花森えりか My Room

─愛と官能について語る部屋─

愛の不足

2014-10-31 14:43:15 | P子の不倫
「愛が足りないのよ」
 と、P子が何度も同じ言葉を口にして、嘆いています。
「愛が足りないって?」
 そう聞き返しても、
「だから、愛が足りないのよ」
 嘆息の口調で、そう答えるんです。
「不倫相手の愛が、足りないってわけ?」
「この間、寝違いしちゃったの」
「寝違い?! 天災は忘れたころに……じゃなく、寝違いは忘れたころにやってくる、っていう寝違いね」
 笑いながら言ったんです。『寝違いは忘れたころにやってくる』という言葉は、P子の口癖だからです。
「2日間、冷湿布貼って落ち込んでたわ。寝違いの原因て、ネットで調べると、枕の高さとか、首が冷えたとか、不自然な寝返りとか書いてあるけど、あたしの場合は違うのよ。神様の罰か、愛が足りないのが原因なのよ」
「湿布貼って治ったなら、たいしたことないでしょう」
「とんでもない! 私にとっては一大事。まず考えたのは、神様の罰だわ。思いつくのは、メールで姉を怒らせたことかもしれない、って。あんなに怒ると思わなかったの。軽い冗談で書いたメールなのに、返信メールが来なくて、後日の電話で、お姉さん、激怒してたのよ。凄く怒ってる、凄く傷ついたって。そんなに怒るなんて夢にも思わなかったから、一瞬、驚愕して言葉を失って、『ごめんなさい』って、ションボリした声で謝ったら、そのあとはいつもと同じ口調になって、許してくれた感じだから、やっぱり、そのことで神様があたしを罰するはずがないってわかって、じゃ、何が原因か、よ~く考えてみたら、愛が足りないからだわ! って気づいたの」
「抽象的で漠然としてるけど、その愛って、自分の愛、P子の神様の愛、不倫相手の愛? 具体的にどんな愛なのよ」
「この間、インナー・肌着・下着通販のメルマガ読んで、その中のURLクリックしてサイト見たら、紳士用&婦人用下着の商品の写真が並んでて、紳士下着のボクサー・ブリーフ見てたら、午前だというのに、身体が熱くモヤモヤしちゃって、あたしって、ヘン、こんな写真見て刺激されるような単純な動物的な欲望なんて無縁のはずなのにって自分で自分がわからなくなっちゃったの。人生って、いろんなことがあるわね」
「紳士用下着……ブリーフね……それは、女なら誰だって、ちょっと刺激されても自然なことなんじゃない?」
「そんなこと、今までに絶対なかったの。たかが写真よ。愛する旦那様の下着なら刺激されるけど、通販商品の紳士下着写真に刺激されるなんて! とんでもないわ! あたしって精神の女なんだもの、愛する旦那様への愛情表現として性の欲望があってセックスという行為が存在するんだもの」
「愛情表現としてのセックスね。それで?」
「その翌日なの。寝違いしたの」
「季節の変わり目で寒かったんじゃないの? 温かくして寝たの?」
「11月になる前に冬用の布団出すつもりでいて、その夜は夏布団一枚だけ。タオルケットもかけようかなってチラッと思ったけど眠かったから」
「夏布団? 10月のいつごろ?」
「中旬の終わりごろ。毎年、衣替えは10月下旬の習慣で、外出時は長袖でも自宅では半袖。そろそろ冬布団出して干さなくちゃって思ってたんだけど、面倒で一日延ばしにしてたの」
「パジャマも夏用?」
「パジャマを着て寝る習慣はないわ。身体にまといつくのが嫌いで。裸で寝るのが一番気持ちがいいけど、最低限の下着で寝るの」
「な~んだ、寝違いの原因は、寒かったことじゃないの。冷え込んだ夜だったんじゃない?」
「だって寝る時、寒くなかったもの」
「寝る時寒くなくても夜中に冷え込むってことあるでしょう? そう言えばP子の寝違いって、季節の変わり目の秋が多くない?」
「そうかしら。データ取ってないから、わからないわ」
「そんなことデータ取らなくても……。ま、神様の罰とか愛の不足とか思い詰めないほうがいいわ。ストレスになって病気になるわよ」
「思い詰めてるわけじゃないけど、どう考えても、やっぱり……愛が足りないのよ。愛の不足、血液循環の不足で、寝違いが起きたことは間違いないわ」
「そのことを、不倫相手に言ってみたら?」
「そんなこと、絶対絶対、言えないわ! 欲求不満かもしれないって邪推されちゃったら、あたしたちの神聖な愛に変化が起こるかもしれないでしょう。胸に秘めておくしかないの。それも愛なのよ。ああ、どうしよう。愛が足りないの」
 そのあとも延々と、愛が足りないという言葉を繰り返すP子を、何て慰めてあげればいいのかわかりませんでした。