花森えりか My Room

─愛と官能について語る部屋─

別れの結末

2010-11-22 19:35:26 | 告白手記
 消えてしまった思い出。
 2人の愛のアルバムを、燃やしてしまった彼への怒りと哀しみ。
 それを知った時の私は愕然となって、彼との12歳の年齢差が消えた! ──と、そう感じたんです。
 2人の思い出の写真は燃やされてしまっても仕方のないこと。最後にもう一度だけ見たかったという未練も、すぐ消えてしまうでしょう。
 けれど、私だけの思い出の写真まで一緒に燃やしてしまうなんて──。
 それは、彼の私に対する嫌がらせとか悪意とか、そんなふうには感じませんでした。
 そうしないではいられなかった彼の気持ちが、わかるような気がしたんです。
 そして、その時初めて、
(男と女の関係に年齢差なんて、ないんだわ……!)
 ということを知ったんです。
 12歳年上の大人の男性である彼は、理性も分別もあって、たとえ、どんなことが起きても、どんな状況になっても私を怒らせたり悲しませたりすることなんてしないはず──と、そう思い込んでいた私は甘かったというか、男性という生き物を知らなかったんです。
 別れることになったその時から、彼は変身したわけではなく、男女として対等になった……! という言い方もヘンですけど、12歳年上の大人の男性という意識が消え去ってしまったんです。
 そのことに、深い衝撃を受けたくらいです。
 黒縁のメガネをかけた彼の顔は平静でも、そのメガネの奥に、彼の微妙な感情の眼が光っていたような気がしました。
 愛の思い出は写真だけではありません。彼から貰ったプレゼントの数々。自分の家の自分の部屋に、プレゼントされたブローチやネックレスやペンダントや指輪などのアクセサリー、詩集・小説などの本、英和辞書、レコード、オルゴール、ハンカチ、旅行みやげのコケシや飾り物……。
「全部、返します」
 そう言ったら、彼は傷つくと思ったので、
「貰ったプレゼント、返したほうがいい?」
 と聞いたら、彼は首を横に振って、
「捨ててしまいなさい」
 そう言ったんです。
 私が返したのは、2人の新居となるはずだった家の合鍵だけ……。 
 別れの感傷は、いっときのこと。
 新たな愛の世界を想い、2番目の恋人に早く逢いたくて逢いたくて抱き締められたくて、身も心も恋い焦がれるような気持ちでした。

別れの衝撃

2010-10-19 15:16:11 | 告白手記
 最後の別れの日──。
 喫茶店で話をしてから、1週間後です。
 新居となるはずだった、小さな建て売り住宅の家へ行きました。私の物を取りに行ったんです。
 と言っても、同棲したわけではないし、泊まったことも1度もないので、ほんの少しの物です。
 料理を作ったことはないのに、エプロンとか、ハンカチとか、室内着とか、下着を数枚、数冊の本、そういう物です。
 それと、アルバムを持って行こうとしたら、見つかりません。3冊あったアルバムの、1冊もないんです。
 私を車で送ってくれるために、階下で本を読んでいる彼に、
「アルバム、どこ?」
 そう聞いたら、
「ああ、あれは全部、捨てた」
 穏やかな口調で、彼は答えたんです。
「捨てた?! どうして?! あたしの写真よ! どうして捨てたの! どうして?!」
 昂奮して私は口走りました。
「捨てるほうがいいと思ったから」
「そんな、ひどい!」
 私は憤りで胸がいっぱいになり、言葉を失っていました。
 2人であちこちへ行った記念の写真は、もう別れるのだから、捨てるつもりでした。
 けれど、私だけが映っている写真もたくさんあったんです。修学旅行の時や、林間学校の時、肉親たちとのドライブの時、文化祭とか、友達との旅行とか、記念に取ったそれらのスナップ写真から、よく撮れている写真だけ選んで、アルバムに貼り付けてあり、彼が楽しいコメントを書いてくれた、数々の思い出の写真です。
「2人の記念の写真は捨てたってかまわない。でも、あたしだけの写真は返して欲しかったのに!」
 私は怒りの言葉をぶつけました。
「そうだね、返せばよかったね。そうするのが面倒だったんだ」
 彼は、相変わらず穏やかな声と口調です。
 その時、私は、彼の黒縁の眼鏡の奥に、瞬間的に浮かぶ光りを見たんです。
 それは、憎悪の光りです。
 そして、軽蔑の光りです。
 赤の他人となった、私への憎悪と軽蔑──。
 私が大事にしていた記念のアルバムを、彼は私への憎しみのあまり、切り刻んだり燃やしたりしないではいられなかったのかもしれないと、そう気づいたんです。
(もしかしたら彼は、本当は私を愛していたのかもしれない……)
 ふと、そんな気がしたんです。
(ううん、違う。彼が愛していたのは私ではなく、私との未来の結婚生活、未来の家庭。本当は私を愛していたんじゃないわ)
 そう思い直して、思いがけない別れの衝撃に耐えたんです。

別れの矛盾

2010-09-18 19:59:50 | 告白手記
 彼と別れたい私は、彼への愛が消えたとか飽きたとか嫌いになったわけではないんです。
 他の男性と恋をしてしまったから、その男性と肉体の愛を交わしてしまったから、彼と別れようと決めたんです。
 だから、彼への愛は、あったんです。私にとって、初体験の相手である男性です。そう簡単に、愛が消えたりしません。それほど私は飽きっぽいとか醒めやすい性格ではないんです。
 けれど──。
 愛はあるのに、別れたい私。
 愛はないのに、別れたくない彼。
 愛しているのに、結婚をやめたい私。
 愛してないのに、結婚をやめたくない彼。
 どちらも矛盾した心の動きと言えるでしょう。 
 別れたくない彼は、本当は私を愛していなかったんです。その真実を知った時の深いショック!
 彼は私を愛していたのではなく、未来の私との結婚生活を、その夢を愛していたんです。
 私を愛していたのでは、なかったんです。
 今、思い出しても、ショッキングな気持ちが、よみがえってきます。愛されているから、私を愛しているから結婚したいのだと思っていたのに──。
 真実は、そうではなかったんです。
 小さな家である一戸建ての新築住宅を、やっとの思いで購入した彼は、私とそこで暮らす未来の生活を、愛していたんです。
 どうして、別れるくらいなら自殺するとか、無理心中するとか、生きて行けないとか、世界は暗闇とか、生きる希望を失ったとか、絶望したとか、言わないのでしょう。
 その理由は──、私を、本当は愛していなかったからなんです。
 婚約解消することで彼は世間体を保てないと、そのことを気にするんです。結納の時期も近づいているとか、友達にも紹介してしまったとか、職場の同僚にも話してしまったとか──すべて、世間体を気にする言葉ばかりです。
 もし、別れの言葉を口にしなかったら、彼の真実の心を知ることはなかったでしょう。
「半年か1年、結婚を延期しようか」
 と、あまり気乗りしない口調で、彼が言いました。
「でも……延期しても……」
 私は呟くように言いました。彼の本当の気持ちを知ってしまった以上、もう結婚したい気持ちにはならないと思いました。
 小さな家での結婚生活への夢を愛していた彼。
 結婚しないうちに、結婚に失望してしまったのかもしれない私。
 他の男性を愛したことだけが、別れたい理由ではなかったのかもしれません。
 男性は本能的に家庭のぬくもりを求める生き物。たとえば、愛がなくても、幸福がなくても、自分の家があり、そこに家族と使用するキッチンやリビングや浴室があり、冷蔵庫があり、テレビがあり、電子レンジがあり、見慣れた壁掛け時計があり、見慣れた絵画や花が飾られ、部屋中に料理の匂いが漂ってくるような平凡でありきたりで平穏で小さな小さな世界──そんな家庭のぬくもりなしに生きられないのが男性のような気がします。世間体を重視するのも、男性と決まっています。何故なら、男性は世間体のために生きている一面があるからです。
 ところが、女性は生まれつきの感情動物。自分の感情を、偽って生きられない生き物。女性は、愛なしでは絶対、生きられません。心身共に愛し合う男性がいれば、たとえシングル生活で家庭がなくても、ひとりで生きているのではなく、常に愛する彼と共に生きていることになるんです。
 愛がなくても結婚生活を夢見る男性と、愛があれば1人ではなく彼と共に生きていける女性との、この違い──。
 最近は、男性は結婚願望が強く、女性はシングル願望が強いから、晩婚の傾向とか、何かで読みましたが、それは違うと思うんです。最近は、そう口にする人が多くなったというか、顕著になっただけと思うんです。
 とうの昔から──。もしかしたら、人類始まって以来、ずっと──。男性は家庭願望及び結婚願望が強く、安易に結婚という籠(かご)の中に閉じ込められてしまう女性は、本能的にその籠の中から飛び立とうとしている、自由な空を求めて羽ばたきたい鳥のような生き物なんです。
 結婚の約束をしていた彼を裏切ってしまったのは、決して彼のセックスに不満だったからではありません。第一、彼しか知らなかったのですから、不満も何も、比較しようがありません。性の欲望だって、その後の日々に比べれば当然、淡泊というか、オクテというか、目覚めていないというか、セックスなしでも生きられると言っていい時期です。
 2人目の恋人のほうが良かったということも全く、ないんです。2人とも<お行儀の良いセックス>をする男性であり、精力絶倫というわけでもありません。もっとも、精力絶倫男性って、経験したことないから、よくわかりませんけど。
 精力だのテクニックだのより、愛です。愛が感じられるセックスこそが、女性を酔わせるんです。

別れの疑惑

2010-08-13 09:45:33 | 告白手記
 喫茶店の片隅で、延々と続く別れ話。
 泣いたり喚いたりするわけではないし、そう深刻な表情でもないし、周囲の眼には別れ話と映らなかったことでしょう。
 飲み物とかアイスクリームとかを追加注文して、彼は終始、穏やかな表情です。
 けれど私は、その別れ話で、初めて彼の中にある<保守性>を見たんです。彼は私を愛しているから別れたくないのではなく、その<保守性>が、結婚をやめたくないのだと。
「毎日、スーパーで買い物して、あの寂しい道を歩くような生活に、耐えられないかもしれないって思うと……」
「買い物は一緒にすればいい」
「でも……」
「ぼくの車で行けば、まとめ買いできるし、毎日買いに行かなくたってすむだろう?」
「毎日、お掃除してお洗濯して、それが終わったら、あたし、何をすればいいの?」
「本を読んだりテレビを見たりしていれば、すぐ夕方になるよ。ぼくもなるべく早く帰って来るからね」
「……ええ」
「実家へ遊びに行ってもいいし」
「……ええ」
 確かに読書は好きだし、実家へも行きたい。けれど、もっとワクワクさせられるような楽しいことがあるはずなのに。田舎ではなく、都会でなら……と、チラッと思いました。
 そうして、後日になって気づいたことがあるんです。新居を決める時、本当は夫婦で探して見つけるものではないかしらと。
 彼は小さな家を購入した時、本当にうれしそうでした。その資金を貯めていたのですから。お給料の他にバイトもしていたんです。そうして、お給料を貯めて購入した小さな建て売り住宅の2階建ての家。ローンがあるのかとか、親の援助額とか、それらの話は聞かされず、その建て売り住宅を彼は両親と見に行って決めたんです。都内は高いし、資金に合わせた土地であり物件であることは理解できました。
 けれど、後になって考えると、そんなところが、やはり12の年齢差のある男女関係を象徴しているような気がしたんです。決して亭主関白とかいうことではなくて。その土地の、その小さな家が、私を喜ばせて、2人はきっと幸福になれると信じて疑わなかった彼。
 婚約時代にはロードショーの映画を観たり、有名劇場の雰囲気が珍しい演劇を観たり、ドライブやピクニックや、海へ行ったり山へ行ったり──。そして結婚後に、それらの楽しみの代わりにあるのは多分、お掃除とお洗濯とお料理と、まるでご褒美みたいな夜のセックスがあるだけの生活です。
 もし、彼が、
「○子なしでは生きていけない、別れるくらいなら自殺する」
 と、そのようなことを言ったら、別れたくならなかったかもしれません。
 けれど、彼はそんなセリフは一言も口にしませんでした。
 彼は、
「○子なしでは生きていけない、別れるくらいなら自殺する」
 と、そのようなことを口走るほど、そこまで私を愛していなかったということが、わかったんです。
 私への愛より、私と結婚して平凡で幸せな生活を、彼の保守性が、求めただけなんです。
 そう感じて、この別れ話の時に、私は初めて彼の愛を疑ったんです。

別れの運命

2010-07-31 20:32:21 | 告白手記
 別れ話は堂々めぐりの感じで、なかなか終わりません。内心、早く終わればいいと思っていなかったみたいなんです。
 そこが、女心の複雑さというか、人間の感情の動きの、思いがけなさと面白さです。別れ話なんて早くすんで、早く帰って来ればいいのに、現実の別れ話はそんなに単純ではないというか、思いがけない心理の流れです。
(これが、男と女の別れ話。今まで多くの小説で読んだ、恋人同士の別れ話なんだわ……)
 恋人と別れ話をするという、生まれて初めての経験。もう1人の自分が、その別れ話を心のどこかで楽しんでいるような、そんな気持ちもあったみたいなんです。
 出会ってから約3年余り、愛し合うようになって約2年、肉体の愛を交わして約1年の恋人と別れることが、人生で生まれて初めての経験だから無理もないこと。何かトラブルがあって別れるとか、もう別れずにいられないとか、そんな状況ではなかったからです。
 そんな心理は、その後も2度か3度、経験したような気がします。1人の男性と、恋の始まりが1度なら、別れも1度。その最後の時間を、じっくりと味わいたいというか、経験したいという気持ち。相手がどんな反応を示すか、どんな怒りや反発や軽蔑や嫉妬や焦燥やプライドや屈辱や諦めや猜疑心や絶望感や決意を見せるか。それは男性という生き物に対する興味であり、人間という生き物に対する興味と言えるかもしれません。別れの時ほど、その男性が、人間が、正体も生身の感情もあらわにする時はないからです。
「結納の日も決まっているのに……」
 どうしても別れたいと言う私に、彼が呟くような口調、心変わりを期待する口調で言います。
「ごめんなさい」
 心から私は謝ります。私の短大卒業と同時に挙式、その半年前に結納を交わす約束でした。
「友人たちにも紹介してしまったし」
「ええ……」
 彼の大学時代の友人2人と、高校時代の友人1人に、私は紹介され、一緒に食事したり記念写真を撮ったりしたことを思い出しました。
「ご両親も賛成してくれたのに……」
「……」
 私は言葉を失って、うつむきたくなりました。彼の両親は最初から賛成してくれたけれど、私の両親は、
「12も年齢が違うなんて!」
 と、大反対でした。結婚式の披露宴で、皆に見られる時、彼と私の年齢差は歴然としているはずです。32歳の彼は黒ぶちメガネをかけた教師然とした外見ですが、実年齢より少し老けて見えたようです。それに比べて私は丸顔の童顔で、お化粧しても実年齢より稚(おさな)く誰からも見られてたんです。中学生の時は小学生に見られ、高校生の時は中学生に見られ、短大生のそのころは高校生に見られてましたから。そのことは、コンプレックスというほどでもないけれど、それに近い感じで不満でした。1度、海水浴場で係員から親子に間違われたことがあったくらいです。けれど、彼が頻繁に口にする「可愛い」という言葉に救われていたんです。
 だから12どころか、もっと年齢差があるように見られてしまうかもしれないという意識は、かすめたりしました。
 それで、両親は最初、相手がそんな年上だなんて、まるで後妻になるみたいに思われると反対してたんです。世間体を重要視する封建的な家だから無理もないことなんですけど。
 ところが、彼が両親を伴って私の家へ来て、話をしたら、結構気が合って会話は弾むし、両親同士も、好意と信頼を感じ合ったみたいなんです。親戚に公立学校の教師をしている人が何人かいたため、県立高校の教師である彼とご両親に親しみと安心感があったのかもしれません。3人が帰った後、
「仕方ないね、本人同士がどうしても結婚したいって言うんだから。ね、お父さん」と、そのような言葉を母が機嫌良く口にすると、父も「うん」と、ホッとしていたような顔つきと声で答えたんです。こうして、感情の起伏の激しい母も、口数が少なく、おっとりした性格の父も、最初は反対していた結婚を許してくれることになったんです。
(もし、お母さんとお父さんが、結婚に反対のままだったら……)
 別れ話をしながら、ふと、その思いが、かすめました。恋愛小説を片っ端から読んでいた、文学少女だった私は、禁じられた恋にいっそう燃え上がってしまったかもしれません。恋に恋するような年頃ですから。許されないなら駆け落ちしてまで、なんて気持ちにもなって、小説のヒロインみたいな情熱的な恋に酔いしれたかもしれません。
 ところが、私はそうでも、彼は違ったのです。
 ずっと以前、ゴルフ好きで酒好きの中年男性の知人で、アルコールが入るとからみっぽくなる、からみ酒というのか、店で同席するたび、奥さんの両親の反対を押しきって結婚した自慢話をする人がいたんです。また始まったと同席した数人の私たちは冷やかしたり笑ったり呆れたり。
「ぼくたち、親の反対を押しきって結婚したんです」というセリフは、10代か20代のカップルが口にすれば微笑ましいけれど、夫婦生活もトウの立った中年男性の場合は全く似合わないというか噴き出させられるというか、たいていの人は笑いをこらえながら聞かされるセリフです。妻が親の反対を押しきって結婚したことが、それほど彼女を虜にした男だったと、まるで男の勲章であるみたいな自慢であるのは明らかで、シラフであればトウの立った中年男性がそんな気恥ずかしいセリフは口にできなくても、アルコールの酔いが回って口走る、妻の親の反対を押しきって結婚した自慢話の深層心理と現実が、実は満たされない愛とセックスレスの不満だったことがわかって、同席した私たちを大爆笑させたというオチの、面白い話は今でも忘れられません。
 その知人と違って、彼は私の両親の反対を押しきって結婚することを、男の勲章と思わないタイプの人だったんです。そこに、彼の性格と生き方と人間性がよく出ています。私の両親が反対しているのを知ってから、
「○子のお父さんとお母さんが結婚を許してくれるまで、何度でも話をしに行くつもりだ。反対されたままで結婚したくないからね」
 よく、そう言っていたんです。1人でも反対する人間を説得して、皆に祝福される結婚をしたい。そこに彼の性格と人間性が表れていると、そのころも思ったものです。すべてにおいて、考え方が、そんなふうでしたし、そんな彼を私は尊敬していたんです。
 けれど、何度も説得に行かなくても、父と母は、彼とご両親と会ってから、あっけなく、というのもヘンですけど、結婚を許してしまう結果になったんです。そのことを、もちろん、私は喜んだものの、心の片隅で、
(現実って、小説みたいじゃないのね)
 そんな小さな失望が湧いてしまったんです。
(もし、お父さんとお母さんが結婚に反対のままだったら……)
 彼との結婚をやめることになったかどうか……と、そんな思いが一瞬、かすめたものの、
(ううん、やっぱり別れる運命だったのかも……)
 心の中で、そう呟き、男女の出会いも別れも運命なのだと思ったりしたんです。

別れの迷い

2010-06-28 11:56:18 | 告白手記
 ふと、かすめる別れの迷い。
(やっぱり、別れるのはやめようかしら……)
 別れ話をしながら、別れることに迷いが生じてしまうのは、無理もないこと。
 相手を嫌いになったとか、喧嘩をしたとか、周囲に反対されたとか、愛が消えたとか飽きてしまったとか、そんな理由ではなかったからです。
 彼に抱かれた記憶が、瞬間的に心身を熱くさせるし、そこが喫茶店ではなくベッドの上だったら、いっそう決心が揺らいでしまったかもしれません。
 けれど、抱かれた記憶といっても、
 ──この男性(ひと)は初体験の相手だった──
 という衝撃的な記憶であって、具体的に私の心身によみがえるのは新たな恋人との抱擁とセックスです。
 彼との関係は過去の愛。
 過去の愛に執着しがちな男性と違って、現実の愛に生きるのが女性の本能です。
 すべての男性が過去の愛に執着するというのではありませんけど……。
 現在の愛が満たされている男性は、過去の愛に執着しないんです。現在の愛に満たされていない男性は過去の愛に執着する傾向があると思うんです。
 現在の愛が満たされている幸運な男性は、あまりいないかもしれません。
 精神的な愛と肉体的な愛が満たされ、日常生活に支障が起こるような過度のストレスもなく、人間の3大欲求である食欲と性欲と睡眠欲が満たされ、仕事や人間関係の小さなトラブルも時間が解決し、現代人の多くがかかえると言われるストレス原因の肩こり・腰痛もないくらい健康で──と、そんな男性は私の周囲に多くはいないからです。
 男性と違って、女性は現在の愛に満たされていても満たされていなくても、過去より現在、現在の愛、現実の愛に生きる生き物なんです。
 女性にとっては現実の愛こそ、すべてですから。存在の意義のすべて。生きる世界のすべてです。
 そうではない女性もいるかもしれませんけど。
 それで……。
 喫茶店の隅に向かい合って話しながら、彼の視線は時々、私の胸のふくらみに向けられたりしたんです。
 ──私の服の下の裸身を知っているという眼──
 ──私を抱きたがっている眼──
 ──私の身体を所有しているという眼──
 そんなふうに感じさせられるような彼の眼とまなざしでした。

別れの理由

2010-05-16 10:51:56 | 告白手記
 何故、別れたいのか、彼にはあまり理解できなかったらしいんです。
 いい奥さんになる自信がなくなったから、という理由では。
 最初から、いい奥さんになれなくても、少しずつ覚えて慣れていけばいいと、彼は言ったんです。
 彼を嫌いになったわけではないし、喧嘩したわけでもないから無理もないことと言えるかもしれません。
 彼への愛が消えていないこと。
 彼に抱かれたい欲求も消えていないこと。
 それらは、ちゃんと伝えました。
 言えなかったのは、他に愛する男性がいて、抱かれてしまったこと。
 2人の男性から同じ時期に抱かれることに抵抗感みたいな気持ちがあったんです。みたいな気持ちというのは、心だけでなく、身体の感覚もという意味なんです。
 セックスは1人の男性とだけ行うもの、という考え方をしていて、ちょっと話が飛躍しますけど、そのころ読んでいた翻訳小説や映画の字幕で、娼婦、という文字を眼にすると、ドキンとするほど衝撃を受けたんです。
 不特定多数の男性に抱かれるその目的はお金とわかっています。その行為を、嫌悪するとか反発するとか不潔感を覚えるとかいうのとは違って、何故、そういうことができるのかという不思議さです。悪い事には思えないんです。だからといって経験してみたいとは思いません。生きて行けなくなるほど食べ物を買うお金がなくなったら、その行為も無理はないと私には思えるんです。他に仕事がなければですけど。
 不特定多数の男性との行為、というより、多くの男性に抱かれること。それは想像もつかない、と言ったらオーバーかもしれないし、想像力欠如人間みたいですけど、想像はできても現実味のない想像ということになってしまうんです。
 身体の交じわりは1人の男性とだけ行うのが自然、という考え方をする私には、多数どころか、2人の男性とする、ということさえ抵抗感みたいな気持ちと感覚があったんです。
 そんなところが、私って、純粋というか純情というか真面目人間と言えるかもしれないと自己分析したりするんですけど。
 もちろん、読んだり書いたりする小説の世界は別です。不倫小説。裏切りセックス。復讐セックス。快楽追求セックス。官能小説。愛欲小説。小説はすべてフィクションですから。現実ではないのですから。
 もちろん、私にとっては、ということであって、他の女性たちは違うかもしれません。たとえば歴史上の人物だって、同じ時期に1人の男性とだけ身体の交じわりをしたのではない女性もいるようですし──。

別れの言葉

2010-04-22 16:20:46 | 告白手記
 性的な初体験の相手である男性と別れることは勇気が要りました。
 心と身体で愛し合う素晴らしさを教えてくれた彼と会わない生活を思うと、胸の奥がきゅうっと引き絞られるような寂しさに襲われてしまったんです。
 結婚して生涯を共にすると誓い合った男性ですから、無理もないこと。
 でも、迷いながらも、別れることを決めたんです。
 お話があるの、と言った時から、彼も薄々、気づいていたかもしれません。
 いつものように新居となる小さな家へは行かず、都内の喫茶店で会って、話しました。
「そう」と、彼は一瞬、何とも言えないような複雑な表情を浮かべました。「そう」という言葉の後に、「別れたいと言うなら、仕方ないね」とでもいうような感じでもあったけれど、
「どうして?」
 と、穏やかな声と口調で、私を見つめて、聞き返しました。
「先生のいい奥さんになれる自信が、なくなったの」
 私は、うつむき加減になって答えました。他に好きな男性がいるとは言えませんでした。それは、彼を傷つけるからというより、今までの2人の愛の日々を抹消してしまうことになると思ったからです。
 エゴイストみたいですけど、別れる時まで、2人の愛の日々は大切な思い出として残しておきたかったからです。
「最初からいい奥さんになんてならなくたっていいじゃないか。少しずつ、いろいろなことを覚えていけばいい」
 と、彼は私を見て言いました。そんなことが、別れたい理由なんてと、言いたそうでした。
 この時、私は、彼は私の愛をみじんも疑っていない、私の裏切りなんて想像もできないことなのだと気づいたんです。
「でも……」
 私は、また、うつむきました。
「あの家で……、毎日、家事をして……、あの寂しい道を歩いてスーパーへ買い物に行って……夕方になって、お料理作って……先生が帰って来るのを待つだけの生活に……耐えられなくなったら、……どうしようって思うと……自信がなくなっちゃったんです」
 彼の視線から、眼をそらしてそう言いながら、ふと、
(もし、新居が東京だったら、結婚をやめなかったかもしれない。他の男性を好きになったり、抱かれたりしなかったかもしれない……)
 と、そんな想いが、一瞬、かすめたんです。

愛の別れ

2010-04-09 15:24:22 | 告白手記
 愛と別れ、ではなく、愛の別れ。
 今まで、愛し合った男性との別れは、いつも、愛の別れでした。
 愛があっても、別れたくなる。愛があるのに、別れたからです。
 決して、思い出を美化しているのではなく、数少ない男性との別れの時を思い出すと、すべて、愛が醒めた別れではなく、愛のある別れでした。
 けれど──。
 別れる時の、その愛は、恋愛の愛ではなかったんです。恋愛の、<恋>がなく、<愛>だけ。言ってみれば、肉親愛のような、兄妹愛のような、愛です。
 初めて心と身体で愛し合い、結婚の約束もして、互いの両親もきょうだいも紹介し合っていて、それでも別れるほうがいいと、決心したんです。
 理由は、その男性には愛があるけれど、ほかの男性と恋愛していたからです。
 同時に2人の男性と恋愛することはできなかったし、同時に2人の男性と肉体で愛し合うことはできなかったんです。結婚の約束をしていた男性を、心と身体で裏切ってしまったことになると気づいたからです。それは、一大決心です。
 何といっても、彼は私にとって、心身共に愛し合った初めての男性です。愛が消えたわけではないこと、彼と会わない日が始まるということ、別れたいと言わなければならないこと。両親やきょうだい、それに彼の友人たちにも紹介されていて、そういう周囲の人たちに話さなければならないこと。
(やっぱり、彼と別れるのは、やめようかしら……)
(でも、ほかの男性を愛しているもの……)
(彼を裏切ってしまったのだし、このままだと嘘をついたり騙したりすることになる……)
(彼に、何て言えばいいのかしら……)
(本当は別れたくない。彼も大事、でも、恋愛のほうが、もっと大事……)
 ずいぶん、心が揺れました。
 そうして、やはり、別れることに決めたんです。
 お話があるの、と言って、彼に別れを告げた時、修羅場にはならなかったけれど、彼という男性が、というより人間が、今までのように私より12歳年上の人、私より、ずっと大人の人間に、見えなかったんです。そんなことは初めてでした。別れる時には、男女は対等になってしまう、人生経験も年齢差も関係なく、というより、それらが全く意識されなくなってしまうほど、対等な1人の男性と1人の女性になる──ということを初めて知って、不思議でもあり、驚愕と強いショックを受けてしまいました。

結ばれた愛

2010-03-14 11:38:20 | 告白手記
 プラトニック・ラブの男性から、初めてディープ・キスをされて、その日は食事を共にして別れたんです。
 夜、就寝前に、彼の唇と舌の感触がよみがえって、精神が昂ぶってしまい、なかなか寝つけませんでした。
 次のデートの時に、初めての愛の交じわりをしたんです。彼の部屋で、ディープ・キスをしていて、自然にそうなった感じです。ベッドはなく、お布団も敷かず、和室にカーペットが敷いてあって、その上でだったんです。
 予想以上に、行為は短時間で終わってしまって、彼の腕の中に抱き締められていた時間のほうが長かったくらいです。
 抱き締められながら交わした会話は、当然ですけど、プラトニックの関係の時とは違っていて……。
 私にとって、抱かれたのは2人目の男性です。1人目の男性とは結婚の約束をしていて、彼を裏切ってしまったのですから、ショッキングなできごとです。
 その精神的な衝撃が深くて、肉体的に1人目の男性とどう違うかとか、どちらのセックスのほうがいいとか、感じる余裕はありませんでした。2人とも、私と同世代ではなく、年齢のかなり離れた兄ぐらいの年齢だったこと、場所が彼の部屋だったこと、職業が教師だったこと、元文学青年だったこと、<お行儀の良いセックス>をするタイプの男性だったこと……など、共通点がいくつもあったんです。
 そのころは、そんな共通点を意識しませんでしたけど、後になって考えてみると、そうとわかったんです。
 そういうタイプの男性が好きだったのかもしれません。
 違うタイプの男性を好きになるのは、ずっと後のこと。若いころは、同じようなタイプの男性にばかり惹(ひ)かれたのでしょう。