花森えりか My Room

─愛と官能について語る部屋─

幸福感の話

2016-09-06 14:50:05 | P子の不倫
「ねえ、どんな時に、幸せを感じる?」
 P子から電話がかかってきて、いきなり聞かれたんです。
 何だか少し眠たげな声で。
 昼下がり。
 これから、お昼寝するところなのか、目が覚めたばかりなのか。
 そのどちらかを想像させるみたいな、声と口調です。
「ずいぶん、真面目な質問ね」
「質問するあたしが真面目な人間だからね」
「幸せを感じる時……そうね、面白いサスペンス映画とか、感動する映画を観た後かしら。こんな素晴らしい映画を観られて楽しめる人生って幸せ、って、生きてるってことが、つくづく幸せ、って思うわ」
「ふうん。それだけ?」
「感動する本を読んだ後とか、好きな音楽を聞いてる時とか、好きな男性と会ってる時とかもね」
「ふうん」
「P子は、どんな時? エッチしてる時、なんて……くくくッ」
「それは、言うまでもないわ。人間、誰でもそうでしょ。正直にそう言う人はあまりいないけど」
「じゃ、他には?」
「あたしね、最近、ああ幸せ~、って、もうもう心から感じる時があるの。あたしの人生で、初めてなの。こんな時に幸せを感じる、っていうのがね」
「だから、どんな時?」
「夏限定の幸福感なのよね」
「もったいぶらないで、早く言いなさいよ」
「在宅の時、夏って、全裸が一番、気持ちいいじゃない? お風呂で裸の気持ち良さは一年中だけど、浴室以外で、睡眠の前後じゃなくベッドに全裸であお向けになって両手両足を投げ出すように、やや開き気味にしたり、スマホを顔の上にかざしてニュース読んだりゲームしたりね。この時の全裸快感て、もうもう、超最高に超気持ちいいのよね。暑い夜や昼下がりは、自然の風に似た涼風のアダプター付き扇風機かけるとか、または間接的に他の部屋のエアコンを除湿にしておくの。つまり、暑いから全裸になるのじゃなく、全裸に涼気が触れる快感、ベッドの上であお向けの姿勢だからこその、自由で伸びのびとした、この上なく気持ちいい感覚に包まれる、この時こそ、ああ、幸せ~、って、つくづくと、しみじみと、心の底から幸せを感じるの」
「他人には見せられない姿でね」
「もともと、お風呂が好きなのは全裸になる心地良さだわ、リフレッシュ・ルームであるトイレに入るのが好きなのは、下半身裸になるからだわ、エッチが好きなのも全裸になる心地良さが前戯の前戯みたいなもの。朝、目が覚めたら、まるで夢遊病みたいに肌着も下着も脱いじゃってて裸になってる、って時もあるし。夏に限ってだけど。それでね、あたしって、何故、こんなに裸が、半裸でも全裸でも、裸大好き人間なのかって考えてみたの」
「P子の自己分析癖ね」
「つまり、自由で、自然で、健康が好きだからじゃないかって結論に達したの」
「自由と自然はわかるけど、健康が好きっていうのは誰だってそうでしょ」
「でもね、アメリカの作家のG・W・カーチスって人が……知ってる? G・W・カーチスって」
「知らないわよ。P子だって知ったばかりなんでしょ」
「そのG・W・カーチスの名言にね、〈幸福はまず何より健康のなかにある。〉っていう言葉があるの」
「そんなこと、当たり前だし、誰だってそう思ってるでしょう。どうしてそれが名言なの?」
「凡人と才人の大いなる相違、言葉に対する感性が鋭いか鈍いか。あたし、じっくり考えてみたの。病気も怪我もしないで、無病息災、健康が一番幸せとか言うでしょ。それって、逆なんじゃないかって。健康だから幸せなんじゃなく、幸福だから健康なんじゃないかって思ったの。つまり幸福の感じ方が問題。真に幸福を感じることができる人は健康でいられる、見かけだけの偽りの幸福、または既成概念や固定観念の幸福を感じている人は健康を損ねて病気や怪我をする宿命じゃないかって、そう思ったの」
「それが全裸であお向けの幸福感と、どう関係あるの?」
「大半の人は、暑い夏の夜や昼下がり、ベッドや畳の上に全裸であお向けになって、気持ちいい~、だけなんだけど、そのことに幸福感を感じる人間は、全裸であお向けの自由で自然で健康の幸せに浸れるってこと。ちょっと難しいかしら。じゃあね。あたし、今からちょっと午睡するから」
「えええッ、電話しながらP子はベッドで……」
 同性の裸なんて想像しても楽しくないので、慌てて打ち消したんです。
 電話を終えてP子とのやり取りを思い出しても、わかったようなわからないような彼女の幸福感のお喋りでした。 

男の中の男

2016-03-07 15:14:06 | P子の不倫
 久しぶりに会ったP子に近況を聞いてみたんです。
「このごろテレビで面白い映画もドキュメンタリーもないから、読書とネット記事ばかり読んでるわ」
「活字中毒復活ね」
「映像はYouTubeで、テレビやラジオの番組に出演した養老孟司とか近藤誠とかの話を聞いたり」
「何かいいこと言ってた?」
「でもね、教えられたり共感できたりする話は90%。100%じゃないのが、意外なのよね」
「ふうん」
「たとえば近藤誠医師の著書は好きでわりと読んだけど、YouTubeでラジオの対談を聞いたら、漢方薬を否定してるのを初めて知ったわ。ちゃんとデータがなくて効果はないみたいなコメントに驚きだった」
「西洋医学のお医者さんだからでしょう。漢方薬は東洋医学で」
「そうかもしれないけど。プラセボ効果みたいなんだって。何だか失望しちゃったわ。医師ってデータとかエビデンスに拘るのが基本なんでしょうけど、単なる習性に感じられるくらい。データとかエビデンスとかばかりで、現実をあまり見てない、現実をあまり知らないんじゃないかって思いたくなるわ。それでYouTube見るのはやめたの」
「ネット記事は面白いのあった?」
「最近は妻が夫に、自宅のトイレで、立ってだと汚れるから座ってオシッコしてもらうって記事読んでビックリ!」
「そうらしいわね。夫も協力して、そうする人が多いんだって」
「男性が便座に座ってオシッコするなんて世も末というか人類の劣化というか、何より男性の中性化ってことだわ」
「ふふ」
「だいたい想像できない、こともないけど、見たことないから、その姿想像すると、もう噴き出しそう。ちゃんと股間にアレついてるの、ついてないのって聞きたくなる」
「でも、それぞれの夫婦の生活なんだし、どんなやり方しようといいんじゃない」
「男性が便座に座ってオシッコする姿なんて、100万円、ううん1千万円もらっても見たくないわ」
「お金あげるから見てくれなんて男性この世にいないと思うけど」
「妻が夫にそうしてもらう理由が、トイレの掃除が大変だからっていうのもね。確かに男性が立ってオシッコするとハネたり垂らしたりが多少はあるかもしれないけど、そんなの1日の終わりに拭き掃除したって5分もかからないでしょう。床拭き1分、便器1分だわ。家族の人数にもよるけど。トイレ掃除なんて数日に1度だって、あたしのうちなんかいつもピカピカ清潔よ。もっとも、あまり汚れないからだけど」
「トイレに限らず何日も掃除しないで汚れを溜めると、お掃除は時間がかかるのよね」
「キッチンや浴室のほうが、お掃除の時間はかかるわ。それに較べたらトイレ掃除なんてササッと数分なのに」
「心理的にトイレ掃除を嫌う妻が多いのかも」
「どうしてかしら。トイレに入るのってあたし大好き。1分、ううん数十秒、ううん数秒ですんでしまう朝の老廃物排出後って気分さわやかだし、オシッコは1日10回は行くけど気分さわやかだし。トイレって、気分さわやかリフレッシュ・ルームだもの」
「えええッ、10回は多いんじゃない? いつかテレビで医師がコメントしてたけど、1日5、6回が健康な証拠で、それ以上は頻尿っていう病気なんだって」
「そんなのあたし全然気にしないわ。だいたいテレビの健康番組なんて医療産業のCMだからね。頻尿って病気作ったのも製薬会社と医師会と厚労省の陰謀よ。薬をジャンジャン飲ませようと思って。あたしなんか気分転換にトイレ入る時もあるから、12回か13回くらい行くんじゃないかしら」
「13回!! それは多いわよ」
「だってあたし、トイレで下着下ろして下半身に空気が触れる感覚って気持ち良くて好きなんだもの」
「変態P子……いえ、ちょっぴり変人P子だからね」
「でも、夜の睡眠中は1度も起きないわ。よく、夜中にトイレ行きたくなって目が覚めるって聞くけど、そういう人は身体のどこかに不調があるのよね。だって睡眠中は脳が眠ることだけを指令してるのに、尿意はその指令を邪魔するし中断するってことだわ。だからそういう人って脳に、自覚しない異常と不調があると思うわ。隠れ脳梗塞とかね」
「そうかしら。そう言われれば……」
「そんな気がするでしょ。だいたい、あたし、このごろ医師の話って机上の空論だって気づいたの。データがないから漢方薬は効かない、プラセボ効果っていう考え方も机上の空論に感じられるわ。だから1日オシッコ5、6回以上は頻尿という病気って決めるなんて机上の空論中の空論よ。だって現実に、この年齢まで元気に暮らせて精神的には時々おかしくなるけど肉体的には毎日ご飯が美味しく食べられて毎日8時間は熟睡して、不足の日は仮眠して、運動やストレッチ楽しんで、お風呂に気持ち良く入って、時々、愛する旦那様に可愛がられて……ま、ちょっと最近はパワー不足気味だけど不満は言わずに愛の表現して、っていう生活で、話に聞く頭痛肩こり腰痛膝痛めまいとか尿漏れ、シビレ、耳鳴り、花粉症とか、その他な~んにも不調がないわ。だからね、1日オシッコは5、6回が健康な証拠でそれ以上は頻尿という病気だなんていうのは、医者の話がまさに机上の空論に他ならないという証明なのよ。なんたらかんたらのデータと机上の空論で仕事してる医者って、職業柄想像力が不足か欠如してるから、トイレの回数なんて個人の体質&感覚&生活&主義&好み&生き方&感性&経験&健康度&トイレ観によって違う、っていうことを全く想像できないのよ」
「ま、それもそうかも。考えてみれば、在宅日も何となくだったり、出かける日も外出先でトイレ行かないように外出前には必ず行くし、帰宅したら行くし、起床時に就寝時に毎食後も行くし、誰かと一緒にビールやお酒飲むと数回は行くしコーヒー飲むと行くし……何回かしら」
「ほうらね、机上の空論のその医者は自分が1日オシッコ5、6回しか行かないってことは体内に余分な水分溜まって尿意の指令が脳からこないから病気になるのも時間の問題ね。だって5、6回ってことは、起床時と就寝時と毎食後で5回だわ、あと1回しか16時間も起きてて尿意の指令がないのは、脳の異常よ。利尿作用のあるコーヒーもお酒も飲まない健康オタク医者かもしれないけど」
「そうかも」
「外出先のトイレって実家以外は何となくバッチイし、我慢できない時だけ行くから、正確に言うと10回は行かないけど、在宅日は12、3回どころか15回ぐらい行く時もあるかも」
「だんだん増えてくるみたい。オーバーに言ってない?」
「ほんとよう、今度、時間を記録してメールするわ」
「そんな記録、メールしないでよ」
「自宅の気分さわやかリフレッシュ・ルームに、1日何回行こうと、あたしの自由でしょう」
「それはそうだけど」
「ところでこの間、最近トイレで男性も座ってオシッコする人多いんだって、って愛する旦那様に話したら、そうらしいな、って知ってたわ。その後に続けた言葉がいいの! 愛する旦那様らしいの! 男の中の男の言葉、って惚れ直しちゃったもンね」
「何て、言ったの?」
「『そうらしいな』の後に、『情けない』って言ったの! 男の中の男でしょう! 男はやっぱり、立ってオシッコするものなのよ。愛する男性が立ってオシッコする姿って、写真に撮りたいくらい超セクシーだしね」
「セクシー?! ま、人は好きずきだから、それぞれ家庭の事情で便座に座るやり方もいいと思うけど」
「男はやっぱり立ってこそ! 立ってこそ男よ! トイレでもベッドでも!」
 それが一番P子が言いたかった言葉みたいでした。

P子の号泣

2015-11-03 15:09:43 | P子の不倫
「ゆうべは珍しく寝付きが悪くて、1時間半も眠れなかったわ」
 と、P子。
「愛が足りなくて?」
 クックッと笑って聞き返すと、怒るでもなく笑うでもなく、真顔の彼女。
「愛は足りてるわ。自分のことじゃなく他の人のことが原因で寝付きが悪くなることだって、あるのよ」
「誰のこと?」
「人生に、いく度となくおとずれる選択の1つが、違うと言いたいのに言えないもどかしさと焦れったさ。親戚の女性が婦人科系の体調悪くなって病院で受診したら、医師は診断がつかず、治療も薬もなしで、「様子を見ましょう」と言って数日ごとに来院させるらしいの。いずれ専門医に紹介状書くって医師は言うらしいけど、3度も行って、またしても昨日、「様子を見ましょう」って言われたんだって」
「婦人科系の体調悪くって言うと……貧血とか……生理のこととか?」
「それよ。生理でもないのに不正出血が続くらしいの」
「あら、大変。それは心配ね」
「本人と話したのじゃなく、車で送り迎えしてる彼女の母親と電話で話したんだけど、あたし、もう驚愕中の驚愕、さっさと紹介状書いてもらって専門医の診察受ければいいのにって、もう焦れったくなってね」
「それはそうだわ。早期発見早期治療。早く治療を始めないと取り返しのつかないことになるかもしれないし。で、P子がそう言ったら、何て?」
「お医者さんに任せてあるから、って言うの。医者は神様と思ってる典型的タイプ。医師の診断は当たりはずれがあるし、能力にも限界がある。あたしが常々言ってるでしょ。医学は進歩してない。進歩してるのは医療機器だけって。原因不明の病気がたくさんあることを、数々ある難病を治せないことを、最終的には自然治癒が一番てことを、大半の医師はちゃんと知ってるのよ。電話であたしは言ったわ、慢性治療、じゃなく、治療してないなら、慢性通院で病院が儲けてるだけじゃないのって。○ちゃんだって早く診断つかないと毎日不安でしょう? 紹介状をなかなか書いてくれないなら、さっさと他の病院へ診察に行けばいいのにって。医師によって診断が違うってよく聞くし、そこって○ちゃんが出産したクリニック? って聞いたら、違うって。行きつけの総合病院だって言うから、○ちゃんが信頼してる病院で信頼してる医師なら無理もないわねって言うしかなかったわ」
「それもそうね。医師と患者は何より信頼関係だって、よく聞くしね」
「ところが○ちゃんは診察終えた後、処置してくれないとか不満を言うんだって。それって具体的に意味がわからなかったけど、ああいうことかなと想像でね」
「レントゲンとか超音波検査は?」
「しないんだって。映らないんだって。そんなことってあるのかしら。レントゲン撮って写ってないっていうのじゃなく、不可能なんだって。あたしが経験した婦人科系の検査って、妊娠と子宮筋腫と子宮ガンの検査で触診だけだったから、よくわからないけど、レントゲンに超音波にCTにMRIばやりの現代で、そのどれかの検査で診断つきそうなのにね。生理じゃなく延々と不正出血が続くなんて、可哀想だし残酷でしょう」
「確かに残酷ね」
「その残酷な医師、質問してわかったわ。医師は男性か女性か聞いたら、女医だって。ああ、何て何て可哀想にと涙が出そうになったわ」
「P子は女医ぎらいだものね、過去の経験で」
「今でも鮮明に記憶してるけど、男性婦人科医の指って、もう、まるで愛撫みたいにヌル~~~~~リって挿入してきて気持ち良さのあまり快感の声あげそうになったわ。どの年齢のどの男性医師も、本当に上手なの、巧みなの、絶妙なの。その指の甘美な感覚が、診察後もずうっと残ってたわ。な~んて冗談。痛みも不快もない診察だったわ。ところが女性婦人科医の指は、まさしく悪魔の指。まるで同性への憎しみこめてって感じで指を荒っぽく突き刺されて、悲鳴をあげるほど激痛だった。そのトラウマで、婦人科だけじゃなく、あたし、すべての女医が嫌い。今後、何があっても、女医の診察だけは絶対絶対受けないわ」
「P子の人生で一番悲惨な体験だったみたいね。妊娠の診察?」
「規則正しい周期なのに55日も生理こないし、妊娠みたいな兆候もあったから、避妊の失敗かもって。装着前に少し漏れたかも、って言うから思い当たるし。でも、想像妊娠だったのね。その後生理がきて、いつもの順調な周期に戻ったけど。妊娠ということに、いつにも増してナーバスになってた時期。妊娠は怖い、でも愛するひとの子を産みたいって、人生でただ1度だけの熱い願望」
「でも、20代の時、恋愛結婚出産したんじゃ……?」
「22歳で愛するひとの子を産みたいって気持ちになるほど女って成熟してないわよ。避妊の失敗、っていうか、最初から避妊具付けてたわけじゃなく、途中から付ける習慣で、爆発を我慢できなくなりそうになった瞬間、あたしの中から引き抜く時に少し漏れちゃったの。付けてから、あとの残りをね。だから、子宮の中に漏れたの全部じゃないから大丈夫って楽観してたら、怖れてた妊娠。初めて中絶を経験することになるのか産むのかで、2人でずいぶん悩んだわ。その時、結婚式の2か月前。お腹が目立つ新婦にはならなかったけど。あたしも彼もまだ子供は欲しくなかった、22と25だからね。もちろん22歳の妻と25歳の夫は世間にいたし珍しくもなかったけど、あたしたちの場合は父と母になるのはまだ若い、稚い、未熟。せめてあと3、4年後にって思ったし。それで、怖いけど中絶の初体験を99%覚悟してた。ところが、いろいろ本を読んで調べた彼が、中絶は母胎を傷つけることになる、だから産もうって。結果論だけど、あたしとの赤ちゃんが欲しいから産むことにしよう、じゃなく、中絶は母胎を傷つけるから産むことにしようって言われた言葉は、ちょっぴり寂しかった。数年後の心境だけどね」
「でも産んでみたら可愛かったんでしょ」
「それはもう、美男の夫に似た顔立ちの美人赤ちゃんだしね。祝いに来てくれた友達がみんな、可愛い可愛いの連呼で、テレビのCMに出られそうとか、女優の目みたいとか、美人になるわよ~って大騒ぎ」
「出産はその1度だけね」
「そ。女は40年間、生理のたびに妊娠という神秘にナーバスになる宿命」
「40年は長いわよね。個人差で40年以上の人も40年以下の人もいるみたいだけど」
「中学1年生の中間テストの時期に初めてそれがきた驚きは、今でも鮮明に覚えてる」
「生理のたびに妊娠という神秘にナーバスになる宿命って、なかなか名言じゃない。生理のたび、子供が欲しい女性にとっては落胆、欲しくない女性にとっては安堵」
「ああ、今月も大丈夫だった、避妊の失敗しなかったって深い深い安堵。子供は1人って決めてたから、結婚生活もずっと深い安堵の連続。避妊具って効果100%じゃないとかって読んだしね」
「結婚してる時も避妊してたわけね」
「もちろん。妊娠という神秘にナーバスになる宿命で、女って、どれほどの不安の日々を過ごす人生であることかって思うわ。ところが、超ビックリ、ある日、愕然となるネット記事を読んだの。結婚してすぐ妊娠して子供を産むことを、女性はステータスと思っている、って揶揄するような文章を読んだ時は、もう息が止まりそうなほど愕然となって唖然となって茫然となったわ。もうパソコンからのけぞりそうなほど、ううん失神しそうなほど、愕然唖然茫然状態だったわ」
「それ書いたの、女性?」
「女であるわけないでしょ、男性よ。ステータスって言葉に超愕然となったのよ。ステータスっていうのは、作家が銀座で飲むのはステータスとか、よく、そんな言葉聞いたでしょ。昔の話だけどね。今は銀座で飲むと時代遅れってバカにされるらしいけど。その意味で使うステータスって言葉は正しいわ。結婚してすぐ妊娠して子供を産むことをステータスと思ってる女性なんて、この世界中に1人もいない、と断言するわ。封建時代ならそうでしょう、お世継ぎを産むってことがステータスと言えば言えるかもしれない。男性には絶対絶対わからない、理解できない、経験できない、女の心理と感情と宿命。ああ、今月もって深い安堵を感じる女性が95%、落胆する女性が5%」
「もちろん確かなデータじゃないんでしょう? 落胆する女性が5%は、ちょっと少ない気がするけど」
「あたしの主観。妊娠という神秘にナーバスになる女の宿命で、ああ、今月もって深い深い安堵を感じるのは、神様の、快楽への戒めなのかもしれない。もちろんセックスで快楽を味わうことを神様は許してくれるし認めてくれる、人間には必要なんだってね。だけど快楽に支配されてしまうことは許されないのよ。結婚してすぐ妊娠して子供を産むことを、女性はステータスと思っている、と揶揄した男性は、何て女性という生き物を知らない人と驚愕したし、次の瞬間に湧き上がったのは憐れみの感情。そんなに卑屈になることないのに、って。もうもう、どうしようもないほどの、やるせないほどの卑屈感と劣等感を、行間に感じたわ。多分、死ぬまでその卑屈感と劣等感を無自覚無意識潜在心理で持ち続けるに違いないって。子供が欲しいのに、子供ができない人の宿命でね」
「ところで、親戚の女性は自分の体調をネットで調べたりしないのかしら。病気になったら、自分の病気をよく知って賢い患者になるのが大事とか読んだことあるけど」
「あたしもそれは質問したわ。仕事でパソコンは使うけど、ネット情報読むとかはしないみたいって言ってた。さらに驚愕の言葉、あまりネットに頼るのはよくないからねって。もう愕然としたわ。ネットは頼る物というより利用する物でしょう。さまざまな情報知るのにこんなに便利な物はないのに、なんて言わなかったけどね。○ちゃんの生活と母親の意見を否定することになって可哀想だから」
「じゃ、○ちゃんのご主人は?」
「パソコン機器関連の仕事だから情報は読むと思うけど。結婚式で会ったわ、お坊ちゃんタイプのやさしそうなご主人。○ちゃんに付き添って送り迎えするのは母親で、チビちゃんを保育園に送り迎えするのがご主人だって」
「婦人科系の病気じゃ母親が付き添うほうがいいでしょうしね」
「あ、付き添いで思い出したわ。あたし、今年は、つくづくショック受けたのよ」
 連想癖のあるP子、ついに口癖のショックの話を始めたので、おかしさを隠して聞いてあげたんです。
「どんな、ショック?」
「友達と思ってた同業で少し年上のKさん、もう何年も前から、原因不明の体調不良で、紹介された都内の大学病院のペイン何とかって科に通院してて、数年後は、何とか心身症とかいう科に通ってて、その帰りに都内で久しぶりにお茶しましょうって誘ってくれたの。以前、食事はしたことあるけど、彼女の自宅は近県だし、1時間ぐらいしかないってことかもって、あたしも久しぶりのお喋り楽しみにしてたら、一向に連絡がこないで、賀状には書き合ったりするけど実現しなくて、今年の確定申告で、ある出版社のこと聞くために電話したの。以前はよくメールのやりとりしたけど急いでたしね。今は良くなったらしく、毎月ではなく3か月に1度、都内の大学病院に通ってるって言うから、じゃ、連絡してね、久しぶりにお喋りしましょう、って言ったら、彼女、こう言ったのよ。私、主人が付き添ってくれるから、って」
「気が変わったんでしょ。P子とお喋りしても、っていうか、お喋りする気にならないって」
「何年も前にね、用事で電話かけたことがあって、今からKさんはご主人と一緒に同じ総合病院の別々の科に受診に行くところ、って言った時、あたし驚いて、思わず、えっ、夫婦で同じ病院の別々の科に行くの? って、あとで本当に本当に後悔して反省したけど、つい笑いの混じった声で聞き返してしまったの。そんなの珍しいし聞いたことないから。Kさんも笑いの混じった声で、そうなの2人ともなの、って言ったけど、その後メールが途絶えたし、ああ傷つけてしまったんだって、そんなつもりなかったのにって、もうもう激しく後悔して何度も反省して、あたし、神様の罰を受けたわ」
「どんな罰?」
「夜中に眼が覚めるほどの喉の痛みで、凄い苦しい重病の風邪を引いたのよ。間違いなくあれは神様の罰だわ。それでKさん、病院の帰りにお茶しましょうって誘っておきながら、賀状じゃなく電話でそのことをあたしが言ったら、私、主人が付き添ってくれるから、って仕返しみたいに冷ややかに言ったわけ。シングルのあなたと違って私には付き添ってくれる主人がいるのよ、って、そんな意味がこもった言葉だったわ。だってそうじゃなかったら、そのうちねって社交辞令を口にすればいいんだもの」
「それはそうかもね」
「本当にショックだったわ。友達じゃなかったって悲しかった。そしたら数か月後、歯科クリーニングに行った時、待合室で中高年男性が、話しかけて来たの。歯が痛いのって辛いですよね、とかって。あたし歯がしみた経験はあっても歯の痛みって経験ないけど適当に相づち打って話してたら、その男性とあたしの間に割り込むようにして座ったのが奥さんで、夜中に痛くて眠れないって何度も起こすんですよ、って話し始めて、男性があたしに話しかけると奥さんが遮って喋り続けて、もうあたし、超ビックリ。たとえば高齢とかだったらともかく、50代半ばか後半の普通の元気そうな中高年夫婦で、歯科受診に奥さんが付き添って来たの見たの、初めてだったから」
「確かに高齢とか身体に障害がある夫婦を除けば、あまり見ないわね」
「でしょう? 歯以外は元気な普通のご主人なのよ。奥さんはご主人のことバカにしたみたいなことも言ったりするけど、夫婦ともよく喋るし、ご主人が変な話し方ってわけでもないし。中年以上の夫婦と同席すると、よくあることだけど、ご主人は奥さんよりあたしの顔ばかり見てたわ、喋りたそうな顔つきでね。それであたし、つくづく思ったの。あたしが知らないうちに現代は、病院だけじゃなく何と歯科にまで夫婦は付き添って来る習慣があるんだって。病院やクリニックに、妻が夫に付き添って受診に行く、夫が妻に付き添って受診に行く、そのことがまるで夫婦の唯一の愛情表現であり、人生最高の喜びであり最高の幸福なのだと、無意識のうちに表現してるみたいに見えるわ。まさに隠しきれない喜び、抑えきれない喜び、人生でこれほどの喜びと幸福は他に何1つないと言わんばかり。そこには自慢と優越感と即席愛と偽装愛の匂いがプンプンで、あたし、もう可哀想で可哀想でたまらなくなるの。もちろん本人たちは、それが習慣とか日常とかってつもりみたいに口にするけど、人間の言動は明確な意志半分あとの半分は無意識無自覚潜在心理によるものだって、最近、つくづくわかったの。これって名言中の名言でしょ。あたしが作った名言。つまり無意識無自覚潜在心理から夫婦は付き添って病院へ受診に行くことを他人に口にしないではいられない。何て哀れな憐れな、もうもう、1万どころか100万も超が付くほどの憐憫を感じてしまう、何て心やさしいあたしでしょう」
「その気持ちってわかるような、わからないような」
「いいのよ、わからなくたって。その憐れな夫婦以上に可哀想なのは……超が100万ううん1億付くほど可哀想なのは……こ、このあたしだわ……だって……シクシク……だって……だって……シクシク……あたしが体調悪くなっても自宅から病院まで付き添ってくれる人は……シクシク……シクシク……だ、誰も……シクシク……誰もいないんだもの!」
 泣き声混じりにそう言うなり、「うわああああん!」と声をあげて泣き出すP子を見て、笑うに笑えない気持ちでした。  

愛のサプリ

2015-08-16 15:01:06 | P子の不倫
 今日のP子は上機嫌。ハミングしそうなくらい、キャハハと笑い出しそうなくらい、ピョンピョン飛び跳ねたそうなくらいの上機嫌だけれど、それを隠そうとしてるんです。何故かと言うと――。
「人生最大の歓びは愛。愛の歓びこそ生きる力。愛がなければ人間は生きて行けない。心身共に健康で暮らせるのは、愛があり、愛に包まれ、愛を実感してこそなのよ」
 な~んて澄ました顔して言うんです。気取った言葉を口にしたくて、ハミングしたりピョンピョン飛び跳ねたいのを抑えていたんです。
「何か変化でもあったの? この間までは絶望的とか言ってたけど」
「大ありよう。人生がまたバラ色に……あ、これって、昔、親しい知人が言った言葉だわ。バイアグラという魔法の薬ができて、人生がまたバラ色に輝き出したって。でも、バイアグラなんかじゃないもンね」
「ということは、彼の精力アップの変化って変化?」
「精力アップなんてものじゃないわ。もうもう、男の証明そのもの。男の中の男ってことを再証明したの。あたしのひたむきな努力と苦労と時間と手間が実って」
「お疲れ様」
「来る日も来る日もネット検索して調べまくって我れながら狂気の沙汰とはこのことみたいって思ったくらい」
「それで」
「ついに、ついについに、愛のサプリを見つけたのよ。直感でね。これは絶対いいかもって」
「何ていうサプリ?」
「教えないわ。大勢が買うようになったら価格が高くなるかもしれないし、手に入りにくくなるかもしれないもの。だけど、友情に免じて、情報料100万円くれたら教えてあげる」
「100万円も払わせて何が友情よ」
「あら、友人じゃなく、ただの知人なら情報料1000万円だわ。超がいくつも付く貴重な情報なんですからねッ」
「結構よ、教えてくれなくて」
「ある記事に、中高年の医師がそれ飲んだら、もの凄い効果なんだって、詳しく書いてあったの」
「どうせ宣伝でしょ。医師がそんな超貴重な情報、もったいなくてネット記事なんかにするはずないわよ」
「医師が書いてたわけじゃないわ。そう言ってたって他の人が書いてたの。それで、そのサプリのことネット検索で調べまくって、これはいいかもって直感したの! その日は愛する旦那様とそのサプリや他に調べたいくつかの精力剤のことで1日じゅうメールのやり取りしてたわ」
「暇ね、いえ涙ぐましいわね」
「精力剤って、高いのよう。何万円もするの。でも、コウカでコウカないとコウカイ、ってメールしたりして、ククッ」
「コウカでコウカないとコウカイ?」
「コウカで、というのは高価、expensive、高い価格のこと」
 英語が得意でもないP子が、expensiveなんて単語知ってるなんて、ちょっと驚き。
「コウカない、は……」
「効き目の効果、effect」
「effectね。コウカイは……」
「regret。悔やむ、後悔する」
「expensive、effect、regret……そんな英単語、ふだん使ってるの?」
「常識よう。ま、あなたみたいな知的レベルの低い人は使わないでしょうけど」
「P子って、知的レベル、高かったかしら?」
「高くないわよ」
 と、正直な答え。
「ちょっと時間かかって思い出したの。学生時代はスラスラ出てきた単語ばかりだわ」
「ハイハイ、それで」
「結局、何万円もする精力剤じゃなくて、直感したそのサプリに決めて、通販で買ったの。サプリは精力剤ほど高くないから、コウカでコウカないとコウカイってことにならないしね」
「ふ~ん、それが効いたってわけね」
「もう、バッチリよう! まるでバイアグラ飲んだみたい! 若い時の持続力みたいだったもンね! いつもは、あたしの1人エッチ姿か、愛撫にもの凄く濡れることに昂奮する旦那様が、そのどちらもしないうちにあたしを腕の中に抱いただけで硬くたくましくなったの! 『効いた!!』って異口同音で感激の言葉を発して歓喜の絶句して深く深く深~く抱き締め合ったわ!! 愛する旦那様はやっぱり男の中の男! 男の魅力は持続力だわ! 何と言っても持続力! 中折れなんて嫌い、インポは嫌い、おしっこホースは嫌い! 男は持続力がすべて! 持続力あってこそ男だわ!!」
「P子がいつも否定してたサプリのお陰ってわけね」
「そうなの! そんな素晴らしい愛のサプリが、この世にあったなんて! 製薬メーカーが作った化学成分のない天然成分! つくづく製薬会社って見直しちゃったわ! あちこちに賄賂ばらまいてる濡れ手で粟の商売って認識、改めるわ! 世の女性に、ううん、男性に、ううん、社会に貢献してる、ううん、人類の歓びと幸福に貢献してる素晴らしい企業だわ!」
「結構なことね」
「愛のサプリは神様からの贈り物なの! 神様があたしと愛する旦那様の愛の絆を祝福して愛のサプリを与えて下さったのよ! あたし毎晩、お祈りの時、感謝の言葉を忘れないの!」
 瞳を輝かせてP子は、愛のサプリ、愛のサプリと繰り返すのでした。


絶望的なショック

2015-06-09 14:47:49 | P子の不倫
「あたし、この間、大ショック、ううん大大大ショックを受けたの、もうもう、絶望的な大大大ショックよ、ああ!!」
 P子がため息つくように言ったので、
「どんな、ショック? 大が3つもつくなら……」
「ううん、3つどころか10、ううん100、ううん1000くらいつくショック!!」
「あらあら、大が1000もつく、どんなショックだったの?」
 しょっちゅうショックを受けている彼女のことだから、話半分に聞こうと内心は思ったんです。
「机の引き出しの整理してたら、ずっと前に買って読んだムック本の切り抜きが出てきたの」
「何のムック本?」
「女性向けのムック本で、テーマがセックスについてなの。セックスは健康のバロメーターとか専門家が書いてるのだけど、セックスは健康のバロメーターって、あたしが先に考えた言葉よ」
「専門家のほうが先でしょう? それを読んでP子の頭にイン・プットされてたんじゃないの?」
「ううん、あたし、絶対、あたし」
「ハイハイ、それで」
「『コレステロールが性ホルモンを作る』っていうタイトルの記事を読んで、その後、愛する旦那様との会話で、その話をしたの。男性機能がちょっと不元気だったから、「血圧下げる薬の副作用ってことはないでしょうしね。コレステロール下げる薬だったら副作用だと思うけど。性ホルモンはコレステロールが作るって、専門家が書いた記事読んだわ。でも、降圧剤だけでコレステロール下げる薬は飲んでないものね」って、念を押すみたいに言ったら、「飲んでるよ」ってあっさり答えたから、「えええええっ!」ってベッドから跳ね起きて、もうもう、息をするのも忘れそうなほど驚愕して絶句して愕然となって大大大ショックを受けたのよ」
「それは……確かにショックね」
「いつから飲んでるのって聞くと、もう5年か6年前からだっていうから、さらにショックを受けちゃったの。そんなこと一言も言ったことないし、あたしが薬嫌いってことを知ってるから言わなかったのか、目の前で飲むわけじゃないから言わなかったのか、あたしが質問するまでそのこと黙ってたなんて!」
「まさに妻と愛人の違いね。一緒に生活してれば当然知ってる妻と、週に一夜程度会う愛人との」
「それでわかったのよ! 間違いなく、そのコレステロール下げる薬の副作用なのよ! 性ホルモンが少なくなっちゃったのは。人間ドックの検査で数値が高いからって医師から処方されたらしいけど、血圧もコレステロールも標準値を厳しく設定して薬をジャンジャン飲ませる製薬業界と厚労省と医療業界の陰謀とか、健診で、健康な人たちが、厳しい数値より少しでも高いと、必要のない薬を処方されちゃうのが現代医療の風潮、という認識が一般的とか、薬を飲む前に数値を下げる努力する方法があるとか、どうしてそんなに簡単に飲んじゃうのって言って、性ホルモンが減っちゃうから飲むのをやめたらって言ったら、やめたら大変なことになるかもしれないって、医師から洗脳されちゃってるの」
「最近は薬を飲む前に食事とか運動とかで数値を下げる人が多いんじゃない? その医師はきっと、すぐ薬っていうタイプの医師なのよ。検査の病院変えるように言えば?」
「だけど親戚の医師がいた病院で、長年、ご両親も病院へ行く時はそこだったし、家族じゅう行くから信頼してるのよ。特定機能指定とかの☆☆病院だしね」
「あの有名病院ね。周囲でも信用して行く人、結構いるみたい。特定機能指定っていうのも、何かあると取り消されたり、また指定されたり、そのへんの隠蔽事情もあったり厚労省なんていい加減だって噂聞いたわ」
「きっと、ノルマがあるのよ」
「ノルマ?!」
「そ。患者に薬をどれくらい処方して売りつけなくちゃ製薬会社からたっぷりお金を貰えないってノルマがあるに違いないわ。そのノルマをこなすために本当は健康な人たちに、検査で、年々厳しく設定した数値より少しでも高いと片っ端から薬をど~っさりと処方しちゃうのよ、ノルマがあるから」
「まるでセールスマンの営業ノルマみたい」
「そうよ、おんなじよ。ああ、あたしって、何て可哀想な被害者……って言ったら、愛する旦那様が噴き出すみたいに笑ったの」
「被害者とはオーバーねえ」
「じゃ、犠牲者よ。ここにこんな哀れな犠牲者がいることも知らずに、ううん、あたしと愛する旦那様っていう2人の犠牲者がいることも知らずに、あたしの愛する旦那様の、大事な大事な大事な性ホルモンを、残酷にも冷酷にも減らしまくってるなんて!! きっと神様の罰が当たるわ!! ね、そう思うでしょ!!」
 キッと私の顔を見て同意を求めるので、ウンウンとうなずいてあげたんです。心やさしい私――。

TVドラマのシーン

2015-03-25 13:31:42 | P子の不倫
「この間、たまには連ドラも見てみるものって、つくづく思ったわ」
 P子がそう言ったので、
「連ドラって、連続ドラマの連ドラ?」
 聞き返しながら、内心、話が違うじゃないと思ったんです。彼女は常々、日本のテレビドラマは稚拙とかクダラナイとか陳腐とか退屈とか批判しまくりだからです。
 もっとも、
 ――話が違うじゃない――
 と、彼女に言いたくなることって、もう、しょっちゅうです。分裂症気味というわけではないんでしょうけど、あの時は、そう思ったとか感じたとか、今はこう思ってるとか感じてるとか、全く矛盾したことを言っても全然気づかないし、たとえ気づいても、指摘しても、平然としてるんですから。女は感情論の生き物よ、なんて。
「そ。毎週、2か月間も見たわよ。陳腐な連ドラを」
「たった今、見て良かったみたいな言い方したじゃないの」
 目がシロクロしてしまいます。
「セリフは陳腐、ストーリーも陳腐、キャストの演技も1人除いて素人役者みたいな陳腐で下手な演技ばかりの陳腐極まりない陳腐陳腐ドラマ」
「陳腐陳腐ドラマって、ふだん言ってるテレビドラマ批判と同じじゃない。1人を除いて、って、とびきりのイケメン俳優?」
「とんでもない! イケメンキャストなんていなかったわ。有名そうなキャストも出てたけど、あたしの嫌いなタイプばかり。ヒロイン役もTVタレントだか何だか知らないけど全くの素人役者で、熟女妻役のナントカって女優だけが、女優らしい演技する女優で良かったけど」
「どんなストーリー?」
「原作が小説で、タイトルがまた良くないのよね。昔、『かの子繚乱』ていう素晴らしい小説読んだし、『元禄繚乱』ていう大河ドラマも面白かったわ。どちらも繚乱という言葉がピッタリだけど、あの程度の陳腐ドラマのタイトルに、とてもとても言葉負けというかタイトル負けというかドラマの陳腐さを、この上なく表現してる超陳腐タイトルでね」
「タイトルはいいから、ストーリーは? 2か月っていうと10回近く毎週見てたんでしょう? ストーリーに惹かれたからじゃないの?」
「ぜ~んぜん! あのストーリーは韓国ドラマ的というより韓国ドラマの亜流ね。何から何まで偶然だらけ。偶然で成立するストーリー&偶然で成立する人間関係。妻子ある男と不倫しているヒロインが、その男の妻の企みで出会った男と付き合って結婚する。結婚後、ヒロインと元愛人男の不倫関係が夫にバレ、夫と、ヒロインの愛人男の妻との関係を知り、2人で悩んでいくというような話で、夫は結婚前にヒロインの友達と何度もベッド・イン、ヒロインの愛人男は、ヒロインの友達とベッド・イン、とかいうふうに、もうもう、毎回、偶然だらけの人間関係と偶然だらけの出会いの積み重ね。昔、見たことある韓国ドラマがそうだったわ。偶然に次ぐ偶然さらに偶然に次ぐ偶然だけで成立する陳腐極まりないストーリー」
「それで、何が良かったわけ?」
「何回目だったかしら。夫の浮気を知っている妻が、夫の脱いだ上着のポケットからキー・ホルダーを取り出し、その中の1個の鍵である、愛人の部屋の合い鍵を見て、顔をこわばらせるシーンがあるの。そのシーンを見て、あたし愕然としたわ。妻が夫の上着のポケットから出てきた、愛人の部屋の鍵を手に取る、眼にする、っていうことが現実にもあるんじゃないかって」
「何の鍵か、わからないかもしれないし、気にしないかもしれないし、妻の性格にもよるんじゃない?」
「そうよね。でも、ああいうシーン、今まで1度も思いついたことがないっていうことに、あたし、呼吸が止まりそうなほど愕然となったのよ」
「不倫相手の奥さんのこと考えて?」
「不倫の短編書く時も、ああいうシーン、思いつかなかった、想像できなかった。愛人の部屋の鍵を眼にした妻の心理、想像したこともなかった。もう、本当に息が止まりそうなほどショックだったわ。あれは原作者自身の経験か、人に話を聞くかして書いたのに違いないわ。あのシーンを見た夜は本当にショックでショックで、寝付きが悪くなって1時間以上ベッドで悶々としてたわ」
「ま、人間の想像力には限界っていうものがあるからね」
 ふだん、他人のことを想像力欠如とか不足とか批判しまくっている彼女に、人間の想像力には限界っていうより、P子の想像力には限界がって、暗に皮肉を言ったつもりだったんです。
「そうなの。だからね、1人を除いて陳腐演技の陳腐キャストに陳腐セリフに陳腐ストーリーの陳腐ドラマでも、たまには見てみるものって、つくづく思ったの。人生って、新発見の連続ね」
 皮肉が全く通じていないP子でした。
 

不変の愛と恋

2015-01-30 13:28:29 | P子の不倫
「ニーチェの名言に、『愛が怖れているのは、愛の破滅よりも、むしろ、愛の変化である。』というのがあるの」
 P子が、そんな名言を口にしたので、
「ふうん」
 と、相づちを打ちました。内心、また、名言ねと思いながら。名言好きのP子は、自分流に解釈することが多いので、それが面白いと言えば面白いし、おかしいと言えばおかしいんです。
「最初に読んだ時は、何ていい名言て思ったけど、このごろ、違うの。あたしにとってはね、愛が怖れているのは、愛の変化より、愛の終わりである、っていう言葉のほうがピッタリに感じるの」
「愛の変化より、愛の終わりを怖れてるって、当たり前過ぎることみたいだけど」
「たとえば何十年と夫婦生活をしていれば、変化は避けられないわよね。恋人というより家族か肉親みたいな存在になるわけだから」
「まあ、そうでしょうね」
「でも、不倫愛のケースでは、最初に一目惚れで恋に落ちた時の情熱が、変化してしまうのは、愛が消えた時って言えると思うの」
「恋に落ちた時の情熱を、何年も何十年も変わらずに持ち続けるなんて、あり得ないような気もするけど」
「理屈ではね。でも、その情熱がなくなったら、恋の終わり、愛の終わりなのよ。別れの時が待ってるだけだわ」
「だから不倫愛の関係は長続きしないケースが多いっていうことになるんじゃない? 配偶者にバレたとか、何かトラブルが起きたとかがなくても」
「そうかもしれない。でもね、たとえばベッドの中で、歳月を重ねれば、互いの肉体への新鮮さは薄れても、互いの肉体への欲望は薄れない、という不倫男女には、恋の終わりも愛の終わりもないのよ。これは、断言できるわ」
「ふうん」
「この間なんて、愛の行為の休憩中に、昔のベッド・インの思い出話をしてたら、あたしの愛する旦那様がね、『あのころはP子と、やりたくてやりたくて』って言いながら、あたしの体の上にガバッとおおいかぶさってきたの。クククッ、可愛いでしょう!!」
「ま、可愛いと言えば可愛いわね」
 どこが可愛いのという感じでしたが、一応、そう言っておきました。
「2回3回と、愛する旦那様がお果てになったころは、若くもなく30代後半から50代で……」
「えッ、50代で2回3回とは精力絶倫」
「とは言えないでしょう。毎晩3回以上お果てになるくらいが、精力絶倫ていうんじゃないの? そういうのって動物じみてる感じで嫌いだから、1度も経験ないわ」
「大半の女性は精力絶倫男性と出会った経験は、ないんじゃない? 精力絶倫男性なんて、ごく少ないでしょうから、希少価値っていうか……」
「ま、希少価値なんて言葉が出るっていうことは、憧れてるのね、そういうタイプの男性に」
「言葉の弾みよ」
「回数の問題じゃないけどね。1回お果てになるのと、2回3回お果てになるのと、そこには変化があると思うの」
「それは加齢によるパワー減少、精力減退ってことじゃない?」
「理屈ではね。ところが、あたしの愛する旦那様が、『あのころはP子と、やりたくてやりたくて』って言いながら、あたしの体の上にガバッと、おおいかぶさってきた時、それは単なる過去の思い出話じゃなくて、その情熱と欲望が、決して失われてないって感じたの!」
「でも、あのころは、っていうことは、今は違う、っていう意味だから、あのころの情熱と欲望は失われたってことにならないの?」
「それは、物理的に言えばそうでしょう。でもね、思い出話のようになつかしむように穏やかな口調で言ったのじゃなく、その言葉を口にしながらあたしの上にガバッとおおいかぶさってきた、それがうれしかったし、ああ、失われてないわ、って実感したのよ。つまり、愛の変化はない、恋の変化もない、物理的な性愛の変化と、愛や恋の変化は違うのよ。ま、あなたみたいな単純な考え方する女には理解できないでしょうけど」
「物理的な性愛の変化と、愛や恋の変化は違うって、よくわからないわ。単純女には」
 つまりはニーチェの名言どおり、『愛が怖れているのは、愛の破滅よりも、むしろ、愛の変化である。』ということになるのではないか、愛と恋の不変はP子の願望にすぎないのではないかと――と、そう思ったけれど、彼女が怒りそうなので、言うのをやめたんです。 

フラストレーションの女

2014-11-30 14:58:21 | P子の不倫
 最近のP子は、まるでフラストレーションの塊(かたまり)。グチグチネチネチ、グチグチネチネチ、口を開けば不平不満の言葉のオンパレード。
 つい、この間は、「愛が足りないの」なんてションボリ言ってたけど、多分それが原因で、今だに愛が満たされていないのでしょう。
 聞いているこちらが何を言おうと、グチグチネチネチが延々と続くんです。可哀想と言えば可哀想、おかしいと言えばおかし過ぎ、よくもそんなにグチグチ・ネタがあると呆れるほどです。
 たとえば――。一番最近のグチグチ・ネタは、先日、知人女性からメールが来たらしいんです。来年1月下旬に、ちょっとパリへ行って来るっていうメールだったらしいんです。
「ちょっとパリへ行ってくる、だなんて、その『ちょっと』っていう言い方が断然、気に入らないのよ!」
 と、P子。
「ちょっとパリへって、そう長くじゃなく4、5日か1週間程度っていう意味の『ちょっと』じゃないの?」
 と、私。何が気に入らないのか、わかりません。
「本心は、日数の意味なんかじゃないのよ。だいたいね、ちょっと、どこどこへ行くという言い方は、相手に、うらやましいでしょう、わたしにとっては、どこどこへ行くことなんて、あなたがうらやましがるほどたいした喜びでもなく、ちょっとトイレに行くっていうのと同じぐらいなんだからね、って言ってるのと同じなのよ」
「ト、トイレ?」
 思わず頓狂な声で聞き返しました。
「そうよ、ちょっとどこどこへ行く、っていう言葉のどこどこは、トイレっていう言葉が真っ先に浮かぶじゃないの、誰だって」
「ちょっとトイレ。確かに、そうね」
「だから、ちょっとどこどこへ行くって言う人間は、どこどこなんてトイレに行くみたいに簡単なことなのよ、っていう潜在意識が透けて見えるのよ」
「そういう受け取り方も、あるかもしれないけど。トイレじゃなく、ちょっとコンビニへ行く、とか、ちょっとビール買って来るとか、映画観て、ちょっと面白かったとか、ちょっと、っていう言葉の後につく言葉っていろいろと……」
「ほうらね、コンビニだってビールだって、『ちょっと』がつくのは、たいした内容の言葉じゃないでしょ。昔、知人の作家でいたわよ。世間が夏期休暇の時期になると電話をかけて来て、実にさりげない口調で言ったものだわ。明日から、ちょっと軽井沢へ行くんでねとか、ちょっとカナダへとか、ちょっと韓国へとか、毎年、電話して来た人が」
「自由業なのにオフ・シーズンじゃなく、世間の夏休みの時期に合わせることないのにね」
 P子の味方を、『ちょっと』してあげました。
「ま、あまりレベル高いとは言えない作家だからね。世間の人たちがあちこちへ出かけるのを見てうらやましくて自分も、っていう通俗的な生き方してるタイプなんでしょ。そのたびに、あたし、『ちょっとカナダへですか? うらやましいわ』って心にもないこと言ってやったわ。ちょっと、を強調したのは皮肉のつもりだったんだけど、全然通じないの。ま、女の皮肉は男に通じないものだけどね」
「P子としては、全くうらやましくなかったんでしょう」
「もちろんよ、カナダなんて行きたくないし、夏の軽井沢なんて人混みで他人の息を吸いに行くようなものだし、韓国なんてタダでも行きたくない国だわ。そういう人って、ちょっとどこどこへ行くって言いふらすことが目的で行くのだから、実際行ったら、若くもない体にいろんなストレス溜まって体調悪くしてお帰りになったらって内心、呟いたわよ」
「それで」
「それが本当に、気候のせいだの食べ過ぎのせいだの疲れ果てたとかで体調悪くしたって後で聞いた時は、心やさしいあたし、心から同情して、あたしがあんなこと内心呟いたせいかもって、神様にお許し下さいって就寝前に反省してお祈りしたわ」
「それで今回は、そんな皮肉は言わないのね」
「だって、ちょっとトイレに行くみたいなつもりで、ちょっとパリへ行くのが年末年始じゃなく1月下旬だなんて言うのよ」
 キーッとP子がハンカチの端を強く噛んで、もう一方の端を引っ張ります。
「その人、自由業?」
「自由業だか何だか知らないけど今ふうの仕事で自由業っていうより自営業みたい。ちょっとトイレに行くみたいなつもりでちょっと行くのがパリだなんて!」
「P子の憧れの街ね」
「しかも、ちょっとトイレに行くみたいなつもりで、ちょっとパリへ行くのが年末年始が終わった後なんて!」
「大半の海外観光客が帰国したあとね」
「しかもツアーでもパックでもなくガイドもなし、彼女、フランス語ができるのよ」
 キーーーッとP子がハンカチの端を噛んで引き裂きそうなほど引っ張ります。フランス語ができてパリへ旅行だなんて、私でも『ちょっと』うらやましくなります。英語ができれば、たいていの海外旅行は通用すると思うけれど、フランス語ができれば現地の人とも言葉を交わせます。
「でも今回が初めてってわけじゃないでしょう。ちょっとトイレに行くみたいなつもりで、ちょっとどこどこへ行く、って話を他人から聞かされることって」
「何度もあるけど、そういう人間は決まって虚栄心の強い人、さらに言えば、ふだん、他人に嫉妬と羨望を強く抱いている人。いつもいつも嫉妬と羨望を味わわせられてばかりの人生だから、ちょっとトイレに行くみたいなつもりで、ちょっとどこどこへ行く、っていう言い方をして、ついに、してやったり! 他人に嫉妬と羨望を味わわせてやったって狂喜してるのよ。聞かされて嫉妬と羨望を味わう人なんて、そんなにいないっていう現実も知らない度し難い無知でね」
「だけど、パリへ行く知人女性にはP子もやっぱり……」
 うらやましくないはずが、ないんです。
「だから、その『ちょっと』の一言がなければ、素直に返信メールできるけど」
「何て、返信したの?」
「ちょっとトイレに行くみたいなつもりで、ちょっとパリへ行くなんて、うらやましいわね、って」
「えええッ!」
 そんなメールなんてとP子を見たら、引き裂こうとしても引き裂けないハンカチを必死の顔つきで、左右の手で引っ張っていて、
(フラストレーションの塊みたいなP子)
 可哀想、って、しみじみ同情したんです。

愛の不足

2014-10-31 14:43:15 | P子の不倫
「愛が足りないのよ」
 と、P子が何度も同じ言葉を口にして、嘆いています。
「愛が足りないって?」
 そう聞き返しても、
「だから、愛が足りないのよ」
 嘆息の口調で、そう答えるんです。
「不倫相手の愛が、足りないってわけ?」
「この間、寝違いしちゃったの」
「寝違い?! 天災は忘れたころに……じゃなく、寝違いは忘れたころにやってくる、っていう寝違いね」
 笑いながら言ったんです。『寝違いは忘れたころにやってくる』という言葉は、P子の口癖だからです。
「2日間、冷湿布貼って落ち込んでたわ。寝違いの原因て、ネットで調べると、枕の高さとか、首が冷えたとか、不自然な寝返りとか書いてあるけど、あたしの場合は違うのよ。神様の罰か、愛が足りないのが原因なのよ」
「湿布貼って治ったなら、たいしたことないでしょう」
「とんでもない! 私にとっては一大事。まず考えたのは、神様の罰だわ。思いつくのは、メールで姉を怒らせたことかもしれない、って。あんなに怒ると思わなかったの。軽い冗談で書いたメールなのに、返信メールが来なくて、後日の電話で、お姉さん、激怒してたのよ。凄く怒ってる、凄く傷ついたって。そんなに怒るなんて夢にも思わなかったから、一瞬、驚愕して言葉を失って、『ごめんなさい』って、ションボリした声で謝ったら、そのあとはいつもと同じ口調になって、許してくれた感じだから、やっぱり、そのことで神様があたしを罰するはずがないってわかって、じゃ、何が原因か、よ~く考えてみたら、愛が足りないからだわ! って気づいたの」
「抽象的で漠然としてるけど、その愛って、自分の愛、P子の神様の愛、不倫相手の愛? 具体的にどんな愛なのよ」
「この間、インナー・肌着・下着通販のメルマガ読んで、その中のURLクリックしてサイト見たら、紳士用&婦人用下着の商品の写真が並んでて、紳士下着のボクサー・ブリーフ見てたら、午前だというのに、身体が熱くモヤモヤしちゃって、あたしって、ヘン、こんな写真見て刺激されるような単純な動物的な欲望なんて無縁のはずなのにって自分で自分がわからなくなっちゃったの。人生って、いろんなことがあるわね」
「紳士用下着……ブリーフね……それは、女なら誰だって、ちょっと刺激されても自然なことなんじゃない?」
「そんなこと、今までに絶対なかったの。たかが写真よ。愛する旦那様の下着なら刺激されるけど、通販商品の紳士下着写真に刺激されるなんて! とんでもないわ! あたしって精神の女なんだもの、愛する旦那様への愛情表現として性の欲望があってセックスという行為が存在するんだもの」
「愛情表現としてのセックスね。それで?」
「その翌日なの。寝違いしたの」
「季節の変わり目で寒かったんじゃないの? 温かくして寝たの?」
「11月になる前に冬用の布団出すつもりでいて、その夜は夏布団一枚だけ。タオルケットもかけようかなってチラッと思ったけど眠かったから」
「夏布団? 10月のいつごろ?」
「中旬の終わりごろ。毎年、衣替えは10月下旬の習慣で、外出時は長袖でも自宅では半袖。そろそろ冬布団出して干さなくちゃって思ってたんだけど、面倒で一日延ばしにしてたの」
「パジャマも夏用?」
「パジャマを着て寝る習慣はないわ。身体にまといつくのが嫌いで。裸で寝るのが一番気持ちがいいけど、最低限の下着で寝るの」
「な~んだ、寝違いの原因は、寒かったことじゃないの。冷え込んだ夜だったんじゃない?」
「だって寝る時、寒くなかったもの」
「寝る時寒くなくても夜中に冷え込むってことあるでしょう? そう言えばP子の寝違いって、季節の変わり目の秋が多くない?」
「そうかしら。データ取ってないから、わからないわ」
「そんなことデータ取らなくても……。ま、神様の罰とか愛の不足とか思い詰めないほうがいいわ。ストレスになって病気になるわよ」
「思い詰めてるわけじゃないけど、どう考えても、やっぱり……愛が足りないのよ。愛の不足、血液循環の不足で、寝違いが起きたことは間違いないわ」
「そのことを、不倫相手に言ってみたら?」
「そんなこと、絶対絶対、言えないわ! 欲求不満かもしれないって邪推されちゃったら、あたしたちの神聖な愛に変化が起こるかもしれないでしょう。胸に秘めておくしかないの。それも愛なのよ。ああ、どうしよう。愛が足りないの」
 そのあとも延々と、愛が足りないという言葉を繰り返すP子を、何て慰めてあげればいいのかわかりませんでした。

愛の魔法

2014-09-30 14:35:09 | P子の不倫
 P子の不倫相手の男性が、この間、膝に湿布してたと言うので、
「湿布! それは興ざめだったでしょう」
 ケタケタと笑って冷やかしたら、
「あ~ら、全然そんなことなかったわ」
 澄ました顔どころか、うっとりした表情を浮かべて答えたんです。
「嘘~。ベッドでこれから愛の交じわりをする時に、相手の身体に湿布なんて貼ってあったら醒(さ)めちゃうわよ」
「それは、あなたみたいに深~い恋をしたことがない女はそうでしょうけど」
「じゃ、どんな気持ちになったわけ?」
「可哀想! って母性本能刺激されちゃったわ。それにベッドの中じゃなく、ズボンを脱いだ時よ。あたし、愛する旦那様がズボンを脱ぐ姿を見るのって大好きなの。何年見ても、飽きないわ」
「どこに貼ってあったの?」
「左の膝よ。テニス膝。左利きだから左足にぐっと力が入って痛くしちゃったんだって」
「おトシだから仕方ないわね」
「湿布貼ってあったの、初めてじゃないわ。テニス肘もあったし、ふくらはぎの肉離れもあったし、長年愛し合ってれば、いろんなことがあるわよ」
「それはそうでしょう。母性本能刺激されて、マッサージでもしてあげた?」
「もちろんよ。あたし、筋肉の痛みを和(やわ)らげるマッサージって得意中の得意。左右の掌をすり合わせて<気>を出してね……」
「き?」
「元気の気、気功の気よ。こうやって……」
 P子が左右の掌をすり合わせてみせました。
「その掌を痛みのある筋肉にやさしく当てると、じわーっと気が染み込んで痛みが和らぐの。昔、子供のころ、お腹が痛くなると、祖母があたしのお腹に手を当ててさする時、いつもそうしてたわ。祖母は<気>っていうことを知らないで、温めた掌でさするためにそうしたのだけど、いつか<気>についての本を読んだら、そのやり方が出ていて、祖母の掌に出た<気>があたしのお腹の痛みを取ったんだってわかったの。今でも、お腹が痛くなると、掌をすり合わせてお腹に当ててさすると治るのよ」
「筋肉の痛みじゃなくても?」
「筋肉でも内臓でも痛みは消えるの。寝違いの時もそうすると、かなり和らぐの。本当よ。冷湿布のほうが対症療法ですぐ効くけどね。とにかく身体の痛みは左右の掌をよ~くさすって<気>を出して、やさしくソフトにマッサージすると効果があるの」
「それをしてあげて、テニス膝、本当に治ったの?」
 何だか半信半疑です。そんな情報、どこにも出ていません。
「あなたって単純ね。すぐ完治したわけじゃないけど、痛みが和らいだのは間違いないのよ。だって、それをしてあげながら愛する旦那様に、どう? 痛みが薄れてきた? 和らいできた? って聞くと、『うん、治った!』って元気な声で答えるもの。今回だけじゃないわ。他の時だって、いつも、そうだったもの」
「それは、一応そう言わないとP子が延々とマッサージを……」
「ま、失礼ねッ、一応だなんて。だから完治じゃなくても、ほんとにほんとに痛みが和らぐのよ。今度、実証してあげる、と言いたいけど、女のあなたの身体にマッサージなんてツマラナイから、や~めた」
「結構よ。私って筋肉痛も身体の痛みもあまり起こらない体質ですからねッ」
「あたしの愛の<気>のマッサージをした翌週は、もう湿布してないもンね。愛の<気>のマッサージをしたことで早く治るっていう証明よ。あたしだけができる愛の魔法なの! 何て素晴らしい魔法なんでしょう! 神様が与えてくれた愛の神秘パワー!」
 そう言った後、
「ああ、湿布になりた~い! 愛の神秘パワー発揮した後、完治するまでの1週間、湿布になって愛する旦那様の身体に貼り付いてれば、ずうっとずうっと一緒にいられるわ! 自宅でも会社でも車の中でもトイレでも!」
 うっとりと、そう呟いたので、何だか呆れてしまいました。