花森えりか My Room

─愛と官能について語る部屋─

別れの衝撃

2010-10-19 15:16:11 | 告白手記
 最後の別れの日──。
 喫茶店で話をしてから、1週間後です。
 新居となるはずだった、小さな建て売り住宅の家へ行きました。私の物を取りに行ったんです。
 と言っても、同棲したわけではないし、泊まったことも1度もないので、ほんの少しの物です。
 料理を作ったことはないのに、エプロンとか、ハンカチとか、室内着とか、下着を数枚、数冊の本、そういう物です。
 それと、アルバムを持って行こうとしたら、見つかりません。3冊あったアルバムの、1冊もないんです。
 私を車で送ってくれるために、階下で本を読んでいる彼に、
「アルバム、どこ?」
 そう聞いたら、
「ああ、あれは全部、捨てた」
 穏やかな口調で、彼は答えたんです。
「捨てた?! どうして?! あたしの写真よ! どうして捨てたの! どうして?!」
 昂奮して私は口走りました。
「捨てるほうがいいと思ったから」
「そんな、ひどい!」
 私は憤りで胸がいっぱいになり、言葉を失っていました。
 2人であちこちへ行った記念の写真は、もう別れるのだから、捨てるつもりでした。
 けれど、私だけが映っている写真もたくさんあったんです。修学旅行の時や、林間学校の時、肉親たちとのドライブの時、文化祭とか、友達との旅行とか、記念に取ったそれらのスナップ写真から、よく撮れている写真だけ選んで、アルバムに貼り付けてあり、彼が楽しいコメントを書いてくれた、数々の思い出の写真です。
「2人の記念の写真は捨てたってかまわない。でも、あたしだけの写真は返して欲しかったのに!」
 私は怒りの言葉をぶつけました。
「そうだね、返せばよかったね。そうするのが面倒だったんだ」
 彼は、相変わらず穏やかな声と口調です。
 その時、私は、彼の黒縁の眼鏡の奥に、瞬間的に浮かぶ光りを見たんです。
 それは、憎悪の光りです。
 そして、軽蔑の光りです。
 赤の他人となった、私への憎悪と軽蔑──。
 私が大事にしていた記念のアルバムを、彼は私への憎しみのあまり、切り刻んだり燃やしたりしないではいられなかったのかもしれないと、そう気づいたんです。
(もしかしたら彼は、本当は私を愛していたのかもしれない……)
 ふと、そんな気がしたんです。
(ううん、違う。彼が愛していたのは私ではなく、私との未来の結婚生活、未来の家庭。本当は私を愛していたんじゃないわ)
 そう思い直して、思いがけない別れの衝撃に耐えたんです。