P子とランチしながら、あれこれお喋りして、別れたのが午後3時半。
ホームセンターとデパートと家電量販店で買い物してから電車に乗り、最寄り駅前スーパーに寄った後、自宅に向かって歩いていたら、携帯電話の着信音。バッグの中で、着信メロディがすぐ鳴り止んだので、
(P子だわ)
そう思いながら、買い物紙袋やスーパーのレジ袋を左手にまとめ、携帯を取り出して見ると、やっぱりP子。コール音を1度か2度鳴らして、すぐ切るのがP子の癖なんです。着信を見た相手に、電話をかけさせるためです。
最初に知り合った時、互いの携帯に着信させて番号を教え合った後、P子が、
「あたし、電話かけ恐怖症だから、あなたのほうからかけてね。かかってくるのは平気なの」
恐怖症なんて言うから、
(この人、診療内科系の病気があるのかも……)
そう思ったくらいです。〈電話恐怖症〉というのはありそうだけど、〈電話かけ恐怖症〉がP子の造語だなんて知らなかったんです。
付き合うようになって、お喋りするうち、P子の口から恐怖症という言葉がよく出てくることに気づいたんです。〈高所恐怖症〉〈狭所恐怖症〉〈不潔恐怖症〉〈動物恐怖症〉〈血液検査恐怖症〉〈外科手術映像恐怖症〉〈口中映像恐怖症〉etc……。
〈注射恐怖症〉なんていうのもあるんです。とりわけ、P子のお気に入りみたいな。世間に言う、〈注射嫌い〉程度なのに、恐怖症だなんて。いい大人がと、聞いた相手が目を丸くするのを見て面白がってるに決まってるんです。
〈注射恐怖症〉だなんて、よく言うわよと、言いたくなります。男性のアレの気持ちいいお注射は大好きなくせに。
電話かけ恐怖症も同じで、オーバーに言って面白がってるのかと思ったら──。
ある時、お互いの携帯機能の話をしていて、料金の話題になった時、P子が、
「あたしの携帯、基本料金は安いけど、課金率の高いコースなの。数分話して、すぐ500円とか千円とか、ずっと前、10分ぐらい話して料金表示させたら、1500円以上! 1500円も払うなら映画のDVD買うほうがいいわ! 通信会社って〈濡れ手で粟(あわ)〉の儲け過ぎよ! つくづく損したと思ったわ!」
昂奮して憤慨の口調で言うので、ふと気づいたんです。
「だからいつも、ちょっと鳴らして切って、着信見た相手にかけさせるのね」
「そうよ、いけない?」
P子はキョトンとした眼で、私を見たんです。自分が電話かけて料金払わずにすむように、相手にかけさせるなんて──。典型的なB型性格です。
「電話かけ恐怖症だなんて嘘ついて」
「あら、嘘じゃないわ。緊張してかけられないの。ほんとに電話かけ恐怖症なの」
「固定電話の時は、すぐ切らないじゃないの」
「だって、市内局番は安いでしょ」
自分の発言を、客観的に考えられないノーテンキP子です。
携帯料金ケチるなんて、ほんとにケチなP子ですけど、ケチなことをちゃんと自覚していて、
「男のケチはめめしいけど、女のケチはカワイイからいいの」
どこが可愛いのか意味不明のことを言って、
「あたし、ケチな自分が気に入ってるの」
なんて言うんです。
でも、時々、食事おごってくれたり、プレゼントくれたりすることもあるし、変人P子だけれど、愛すべきキャラというかニクメナイ感じで、絶交する気になれないんですけど。
自宅に着いて、食料品を冷蔵庫に詰め込んでから、P子にかけようと携帯を手にしたら、電池残量が少ないアイコン表示で、固定電話でかけたんです。
待っていたように、すぐ電話に出たP子。
「帰るの遅かったのね。固定電話にもかけたのよ……」
と、弱々しく、思いつめたような声です。
「どうしたの? 何かあったの?」
「今日、あなたに言われた言葉がショックで、今夜、眠れそうにないの」
「何か、気にさわること言ったかしら」
全く、思い当たりません。たとえ、気にさわるようなことを言っても、変人P子には通じないことが、よくあるんです。
「気にさわる、なんてことじゃなく、ショックだったのよ。そう言ったでしょう」
「だから、どんなこと?」
「ま、せいぜい、神様の罰が当たらないように気をつけなさいね、って。別れ際に言ったじゃないの」
「ああ、あれね、冗談よ。あんな言葉がショックだなんて。P子って見かけに寄らず繊細なのね」
「その言葉が頭から離れないの。今夜、眠れなくなりそう、ううん、きっと眠れないわ」
と、その時、電話の向こうで、P子の携帯の着信メロディが鳴るのが聞こえたんです。電話とメールは別々の着メロで、聞こえるのはメールの着メロ。しかも、P子の不倫関係の〈旦那様〉のメールに指定してある着メロで、フランツ・リストの『愛の夢』。
「電話、かけ直すわね!」
打って変わったように明るい声で言うと、P子は電話を切ってしまったんです。
全く、人騒がせなP子です。
※ 濡れ手で粟=何の苦労もなく利益を得ること。
ホームセンターとデパートと家電量販店で買い物してから電車に乗り、最寄り駅前スーパーに寄った後、自宅に向かって歩いていたら、携帯電話の着信音。バッグの中で、着信メロディがすぐ鳴り止んだので、
(P子だわ)
そう思いながら、買い物紙袋やスーパーのレジ袋を左手にまとめ、携帯を取り出して見ると、やっぱりP子。コール音を1度か2度鳴らして、すぐ切るのがP子の癖なんです。着信を見た相手に、電話をかけさせるためです。
最初に知り合った時、互いの携帯に着信させて番号を教え合った後、P子が、
「あたし、電話かけ恐怖症だから、あなたのほうからかけてね。かかってくるのは平気なの」
恐怖症なんて言うから、
(この人、診療内科系の病気があるのかも……)
そう思ったくらいです。〈電話恐怖症〉というのはありそうだけど、〈電話かけ恐怖症〉がP子の造語だなんて知らなかったんです。
付き合うようになって、お喋りするうち、P子の口から恐怖症という言葉がよく出てくることに気づいたんです。〈高所恐怖症〉〈狭所恐怖症〉〈不潔恐怖症〉〈動物恐怖症〉〈血液検査恐怖症〉〈外科手術映像恐怖症〉〈口中映像恐怖症〉etc……。
〈注射恐怖症〉なんていうのもあるんです。とりわけ、P子のお気に入りみたいな。世間に言う、〈注射嫌い〉程度なのに、恐怖症だなんて。いい大人がと、聞いた相手が目を丸くするのを見て面白がってるに決まってるんです。
〈注射恐怖症〉だなんて、よく言うわよと、言いたくなります。男性のアレの気持ちいいお注射は大好きなくせに。
電話かけ恐怖症も同じで、オーバーに言って面白がってるのかと思ったら──。
ある時、お互いの携帯機能の話をしていて、料金の話題になった時、P子が、
「あたしの携帯、基本料金は安いけど、課金率の高いコースなの。数分話して、すぐ500円とか千円とか、ずっと前、10分ぐらい話して料金表示させたら、1500円以上! 1500円も払うなら映画のDVD買うほうがいいわ! 通信会社って〈濡れ手で粟(あわ)〉の儲け過ぎよ! つくづく損したと思ったわ!」
昂奮して憤慨の口調で言うので、ふと気づいたんです。
「だからいつも、ちょっと鳴らして切って、着信見た相手にかけさせるのね」
「そうよ、いけない?」
P子はキョトンとした眼で、私を見たんです。自分が電話かけて料金払わずにすむように、相手にかけさせるなんて──。典型的なB型性格です。
「電話かけ恐怖症だなんて嘘ついて」
「あら、嘘じゃないわ。緊張してかけられないの。ほんとに電話かけ恐怖症なの」
「固定電話の時は、すぐ切らないじゃないの」
「だって、市内局番は安いでしょ」
自分の発言を、客観的に考えられないノーテンキP子です。
携帯料金ケチるなんて、ほんとにケチなP子ですけど、ケチなことをちゃんと自覚していて、
「男のケチはめめしいけど、女のケチはカワイイからいいの」
どこが可愛いのか意味不明のことを言って、
「あたし、ケチな自分が気に入ってるの」
なんて言うんです。
でも、時々、食事おごってくれたり、プレゼントくれたりすることもあるし、変人P子だけれど、愛すべきキャラというかニクメナイ感じで、絶交する気になれないんですけど。
自宅に着いて、食料品を冷蔵庫に詰め込んでから、P子にかけようと携帯を手にしたら、電池残量が少ないアイコン表示で、固定電話でかけたんです。
待っていたように、すぐ電話に出たP子。
「帰るの遅かったのね。固定電話にもかけたのよ……」
と、弱々しく、思いつめたような声です。
「どうしたの? 何かあったの?」
「今日、あなたに言われた言葉がショックで、今夜、眠れそうにないの」
「何か、気にさわること言ったかしら」
全く、思い当たりません。たとえ、気にさわるようなことを言っても、変人P子には通じないことが、よくあるんです。
「気にさわる、なんてことじゃなく、ショックだったのよ。そう言ったでしょう」
「だから、どんなこと?」
「ま、せいぜい、神様の罰が当たらないように気をつけなさいね、って。別れ際に言ったじゃないの」
「ああ、あれね、冗談よ。あんな言葉がショックだなんて。P子って見かけに寄らず繊細なのね」
「その言葉が頭から離れないの。今夜、眠れなくなりそう、ううん、きっと眠れないわ」
と、その時、電話の向こうで、P子の携帯の着信メロディが鳴るのが聞こえたんです。電話とメールは別々の着メロで、聞こえるのはメールの着メロ。しかも、P子の不倫関係の〈旦那様〉のメールに指定してある着メロで、フランツ・リストの『愛の夢』。
「電話、かけ直すわね!」
打って変わったように明るい声で言うと、P子は電話を切ってしまったんです。
全く、人騒がせなP子です。
※ 濡れ手で粟=何の苦労もなく利益を得ること。