花森えりか My Room

─愛と官能について語る部屋─

P子の結婚論

2013-11-02 14:12:50 | P子の不倫
 珍しくP子が映画の話を始めたんです。
「この間ビデオで、アルツハイマーになった中年男性が主人公の日本映画を観たわ。良妻賢母タイプの妻と、結婚前のやさしい娘がいる。家庭は幸福で平穏無事。大手企業で優秀なサラリーマンだった主人公が、その病気によって生活が一変する、っていうストーリー」
「面白かった?」
「もう1度観たいと思わないけど最後まで観てしまう程度にね」
「日本映画観るなんて珍しいのね。スペイン映画のベッドシーンが好きとか言ってたじゃない」
「気分転換に最初だけ観てみるつもりで、もしかしたら面白いかもと選んで録画した5本に1本くらいは、最後まで観るわ」
「ふうん、それで」
「その映画を観てる時、つくづく感じたの。不幸な家庭は、みな似たり寄ったり、って。トルストイの『アンナ・カレーニナ』に、『幸せな家庭はどこもみな似たり寄ったりだが、不幸な家庭はみなそれぞれに不幸である。』っていう文章があるでしょ。確かにそれは名言だと思うけど、あたし最近、周囲を興味深く見ていて、その逆の文章が浮かぶのよ。不幸な家庭はみな似たり寄ったりだって。むしろ幸福な家庭のほうが、みなそれぞれに幸福である、ってね」
「ふうん。そのアルツハイマー男性が主人公の映画って、ちょっと観てみたいわね」
「夫の病気が進んでいき、心身ともに疲労しきった妻は、良妻賢母の仮面をかなぐり捨てて、夫への恨みつらみを吐き出すように喋り続け、私は娘と2人で生きて来たんです! とまで叫ぶように言うのよ。偽りの結婚生活に、妻が気づいた瞬間だわ。夫が病気にならなければ、真実を見つめることはできなかった。それが大半の不幸な中年夫婦のケースと似たり寄ったり。その映画のほとんどのシーンで、不幸な家庭はみな似たり寄ったり、って言葉がチラチラ浮かんだわ」
「私もP子も一応、結婚の経験はあるわけだけど」
「20代の時だから、もちろん30代以上の結婚生活は経験してないし理解してないってことになるでしょうね。それでも興味があるのは、人間そのものを観察できるからだわ。特に中年以上の夫婦、こんなに観察して洞察して興味深く面白いものはないわ。何と言っても、この世で一番興味があるのは男性、2番目は自分自身、3番目は人間だわ。あたしって人間大好き人間だから」
「それはわかるけど、あくまでもP子の観察、洞察ということで……」
「それはそうよ。だから、それは違うとか偏見だとか経験してないからわかってないとか言われれば、それはそうでしょう。でもね、『結婚は夫、または妻によって創り出されるものではなく、 逆に夫と妻とが結婚によって創られるのだ』という素晴らしい名言があるわ。大半の夫婦が、結婚生活とはこうあらねばならない、こうしなければ幸せではないし、幸福な夫婦に見えない、という既成概念にとらわれて、がんじがらめになってるけど、そのことに気づかない。クリスマスや年末年始に一家団欒を強調するのは、ふだんは愛を感じられない、または愛に飢えている、または本物の愛がないからこそなのよ。人生には逆の発想こそ真実が秘められていることがある。これって、あたしの名言。逆の発想できない想像力欠如人間が世間には多いけどね。つまり、一家団欒でご馳走食べるのが幸せ、お一人様は可哀想ねと同情するのは、その時だけの自己釈明みたいなもの。自己以外の人間、肉親であれ配偶者であれ、制約とストレスの多い生活に、深層心理で潜在意識で、シングル人間の自由をたまらなく羨望しているからなのよ。それはもう、シングル人間の想像を絶するくらいの羨望だわ。でも、それは絶対、口にできない。それを口にしたら自分の人生を否定することになるし、自己破壊につながるわ。何があってもどんな家族でも配偶者でも、一家団らんして既成の幸福を実現させなければならないし、これこそ人生の幸福と脳にイン・プットさせなければならない。それこそ、『結婚は夫、または妻によって創り出されるものではなく、 逆に夫と妻とが結婚によって創られるのだ』ということになるのよね」
「そうも言えるかもしれないけど、実際、一家団欒て楽しかった経験があるわ」
「あたしなんか生まれて30年近くの歳月で、一家団欒含めた家庭の幸福はもう味わい尽くしたの。だからもう飽きたのかもしれないけど、家庭を飛び出た自由な時間のほうが、人生の魅力が感じられることを知ったの。一家団欒、家庭の幸福に執着する人間は、生まれてから子供時代や青春時代までの時期を孤独に過ごした人が多いのよ。子供時代や青春時代、愛してくれる人が誰も傍にいてくれなかった孤独のトラウマ、何十年経っても消せないトラウマ、そのために自分の心に生まれた本物の愛や幸福ではなく、既成概念の幸福な家庭に自分を当てはめていくことになるの」
「幸福というのは主観でもあると思うけれど……」
「もちろんだわ。本人がこれこそ幸福と脳にイン・プットして幸福と感じていれば幸福には違いないわ。でもね、幸福と信じ込んでいる時間を過ごす中に、自覚のないまま途轍もなくストレスが累積されていく証拠って言えるのが、夏期休暇明けや年末年始明けは体調崩して病院に駆け込む人が多いんだって。つまり、幸福なはずなのにストレスが溜まる。それは自分の心から生まれた感性による生活ではなく、これこれこうすることが幸福という形に自分を当てはめるからストレス累積体調不良〈上りエスカレーター〉に乗ってしまうってことになるって言えるんじゃないかしら、って思うわけ。うふ、うふふふふふ」
 最後の意味不明の笑いが、何だか人を煙に巻くみたいにも感じられるP子でした。