれは、愛し合っている男女の場合である。
どこの誰ともわからない悪戯エッチ電話は、女性にとってキモチ悪く、迷惑なだけである。
今年はないと思っていたら、先月、かかってきた。
受話器をはずし、応答したとたん、妙な喘ぎ声が伝わってくる。男性の声と息づかいである。
悪寒が走り、慌てて電話を切ってしまう。
去年も一度、一昨年も一度かかったが、たいてい昼下がり。
私の家の電話番号は電話帳に載せていないので、相手はデタラメの番号にかけ、その時刻は主婦が応答すると思っているのだろうか。
3年前ごろ、何日か続けてかかってきたことがあった。男の息づかいと淫らな言葉に、生理的嫌悪感に襲われ、すぐに電話を切ってしまった。
その日、たまたま男性編集者だったか男友達だったかが居合わせて、受話器をそっと置き、彼に代わってもらった。受話器を耳に当てるなり、
「何してるんだ!」
と、彼が怒鳴るように言った。相手は慌ててガチャンと電話を切ったらしい。さぞかし驚いたに違いないと、私たちはクスクス笑った。
学生か社会人かわからないが、見知らぬ女にそんな声と言葉を聞かせて何が面白いのかと思ったが、恋人もガールフレンドもいない孤独な若者かもしれないと、ちょっぴり可哀想な気もした。
✩
愛する男性の声を電話で聞く時、女性は精神的な歓びと肉体的な昂ぶりに包まれるものではないだろうか。
30歳のOLのS子には、同じ会社に勤める愛人がいた。
10歳年上の彼は直属の上司であり、妻子がいる。
1人暮らしのS子のマンションの部屋に、一方的にかかってくる愛人からの電話。
会社から帰って、S子はその電話をひたすら待ち続ける。
会社では私的な会話は一言も交わせなかった。
彼はマンションの家賃分ぐらいを援助してくれた。だからいつも、彼がS子の部屋を訪ねてくる。
来ない時も、電話がかかる。
会えない時はいっそう、彼の電話が待ち遠しかった。
ある夜、彼が出張中の福岡のビジネスホテルから、電話がかかってきた。
時刻は夜の11時。
電話のベルに、S子は甘い期待と予感に包まれ、受話器に飛びついた。電話の向こうから、
「もしもし」
と、少し早口な、男らしくも甘さのある彼の声が聞こえた。
「はい」
S子もちょっぴり意識して甘い声になる。
「何していたの?」
と、彼。
「お風呂に入って、ベッドで本を読むところ」
「ミステリーとかサスペンス?」
「そう。妻子のある男を愛した女が、完全犯罪で男の妻を殺しちゃう話」
「ふふ、そういうのを読むのが好きだな」
うふふとS子も含み笑った。
「ねえ、何か言って」
「愛してるよ。こんな所へ来てもS子のことが忘れられないんだ。早くS子に会いたい」
囁きに近い彼の声が、まるで愛撫のようにS子の身体を熱くする。ベッドに腹這いになっていた姿勢から、S子は受話器を手にしたまま、あお向けになった。
「あたしも、あなたを愛してる。電話であなたの声を聞いているだけで……」
「今、イタズラしてるな」
「ううん、そんなこと」
「キスしてやる」
彼が送話口でキスの音を立てさせる。
「ああン、ダメ」
「おれだって、もう、ずっと」
彼が、露骨な言葉を口にし、まるでテレフォン・セックスみたいなやり取りが続いた。
無理もない話。電話で聞く互いの声は、会っている時にも増してセクシーに聞こえるものかもしれない。
しかも深夜で、室内からだ。かすかな吐息も、喘ぎも、呻き声も、みんな伝わってしまう。
けれどそれは、愛し合っている男女の場合である。
どこの誰ともわからない悪戯エッチ電話は、女性にとってキモチ悪く、迷惑なだけである。