花森えりか My Room

─愛と官能について語る部屋─

喧嘩の後のセックス

2013-02-09 11:07:36 | P子の不倫
 長年の不倫関係の彼とのセックスを、
「深い深い性の深淵を、愛し合う旦那様とあたしは知ってしまったのよ」
 なんて、うっとりした顔つきで呟いてるP子に、ちょっと意地悪な質問を思いついたんです。
「でもね、それだけ長く関係が続いてたら、喧嘩だってするはずよ。いつもいつも愛し合って幸せなんて現実にはあり得ないと思うわ。それとも、自分たちは喧嘩ひとつしないほど愛し合ってるって言える?」
 そう聞くと、P子の顔から、うっとりした表情が消えるかと思ったら、違うんです。
「喧嘩するわよ。3年に1度ぐらいかしら。周期があるのよね」
「ほらね、喧嘩しても、また何となく関係が続く。そういうのを、男女の腐れ縁と言って、それは本物の愛じゃなく、馴れ合いの愛、偽りの愛ってことになるんじゃないかしら」
 すると、P子がキッとした目付きで私をにらんだんです。
「失礼ねッ。あたしたちの関係に、そんな言葉は絶対絶対当てはまらないのッ」
「ま、どう思おうと、ご自由ですけど。他人からはそう見えるかもしれないわ」
 クスッと笑って、言い返しました。
「他人がどう思おうと関係ないの。他人の眼を意識して生活してる中年以上の夫婦じゃないんですからね。あたしたちが純粋に愛し合えれば、それで幸せってこと。うふ」
「夫婦なら喧嘩しても、世間体があるから別れるところまでいかなくても、愛とセックスだけが絆の愛人関係の男女にとっては、喧嘩のたびに別れを意識するっていうことになると思うわ」
「もちろんよ。だけどね、あなたにはわからないかもしれないけど、The darkest hour is that before the dawn.という英語の諺(ことわざ)、ご存知かしら? うふ」
 ご存知かしらなんて急に敬語になったのは、私が知るわけがないと百も承知だからです。そう言うP子だって、英語に精通しているわけじゃないから、たった1つだけ知っている英語の諺ということになるのでしょう。
「知らないわ。どういう意味?」
「何て素敵な諺でしょう。The darkest hour is that before the dawn.」
「早く意味を教えなさいよ。P子もほんとは知らないんじゃないの」
「最も暗い時間は夜明け前、と訳すの。素敵でしょう」
「その諺が、愛人関係の男女の喧嘩と、どう関係あるの?」
「最も暗い時間は夜明け前の意味は、苦難や絶望を乗り越えれば、すぐそこに希望がおとずれる、救われる、っていうこと。あたしと旦那様にとっては正確には少しだけ違って、愛し合う男女の喧嘩の時に甘美なひととき、ということになるの。喧嘩の時のセックスって、この上なく激しく情熱的で、もう死んでもいいってくらい甘美な陶酔感に没我してしまうの。ま、あなたみたいな女にはわからないでしょうね」
「それじゃ、夫婦が仲直りのセックスするのと変わらないじゃないの」
「全然、違うわ。純粋に愛し合ってる不倫愛の男女はね、仲直りが目的でセックスするんじゃないのよ。喧嘩の延長にセックスがある、仲直りのことなんて意識はみじんもなく、喧嘩の延長というより最中のセックス、ということ。経験のないあなたには理解できないかも」
「別れる別れないの喧嘩してて、どうしてセックスできるのよ。それこそ不純だわ、ううん、動物的だわ」
「夫婦は打算で仲直りセックスするでしょ。愛人関係の男女は純粋だから打算はないの。別れるか別れないか、いつも崖っぷちで愛し合いセックスしてるようなものなのよ。その崖の上から、どちらかが身を投げるかもしれないし、2人とも身を投げるかもしれないし、2人とも崖の上にとどまるかもしれないってこと」
「ふうん、わかるようなわからないような……」
「3年ぐらいの周期で喧嘩セックスして、やっぱりあたしたちって永遠に愛し合う運命って感じるの」
「ふうん」
「The falling out of lovers is the renewing of love.」
 P子が上手とは言えない英語を呟きます。
「また英語の諺。1週間かかって暗記したのね。どんな意味? 聞いてあげるわ」
「恋人の仲たがいは恋の若返り。うふ。小さな喧嘩も、嫉妬も、誤解もね、The falling out of lovers is the renewing of love.何て素敵な諺でしょう。このとおりよ。あたしと旦那様って、3年ごとの喧嘩のたびに恋も容姿も若返ってるから、年齢を重ねるごとに若くなっていくの。うふ、うふふふふ」
「はいはい、どうぞご自由に」
 あきれて笑って、そう言うしかありませんでした。