花森えりか My Room

─愛と官能について語る部屋─

別れの矛盾

2010-09-18 19:59:50 | 告白手記
 彼と別れたい私は、彼への愛が消えたとか飽きたとか嫌いになったわけではないんです。
 他の男性と恋をしてしまったから、その男性と肉体の愛を交わしてしまったから、彼と別れようと決めたんです。
 だから、彼への愛は、あったんです。私にとって、初体験の相手である男性です。そう簡単に、愛が消えたりしません。それほど私は飽きっぽいとか醒めやすい性格ではないんです。
 けれど──。
 愛はあるのに、別れたい私。
 愛はないのに、別れたくない彼。
 愛しているのに、結婚をやめたい私。
 愛してないのに、結婚をやめたくない彼。
 どちらも矛盾した心の動きと言えるでしょう。 
 別れたくない彼は、本当は私を愛していなかったんです。その真実を知った時の深いショック!
 彼は私を愛していたのではなく、未来の私との結婚生活を、その夢を愛していたんです。
 私を愛していたのでは、なかったんです。
 今、思い出しても、ショッキングな気持ちが、よみがえってきます。愛されているから、私を愛しているから結婚したいのだと思っていたのに──。
 真実は、そうではなかったんです。
 小さな家である一戸建ての新築住宅を、やっとの思いで購入した彼は、私とそこで暮らす未来の生活を、愛していたんです。
 どうして、別れるくらいなら自殺するとか、無理心中するとか、生きて行けないとか、世界は暗闇とか、生きる希望を失ったとか、絶望したとか、言わないのでしょう。
 その理由は──、私を、本当は愛していなかったからなんです。
 婚約解消することで彼は世間体を保てないと、そのことを気にするんです。結納の時期も近づいているとか、友達にも紹介してしまったとか、職場の同僚にも話してしまったとか──すべて、世間体を気にする言葉ばかりです。
 もし、別れの言葉を口にしなかったら、彼の真実の心を知ることはなかったでしょう。
「半年か1年、結婚を延期しようか」
 と、あまり気乗りしない口調で、彼が言いました。
「でも……延期しても……」
 私は呟くように言いました。彼の本当の気持ちを知ってしまった以上、もう結婚したい気持ちにはならないと思いました。
 小さな家での結婚生活への夢を愛していた彼。
 結婚しないうちに、結婚に失望してしまったのかもしれない私。
 他の男性を愛したことだけが、別れたい理由ではなかったのかもしれません。
 男性は本能的に家庭のぬくもりを求める生き物。たとえば、愛がなくても、幸福がなくても、自分の家があり、そこに家族と使用するキッチンやリビングや浴室があり、冷蔵庫があり、テレビがあり、電子レンジがあり、見慣れた壁掛け時計があり、見慣れた絵画や花が飾られ、部屋中に料理の匂いが漂ってくるような平凡でありきたりで平穏で小さな小さな世界──そんな家庭のぬくもりなしに生きられないのが男性のような気がします。世間体を重視するのも、男性と決まっています。何故なら、男性は世間体のために生きている一面があるからです。
 ところが、女性は生まれつきの感情動物。自分の感情を、偽って生きられない生き物。女性は、愛なしでは絶対、生きられません。心身共に愛し合う男性がいれば、たとえシングル生活で家庭がなくても、ひとりで生きているのではなく、常に愛する彼と共に生きていることになるんです。
 愛がなくても結婚生活を夢見る男性と、愛があれば1人ではなく彼と共に生きていける女性との、この違い──。
 最近は、男性は結婚願望が強く、女性はシングル願望が強いから、晩婚の傾向とか、何かで読みましたが、それは違うと思うんです。最近は、そう口にする人が多くなったというか、顕著になっただけと思うんです。
 とうの昔から──。もしかしたら、人類始まって以来、ずっと──。男性は家庭願望及び結婚願望が強く、安易に結婚という籠(かご)の中に閉じ込められてしまう女性は、本能的にその籠の中から飛び立とうとしている、自由な空を求めて羽ばたきたい鳥のような生き物なんです。
 結婚の約束をしていた彼を裏切ってしまったのは、決して彼のセックスに不満だったからではありません。第一、彼しか知らなかったのですから、不満も何も、比較しようがありません。性の欲望だって、その後の日々に比べれば当然、淡泊というか、オクテというか、目覚めていないというか、セックスなしでも生きられると言っていい時期です。
 2人目の恋人のほうが良かったということも全く、ないんです。2人とも<お行儀の良いセックス>をする男性であり、精力絶倫というわけでもありません。もっとも、精力絶倫男性って、経験したことないから、よくわかりませんけど。
 精力だのテクニックだのより、愛です。愛が感じられるセックスこそが、女性を酔わせるんです。